苺ウィッチーズ「さよならエーリカちゃん」


「あっれー? トゥルーデ~、レ~ン…どこいったのー?」
 気づいてみれば、そよそよとした風が吹く川原に一人。
 むくりと起き上がった少女は、突然がらっと変わってしまった風景を見回した。
「…おっかし~なぁ。さっきまで船の甲板にいたはずだけど」
 う~んと顎に手を当て、記憶を辿り考え込む。次の配属先へ移動すべく海路をゆらゆらしていたはず。
 知恵熱なのか、後頭部がズキズキ。痛みにもめげず、ぼんやりした記憶のヴェールに手をかけた。
「ああっ! そうそう、思い出してきた。たしか…これからのウィッチの方向性について討論してたんだよね」
 取っ掛かりさえつかめば後は簡単。脳内で少し前にしたやりとりが再生された。


XXX


「だからさー、これからのウィッチはこの路線でいくべきなんだって」
 真面目な顔をして語るエーリカ。ぐうたらな彼女のこれほど真剣な表情は珍しい。
「馬鹿か、お前は! 寝言はいいから、さっさと基礎トレーニングをこなせ」
 甲板に響く怒鳴り声。拳を震わせたゲルトルートの雷である。
 議論に値しないと一蹴されたエーリカは、両頬を膨らませて不貞寝。
「相棒を見下してますよ、この人。上から目線ってサイッテーだと思う」
「見下されて当然です! あなたはまず己の自堕落な生活態度から改めるべきで」
「小姑が二人に増えた…うぜぇ」
 反対側からの援護射撃にうんざり。エーリカは腰に両手を当て胸を張るミニ堅物を邪険にする。
「う、うぜぇってそんな言い方……い、いえ、うざくてもいいのです! ずぼらなハルトマン中尉が更正するなら、私は幾らでもうざくなってみせましょう!」
 がびょんと涙目になるヘルマだが、持論は譲らない。カールスラント軍人たるもの云々、エーリカにとって耳タコである説教が始まるかと思われた、
「落ち着け、レンナルツ。興奮すればハルトマンの思うツボだぞ」
 割って入ったゲルトルートの言である。長年のつきあいから、天邪鬼なエーリカをよくわかっている。
「は、はいっ! 御指導ありがとうございます、バルクホルン大尉!」
 舞い上がるヘルマ。心酔するエースウィッチ直々の助言なのだから道理だ。
 エーリカは面白くなさそうに鼻を鳴らし、よっこらしょと立ち上がった。
「そんなんじゃ時代の波に乗り遅れるっての…私が手本みせるからよく見てなよ」
「手本? お前、歌って踊れるウィッチとか本気で言ってたのか?」
「馬鹿げてます。軍人はアイドルじゃないんですよ」
 単なる方便と捉えていた堅物コンビが相次いでブーイング。
「細かい事は言いっこなし! 二人とも輝ける未来へ付いておいで、イエーイっ!」
 エーリカはダブルの白眼も気にせず、軽やかなステップを踏んで歌い始める。身体能力は高いため即興のダンスも上出来だ。
 ノッてきたテンション、ウルトラエースが思いついたのは観衆の度肝を抜く行為。
「おおっし、エーリカちゃんの本気をいざ―――とおっ!」

 まぶしい太陽、煌めく海。
 上下に逆転する風景、重力から解き放たれる感覚、そして―――

ゴイ~ン!

「エーリカっ?! おい、大丈夫か? しっかりしろ!」
「ハルトマン中尉?! あわわ…私、ヴィルケ中佐をお呼びしてまいりますっ」
 僚友たちの慌てふためく声、それがエーリカの思い出せる最後の記憶である。


XXX


「うっそん…もしかして、やっちまいましたか」
 そう呟くエーリカの額から汗。突き抜けたその先に辿り着いてしまったのかもしれない。
「何がもしかしてなんです?」
「珍しく悩んでるんだから邪魔しないでよ、レ……ン?」
 話しかけてきた相手へ普通に答えて一拍、エーリカはおかしな格好をした少女に首を傾げる。常にきちっと着込んでいるカーキ色の軍服ではなく、体の前で合わせた布を胴で縛るという扶桑の民族衣装を身に着けていた。
「私を誰かと間違えてますね。申し遅れました。私はあの世の案内人です」
「あの世~? ああ、宮藤が言ってたアレだろ、レン?」
 万国博覧会な501基地を思い出してケラケラ。国が違えば死生観も大きく異なる。
 ヘルマに似た少女は大きく溜め息をつき、座り込んだエーリカの腕を引く。
「だから私はあの世の案内人ですって…。いいから行きますよ。閻魔さまがお待ちです」
「閻魔さま? えーと、何だっけ…ま、いーか」
 あまりこだわらないエーリカが思考を投げる。奇想天外な出来事を楽しむ余裕は大物のそれだった。

