fly to me


「宮藤が飛べなくなっただと?」
しょんぼりする芳佳を前に、美緒は首を捻った。これから訓練飛行と言う時になっての、突然の申告である。
「体調も魔力も異常なし、ストライカーも動作は快調。何処が問題なんだ」
試しにちらりと魔眼で芳佳を見るも、特に変わった所は無い。
「分かりません。でも、飛べなくて」
しょげる芳佳。横にはリーネが何とかなだめようとついているが、逆にリーネの方が動揺している。
「困ったわね。私達はまず飛ぶ事が大前提なのに……」
ミーナも顔を曇らせる。司令室に居る一行は、今後どうすべきか対応を考え始めた。
試しに、美緒は芳佳に問うた。
「宮藤。最近悩みは無いか?」
「悩みですか? ……皆さんのお役に立てているか、と言う事は」
「それは問題ない。他には? 何でも良い。もしこの場で言いにくい事なら『有る』とだけ答えれば良い。……どうだ?」
「いえ、……特には」
答える芳佳。しかし、芳佳の目が少し泳いだのを見逃さなかった美緒は、頷いた。
「だいたい分かった。行くぞ」
芳佳を立たせると、司令室のエレベーターへと連れて行く美緒。
「ちょっと、何処行くの坂本少佐?」
ミーナが声を掛ける。
「私がスカウトし、私が育てたウィッチだ。責任は全て私が負う」
「具体的には、どうするのかしら?」
「一緒に飛ぶ。と言うか飛ばす」
「ええっ、強引に?」
驚くミーナ。リーネもびっくりした顔をしている。
「お前達も来い。皆でやった方がうまくいく」

ハンガーに到着した一行。芳佳はいつもの様にストライカーを履き、魔力を解放し、ぴょっこりと耳と尻尾を出した。
魔導エンジンが唸りを上げ、アクアマリン色のプロペラが軽快に回り出し、地面には魔法陣が浮かび上がる。
「ふむ。やはり魔力の問題ではない、か」
既にストライカーを履き、タキシングして来た美緒はロープを自身に結わえると、
もう片方の端を芳佳の肩と腰にぐるっと回し、結んだ。
「ちょっと、美緒?」
同じくストライカーを履いているミーナは、美緒のやろうとしている事を察し、美緒の手を止めた。
「どうしたミーナ?」
「貴方まさか……それで宮藤さんを引っ張ろうなんて」
「そのつもりだが?」
「ダメよ! 万が一、これで宮藤さんが飛べなかったら、貴方が引っ張られて地面に激突するし、宮藤さんも……」
「そこをだ。ミーナとリーネが宮藤を抱えて、飛べば良い」
「はい?」
突然の事に聞き直すミーナ。美緒は苦笑した。
「幾らなんでも、私一人だけで引っ張り上げる訳ではないぞ。あくまでも私は先導と言うか、そんなもんだ」
ストライカーを履いて近寄ってきたリーネを手招きした。
「リーネ、お前も宮藤の脇を掴め。ミーナもだ」
二人に両脇をぐいと掴まれる芳佳。ミーナとリーネの胸が腕に当たり、ほわわと顔が緩む。
「こら宮藤、今から飛ぶと言うのに何だその顔は」
「は、はひっ、すいません」
「芳佳ちゃん……」
「よし、では全員、速度を私に合せてくれ。タイミングを合せて飛ぶぞ。三つ数えたら滑走開始だ」
美緒のカウントに合せ、一同はゆっくりとハンガーを出て、滑走路へと出た。
「速度を上げるぞ、……よし、ゆっくりと身体を引き起こせ」
美緒に合わせ、それぞれの速度が上昇していく。
「わっ私っ」
焦りの色を隠せない芳佳。
「大丈夫だ、二人がついてる。私の顔を見ろ。どんな顔をしている?」
「坂本さんですか? ちょっと怖そうです」
「ミーナは?」
「優しそうです」
「リーネは?」
「心配そうです」
「……宮藤、とにかく分かったか? 皆お前を思っての事だ。行くぞ!」
「まっ待って下さい、心の準備が……」
「飛べ! 宮藤!」
美緒は既に離陸している。ロープがぴんと張り、斜め上方に容赦なく引っ張られる。
ミーナとリーネも離陸し、滑走路ももう端が見える。
「芳佳ちゃん」
リーネが頷いた。
「私……私……」
美緒の背中を見た。
両腕を掴まれているから実際には伸ばせないが、気持ちとしては、前を飛ぶ美緒に向けて……、
腕をおもいっきり、伸ばしたかった。

