トライアングル・スクランブル
姉というのは、常に妹が元気でいるかどうか気にかけていなくてはいけない。
「お姉ちゃんって頼りになるね!」と尊敬される存在でなくてはならない。私はそう考えている。
ある朝、ウィッチーズ隊での妹である宮藤がしきりにため息を吐いていた。何か悩みがあるのだろうか。
何にしろ、このままでは訓練にも身が入らないだろう。
私はその朝食後すぐに宮藤を部屋へ連れていった。
…これがきっかけで、妹たちのスクランブルに巻き込まれる事も知らずに。
ベッドに座って不思議そうにする宮藤に、なるべく優しく話しかける。
「何か心配事か悩みがあるんじゃないのか、宮藤」
「へ…バルクホルンさん、なんでわかるんですか?」
「私は姉だからな、当然だ」
「さすがお姉ちゃんですね!」
ふふふ、そうだろう。
宮藤の一言で私はすっかり気分が高揚した。
「でも、ちょっと落ちついては話せない事なんです~…」
「なんなら私の胸を触りながらでも話せ。落ちつくだろう」
「はう、ではお言葉に甘えて…」
宮藤の両手が私の胸を掴む。しばらくふにふにと揉んだ後、宮藤は幸せそうに息を吐いた。
「はぁ…あのですね…」
頬を紅潮させたままの宮藤が、ぼそっと呟いた。
「…好きな人が出来たみたいで…」
その言葉に姉として少なからず衝撃を受けたが、なんとなく想像はついていた。
思春期の少女の悩みといえば、まぁまず恋愛事だろう。
「何か、いっつも意地悪ばっかり言ってくるんですけど、たまにお礼言ってくれたり褒めてくれる時とか、真っ赤になってるのが可愛くって…」
もじもじしながらも胸からは手を離さずに話す宮藤。
内容からすると、相手は……
…私の予想では、いつも宮藤と一緒にいる某人物が相手だと思っていたのだが…それはやはり大きな胸が好きなだけなのか?乙女心というものはよくわからん…
「考えただけでドキドキしちゃうんですけど…女の子同士だし、この気持ちが知られちゃったら引かれちゃうかなぁって…」
「…それはないと思うぞ、安心しろ」
「え…ほんとですか?」
ヨーロッパは扶桑より恋愛の自由は進んでいるし、何よりその相手だって同性の坂本少佐に…
……そうだ、そこがネックだ。彼女は少佐に夢中になっている。鈍感な宮藤が気付いているのかはわからないが…
しかし、宮藤がアタックする事によって何か変わるかもしれないし、ここは勇気づけてやるのが立派な姉というものだ。
「宮藤、諦めるな。人が人を想う気持ちに性別も階級も関係ない。当たって砕けるつもりでアプローチすれば、結果はどうあれ後悔はしない筈だ」
「…お姉ちゃん…!!」
宮藤が拳をぎゅっと――つまり私の胸をぎゅっと――握った。
その目には強い決意が色めいている。
「私…私、頑張ります!」
「うむ、お姉ちゃんは応援しているぞ!」
「はい!宮藤芳佳、いきますっ!」
宮藤はガッツポーズを取ると、部屋を出ていった。
宮……芳佳、大きくなったなぁ。お姉ちゃんは少し切ないよ…
―――
「バルクホルン大尉…少しだけお時間をいただいてもよろしいですか?」
昼食後。
私の部屋を、宮藤の意中の相手(だと思われる)ペリーヌが訪ねてきた。
「かまわないが…どうしたんだ?」
「あの、少し悩み事があって…宮藤さんが悩みなら大尉に相談したらいいと声をかけてくれたのですけど」
おお…宮藤、ちゃんとアプローチをかけたようだな。さすがは私の妹だ。
「あんな豆狸に心配されるなんて…よほど呆けていたのですわ、私としたことが…」
……ま、まぁ、結果はこれから付いてくるかもしれないな。頑張れ芳佳。
「それで…悩みというのはなんだ」
「あ…あの、その」
ペリーヌは顔を赤らめ、上擦った声で言った。
「す、少し…気になる人がいて…」
…これは。
もし少佐の事だったら、改めて私に相談する必要もないだろう。
宮藤の恋路に一筋の光が射したのではないだろうか。
「まだまだひよっ子の癖に綺麗事ばかり言っていて、弱々しくって…でもそんな所が放っておけないというか、いつも気にかけるようになってしまって…」
…しかし、この内容からすると、宮藤のような違うような。
「私にはない素直でまっすぐな所に、何故か胸がきゅっとしてしまうんですの…特に宮藤さんや故郷に対しては、普段控え目な性格なのに熱くなったりして、それがまた素敵で…」
あぁ…宮藤の名前が出てしまった。
これは間違いない、宮藤の想い人だと勘違いしていた某人物だ。しかし意外だ、ペリーヌと彼女はあまり馬が合わないのかと思っていたのだが。やはり乙女心というものは複雑だ。
「こんなのって…変、でしょうか?大尉」
「い、いや!変なものか!」
どうしよう。宮藤に応援すると言った以上、ペリーヌが別の人物を好いているというのは喜ばしい事ではない。
しかし…ペリーヌの不安そうな、子猫のような目を見ていると、やはり元気づけてやりたくなる。
少しタイプは違うが彼女だって妹だ。姉が妹を贔屓してどうする!
