ハルトマンの誕生日
毎回毎回、彼女から送られてくるプレゼントは、どうしてこう予想外の物が多いのだろう?
予想外というよりもこちらの好みをまったく考えていないと言うべきか、それとも知っていて無視して
いるのか。
彼女からの誕生日プレゼントが届くたびに毎回ウルスラは困惑するのだ。
「ウルスラ、ユーあてに小包が届いてまーす!」
キャサリンから小包を手渡されたウルスラ・ハルトマンは
宛名を見て少しだけ眉を曇らせた。
一瞬しまったと思ったが、キャサリンはウルスラの様子に気づかずに行ってしまい、ウルスラはほっと
した。
ともかく彼女と自分の関係を第三者に詮索されるのはイヤだった。
部屋に行って包みを開けてみる。
中には頼んでいた本と青い花を散らした空色のワンピースが入っていた。
そして短い手紙。
「カールスラントで流行のワンピースだよ。部屋にこもって本ばかり読んでないで、たまにはそれ着て
お出かけでもしてみなさい。キミの姉より」
まったく……彼女の気まぐれなおせっかいにも困ったものだ。
このワンピース、今の時期のスオムスでは寒くてとても着られない。
だいたいウルスラは外に出るのは好まないのだ。
たぶん、彼女の好みだから同じ物を買ってるのだろう。
これだってついでに、ということで買った物かもしれない。
しまおう、と思ってウルスラはクローゼットを開けた。
これも前の誕生日に彼女が送ったものと同じくタンスの肥やしとなるだろう。
扉を開けて服を入れようとしたウルスラは、滅多に使わないクローゼットの扉の姿見に、ワンピースを
当てた自分の姿を映してみる。
彼女はどういう顔をしてこの服を着ているんだろう?
ウルスラは笑ってみた。
姿見には彼女ではなく、少しだけ笑ったウルスラが映るのみだった。
ドアをノックする音がした。
ウルスラはワンピースをベッドに置くとドアを開けた。
エリザベス・ビューリングが開いたドアから顔を出した。
「智子が呼んでるぞ」
ベッドに置いたワンピースを見たビューリングは少しだけ驚いたようだったが、何も言わずに去っていった。
よかった。
これが智子たちなら蜂の巣をつついたような騒ぎになって、いらぬ詮索をされたに違いない。
去っていくビューリングの背中にウルスラは安堵し、感謝した。
ウルスラが智子との話し合いを終えて、食堂へ行ってみるとビューリングが一人コーヒーを前に紫煙を
くゆらしていた。
ウルスラはビューリングの横に座った。
一瞬片眉を上げたビューリングだが、すぐに平静に戻り煙草を吸い続けた。
「さっきのこと……」
「あの服のことか?」
すぐにウルスラの欲しい答えが出てきたのはビューリングも気になっていたのかもしれない。
ウルスラの物というのには場違いなあのワンピース。
気にならない方がおかしいというものだろう。
「安心しろ。人の趣味にどうこう言うつもりもないし、他人に話すつもりもない」
……なんだか誤解しているみたいだ。
「あれはプレゼント。私のものじゃない」
「誰かにあげるのか?」
「違う。誕生日のプレゼントとして貰った」
「なるほど、誕生日のプレゼントか」
納得したのかビューリングは少しだけ笑った。
「良かったじゃないか」
「良かった?」
「こんなご時世だ。プレゼントなんて貰おうたって貰えるものじゃない」
「でもわたしの好みに合わない。貰っても困るだけ」
ビューリングは灰皿に煙草を押しつけて消すと一息吐いた。
「なら送り返したらいい。こんなのはいらないとでも書いて」
確かにビューリングの言う通りに突き返せばいいのかもしれない。
が、ウルスラにはそれはひどいことのような気がした。
「あのプレゼント、誰からのだ?」
「カールスラントの姉様から、誕生日にと」
彼女は自分と違ってエースとして有名なウィッチだからおそらくビューリングも知っているだろう。
「その姉さんにお前もプレゼントはやっているのか?」
「本」
「なんの?」
「『機械化航空歩兵の戦闘の実際』」
ビューリングはコーヒーに手を伸ばし、一口だけ飲んだ。
「それは姉さんに喜ばれていると思うか?」
ウルスラは首を傾げた。
「喜ばれるかどうかはわからない。けど役にはたつと思う」
ビューリングは苦笑しながら胸ポケットに手を伸ばし、煙草を取り出した。
「役にたつ、か。姉さんはそれを読むのか?」
ウルスラは彼女のことを思い出しながら答えた。
「たぶん読まないと思う」
「読まないなら役に立つわけがない。おまえのワンピースと同じことだ」
「同じこと……」
おそらくウルスラにワンピースを送ってきたエースの双子の姉とやらは彼女と違い、普通の11歳の女の
子なのだろうとビューリングは思った。
「おまえが役に立つと思って送った本のように、そのワンピースも役に立つと相手が思って送った物か
もしれん」
「役に立つもの……」
「手紙が入ってたのならそれを着て出かけてみろとか、
出かけるときに着てみろとか書かれてなかったか?」
「……」
確かに適度な日光浴や散歩は健康にもいいし、外へ出るのは悪いことではない。
ではこれを着て外へ出ることは健康にもいいのだろうか?
