エース #03


「この後は夜間飛行訓練だったか?」
「はい。以前サーニャちゃんたちと夜間専従班に回されたときが初めての夜間飛行だったんですけど、空の暗さに怯えて飛べなくて。だから機動訓練とかは
夜間にやることにしたんです」
「なるほど」

 リネットと食事を作るときはいつもほかの人が食事している間に片づけを行っている。一通り終えてから食べ始めると大体ほかの人が食べ終わってからに
なるので、自分たちも食べ終わるともう一度片付けになる。しかし今回は全部食事の後に回してみた。量が多いのは大変だが、自分たちで作ったものを周りの
皆と一緒に食べられるのは楽しかった。それに二度に分けるよりは一度にやってしまったほうが、気分的には楽である。量は多いが。
 そしてこれが終わったら、芳佳は風呂の前に訓練である。最近のタイムアタックではいいタイムが出ていないので、今日は何とか狙いたいところだ。

「もし良かったら私も一緒していいか?」
「はい、是非! 坂本さんに勧められて始めたんですけど、これがなかなか楽しくて」

 おそらくゲルトルートならば余裕でついてこれるだろう。機動訓練や高速飛行訓練の一環としてあることをやっているのだが、なかなか五分の壁は
厚かった。あと十秒でも縮まればいいんだが、なかなかそうもいかない。まあ、今度いつあるかわからないが休みを取ってオーバーホールしよう。きっと
それだけでコンマ五秒程度は変わってくるはずだろうし、元気のいいストライカーユニットを履くと不思議と自分も元気になる。逆に調子が悪いものを
履いたときは、なんとなく感覚でそれがわかってしまう。そうなると自分も元気が出ないので、結果もあまり出てこない。

「それじゃあ、片付けはやっておく。芳佳は準備してくるといい」
「え、いいんですか?」
「ああ、ストライカーで見ておきたいところもあるだろう?」

 正直助かった。オーバーホールまでは出来ないにしても、いくつか点検・整備しておきたいところはあったのだ。深々と礼を言って、芳佳は今洗っていた
皿を洗い終えると一足先に厨房を出た。まずは服を着替えることからだ。
 部隊内にいるときはいつもどおり水兵の服装をしている。だが高速機動が必要になる場合は、美緒からプレゼントされたスーツを着用していた。もう
芳佳も少尉なので、尉官制服を支給されているのだ。デスクワークなど特に必要ない場合はいつも通りだが、予め戦闘内容が分かっている場合は制服を
着用している。と言っても、スコア的にはあともう少しで中尉が視野に入ってくるぐらいだ。そろそろ制服を常用しないとマズいのだが。
 ともあれ一通り着替えた芳佳は、整備工具一式を持ってハンガーへと向かった。

 - - - - -

 夜のハンガーは基本的に誰もいない。だからこそネウロイと決着がついたあの日、芳佳は飛びたてたのだ。そのハンガーのほぼ中央、愛用のA6M3aに
手を伸ばす。オーバーホールついでに掃除もしてピカピカに磨き上げようと思ったのだが、それはまた別の機会だ。今はバラせる範囲でバラして、特に
目に余る緩みや歪みがないかを点検する。ついでに、多少エンジンを調整しよう。
 そうして工具セットを一式開けて、電動ドライバーを差し込む。電池式なので、電気を引っ張ってこなくても動くのは魅力的だった。いくつかのボルトを
緩めると中の回路がむき出しになる。それを更にはずしていくと、ケーブルの束がいくつも出てきた。その下方には大型のエンジンが搭載されており、
いかにもなメカがたくさん並んでいる。

 いくつかのケーブルはほんの僅かだが緩んでおり、駆動効率に影響を与えていた。塵も積もれば何とやら、である。ボルトもいくつか緩んでおり、また
外装そのものの金具が一個折れていたので緊急でボルト止めした。本来は溶接しなくてはならない部位のため、今度整備班の人にお願いしておこう。ほかも
一通り点検したが、やはり全体的にガタが来ていた。世の中知らないほうが幸せなことがある、とはよく言うがこのことか。正直これをぶん回すのは
不安だったので、とりあえず今日のところは使っても問題ない程度に仕上げる。これは明日も有休をとったほうがよさそうな勢いだ。
 ひとまず点検が終わったので、今度は工具の中からパネルを取り出してエンジンに接続する。エンジンも一部は電子機器なので、コイツを調整してやると
エンジン出力やらなにやらを変えられる。魔力をどこにどれだけ配分するかと言うバランス調整の一種だ。本当はバラして中まで弄れれば一番いいのだが、
あいにくそんな時間はないのでまた後日に回す。

