プリズマティック主義
どこまでも真っ青な空と海。
静かな波の音が、潮風に乗って私の耳に響く。
この海の向こうに、ヨーロッパ大陸がある。
そこは、ネウロイからの攻撃を受けている。私がこうしてる間にも、ずっとずっと。
きっと、たくさんの人が傷付いてるんだろう。
――その力を、多くの人を守るために。
お父さんが残した言葉を心の中で反芻させて。
「守る…」
ぎゅっと拳を握った。
私に出来るんだろうか。訓練でもダメダメで、失敗ばっかりで。魔法も上手くコントロールできなくて。
自分の事もちゃんと出来ない私が、誰かを守るなんて。
「…宮藤?どうした」
突然の声に振り返った。
立っていたのは、私にお父さんの言葉を教えてくれた人。
「坂本さん…」
「もうすぐ昼食の時間だぞ。何かあったのか?」
「あ、いえ…その」
私は俯いた。何故か、坂本さんと一緒にいると弱音を吐きそうになってしまう。
どこか、お父さんに似てるからかな。女の人にはちょっと失礼かもしれないけど。
「なんだ?何でも話してみろ」
ぽん、と頭を撫でられる。
あったかい。
「あの…私、不安になっちゃって…」
「不安?」
私はもう一度、海へと目を向けた。
「私、ちゃんとみんなを守れるのかなって…」
もしかしたら、怒られちゃうかもしれない。
でも、坂本さんに聞いて欲しかった。
「…宮藤」
しばらく黙っていた坂本さんが、少し強めの声で私を呼んだ。
「お前は、守りたいと思っているか?」
「思ってます!守りたいです!」
思わずすぐに言い返してしまった。
「今の私じゃ、何が出来るのか、どこまで出来るのかわからないけど…でも、守りたいんです!それだけは、絶対に変わりません!」
私の言葉をじっと聞いていた坂本さんは、突然私の腕を引っ張った。
「ひゃわっ…!」
バランスを崩し、私は坂本さんの腕の中にすっぽりと抱き締められた。
「さ、坂本さん…?」
くい、と顎を取られ、坂本さんの顔が近付いてくる。真剣な顔がなんだかいつも以上に綺麗で、思わず息を飲んだ。
「…いい目だ」
「へっ…?」
にこっ、と坂本さんは微笑んだ。
「強くて真っ直ぐな光が見える。とても綺麗だ」
綺麗だなんて言われて、少しほっぺたが熱くなってしまった。
「宮藤。お前は確かにウィッチとしてはまだまだひよっ子だ。しかし、誰にもまけない意志がある。みんなを守りたいという意志がな」
そう言いながら、坂本さんは私の頭をくしゃっと撫でた。
「私も最初は不安だったものだ。本当に自分がこの世界を守れるのか、とな」
「坂本さんがですか?」
「はっはっは、意外か?」
だってだって、こんなに強くて頼りになる坂本さんが不安になるなんて。
でもちょっとだけ安心もした。私と同じだったんだ。
「その力を、多くの人を守るために」
坂本さんが、お父さんの言葉を呟いた。
「博士との約束を…いつも胸に置いて、私は飛んでいた。時に重荷になったが、それ以上に励みにもなった」
約束。
私とお父さんが交わした、坂本さんと“宮藤博士”が交わした、同じ約束。
「それでも時折、不安になることはあった。だが宮藤…お前と会って、私は確信できたんだ」
「えっ…?」
首を傾げる私に、坂本さんは優しく微笑んだ。
「お前と私が…ストライクウィッチーズのみんなが力を合わせれば、実現できる。そう確信したんだ」
「みんなが…」
「そうだ。守りたいと強く思っていればそれは実の強さになる。守りたいものは、守れるんだ」
…ああ。
私は心の中の重い物が、溶けていくのを感じた。
「今、お前の目を見てまた確信したよ。私達は、きっとこの世界を守れる。守ってみせようじゃないか」
坂本さんの言葉が、柔らかくなった心に響いて。
いつの間にか私は、泣いてしまっていた。
「はっはっは、なんだ宮藤。お前は泣き虫だなぁ」
「な、泣き虫じゃありませんっ…」
急いで涙を拭こうとする手を、坂本さんがぱしっと掴んだ。
また顔が近付いて。
ぺろっ、と涙を舐められる。
「お前は笑っていた方が可愛いぞ。辛い時は、大きな声で笑えばいい。私のようにな」
そう言って坂本さんは、いつものように豪快に笑った。
私は笑うどころじゃない。だって、ほっぺた舐められたうえ“笑っていた方が可愛い”だなんて。ドキドキしちゃいますよ、坂本さん。
「ほら、笑え笑え。はっはっはっはっは!」
「あう…は、はっはっは…」
「声が小さいぞ!はっはっはっはっは!」
「はっはっは!」
私と坂本さんの笑い声が、青い色に吸い込まれていく。
――その力を、多くの人を守るために。
お父さん、私きっと、守ってみせるよ。
坂本さんが、みんなが一緒だから。私、頑張れる!
守りたいものは守れる。
それが、私と坂本さんとお父さん、三人の約束。
この空と交わした、約束。