お嬢さんとユーティライネン君
お前ってホントに変なやつだよなぁ。いつもそう思っていた。
そんなことを伝えたって、アイツはニヤリと笑って得意気な顔をするのだろう。あぁ、やっぱりお前は変なやつだよ。
だってなにを考えているか分からないのだ。私だってそう評されるけれども、私に言わせれば間違いなくアイツの方がその度合いが高い。
いや、考えていることが分からない訳ではないか。
楽しければ。幸せならば。アイツの頭の中ってそんな感じじゃないかな。どこまでも真っ直ぐで貪欲。
どんな時でも幸せを、探している。生み出そうとしている。守ろうとしている。素行は悪いくせに、じつはどこまでも真面目なんだ。
まぁだからこそ、カールスラントの3人組の中心はアイツなんだろうな。
でも不思議なものを見つけた。どこかソワソワした雰囲気のアイツ。
変なやつの変な様子は、1周回ってあまりにも普通で。
理由なんて日付を考えればだいたいは分かる。誕生日が近づいてソワソワするなんて普通だろ?
アイツも普通の女の子だったってことだな。
「珍しいじゃないカ、ハルトマン中尉。」
私の言葉に、彼女はびくりと肩を震わせた。
その様子もまた彼女らしくなくて、目を丸くさせられる。
変だ変だやっぱり変だ。天変地異の前触れか。威風堂々ハルトマン、現状は戦々恐々。
まるで噂で聞いた彼女の初陣時の姿みたいだ。
「なぁんだ、エイラか。」
中尉があからさまにホッとした様子を見せる。
分かったことがまた一つ。中尉はただいま誰かにびくびく。もしくはドキドキ。そしてそれは私にじゃない。
心当たりならあるさ。2択のうちのどちらかだ。2択は簡単、3-1の余った2人。
落ち着きを取り戻そうとハルトマン中尉がこれ見よがしに深呼吸をしている。
小さな胸を精一杯膨らませて絶景かな絶景かな。なんという絶望の風景だ。成長はまるでなし…と。
下手するとじきにルッキーニにも抜かれるのではないだろうか。
まぁ本人はあまり気にしてはいないみたいだけれども。
なんにせよ、おもしろいモノみ~つけた!!
「なんだとはナンダ。珍しくソワソワしちゃってサー。」
「エイラにはかんけーないでしょ!!」
そう声を張り上げると、中尉は不満そうに舌を出した。
ほっといてほしいなぁ、と言わんばかりの表情を向けてくるものだから、逆にかまいたくなってしまうというものだ。
過ぎたるは及ばざるがごとし…少し違うかな?
「お悩みカナ、お嬢さん?私でよかったら話を聞いてやるヨ。」
お嬢さんという呼び名をもった彼女は、その呼び方が不満なのか、短い手足をバタバタとさせている。
暴れるたびにふわふわと舞うブロンドが少しだけサーニャと似ているな、と思ってしまったのはなにかの間違いだ。
「むー。じゃあしっかり付き合ってもらうからね!!後悔しても遅いよ~?」
彼女ときたらさっきまでの不満顔をすっかりと潜めさせて、代わりに、やっぱりニヤリとした笑顔を湛えていた。
あぁ、やっぱサーニャとは全然違う。サーニャの方が可愛いし歌も上手い。それに優しいし、暖かいしずーっと可愛いもの。
「えー!下手うっちゃったナー。ほっときゃよかったヨ。」
少しだけ暇つぶしの相手になってもらおうなんて、甘い気持ちで声をかけたことをさっそく後悔させられる。
人選ミスだ人選ミス。シャーリーか宮藤あたりにしとくべきだったなぁ。もしくはリーネとか…。