「お、やってるな」
「トゥルーデさん……うーん」
「どうした、何を―――む、エンジンバランスか」
「尉官制服ってG耐性特性が良いんで、機動性と速度性能を両立させたいんですけど……このユニットだと難しくて」

 シャーロットのように大型のエアインテークを装備できればまた話は別なのだろうが、あいにくこの機体にそんなオプションはつけられない。自分で
回路構成から設計からなにからできれば良いが、そんなことできるわけがない。
 ともあれひとまず無難な理論値だけ入力して、今日のところは持たせることにする。如何せん、ゲルトルートが一緒に飛ぶ以上無茶な飛行ができない。
ゲルトルートがついてこれないことはないだろうが、あとで何か言われると厄介だ。それに空中で調子が悪くなった場合、自分ひとりなら簡単に中断
できるが列機がいるともなるとそうもいかない。初見が後ろにつく時点で記録が出ないのは分かっているので、飛びやすさを重視してチューニングしておく。
……明日は調整しなおしも含めてオーバーホール確定だ。あとで中佐に申告してこよう。

「よし、一通り完了っと……ちょっと待ってくださいね、すぐ出られる状態にしますから」
「焦らなくて良いぞ、別に問題ない。私もそろそろオーバーホールの時期かもな」
「こっちももう限界ですねー。一応ぱっと見て緩んでるところは直しましたけど、全体的にガタが出てます。全部ばらして組みなおさないと」

 特に明日は任務も入っていないし、急いでやらなければならない仕事も多くない。申告してシフトを組んでもらえば、オーバーホールの時間ぐらいは
とらせてもらえそうだ。
 そんなことを考えていると、ゲルトルートから妥協案が出された。

「明日有休使うか」
「え? い、いいんですかね、連休なんて」
「戦時下でもないしな。それに、連続で休んではならないなんて規則もない。目的が機体の整備なら誰も文句は言わんさ」

 かくして明日も休みが決定した。これなら今日は全力でぶん回しても問題なさそうだ、と思ってからすぐ考え直す。そうだ、今日は二番機がいるんだった。
とりあえず全部組み立て、飛び立てる状態にまで整備が完了した。工具と作業着を一通り片付け、尉官制服を着る。……これを着ると、なぜだか随分と気が
引き締まる。

「―――――さて、それじゃ行きましょう」
「ああ。お手柔らかに頼むぞ」
「了解です。こちらチャーリー3、これより夜間飛行訓練に出撃します」
「ブラボー1、同じく出撃する」

 ――二つのエンジン音がハンガー内に轟き、やがてハンガーの正面扉が開くとそこには誘導灯の灯された滑走路が海上に突き出していた。暗闇に包まれる
景色、その中でぽつんと明かりを灯す島。ストライクウィッチーズ基地から、今二つの流星が空に舞い上がる。


 初めての隊長機を務める芳佳が、先に加速する。ゲルトルートがそれを追うように加速し、二十秒で離陸可能速度まで達する。機首を起こし、出力を上げて
地上を離れる。―――体がふわりと空に浮き、支えるものの何もない空中へ、大空へ飛び上がる。夜の暗闇の中にあっても、空は二人を優しく迎えてくれた。
今日は天気がよく、風も少ない。機動飛行には絶好のコンディションだった。とりあえずしばらく上昇しながらまっすぐ前方に飛び続ける。

「いつもやってるのは高速低空機動飛行訓練です。島の中で、自分で決めたチェックポイントを全部通過するのにどれだけ時間がかかるかを計測します」
「なるほど、タイムアタックか。それで、どういうコースなんだ?」
「ええっと、西側のゲートをくぐったあと北の林の中を抜けて、東の高架通路を超低空でパスします。なので今の時間は高架通路を閉鎖してもらってます。
そのあと居住区廊下を最高速で突破して、壁にぶつからないように機首を起こして滑走路脇のゲートを通過してゴールです」

 もはや曲芸飛行の域に達している。ゲートと言うのは、建物からいくつか伸びる砲台用高架橋の橋脚部分である。アーチ状にくりぬかれているので、そこを
とにかく突破できる限界のスピードで次々抜けていく。林の中はフルスロットルで、居住区廊下ももちろんフルスロットルである。廊下は一階部分の窓がない
ところに突っ込む。