「おっ? ミーナじゃん。やっほー」
 連れられた先に見知った顔を発見しての第一声。
 血の気の引いた案内人は、振り向きざまにエーリカを羽交い絞めた。
「ちょ、ちょっと、閻魔さまに対して無礼ですよ! あの世で一番偉い方なんですからねっ」
「いいわ。きっと私を誰かと間違えてるんでしょう。まだ自らの死を受け入れていないのね」
 ミーナに似た偉い人は一つ溜め息。不慮の事故によるパターンだと鷹揚に頷く。
「だってさー、そんな急に死んだって言われても」
 訳知り顔でいなされたエーリカは盛大につむじを曲げた。
「あなたの死因はどれどれ…歌って踊れるアイドルウィッチになろうとバク宙して失敗。甲板に置いてあった鉄アレイに後頭部をぶつける―――悲惨だわ」
「それまでの経歴が輝いているだけに痛いですよね」
「そうね。人生の価値はどう死ぬかで決まるのに」
 むくれる死者を完全放置。ファイルを覗き込んだ二人は、ああだこうだと議論する。
「…というわけで、あなたは地獄行きと決定しました」
 パタンとファイルを閉じての宣言。ミーナに似た閻魔さまは地獄と書かれた扉を指差す。
「はあ?! なんでさー? 私がアウトならミーナなんて最下層じゃん」
「閻魔さまの決定は絶対です! 不服を唱えるだなんておこがましいですよ!」
 すこぶる失礼な訴えに案内人は目をむく。
「うわー、何その社会主義的考え…相手がどんな偉い人だって、間違ったことはきっちりと糺すべき」
「ふふっ、いい度胸ね。そういう反骨心って大好きよ。じゃあ、来世を楽しみにしているわ」
「あっ、まだ話は終わってないっての! 逃げるのかって―――わあああぁ~っ!」
 閻魔さまが木管を叩いた途端、背後からものすごい突風。エーリカの体は地獄と書かれたドアに吸い込まれていった。

「なんだ、また極悪人の到着か。まったく嘆かわしいことだ。風紀秩序はどうなっている」
 流され着いた先は広い体育館のような場所。
 腰の後ろで両手を組んでいた人物が物憂げに振り返る。
「おお、予想どォり! なんだかワクワクしてきたぞ」
「先に言っておきますが、この人は地獄の管理人さんですから。無礼があったら許しませんよ」
 相手の顔を指差すエーリカに、目を吊り上げた案内人が肘打ち。
「ふ~ん…で、お前の想い人なんだ?」
「な、ななな何を根拠にそんなっ?! 違います違うんです私のこの想いは憧れからくる純粋なもので」
 瞬間、真っ赤。頭から湯気を出しつつ、少女はあたふた否定する。それを見やるエーリカはにやにや。
「落ち着け、案内人。あの世の番人たる者が罪人の諫言にのせられてどうする」
「は、はいっ、すみません! 御指導ありがとうございます」
 呆れ顔の管理人が割って入ると、案内人は背筋を伸ばして勢いよく上体を倒す。
 そんな扶桑的最敬礼を尻目に、エーリカは膨れっ面。
「なんだよ、トゥルーデまでー…罪人呼ばわりとかメチャむかつくんですけど」
「罪状否認のうえ錯乱状態か、軟弱なやつだ。ここで私が一から鍛え直してやろう」
 バルクホルンに似た管理人が大仰な溜め息をつき、手に持ったカーキ色のシャージを差し出した。
 頭の後ろで手を組むエーリカは、ずらりと並んだ基礎トレ器具をちらり。
「えー、それじゃ今までと変わらないじゃん。つまんないの~」
「つまらないとは何だ愚か者っ! 弛まぬ努力の積み重ねこそが美徳なのだぞ! いいか、私が管理する地獄では、1に規律、2に規律、3も規律で」
「4・5・6・7・8・9も規律なんでしょ…うぜぇ」
「こ、このォ―――はっ?! いかん。危うく罪人の口車に…」
 いきり立つ管理人は何度も深呼吸。
 管理人の一喝を飄々と受け流すエーリカに、むかっ腹の立った案内人が提案する。
「反省もみられませんし、凶悪犯指定してはどうですか?」
「む? そうだな。こいつのデータは、と……なんだこの死因。お前、馬鹿だろ?」
「うっせー。馬鹿って言ったほうが馬鹿なんだよ」
 そう言って、エーリカは舌をべろべろべー。
 のってくるかと思われた管理人は余裕綽々、鼻で一笑にふした。
「私がその手にのるとでも? お前にはまず恥の上塗りをさせてやる。さあ、歌い踊ってみるがいい」
「え?! いいの?」
 きらんと瞳を輝かせるエーリカ。この期に及んでも尚、歌って踊れるアイドルウィッチを目指すつもりらしい。
「ふふん。私たちの白い目に、お前がどこまで耐えられるか見物だな」
「ああ、なんて容赦のないペナルティ! そんなところも素敵です」
 白い目、スタンバイオーケー。どこからともなく楽曲スタート。
 不完全燃焼だった前ステージ、その鬱憤を吐き出すべく、エーリカはスポットライトのもと踊り始める。
「よおおっし、いっくぞー! 二人とも輝ける未来へ付いておいで、イエーイっ!」

