無題
後悔先に立たず。
私がその言葉の意味を重々に思い知ったのは、よりにもよって自分の誕生日だったりする。
◇
カールスラント奪還の為に新設営された基地の中庭。
新たなチームとのコンビネーションの訓練や新人の空戦指導を終え、私達は一休憩を取っていた。
「はいトゥルーデ。お誕生日おめでとう」
「今年こそは姉バカ卒業出来るといーね」
休憩もそこそこに、突然言われたミーナとエーリカからの祝辞と手渡されたプレゼント。
思いがけないサプライズに私は少々目が点となってしまった。
ふと思い返してみると何やら先日から二人ともどこかよそよそしい感じはしていたが、等と場違いな感想も浮かべてしまった。
「…そうか。今日は私の誕生日だったか。ありがとう二人とも」
…何故かジト目で返された。
何か変な事を言っただろうか?
プレゼントを開けないのがマズイのだろうか…?
いや、しかし手の平サイズの小包といえ、どうせなら自室に戻ってから開けたいと思うのだが……
むぅ、とその場で思案に陥る私を見てか、ミーナが苦笑しながら手紙を差し出してきた。
「トゥルーデ。あと、これね。クリスさんからのt…」
「クリスから!?」
ふ、ふふふ…流石我が妹だ!
姉が忘れていた誕生日に、しかも手紙まで!!
ああっ、この喜び!この感動!
開封する前から分かる、この溢れんばかりの妹からの愛を、私は確かに受け取ったぞぉおおおお!!!!
…と、そこで私はハッと我に返る。
耳を澄ませば背後から何やら聞こえてくる。
「やっぱり。もうクリス禁断症状出てるよミーナ」
「…はぁ。カールスラントに戻った途端に」
「いやぁ、ほら。501の時はミヤフジが居たから」
「……それはそれでまた」
なんか嫌な汗が背中を伝う。
もしかしたら私は今、なにか微妙に大切な物を捨て去ろうとしているのかもしれない。
どうするべきだ?
いや、するべき事など決まっている。
たしか、扶桑の諺にあったハズだ。
『気にしたら負け』だったかな。
…よし、気にせず手紙を読もう。
えー、なになに…お姉ちゃんへ、お誕生日おめでとう、か。
うん、元気でやっているようだな。
…ほぅ?…文通相手が、出来た?
……………………これは、少々詳しく聞かないといけないな。
私のクリスと、私のクリスと、わ・た・し・の・ク・リ・ス・と!文通をするのだからな……。
なんて考えていたからか、私は背後から迫り来る影に気付けなかった。
「……お、写真入ってる。見せてねー」
「……写真…?な、ま、ま待て!ちょ、ま…ハルっ、フラウ!待てぇ!?」
言われて気付いた写真の存在。
どうやら封筒に入ったままだった様だが、何の写真だ、と一瞬悩んだが、答えはすんなりと思い出される。
……ほんの茶目っ気だったんだ。
手身近な所に腰掛け、朗らかに微笑むミーナを余所に、私の心中にてタイフーン発生中。
「いいじゃん写真くらいー。お、クリスと一緒に撮ったんだ………あれ?」
「どうしたのフラウ?」
ゲルトちん、ピンチ。
いや、落ち着け私。
そうそうバレはしないさ、うん。
そうだ、とりあえず深呼吸…すー、はー、すー、ハァッ…!