「待て、建物内まで飛ぶのか?!」
「大丈夫ですよ、ウォーリアならいけます。それにコースの指定はもともとナデシコから受けているので問題もありません」
「な……まさかお前、毎晩そんなコースを?」
「もちろんです」

 ウォーリア、というのはゲルトルートのTACネーム。ナデシコは美緒のTACネームだ。ちなみに芳佳のTACネームはベルクート。この夜間飛行訓練の様子を
見ていた美緒がつけた。それまではブレイズと言っていたが、その由来が『ブービーつながり』と喜ばしくないものだったので変えてもらった。本当は
もう少し『こうしたい』という名前もあるのだが、それはさすがに名乗ると周囲から白い目で見られるので自重している。

 やがていつも反転するエリアに到達したので、ゆっくりとスプリットSによる反転動作を行う。このときすでに出力は八割程度とかなり高めに設定して
いるため、後ろからはコイツ正気か的な空気がひしひしと感じられた。

「それじゃ、行きますよ―――」
「りょ、了解」
「出力―――――全開!!」


 芳佳のストライカーが火を噴き、一気に出力が最大まで跳ね上がる。回転数が急増し、空を切り裂く回転翼は異常なまでの推力を得る。それに押されて
芳佳の体はぐんぐんと加速し、一足遅れたゲルトルートとの距離をどんどん広めていく。それに気づき少しだけ出力を落とすが、距離が詰まると再び最高
出力まで叩き込む。
 エンジンがうねりを上げ、機体がカタカタと小刻みに揺れる。いつものことだが、昨日よりは多少マシになっていた。やはり整備した甲斐があったか。
記録が出そうとまでは行かないが、なかなか飛びやすいセッティングに仕上がっている。これなら楽に飛べそうだ。

「左前方、ゲート一! 突入します!」
「……あれか!」

 言ってきっかり三秒、芳佳は体を思い切り左にひねってロール。百度程度にまで体を傾け、そのまま思い切り機首を起こした。壁面すれすれまで一気に
接近し、しかし旋回しながらの接近で地面には接触しない。耳元で風が唸り声を上げ、景色は目にも留まらぬ速度で流れていく。草木が風を受けて悲鳴を
上げ、風の渦が体に沿って発生する。
 そのまま地表に沿って旋回し続け、やがて一つ目のゲートを――――風切音と共に高速で突破する!

「次、そのまま壁に沿って下!」

 言い終わるときにはすでにターゲットが見えていた。瞬く間に近づくゲート、もうあと一秒もない!

「く、は、速い……!」

 後ろを見ている余裕はないが、後方のゲルトルートはなんとか着いてきているようだった。思ったより、ゲルトルートの動きが悪い。もうちょっと
上手くついてきてくれるものと思ったが、どうやら速度にはあまり慣れていない様子だ。だが速度を緩めるわけにはいかない、確かにゲルトルートには
悪いが、あくまでこれは訓練なのだ。遊びとは違う、自分にできる最大限を発揮しなくてはならない。列機がついて来れている以上、これより妥協する
わけにはいかなかった。現状でも、随分いつもに比べればアタックを緩めているのだ。

 耳元で呻く風がうるさく頭に響き、そしてそのうちに四つ目のゲートを――――突破!

「上昇、壁をパス! その後林へ!」
『りょ、了解っ!』

 このまま体が耐えうる限界のGで機首を起こし、急上昇する。前方にそびえる壁を、それで回避―――成功。直後そのまま体を左に九十度捻り、低空へ
飛び込んでいく。視界に映るのはうっそうと茂る雑木林、とても高速で飛行しながら突っ込める場所ではない―――だがここには穴がある。一箇所だけ、
人一人分が飛び込めるぐらいに枝や葉がない場所がある。そこから飛び込み、木々をよけながら中を高速でパスしていく。

「無理だと思ったら速度を落としてください! 中にチェックポイントのポールがひとつあります、それをタッチしたら右に旋回して東通路へ!」
『了解!』

 ―――見えた!!


 芳佳は思い切り体を捻り、体が軋む勢いで針路を捻じ曲げる。穴にはまだ距離があるが、慣性で流される分早めに機首を起こさなくては間に合わない。
およそ機首が水平に対して下向き九十度程度まで向いたところで一転、今度は機首を思い切り起こす。慣性を考えればこれで十分に穴に突っ込む、今度は
引き起こさなくては地面と激突する!
 あがれ、上がれ、上がれ―――いつもより調子のいい機首上げで機体の性能を再確認し、少し機首上げのペースを緩める。そうしている間に木々は迫り
眼前へ―――いつでも来いッ!