「~~~~っ」
「ど、どうしたんです?! お腹でも痛いんですか?」
 曲が進むにつれ、大きくなる震え。ステージを白い目でロックオンしている外野陣の会話である。
「怒鳴りたくて堪らないのに、言い出した手前できないんだよね。わかるわかる」
 したり顔でズバリ指摘、気分は最高絶好調。
 あげつらわれた管理人は顔を真っ赤にし、握っていた鉄パイプをグシャ。
「うるさいっ! いったい何曲歌うつもりだ! お前には恥という概念がないのか、この厚顔無恥めっ」
「トゥルーデみたいなシスコンに言われたくなーい」
「なんだとォ?! シ、シス…貴様ぁ、言ってはいけないことをおおおおぉーーー」
 火山大噴火。ぶっとい鉄骨に組み付き、もぎり取る管理人。
 ど真ん中を支えていた支柱が失われ、空間全体に不気味な鳴動が響く。
「あ、あわわ、禁句が。どうなっても知りませんよって、ひゃあ?! ……ここは一時撤退です!」
「貴様はもう許さん! そこへなおれっ」
 無茶苦茶に振り回される鉄骨、ひらりひらりと身をかわす罪人。一緒にいる案内人は堪ったものではない。
「あれれー? どこ行くのかな、レ~ン」
「ついてこないでくださいっ! 私まで巻き込まれるじゃありませんか?!」
「冷たいこと言うなよー。私たちってほら、一蓮托生じゃん」
「都合のいいこと言わきゃああ、あぶ、危ないですって! あ、天国への扉が。取りあえずあそこへ!」
 ぴたりと併走し、盾にしてくる小悪魔に涙目。幸薄い案内人は救いを求め、天国と書かれたドアに飛び込んだ。