でも後悔先にたたずというか後の祭りというか…仕方がない、付き合ってやるかぁ。
「えへへー、ごしゅーしょーさまだよユーティライネン君!!ほらほらー私の部屋までれんこーれんこー!!」
そう言って私の腕を引っ張っていく彼女は悩みなんて全くなさそうで。
さっきまでの姿は見間違いだったみたいだなぁ。
ーーーーーーーー
バタンと扉の閉じる音が響く。返事すらする間もなく、気づいたら彼女の部屋に引きずり込まれていた。
ハルトマン中尉の部屋といったら、魔窟として有名で、人の暮らせる場所ではないという話だ。
けれども、引きずり込まれたそこは、噂とは異なり、随分と小綺麗な様子であった。
「噂はやっぱ尾鰭のつくものなんダナ。十分暮らせそうじゃないカ。」
「ふふーん!!どうだーすごいだろー!!今朝までトゥルーデが掃除してたからね!!もっと褒めてもいいんだよ!!」
彼女が、重力というものに出会ったことないであろう胸を張って、自慢気にのたまった。やっぱり絶景、楽しくない。
確かによくよく見てみると、魔窟を形成していくであろう芽が、いたるところに見てとれた。
そうか、今朝まで掃除していて既にこれか…数日のうちに噂通りの姿へと戻るのだろう。
そう考えるとバルクホルン大尉が気の毒に思えてきた。
部屋の掃除は少し早めの誕生日の準備であったろうに。このままでは大尉は、当日までにもう一回この部屋で夜を明かすことになりそうだ。
「ほらほらー、エーリカちゃんのスーパービューティフルルームに感激するのほどほどにしてよね!!相談のってくれるんでしょ?」
あぁそうだった。悩みなんてなさそうにニコニコしているからすっかり忘れていた。というか本当に相談事があったことにびっくりだ。
「仕方ないナー。そうだ、揉まれると大きくなるって話ダゾ?」
じとっとした視線が注がれているのが分かる。
なんだ、足りない膨らみのことじゃなかったのか。
「サーニャに言っちゃうよ?」
恐ろしいことを言うのはやめてくれよ。
なぜだかサーニャときたら、私が誰かの胸の話をすると怒るのだもの。
「冗談…冗談ダヨ!!お悩みは多分誕生日のことダロ?」
「よく分かったねーエイラ。そうそう。エーリカちゃんは誕生日プレゼントのことで絶賛お悩み中なんだよ!!」
謎のポーズをとりながら、中尉は脳天気な声をだしている。
あれは多分「正解だよおめでとう」のジェスチャーなのだろう。本当に悩んでいるのだろうか?
むぅ…それにしても誕生日プレゼントか。大人しく当日を楽しみにしていればいいのに。
「ふーん。なにか欲しいものでもあるのカ?それなら私が出来る限りリクエストに応えてやるヨ。」
私の言葉に彼女は、ニターっと悪い笑みを浮かべていた。
なんだかすごく嫌な予感がするなぁ。未来予知をつかわなくても、多分予想は当たるだろう。
「じゃーさー、サーニャちょーだい!!」
とりあえず金髪を軽く叩いておく。やっぱりくだらないこと考えてた。
あげる訳ないじゃないか!!それにサーニャはものじゃないぞ!!
「サーニャはムリダナ!!まず第一に、サーニャをソンナメデミンナー!!」
彼女は、えへへーと笑いながら頭をぽりぽりとかいていた。
あぁ、やっぱりこいつは…私をからかうためだけに変なこと言ったなー!!
「冗談だよー。サーニャは盗らないから怒るなよなー。」
当たり前だ。私の役目はサーニャを守ることだからな。本気だったらMG42が火をふくぞ!!