「……ッ!」

 刹那、体中が鳥肌に覆われる。一瞬で景色は一転、真っ暗な闇に包まれた。ただでさえ光が差し込まず視界の利かない林に、夜間に突っ込むのだ。前が
見えないのは当然といえる。
 ……なおも木々は高速で過ぎ去っていく。音速でも出ているのではないかと錯覚するまでに、五本が一本の木のように感じるほどに。森は瞬間で流れて
いき、芳佳の前方には大木が迫り――!

 体を捻り、右にスライドして回避。さらに前方に木々が迫り来るが、右前方は規則正しく並ぶ木々の間で空間が開いている――――右旋回! 一本一本を
見るのではなく、広い視野で針路を確保する……一つずつ対処していたのでは、後で間に合わなくなる!

「っ!」
『っ、か―――はッ!』

 下手をすれば即死だ。流れる木は洪水の川より、街を走る車より遥かに速い。直撃すれば、跡形も残らず粉砕する。後ろに気を配る余裕はほとんどないが、
それでも苦しそうになんとか着いてくるゲルトルートがそこにいるのはわかった。やはりなんだかんだ言ってエースはエースである。

「……ポール、右前方!」

 突如視界に現れた人工物。ゴム製の柔らかいポールにタッチしなければ、この林を脱出することは許されない。それがこの訓練のルールだ。芳佳は、普段と
違いポールに真正面から直撃するコースを取った。手を伸ばしてタッチできればそれが一番良いのだが、場所を正確に把握していないゲルトルートが後方に
構えているのだ。いきなり手を出せと言って対応できるか不安なので、飛行しているだけでタッチできなくてはならない。そうなると、手前に一本木が入って
邪魔になる。しかも左右への退路はなく、唯一開いているのはその木が右に大きく沿っているゆえにできる上空の隙間だけ。ポールは低めにセットされて
いるため、そこから降下動作へ入らなくてはならない。
 ――――怖気づくことがあるか。自分は今までこの訓練を何十回とやってきているし、後方のゲルトルートもちゃんと着いてきている。問題など、欠片も
存在しない。かまわん、突っ込め!

「前方、少し上の空間を狙います! 但しポールがすぐ下にあるため急降下動作を行わなければなりません、あの隙間は背面飛行で突破します!」
『な、正気か!?』
「いけます、私もウォーリアも!」

 それだけ言って、体を百八十度回転させる。背面飛行は揚力と重力の双方が下に向くため高度が一気に下がりやすい。そのため水平飛行するためにも機首を
水平より高めにして、さらに上昇するためには機首をもっと上げなくてはならない―――そんなの知ったことか。
 芳佳は背面のまま水平飛行。そして慣性を考慮して、木のずっと手前で思い切り上昇機動へ――!!

「行きますッ!」
『ぐっ―――』

 高度が上昇していく。少しずつ針路が上方へと向いていき――――今だ、機首を起こせ! 刹那、機首を思い切り地面方向へ起こす。高度の上昇は
少しだけで十分だ、その後の降下動作をしっかりしないとポールにタッチできない。とにかく機首を起こし、地面に対して九十度近くまで機首を下げる。
体はスライドして、真下を向いたまま湾曲した木のすぐ真上を―――――かろうじて突破する!

「機首を起こして! 早く!」
『ッ!』

 再び瞬時に体を百八十度捻り、また全力で機首を引き起こす。地面が刻一刻と迫り、墜落が見る見る近づき―――そんなことありえるもんか。思い切り
機首が起き、五十度近く上を向くとそのままを維持する。体はどんどん落下し、地面がもう眼前に、ストライカーが接地する……!

『あ……あ……ッ!』
「耐えて、上がれますから!」

 ―――――直後、顔面に軽い物体が直撃する。よし、ポールにタッチした。これで後は東方向に抜けるだけだ! 体は何とか地面との接触を回避し、
地面すれすれ、ストライカーと地面の間で風が悲鳴を上げるほどの低空でリカバリーに成功した。よし、このまま右に旋回する!

 ゆっくりと右に曲がり、木と木の間を縫うように抜けていく。そして徐々に開けてくる視界、前方には―――大きな城壁、あの上に通路!