「いゃっほ~、天国だ! やっぱり私ならこっちでしょ」
「…あな、た…ほん、と…最悪、です、ね」
 無邪気に美しい風景を見回すエーリカ、ぜいぜいと荒い息をつく案内人。
「するとこっちは誰かなぁ? 見知った顔ばっかりだし、う~ん…天国だから天使、私の中の天使イメージ―――マイエンジェルっ?!」
 考え込んでいたエーリカの目がカッと開く。
「あっ、ちょっと、勝手にどこ行くんですか?! 待ってくださぁい」
 突如駆け出した黒い背中を、ぎょっとした案内人が必死に追いかける。
 どうして初っ端の担当がこれなのか。一旦下された閻魔さまの裁定がチャラ、後でしこたま叱られるだろうと心で泣いた。
「ビンゴビンゴっいやったああぁ、エーリカちゃん天才! 姉さまだよ、ウーシュっ!!」
 空を臨める開けた場所で、何かの実験をしている眼鏡の少女。
 恐るべき嗅覚で居所を探り当てたエーリカが、タックルの勢いで飛びついていく。
「……これは?」
 ぐりぐりとマーキングしてくる不審者。少女は抑揚のない声で最小限の言葉を発する。
「はあっ、はあっ……これっ、御覧、下さ、い」
 手持ちのファイルを渡した案内人がペシャリと屑折れた。
 本を抱える手はそのままに、空いている片手でファイルをパカッ。眼鏡の奥の視線が紙面を移動していく。
「…………っ…」
「ウーシュ、死因のところで笑ったでしょ?」
「…笑ってない。あと、私は天国の管理人」
 ウルスラに似た管理人は即座に否定。無遠慮に覗き込んでくる相手からフイッと顔を逸らす。
 にんまりとしたエーリカがしつこく回り込む。ウルスラの観察にかけては誰にも負けない。
「絶対笑ったってば、ウーシュ。姉さまの目は誤魔化せないよ」
「笑ってない。それと、私はウーシュじゃない」
「まったまたぁ~。照れ屋さんなんだから、ウーシュは」
 管理人は閉じたファイルをぐいぐい押し付けて遠ざけようとする。
 しかし敵もさるもの、引っ付き虫になった状態から離れようとしない。
「…いい加減にしないと地獄に落とす」
「ええ~せっかくあそこを抜け出してきたのにィ」
「抜け出す? どういうこと?」
 小難しそうな表情。管理人は訝しげに返答を待つ。
 過去にこだわらないエーリカは片手をひらひら。

「ああ、こっちの話。んじゃ、私たち姉妹はこれからここで面白おかしく過ごすってことで」
「ってことで、じゃありませんっ! そんな個人的欲望がとおるなら戒律なんていらないのですよ!」
 目を吊り上げた案内人が唾を飛ばす。新米である彼女にとって、エーリカはもはやモンスターである。
「拗ねんなよー、レン。お前も仲間に入れてやっからさ~」
「結構ですっ! とにかく、ここを出ますよ。あなたの処遇については上司の判断に委ねます」
 上着を掴んで引っ張れば、しがみつかれた管理人ごとズルズル。
「往生際が悪いですよ! 管理人さんを放してくださいっ」
「や~だよ。ウーシュが願い事を叶えてくれるなら考えてもいいけど」
「…願い事?」
 キーキー訴える案内人を放置し、エーリカは妹に似た管理人におねだり。
 居直り強盗みたいな要求に、実直一筋の案内人はプルプル。
「くっ、この、罪人風情が取引とは」
「いいのかなぁ? 私がここにいちゃまずいんだよねぇ…新米のレンちゃん?」
「ぐぐぐ~~~っ……お願いします、管理人さん」
 血涙を流す仲間を無表情に見やり、管理人は手にした本の封を解く。何も書かれていないそれをエーリカに向け、おごそかに口を開いた。
「願いは、なに?」
「やっぱここは、ボインでしょ」
「…………」
 沈黙する少女、眼鏡がずる~り。
 あまりな願い事に、怒り心頭だった案内人も唖然とする。
「なんて俗な願いでしょう…あなた、自分が恥ずかしくないんですか」
「だってさー、こればかりはどうにもならないもん。アイドルの道は険しいんだよ、レン」
「二人とも静かに。願い事、了解した」
 読書と実験を渇望する管理人が幕引きをはかった。本から放たれた光がエーリカを包む。
「おお、きたきたー! うわぁ、すっげぇ~の」
「胸を揺すらないで下さい、ぐにぐにしないで下さい、見せびらかさないで下さいっ! …はあ、私もう疲れました」
 弾け飛んだブラウスボタン、たわわな双丘。
 物珍しげに弄りたおすエーリカに、生真面目な案内人は青息吐息である。
「それじゃ次はレンだけどー」
「な?! あなた、私にまで無理難題をふっかけようと」
「い・い・の・か・なぁ? 私が」
「わ・か・り・ま・し・たっ! なんですか一体?!」
 弱みを突かれ、やるせなく叫ぶ。
 大仰に頷いたエーリカは、上向けた手のひらをズイッと差し出した。
「その背負ったの貸して。自在に動く翼なんて初めて見た」
「えっ、で、でもこれは、あの世の噴流理論を用いた門外不出の」
「ふ~う…ずっとここにいるのも悪くないかなー」
「しょ、初心者に扱える代物ではありませんよ! ちょっとだけ、ちょっとだけですからね?! すぐに返してくださいっ」
 強請りタカリに遭遇し、案内人は半泣きになりつつ翼を外す。
 見よう見まねで装着したエーリカは背後を振り返ってパタパタ。羽ばたきから十分な揚力を感じとる。
「ど~れどれ…ふんふん―――おお、すっごい! ストライカーなしに飛んじゃってるよ、私っ」
 腐っても世界最高峰のエースウィッチ、姿勢制御もお手の物。コツさえ掴めば自由自在である。
「う、うそ…私より上手いなんて……へ? あ、あのどこへ??」
 不条理に項垂れていた案内人は目をパチパチ。遠ざかっていく影を呆然と見送る。
 空中で身を捻ったエーリカは、眼下に見える二人に大きく手を振った。
「あの世とおさらばするに決まってんじゃん。じゃ~ね、ウーシュにレン―――ヒャッホー!」
「こらあああぁー、お待ちなさああぁい! 謀反人、謀反人ですうううぅーーーっ!!」
 嵌められたことに気づいた案内人が駆け出すと、そこに残ったのは元通りの静寂。
「…やっと本が読める」
 ポツリと呟いた眼鏡の少女は、しばしそのまま空に見入っていた。

