落日のウィッチーズ


 1944年6月24日、硫黄島上空。
 私、坂本美緒は20機の迎撃部隊を率いる編隊長として敵の襲来を待っていた。
 レーダーで捕捉したネウロイの空襲部隊は約40機。
 機動部隊から発進した艦載機である。
 我々、硫黄島基地の航空戦力を無力化するべく送り込まれてきた露払いだ。
 いずれもが新型のラロス6であり、その能力は我が方の零式52型を遙かに凌いでいる。

「ふぅぅぅ」
 私は左右の後方を振り返ってため息を漏らした。
 従う列機たちはほとんどが訓練学校を卒業したばかりのヒヨコである。
 幾分長い者でも飛行時間は100にも満たない。
 これでは敵に唯一優る運動性能を活かすこともままならない。
「せめてベテランが揃っていればな」
 ふと、私が連合軍第501統合戦闘航空団、通称ストライク・ウィッチーズに籍を置いていた時のことが思い出された。

 ほんの数年前のことなのに、なぜか遠い昔のことのように懐かしく思える。
 あのころ共に戦っていた戦友は一騎当千の強者揃いで、本当に素晴らしいエースたちであった。
 クーデター未遂事件の煽りで隊が解散になって以来、彼女たちとは一度も会っていないが、みんな元気でいるだろうか。
 優秀な彼女たちのことだから、戦況を憂いながらも孤高を保ってスコアを伸ばしていることであろう。
 こんな時、あの戦友たちがいてくれたら──そんな弱気が脳裏を掠めた。

 だが、私は頭を振って弱気を払いのける。
 ストライカーの優劣や技量の未熟は言い訳にはならない。
 私は迎撃編隊長として、どんな犠牲を払ってでも基地を守り抜かねばならないのだ。
 硫黄島が敵の手に落ちれば、ネウロイは爆撃機に護衛を付けることができるようになる。
 ただでさえネウロイの超重爆は撃墜困難な難敵である。
 それに護衛が付くようになれば、いよいよ扶桑の本土は敵に蹂躙されてしまう。
 空の守りを預かるウィッチとして、そんな事態だけはなんとしても食い止めなければならない。

「間もなく接敵だ。周囲の見張りを厳にせよ」
 そう命じながら、私は列機を率いて雲海の下へと潜り込んでいった。
 ステルス性能の高いラロス6がどの高度で進撃してくるのかは不明である。
 そのため我が方は編隊を2つに分けざるを得ず、私は部隊の半数を受け持って雲の下を担当することになっていた。
 ある程度の高度を保ちつつ、海面までを隈なく見張る。
 魔眼どころか右目の視力を完全に失った今の私には、並みの隊員同様の見張り力しかない。
 それでも新兵に期待するわけにはいかず、私は全神経を視力に注いで警戒を続けた。

 司令部が算出した予想進路が正しければ、もう敵の第一波と接触してもよいころである。
 とすれば、敵は雲の上であろうか。
 私は唇の端を曲げ、一人笑みを漏らした。
 雲の上の部隊は私が最も信頼する部下、空の宮本武蔵と呼ばれる宮藤芳佳少佐が率いているのだ。
 と思うや否や、雲を突っ切るようにラロス6が2機、長い炎を引きながら墜落していった。
「始まった」
 編隊全員に緊張が漲る。
 次の瞬間、雲霞のようなラロス6の編隊が降下してきた。

 雲の上を進撃していた敵が宮藤隊の奇襲を受け、慌てふためいてダイブしてきたのだろう。
 しかし驚いたのは我々も同じであった。
 いきなり石ころを投げ込まれた池の鯉のように各機バラバラに逃げまどい、編隊は大きく崩れてしまった。
「くっ、編隊を崩すなっ。単機になると食われるぞっ」
 声を限りに叫んでみても、一度乱れた陣形を立て直すことはできなかった。
 こうなるとせっかく訓練した編隊空戦も意味をなさない。
 私も列機と散り散りになり、敵味方が入り混じった乱戦へと突入していった。

