ダンケシェン・ウィッチーズ
そろそろかな。
うーん、もうちょいかな。
ガタゴト揺れるバスの中、私は両隣に座った上官二人をちらちら見ていた。
「色々、あったわね」
右に座っているミーナがぽつりと呟いた。
もう、ミーナ。せっかく晴れやかな顔してたのに、またそんな寂しそうにして。
でもさっきまで小さく鼻歌なんか歌っちゃってたし、前みたいに心から沈んではいないね。
安心安心。
「色々、あったな」
今度は左側に座っているトゥルーデが呟いた。
ほんとにねぇ。元気を取り戻してくれたのはいいけど、まさかトゥルーデがあんなに変わっちゃうなんてね。
私の知ってるトゥルーデじゃないよ、ほんとに。
ま、そんなトゥルーデも大好きだけどさ。前よりずっといい顔してるよ。
「ふわぁ~あ、お腹すいたぁ」
ちょっとしんみりした空気を吹き飛ばすように、私は両腕を広げた。
三番目と五番目だったおっぱいに、ぽふんと手を置く。
「こら、エーリカ」
「バスすごい揺れるんだもんー、掴まらせて」
「掴まる所じゃないだろう!」
トゥルーデが私に怒って、ミーナはくすくす笑って。
こういうとこは昔から変わらない、いつもの私達。
「空が綺麗ね」
ミーナが窓の外を見上げた。
私も身を乗り出してそれに倣う。
「ほんとだー、真っ青」
カールスラントに戻ればまだ戦いは続いている。
この平和な空と、同じ空のはずなんだけど。なんだか不思議だ。
いや、この空と同じ空にさせるのが私達ウィッチの役目なんだよね。
「あっ」
反対側の窓を見上げていたトゥルーデが突然声を上げた。
「どしたの、トゥルーデ」
「いや…鳥だ」
少しぼけっとして空を見つめるトゥルーデ。
「宮藤が飛んでいたような気がして…」
「…ぷっ」
それを聞いて、私とミーナは同時に吹き出した。
「な、何がおかしい!」
「あはは、トゥルーデったらほんとに宮藤が好きだよねー」
「ちっ、違う!好きとかそういうんじゃなくて、私はただ姉としてだな…」
「はいはい、立ってると危ないわよトゥルーデ」
勢いで立ち上がっていたトゥルーデは、慌てて腰を下ろした。
「あはははは、おねえちゃ~ん」
「っ…お前はいい加減黙らんか!」
笑いが治まらない私に、トゥルーデが掴みかかってくる。
その時。
ガタンッ!
「うわっ!」
「きゃあっ!」
車体が大きく揺れて、バスが止まった。
「な、何だ?ネウロイか!?」
トゥルーデが周りを見回す。
すると、バスの運転手が私達乗客の方を振り返った。
「すみません、少しエンジントラブルが起きました。修理致しますので少々お待ちください」
なーんだ。びっくりした。
「…で、お前はどさくさに紛れて何をやってるんだ」
「えー?」
バスが揺れてバランスを崩したのに乗じて、私はトゥルーデの胸をがっちり両手で掴んでいた。
「いいじゃん、お腹すいたんだもん」
「何だその理由は。何の関係がある」
「お腹が満たされてないから手だけでもさぁ」
「あのなぁ…」
トゥルーデは大きなため息をついた。
「ふふっ、仕方ないわねフラウは」
ミーナが笑いながら、距離を詰めて私ごとトゥルーデの肩を抱き締めた。
後頭部にぽよぽよと柔らかいのが当たる。
「へへ、あったか~い」
手はトゥルーデに、頭はミーナに満たされて、すごくいい気分。
トゥルーデはまたため息をつく。さっきとは違って、笑いが混じったため息だ。
ぐうぅ~。
「…あ」
それでも、やっぱり体は正直。
「うー、お腹すいたお腹すいたお腹すいたぁ~」
「ルッキーニかお前は」
トゥルーデの突っ込みは気にせず、脚をばたばたさせる。
すると、私達の所に小さな女の子が歩いてきた。
「おねえちゃん、どーぞ!」
女の子は私に向かって小さな両手を差し出す。
そこには、チョコレートが3つ乗っていた。
「くれるの?」
「うんっ」
「ありがとーっ」
私がにっこり笑って受け取ると、女の子は母親らしき女性の所へぱたぱたと走っていった。
「…いい子だな…」
自分に言われたわけじゃないのに、トゥルーデが例の言葉に陶酔している。
「はーい、おねえちゃん」
「お前は言わなくていい!」
「ミーナも、はい」
「ありがとう」
三人で一個ずつ分けて、私は早速口に放り込んだ。
甘くておいし~。
「頑張らないとね」
「え?」
「あの子や、あの子の家族を守るのも、私達ウィッチの役目でしょう?」
ミーナが親子をじっと見つめて言った。凛々しい横顔だ。
さすが隊長。あ、元隊長。
「そうだな。必ず、この戦いを終わらせなければな」
トゥルーデも、いつもの彼女らしい真面目な表情で頷いた。
「全部終わったらさ、みんなでパーティーでもしようよ。正装してさ。…あ、でもみんなドレスアップって柄じゃないか」
「ふふ、軍服で正装?」
「綺麗な花でも摘んで胸に挿せばいいじゃん」
「それは正装か?」
笑い合っている間に、修理が終わったみたいだ。
バスが再び走りだした。
ガタゴトガタゴト。
揺れる音を聞きながら、私はまた二人をちらちら見る。
そろそろかな。
「……美緒…」
ぽつりと呟く声。
やっぱり、そろそろくると思った。でもミーナが先だったか、そこは予想が外れた。
「…宮藤ぃ…」
ああ、間髪入れずにトゥルーデも。こっちは完全に泣いちゃってるよ。
「よしよし」
寂しさの限界がきてしまった上官二人の肩を、私はぽんぽんと叩く。
全く、ほんと見事に変えてくれちゃったよ、あの人達は。
でも私はすごく安心した。
私一人じゃどうにもならなかった二人の心の傷を、あたたかく癒してくれたみんな。
まぁ、厳密に言えば、扶桑の二人。
「泣かない泣かない」
「うぅ…って揉むな!エーリカ!」
「いや、元気を出させようと」
私とトゥルーデのやり取りを、うっすら涙を浮かべたミーナがくすくす笑って見ている。
「あら、そろそろ港に着くみたいね」
バスがスピードを落とし始めた。
「ほら降りるよ、泣き虫おねえちゃん」
「まだ言うかお前は!!」
「うふふっ」
バスの外は、さっき見た青空。
みんなの空と繋がった空へ、私は呟いた。
Danke schön,witches!!