「謀反人ですうううぅーーーっ!!」
「今度はなんなの…謀反ですって? どうかしてるわね、今日は」
 天国に続く扉から響いてきた叫び。ミーナ似の偉い人は額を押さえて呻く。
 突然崩落した地獄の視察やら、瓦礫に埋まった職員の救出やら、再建費用の捻出やら、なんやかんや。頭の痛い話ばかりである。
 
ドッカアアァン、バビューン!

 ぶち破られた天国のドア、飛び出してくる小柄な影。
 閻魔さまは咄嗟に机をバリケードとして難を逃れる。今度は天国が爆発でもしたのか。

「何事っ?!」
「ふっふっふー。あばよ、38歳っ!」
「―――――!」
 逆鱗に触れる一言。
 無言で振りかぶられた木管、矢のような投擲が直撃したのは、その直後である。


XXX


「う…う~ん、頭が痛い…」
 暗闇を突き抜けた先に見えたもの、明滅する光に後頭部がズキンズキン。
 変化を察知したゲルトルートが身を乗り出す。
「エーリカ?! 気づいたのか! お、お前…皆、にどれだ…っ、心配か、けた…と」
 とても最後まで言えず、震える口元を手で覆う。もしかしたらが何度も頭をよぎり、ピクリとも動かない相棒に心底恐怖したのだ。
 落ちてきた雫を頬で受け止め、軽く笑んだエーリカは反対側にいるヘルマに視線を送る。
「もうすぐ船医が来られます。どうかそのまま安静に」
 言い終わらないうちに、当のエーリカが上半身をぴょこん!
 顎を落とす僚友に構わず、ぶつけた後頭部をさすりながら周囲を見回す。
「あれ? ここって…甲板じゃん。脱出成功、おめでとー!」
「心配いらないみたいですね…」
「めでたくなどないわ、馬鹿者! まったくお前というやつは」
 呆れて溜め息をついた堅物コンビは白い目。
「あら、元気そうねフラウ。ドクターの駆けつけはキャンセルしましょうか」
 にっこり笑いかけたミーナが備え付けの受話器を取り上げる。ここで診るより医務室のほうがよかろう。
 居並ぶ顔ぶれを不思議そうに見ていたエーリカが指をパチンッ!
「そうだ―――ボインだよ、ボイン!」
「わっ、こら、こんなところで裸になるやつがブォ!」
 豪快に衣服を脱ぎ捨てるエーリカ、投げつけられたそれを頭から被るゲルトルート。
「ああ~~~っ?! ないっ?? この先絶対必須になる、たっぷんたぷんのゆっさゆさがあああぁ」
 平らな胸をまさぐって嘆くウルトラエース。痛々しい光景である。
 常の小言を封印したヘルマがぽつり。
「…まさか打ち所が悪かったのでは」
「すみません。やっぱり急いで来ていただけますか?」
 すぐさま受話器に向かって前言撤回するミーナ。
 世界一の軍事大国、帝政カールスラントの前途は多難だった。


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