 手頃なラロス6を見つけた私は周囲を素早く見回す。
 10数秒後の自分にとって脅威となる敵がいないことを確認すると、ブーストを掛けて一気に間合いを詰める。
 単調な動きのラロス6は直ぐに九九式二号二型改13ミリ機関銃照準器に捉えられた。
「今だっ」
 トリガーを引こうとして、私は背後から突き刺すような殺気を感じた。
 振り返ると、いつの間に忍び寄ったのか、発射態勢を整えた1機のラロス6が貼り付いているのが見えた。

 私は軽く舌打ちして、横転から背面ダイブに入って窮地を脱する。
 限界以上のGが掛かったが、そんなことを気にしている場合ではない。
 すばやい動きに驚いたのか、敵は追ってこなかった。
「ちぃっ」
 敵を逃したことより、自分の迂闊さに腹が立って舌打ちをする。
 これまでこんな醜態を晒したことは一度もなかった。
 やはり片目では見張りが充分には利かないらしい。
「少し慎重にならんといけないようだな」

 空戦域から離脱して、高度を稼ぎながら呼吸が整うまでしばしの休息をとる。
 魔力がストライカーを操れる最低限度まで落ちているため、今の私は少し急激なスタントを行うと息が上がってしまうのだ。
 しかしこんな私でも陸で遊んでいるわけにはいかない。
 たとえ休みたくても、敗色が濃厚に漂う戦況がそれを許してくれない。
 扶桑近海の制空権を取り戻すまでは、血反吐を吐いてでも空戦に参加し続けてやる。
 それは、あの日救えなかったミーナたちへの贖罪なのだから。

 上空から見ると、数ではほぼ同等だが味方は押しまくられているようであった。
 落ちていくのはほとんどがウィッチーズである。
 未熟なヒヨコは直ぐに追い詰められては直線飛行で逃走に入る。
 その挙げ句、6門のビーム砲に貫かれて、四肢や内臓を撒き散らせながら落ちていく。
 目を覆いたくなる悲惨な光景であったが、それは当然の結果である。
 なにしろ敵の方が上昇力も降下速度も上であり、更には火力でも優っているのだ。
 その上、敵は編隊空戦に徹しており、チームプレーの訓練も行き届いている。
 となれば、ヒヨコの扱う零式戦闘脚では太刀打ちできなくて当たり前である。

 敵の半数は宮藤少佐率いる第二編隊が相手してくれているのであろうが、空の宮本武蔵もさぞかし苦戦しているだろう。
 優位を占めながら、奇襲で2機しか落とせなかったことからも、第二編隊の平均的な技量が分かる。
「これは悠長なことをしておれんな」
 高度が回復するや、私は再び空戦域へと突っ込んでいった。

 手近に3機のラロス6に追い回されているウィッチを認めるや、私は背後に忍び寄って13ミリをぶっ放す。
 照準をつける暇がなく命中はしなかったが、それでも3機のラロス6は私の接近に気付いてブレイクアウトした。
 敵を追い払うのが目的なので深追いはしない。
 私の援護に気付き、先程追われていたウィッチが手を振って謝意を表している。
 マロニー大将の孫娘、トレイシーである。

 私は先のクーデター未遂の折り、マロニー大将を救った恩人ということになっている。
 大将は自身の窮地を救った私を余程買ってくれているのだろう。
 目に入れても痛くない孫娘がウィッチになった途端、私に教育を押し付けてきた。
 それには陥落間近のブリタニアから孫娘を疎開させる意味もあったのかもしれない。
 何はともあれ、絶対の信頼には絶対の努力で応えなくてはならない。

 金髪碧眼の扶桑海軍軍人は鮮やかな切り返しで私の元へ近づいてきた。
「大佐、ありがとうございます」
 ニコニコ顔で礼を言うトレイシーを思いきり怒鳴りつけてやる。
「バッカもんがっ。背後の見張りを怠るなとあれほど……」
 怒鳴りながら、自分も先程同じ失敗をしたばかりなことを思い出す。
「とにかくだ、乱戦では常に周囲に気を配れ。敵を墜とすことより、まず自分が墜とされないことを考えるんだ」
 私は屈託のない笑顔を見せるトレイシーを列機に、劣勢の味方を救うべく乱戦の中へ突入していった。
(その2につづく)


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