「ねーエイラ?エイラだったら大切な人の誕生日には何を贈る?」
私がぷんぷんと怒っていると、少しだけ真面目な声で彼女はそうポツリと呟いて。そこにはもう、さっきまでのおどけた彼女はいなかった。
ふと私の頭に、彼女と瓜二つのもうひとりの「彼女」が浮かぶ。
あぁそうか。そういうことか。中尉がそわそわしているのは彼女自身の誕生日じゃなくて、スオムスのあの人のそれか。
自分の誕生日よりも誰かを思って悩むなんて…。でもそれが、とても彼女らしい。
ぐーたらなくせに、誰よりも皆のことを考えてて。そうしてさっと美味しいとこを持っていく少しだけズルイやつだから。
「自分で考えるんダナ。多分だけどさ、中尉が悩んで決めたものならきっとそれが一番嬉しいものになるんじゃないカ?妹にはさ。」
気付かれていないつもりだったのか、彼女の双眸が一際大きくひらくのが見てとれた。
私は「彼女」のことを直接知っているわけではないけれども、あの人が嬉しそうに語った思い出の中の「彼女」は、誕生日プレゼントに込められた思いを無碍にするほど無粋な人間ではなかった。
あの人が、「あの中隊」について語るときは、いつだってなんだかんだで笑顔だったから。
私の知らない、あの人にとっての宝物。少しだけ羨ましかったのは秘密で。少しだけ憧れて私もここに来たのも内緒のことだった。
「やっぱそうかなー?実はトゥルーデにもそう言われたんだよねー。ほら、私とあの子ってさ。随分会ってないから少しだけ不安でね?」
そう言った彼女は、私の見たことのない彼女で。あぁそうか。これが姉妹というものなんだなぁと…。
姉妹も兄弟もいない私には永遠に分からないことなのかもしれないけれど。それでもすごいものだとだけは感じていて。
だって、あのハルトマンですら落ちつかなくさせてしまうのだもの。バルクホルン大尉もだけどさ。
「ウルトラエース様が随分と弱気じゃないカ。」
「私の心は誰かさんと違って繊細なのー。手紙とかも全然返事くれないしさー。」
少しだけ唇の先っぽを尖らせて、彼女は不満げにぼやく。
でもそれでも、彼女はほっとけずに心配しているのだから。似ているのかな、少しだけ。バルクホルン大尉と彼女の関係に。
振り回すだけ振り回す彼女が、翻弄される側にまわっていることを除けばさ。
もしかしたら彼女は、大尉みたいになりたいのかもしれないな。
「愚痴ってる暇があるんなら直接会いに行ってこればイイジャナイカー?」
なんだかんだでざわざわと五月蝿かった中尉の声が忽然と途絶えて。
変なものでも見るような視線を注がれていた。
「えーと、まさかエイラにそんなこと言われるとは思ってなかったよ。だってそんなこととは一番遠い人間だよね、エイラってさぁ。」
なんだかとても失礼なことを言われている。私はぐちぐちしたのは嫌いなんだ。
言いたいことがあるならさっさと言っちゃうほうだというのに。
「でもそうだよね。けどやっぱ直接会うのは少し怖くて。それにどちらも守る場所があるからさ。
うん、決めた!!ミーナ説得して電信使っちゃおう!!返事催促しちゃうからね!!エーリカちゃんは止まんないぞー!!」
あぁ、いつも通りのハルトマンだ。たまには静かなのもいいけれども、やっぱり太陽みたいにキラキラしているのが彼女らしい。
小さな身体を精一杯つかって暴れまわっている方が似合っているから。
「まぁ、あんま役に立たなかったけどありがとね。なんだかぶちまけたらスッキリした!!ありがとね。」
役に立たなくて悪かったな。まぁ後半だけ受け取ってやるか。
ふと気付くと、ニヤニヤした彼女の顔が目の前にあって。
「だからお礼。あとは自分でなんとかしてね?」
耳元でそう呟くのが聞こえて。無理矢理に廊下まで引っ張られている身体を止めることなどできなかった。
バタンと扉の閉じる音が響くと、もう視界には彼女の顔しか見えなくて。
「頑張って手本見せてね?」
頬に柔らかいなにかが触れると同時に、その言葉だけが脳にこだまする。
瞬きをする間に、彼女は廊下を走り始めていて、やっと意識が戻ってきた頃には既に曲がり角の向こうへと消え去っている。
なんだったのだ。最後までからかわれていたのかもしれない。もう視界からいなくなった彼女を追いかける気にもならない。
「随分仲がいいんだね?私知らなかった。」
冷や汗が止まらないのだ。確かに背後から聞こえてきた声は、あの子のものだったから。
どこから見られていたのか。そこでやっと彼女の言葉の意味に気がついた。
あぁ、あのやろーサーニャがいること知っててあんなことやりやがったのか!!
「えと、そんなでもナイデス。」
どうにかしてここを切り抜けなければ。そして誕生日プレゼントはとっておきのものを考えてやる。
そう深く心に誓うと、私は廊下を走り出した。
Fin.