Dans un autobus du crépuscule


傾き始めた太陽の光を浴びながら、街道沿いを走っていたバスは新たな乗客を発見すると、
粉塵を上げながら停留所へと停車した。小脇に荷物を抱えたペリーヌ・クロステルマン・
中尉は、ステップを上がり車中へと入ると、あたりを見回して空席を探した。時間が時間
ゆえに他の乗客は、ほとんど乗っていなかったが、ふと見覚えのある人物が目に付いた。
ペリーヌは、その人物が座る座席へと歩み寄ると、
「サーニャさん?」
と声をかけた。
「あ・・・ペリーヌさん」
窓の外をぼんやりと眺めていたサーニャ・V・リトヴャク中尉は、声のした方に顔を上げ
るとそうつぶやいた。
「今日は、エイラさんと一緒じゃないのですね」
「・・・はい」
「隣よろしいかしら?」
そういってサーニャの右隣を空いた手で指さす。
「・・・どうぞ」
「では失礼して」
そう言うとペリーヌはペコリとおじぎをするサーニャの隣に腰を下ろした。
ペリーヌが座席に着いたのを確認したバスは、一際高いエンジン音を上げると再び自分の
仕事を開始することとした。

バスが停留所を発車して数分してから、ペリーヌは後悔をし始めていた。2人の間には会
話は生まれず、バスの振動音とエンジン音によって無音ということはないものの、ペリー
ヌにとっては、あまり居心地の良い時間だといえるものではなかった。
(こんなことなら、わざわざ隣に座ることもありませんでしたわね・・・)
ペリーヌは心中そう感じたものの、さすがにまだ数十分ある道のりを、このまま2人でだ
んまりを決め込むのもどうかと思い、ペリーヌは仕方なく会話の口火を切った。
「今日はどういう用件で出かけてらしたの?」
サーニャの方を向いてそう尋ねる。
「あ、あの・・・これを・・・」
サーニャは座席の隅に置いてあった紙の包みを膝の上に置くと包みを開き、束となった
カードの一枚をペリーヌに差し出した。
「何ですのこれ?」
手に取ったカードには、何かを記入するために空欄となったスペースがいくつも設けられ
ていた。ひっくり返してみると、夜空をイメージしたのであろう、小さな星々が描かれた
黒色の背景に白抜きで「サーニャ・V・リトヴャク」とキリル文字で記され、右隅には白
い百合の花のイラストが添えられていた。
「QSLカードというもので、交信した他のナイトウィッチと交換するんです」
「ふ~ん、ナイトウィッチ同士でそんなことをしてるのですね」
ペリーヌは興味なさげにカードを裏表とひっくり返す。
「はい。それで前に作ったのが無くなったので、新しいのを印刷屋さんに作りに行ってき
たんです」
「無くなるってことは、案外お友達が多いのですね。エイラさん以外の基地の方々とはあ
まり話もしませんのに」
ペリーヌはそう言いながらカードをサーニャに返した。
「はい・・・他のナイトウィッチの人達も、時間のズレで同じ部隊の人達との交流が少な
いことを悩んでいるみたいで・・・。私も、もっと基地のみんなと仲良くなりたいんで
すけど・・・」
「まぁ、別に無理に仲良くなる必要も無いんじゃないですの。あまり、そういった事を求
められても、相手にとっては迷惑かもしれませんしね」
「そうですね・・・」
片手を上げながら言うペリーヌの言葉を受けて、サーニャは微笑みをもらした。サーニャ
にとっては、ペリーヌの言葉は自分を励ますものに聞こえたようである。一方のペリーヌ
は、何故急にサーニャの表情が変わったのかの意味がわからず、
(急にどうしたのかしら?)
と首をかしげた。