彼女は自分の健康に良かれと思ってこのワンピースを送ったのだろうか?
そしてなによりも、これを着てみたら彼女は喜ぶんだろうか?
「……着てみたら喜ばれるの?」
ウルスラの問いにビューリングは火をつけようとした煙草から、ウルスラへと視線を移した。
「普通は喜ぶだろうな」
ビューリングが言い終わるかいなやのうちにウルスラは、食堂を飛び出した。
「ハルトマン、ハルトマン!」
上官のバルクホルンの声でエーリカ・ハルトマンは気持ちの良い眠りからさまされた。
薄目を開けるとバルクホルンの顔が眼前に迫っていた。
「いい加減起きないか、エーリカ・ハルトマン!」
「もう少し寝させてよ~」
エーリカはもそもそと毛布をかぶってやりすごそうとすると
あえなく毛布をバルクホルンに引っぱがされた。
「上官に起こさせるなんて、だらしないにも程がある!」
バルクホルンは本を頭の下にしたエーリカを見つけると呆れたように言った。
「まったくいくら枕がないからって本を枕にするなと」
「仕方ないよ。手近に枕がなかったんだから」
眠たげに言い訳するエーリカからバルクホルンは容赦なく本を取る。
「……『機械化航空歩兵の戦闘の実際』? 一体どうしたんだ、こんな本」
本の意外なタイトルを見て、驚いた表情でバルクホルンの視線は本とエーリカの間を行き来した。
タイトルからしておよそエーリカが読んでいるとは思えない本だ。
「妹が送ってくれたんだよ。きっと姉様にはこれから必要になるでしょうって」
「そうか。いい妹を持ったな、エーリカ。これは士官教育での重要な参考図書だぞ。今読んでおけば後
々役に立つ」
エーリカは本をバルクホルンから受け取った。
「そうなの? でも11歳には難しすぎるよ」
「まぁ、それはそうだが、それなら士官教育を受ける際にでも読んだらいいだろう?」
「そういうわけにもいかなくてねぇ」
「なんでだ?」
エーリカは困ったようなそれでいてうれしそうなような笑顔で、しおりとして本に挟んでいた写真を取
って見た。
バルクホルンも横からのぞき込んだ。
エーリカの写真かと思ったが、似てはいるものの、表情はまったくエーリカと思えないくらい生真面目な少女が見えた。
エーリカかと思ったのは同じ服をエーリカが持っているからだった。
エーリカはすぐに元通りに写真を本にはさんで閉じた。
「私にもいろいろ理由があるのさ。……というわけで勉強家のエーリカちゃんは今日もこの本を読むので、もう寝ます。お休みなさーい」
「寝るな!」
再び毛布を引っ剥がし、服を着せてやって部屋から連れ出した。
エーリカはぐずるどころか、みょうに一日中嬉しそうにしていたのをバルクホルンは不思議に思ったのだった。