「いいか、ペリーヌ。お前の気持ちは全く変ではない。純粋にその相手が好き…なのだろう?」
「や、やっぱりそうなのでしょうか…でも、私その人にはいつも以上に素直になれなくて…」
ペリーヌは完全に恋する乙女だ。こうなると尚更応援したくなる。
芳佳、すまない!
「お前は本当は心優しい少女だ。相手も少なからずそれをわかっている筈だ。自分に苛ついたりせずにしっかり相手と向き合って、想いを伝えていくんだ」
「…大尉…!」
不安気だったペリーヌの表情が明るいものに変わった。
「わかりましたわ…ありがとうございます、大尉!」
「よし、頑張れ!」
「はい!いきますわよ、ペリーヌ・クロステルマン!」
ペリーヌもまたガッツポーズを残し、部屋を出ていった。
…何だか嫌な予感もするが、とりあえず姉として妹たちの恋路を見守ろうと思う。
―――
「あの、バルクホルンさん…ちょっと聞いてもらいたい事があるんです…」
夕食後。
今度はペリーヌの意中の相手(だと思われる)リーネが私の部屋へやってきた。
「どうした?」
「あ、あの…ちょっと悩みがあって今日の訓練がいつも以上にちゃんと出来なくて…心配事があるならバルクホルンさんが聞いてくれるってペリーヌさんが教えてくれたんです」
うん…ペリーヌもちゃんと優しく接しているようだな。
「悩みというのはなんだ」
なんとなくわかる気がするが一応尋ねる。
リーネはいつも以上にもじもじしながら呟いた。
「あの…私、好きな人がいて…」
やはりそうか。
しかもリーネの場合、相手も想像がつく。
「私より後にウィッチーズに入って、訓練でも私とおんなじくらいしかできないのにいつも前向きで、そこが羨ましくて一時期冷たくしちゃって…」
もう答えを言っているようなものだ。リーネより新人のウィッチは一人しかいない。
リーネと彼女が最初はギクシャクしていたのも知っている。
「でもそんな私にずっと優しくしてくれて、お友達になってくれて…今では、いつもは可愛いのに戦いの時は凛々しくって惚れ惚れしちゃうんです…」
頬に手を当て、はぁ、とため息を吐くリーネ。誰がどう見てもその相手に夢中な事がわかる。
「その人の事が気になって夜も眠れないんです…これって重症ですよね…?」
「え…う、うむ…」
困った。完全に三角関係じゃないか。どうしたものか。
しかし、リーネも私にとっては妹だ。本当の姉と離れていて心細いのだろう。
やはり私が元気づけてやらねばなるまい。
「それだけ気になるというのは、その分相手への想いが強いということだろう。何も恥じる事はない」
「ほんとですか…?」
甘えるような眼差し。思わずぎゅっと抱き締めたくなるような愛らしさだ。
芳佳、ペリーヌ。妹は平等に愛す。それが立派な姉だ!
「リーネ。お前は素直で優しいし、家事も得意だ。お嫁さんにしたいキャラNo.1だ。その癒しのオーラで、相手を自分に夢中にさせればいい」
「バルクホルンさん…!」
ぱっと顔を輝かせるリーネ。
「やります!私…頑張ります!」
「その意気だリーネ!」
「はい!いくのよ…いきましょう、リネット・ビショップ!」
またも妹はガッツポーズを取り部屋を出ていった。
まさかこんなに完全なトライアングルになっているとは思わなかった。
勢いで全員焚き付けてしまったが、大丈夫だろうか…
―――
翌朝。
「ペリーヌさんリーネちゃん、あーん」
「…ん、まぁ料理の腕だけは褒めて差し上げましてよ」
「ペリーヌさん、口の周りにご飯付いてますよ。あ、芳佳ちゃんも」
例の三人は、なんだか以前より仲睦まじくなっていた。
「なんだか仲良いわね、あの三人」
「はっはっは、良い事ではないか」
佐官の二人は微笑ましく三人を見ている。
と、突然三人はいつものような喧嘩を始めた。
「だから納豆は止しなさいって言っているでしょう!」
「わぁーん、ペリーヌさんが怒ったぁ」
「お、落ちついてください~」
ペリーヌに怒鳴られ嬉しそうな宮藤。
リーネにいさめられ嬉しそうなペリーヌ。
宮藤に抱きつかれ嬉しそうなリーネ。
なんだか奇妙な三角形になってしまっているようだが、当の本人たちは幸せそうだ。
それならまぁいいか、と、可愛い妹たちのスクランブルの真実を知る私は、これからも彼女たちを見守っていこうと決めた。
それが姉というものだ。