2人の会話はそこで途切れ、再び沈黙の時間が流れ始めた。だが、今度はその時間はそう
長く続くことはなかった。今度は、サーニャが話を切り出したためである。
「あ、あの・・・」
「何ですの?」
「ペリーヌさんは、どういった用事ですか?」
そう言ってペリーヌの包みにチラリと目をやった。ペリーヌはその視線に気づくと、自分
の体の影となるようにその包みを隠し、
「あなたには関係の無いことでしてよ」
と、つっけんどんに答えた。その中身が食材で、坂本少佐のために真夜中にこっそり料理
の練習をしているとは言えなかった。
「・・・すいません」
ペリーヌの言葉にサーニャはシュンとうなだれた。
「あ・・・」
ペリーヌの視線が思わず中空をさまよう。
(別に私が気にすることでは・・・)
そうは思うものの、自分の左隣にいるサーニャの姿を見ると思わず胸がチクリと痛んだ。
(ああ、もう!)
そう心の中でつぶやいて額に手をあてた。
「サーニャさん」
「・・・はい」
「何か話したいことがあれば、好きに話していいですわ」
ペリーヌは座席の手すりに肘を置き、手の甲にあごをのせながらできるだけ素っ気なく伝
えた。
「え~と・・・じゃあ・・・」
「で・き・れ・ば、音楽の話がいいですわね」
「それなら・・・」
「あと、ガリアに関係したものがいいですわね」
「・・・あの、『Ah! Vous dirais-je, Maman』ってご存知ですか?」
「ああ、18世紀末に流行ったシャンソンですわね、存じてますわ。素敵な恋の歌ですわ
 ね。特に、Belle brunette,Flore est moins belle que toi ;L'amour moins tendre que moi.
(きれいな金髪だね、君はどんな花よりきれいだよ、僕はどんな恋人より優しいよ)のあ
 たりなんて」
ペリーヌはある人を思い浮かべて思わずうっとりとする。
「私は、モーツァルトがその歌のメロディーをピアノ変奏曲にした、『きらきら星変奏曲』が好きなんです」
「あら、そうですの」
「恋とかは・・・私にはまだわかりませんから」
そう言うとサーニャの顔がわずかに赤らむ。
「まぁ、『きらきら星変奏曲』もいい曲ですわね」
「はい。あの、夜間哨戒で星空の下を飛んでいる時に、星々がきらめいているのを見てい
ると、あの優しいメロディーが聞こえてくる気がするんです。ピアノの鍵盤から流れる
音に調和するように、私たちはこんなにも輝いているんだって、星たちが見ているこっちにそう伝えてくるように」
「そうなんですの」
「あと、ガリア出身の作曲家だとモーリス・ラヴェルの『マ・メール・ロワ』なんかも・・・」
この後もサーニャの話は続き、ペリーヌはそれの聞き役に徹していた。
(この娘、意外としゃべるのですね。普段は怖いほど物静かというか、エイラさんの影に
隠れているのばかり目についていましたが・・・)
自覚こそはしていなかったが、言いたい事をすぐに口に出すペリーヌにとって、何も口
にしないサーニャはどこか異質な存在にも思えていた。ただ、今目の前で好きなものに
ついて嬉しそうに語る、いつもとは違うサーニャの姿をペリーヌは微笑みながら優しい眼
差しで見つめ続けた。
そのまま時間は自然と流れていき、バスはまもなく2人を基地に送り届けるという役目を
終えようとしていた。

バスを降りた2人は、お互い荷物を抱えながら連れ立って歩き、1日の役目を終えた太陽
はその姿を照らして、2人の影を伸ばしていく。その影は、基地の門の前に立ち、足元を
ぼんやりと眺めていたエイラの元へと届き、それによって待ち人の帰宅に気付いたエイラ
は嬉しそうに顔を上げた。
「サーニャお帰り!・・・って、ペリーヌと一緒だったのか」
「うん。帰りのバスの中で」
エイラはサーニャに歩み寄り、その両肩に手を置くと、
「何か意地悪とかされなかったか?」
と心配そうに尋ねた。ペリーヌはその言葉にムッとし、腰に片手を当てると
「そんなことは、・・・」
「そんなことはないわ・・・、エイラ」
突然のサーニャの言葉に、ペリーヌは思わず目を丸くし、サーニャの顔をまじまじと見つ
めた。
「その・・・、ペリーヌさんは、色々私に話しかけてきてくれて・・・、私の話も聞いて
くれて・・・だから・・・あんまりペリーヌさんのことを悪く言っちゃ・・・ダメよ・・・」
エイラはその言葉に戸惑いながらも、
「そうか・・・悪かったなペリーヌ」
ペリーヌの方を向いてそう話しかけた。
「別に気にしてませんわ。それにしても、明日の天気は雪かしらね。なにせエイラさんが
素直に謝るんですもの」
ペリーヌはそう言いながら2人の横を通り過ぎようとしたが、ふと足を止めると、
「サーニャさん」
「・・・はい?」
「よかったら今度、あなたが夜間哨戒に出掛ける前に、美味しいカフェオレでも作って差
し上げますわ」
ペリーヌは正面を向いたままサーニャにそう話しかけた。
「・・・はい」
「もっとも、運よく私が厨房にいたらの話ですけどね」
ペリーヌは髪をかきあげると、2人をその場に残して基地へと歩を進めた。その顔にほん
の少し赤みがさしていたのは、ペリーヌを照らす夕日のためだけではないのであろう。


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