よし、問題ない。
慎重に、冷静に話しを逸らして、写真を返して貰えばミッションコンプリートだ。
私は小さく鼻を鳴らし、気合いを入れた。
そして、エーリカから写真を取り返そうと近付いて――
「……ねぇ…トゥ・ル・ゥ・デ・?」
「どーして、ミヤフジが、クリスの服を来て、トゥルーデと、写真を、撮ってるの、かなぁ?」
私はその場で凍てついた。
笑っていない笑顔のミーナとエーリカがずんずんと私に迫ってくる。
引き攣った笑みを浮かべて後退る私。
……あぁ、そういえば今日は本当にいい天気だなぁ。
私は、その場で正座させられました。
◇
「……いや、だからそれで…あの、ミーナ?」
「続けなさい?ゲルトルート・バルクホルン大尉…うふふ」
私の後ろから降り懸かる声に背筋が凍てつく。
分かる。
今なら分かるぞルッキーニ。
コレ本当に怖い。
セミオートで震える自分の身体を必死で抑える。
カールスラント軍人たる者、この程度の恐怖など……恐怖、など……
「どうしたの…?お・ね・ぇ・ち・ゃ・ん・?」
怖いものは怖いんです、はい。
いや、本当に。
背中にまがまがしい様なオーラがにょろにょろと浴びせ掛けられている。
時折ぶつぶつと、私だって美緒と写真とか着せ替えとかもういっそ……、と何かが聞こえてくるから余計に怖い。
私は藁にも縋る気持ちでエーリカを見やる。
そして私は即座に視線を逸らした。
「だいたいトゥルーデは、クリスクリスミヤフジクリスミヤフジクリスクリス私ミヤフジクリスって…最近全然構ってくれないし、話なんてクリスかミヤフジの話しかしてくんないし……」
こちらもこちらで三角座りでそっぽ向きながら愚痴を延々と呟き続けている。
ただ、なんと言うか…そのエーリカの背中から青白い炎がシュゴーと燃えたぎっている気がしてならない。
前方のバーナーエーリカ、後方の呪詛ミーナ。
………ああ、これはもうダメかも分からんね。
さりげなく人外魔境の淵に追い込まれている気がしたバルクホルンだった。
その時、幸か不幸か、辺り一体にけたたましいサイレンが響き渡った。
「敵襲!?」
まさか、と叫ぶ。
つい先日ネウロイを屠ったばかりだ。
しかし、インカムからはネウロイを発見したであろうウィッチから、悲鳴の様な報告が上がる。
『て、敵襲!!総数……30以上はいるよ、アレ!?』
『お、大型も3体確認…!!』
それはありえない報告だった。
いつか坂元少佐に聞いた扶桑海事変や、祖国を離れるきっかけとなった時の様な大襲来。
一瞬、全身に冷水を浴びせ掛けられた様な感覚に捕われた。
『ジェットストライカーを赤く塗れば三倍の速度が出るでありますよ!』
『だまらっしゃい。司令室本部からウィッチ隊へ。全ウィッチは至急順次出撃!繰り返す、全ウィッチ隊、順次出撃!!』
聞き覚えのある様な声を聞いた気がしたが、今はそれ所じゃない。
私は前後に居る戦友たちを見遣り――
「ミーナ、エーリカ……あれ?」
そこに誰もいなくなっていた事に気付いた。
報告が入ってから数十秒。
一瞬の内に消えた戦友たちの声が、何故かインカムから聞こえてきた。
『シュートゥールー、ムーッ!!うにゅーッ!!』
『こちらミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ少佐。司令室、指揮権をこちらに……あら。うふふ…お馬鹿さぁん!!』
聞き覚えがあるハズなのに、聞いた事の無い気がする二人の声。
後日談になるが、この日、エーリカの総撃墜数が300を越え、ミーナの中佐昇進が決まったのだが、この日の戦いを共に空を飛んだウィッチ達は、誰一人として詳しく語ろうとしなかった。
風の噂では、その日、カールスラントの空に空飛ぶ鬼が二人程現れたそうだ。
私は空を見上げて……そして見なかった事にしてハンガーへと駆け出した。
インカムからは人間を辞めかけているらしい二人の所業が報告されている。
……これは、私のせいなのか…?
平穏が裸足で逃げ出した、私ゲルトルート・バルクホルン、19歳の誕生日。
とりあえず私は、負けて墜ちる様が微塵も感じられない戦友たちの援護に向かうべく、戦場である空へと舞い上がった。
数日後、宮藤宛てにビデオレターを送る、と言う名目でミーナが坂元少佐に探りを入れたり、ウルスラに姉様をなんとかして、と懇願されたのはまた別のお話し。
おーわり