あの人みたいに、自由に飛びたい。
あの日見た、憧れのひとの、姿。

横を見る。リーネが微笑んでいる。
「芳佳ちゃん、飛べたね」
「え?」
ミーナも、ほっとした顔で芳佳を見ている。
「宮藤さん、おめでとう。無事離陸したわよ」
「え? え?」
振り返る。滑走路は遥か斜め下に見え、高度をぐんぐんと上げている。
「あ……」
いつ寄って来たのか、美緒が芳佳のすぐ近くに来ていた。腰に手を回し、ロープを解く。
「もう、お前を束縛するものは何も無い。どうだ? 問題なく飛べるだろう?」
ミーナとリーネが芳佳からそっと離れる。芳佳は以前と変わる事無く、皆と同じく、飛行を続けている。
「え、あ、はい! 飛べます!」
両手でバランスを取り、姿勢を変えてみる。安定している。
「ロールしてみろ」
「こうですか?」
ぐるりと身体を一回転してみせる。
「出来るな。問題無い」
美緒はいつもの様に、豪快に笑った。
「良かった芳佳ちゃん! 私嬉しい!」
「ありがとう、リーネちゃん!」
リーネがぎゅっと抱きつくも、特に姿勢の乱れも失速も見られない。普段と変わらぬ、芳佳の飛ぶ姿。
「良かったわね、宮藤さん。元に戻って」
「ありがとうございます、ミーナ中佐」
「元々、お前は自由に飛べるだけの技量を持っているんだ。飛べて当たり前なんだ」
美緒は腕組みして言った。
「さあ、このまま少し辺りを飛んで、戻るか」
「はい!」

芳佳はリーネと一緒に空を飛んでいる。美緒はその姿を見て、うん、と頷いた。
「ねえ、美緒」
美緒のもとにミーナが近寄って来た。
「どうして、こんな事を? それに『飛べば治る』ってどうして」
「一度切欠を与えれば、すぐに戻る。そう判断したまでだ」
「切欠って、かなり強引ね」
「まあ、な。荒治療だが、元に戻って良かったじゃないか」
「これだから、貴方って人は……。もし宮藤さんが離陸出来ずに私達もろとも引っ張られたりしたらとか……」
「ミーナは悲観的に考え過ぎだぞ? 私は絶対飛べると信じていた」
「美緒」
「もし、賭けをしていたら私が勝っていたな」
笑う美緒。少し呆れた表情を作るミーナ。
「まったく、美緒は……。でも、どうして宮藤さんは……」
ちらりと芳佳を見る。リーネと一緒に、自由に空を舞っている。その動きはいつもと同じ、活発で堂々としたものだった。
今更失速したり墜落しそうなど、考えもつかない。
「宮藤は何処か怯えていたと言うか、自信が無かったんだろうな。でももう大丈夫だ。それに」
「?」
「お前も見ただろう。あいつの飛びたいと言う顔を」
「ええ。確かに。貴方の背中を追っていたわ」
「自由に空を飛びたい。あいつのそんな気持ちを引っ張ったと言うか。そんなとこだな」

「ねえ、美緒」
「何だ、ミーナ」
「いつか、私達も、こう言う戦いに関係ない場面で、一緒に、自由に空を飛びたいものね」
「前にも二人で言ったじゃないか。大丈夫、きっと叶うさ」
「私もそう、期待してるわ」
そっと指を絡ませ、速度を合せ、ゆっくりと飛行する。
ちらりと後ろを見るミーナ。
リーネと芳佳はいつもの通りで……美緒の言う通り、何の心配も無かった。
「扶桑の魔女、ね……」
ミーナはぽつりと呟いた。美緒は聞こえないぞと言わんばかりに、近付き、頬をくっつけてきた。
少しどきりとするミーナ。
「空では誰も、見ていない」
ふふっと笑う美緒。ミーナも微笑み、握る手の力を少し強くした。
二組のウィッチは、大空をゆったりと、飛んだ。

その夜。リーネのベッドに潜り込んだ芳佳は、リーネの耳元でひそひそと囁いた。
「夢?」
リーネが芳佳を見て言った。
「怖い夢見て。空を飛ぶと、トリモチみたいなのに絡め取られて、そのまま食べられちゃう……」
「ヘンな夢なの」
「すっごい怖かったんだから。でも、だからって飛べなくなる訳じゃない……筈なのに……」
「おかしな芳佳ちゃん」
「でも、リーネちゃんと、坂本さんと、ミーナ中佐、みんなのお陰で、もう大丈夫。私飛べるよ」
「私も、一緒に芳佳ちゃんと飛べて嬉しいし、楽しかった」
「ありがとう」
芳佳はリーネの胸に顔を埋め、幸せそうな顔をした。
リーネもそんな芳佳を見て、いつもと変わらないと確認し、そっと抱きしめ、髪をいじった。

end


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