「プルアップ!」

 再び思い切り機首を引き上げ、壁に激突しないよう勢いよく上昇していく。だが実際に上昇するのは機動を行うよりずっと後で、真上を向いているにも
関わらず体はどんどん壁に吸い寄せられ……再び、接触寸前でそれが停止する。地面がどんどん遠のき、レンガの積み上げられた壁がまるで盛り土でできて
いるかのように、レンガの模様が見えなくなるほどの高速で上昇していく。そして上端が見えたとき―――百八十度体を反転させ、さらに機首を引き上げる。

「水平飛行に移って通路上空低空飛行! チェックポイントのゲートをくぐります、気をつけて!」
『了解、したッ!』

 苦しそうなゲルトルートの声が耳に入るが、ここまでついてきている。問題はない、芳佳はそのまま通路に飛び込み先ほどと同じく超低空飛行へ移る!
プロペラとコンクリートがいつ触れるか知れないほどの超低空、コンクリート表面を流れる空気の音がその耳で聞き取れるほど接近して高速飛行。まるで
フォーミュラカーに乗っているかのような感覚に囚われ、通路に沿ってゆっくりと右旋回していく。だがゆっくりととは言うものの、これだけ速度がついた
状態で慣性が異常なまでに働く空中ではその引き起こしも尋常ではない。通路全体を使って、大きく右に旋回していき―――やがて前方にゲートが迫る!
それは人二人分程度と非常に低く、真ん中を通れば人一人でギリギリ、ストライカーユニットに垂直尾翼を搭載している芳佳では上端ギリギリを通っても
尾翼を擦りかねないほどの高さだ。そこに、全速力で突っ込む!

「ウォーリアは中央を抜けて! 私は上端を抜けます!」
『わかった!』

 迫るゲート、低い高度、近づく尾翼、切り裂く空気――――人が立って通ることのできないゲートを、今芳佳が最高速にも近い勢いで……!

「突破!」
『こっちもなんとか抜けた――!』

 難なく余裕で抜け、ついに関門―――一階廊下へ突入する。一度高度を大きくとり、基地から距離を置く。そして突入すべき通路をきっと睨みつけ、
真上を向いた状態から百八十度反転、急降下する!

「あそこの通路へ行きます!」
『了解した、なんとか抜けてみる……!』
「突入して十本目の柱で機首を起こしてください! 奥から三本目の柱付近の天井めがけて上昇機動を取れば、ギリギリで脱出できます!」
『天井を目指すのか?!』
「慣性が働きます、自ら天井にぶつかるつもりで突っ込んで!」

 今まで何度も自分に言い聞かせた言葉だ。天井に突っ込め、建物をぶち壊すつもりで吹っ飛べ――――そうすれば案外、上手くいくものである。芳佳は
さらにエンジンの出力を上げ、リミッターを超過した危険出力領域まで回転数を上げる。ストライカーが過度の負荷に耐えられず発熱し、足が少しずつ熱を
持ち始める。だが構うものか、いつものタイミングで突破するためにはもっと速度を上げなくてはならない。タイミングを崩されると、こっちも突破
できないのだ!

「―――――行きますよ!」

 地面が瞬く間に近づき、そしてその高さが三十メーターを切ったとき、ついに芳佳が機首を思い切り上げ始める! 針路はまるで磁石に吸い寄せられる
ように曲がっていき、芳佳が機首を水平に戻すといつの間にか地面ギリギリで水平飛行に移っていた。そのまま出力を上げてぶっ飛ばし、柱と柱の狭い隙間
めがけてまっすぐ飛ぶ!

『……あれかッ―――』


 一つ瞬き。





 ――――目を開けた瞬間、視界が一気に暗転、廊下に突入した!

「一二三四五六七八――今ッ!!」

 横を過ぎていく柱を数え、そしてちょうど十本目。芳佳は極端なまでに機首を起こし、それこそ天井にぶつける勢いで思い切り高度を上げていく。扉や
電灯、柱が次々と瞬く間もなく視界を過ぎていき、そして天井が目前にまで迫って―――!


 次に視界に映ったのは、星のきらめく大空。だがそこに迫る、大きな城壁! そう、この廊下の突き当たりは中庭に出た後城壁にぶつかっているのだ。

『何ッ!?』
「引き起こして最大出力、とにかく上げて!」


 A6M3aが火を噴き、足が焼けそうなまでに熱くなる。……かまわない、いつものことだ。やがて壁は手が届くほどまで接近し、そこでようやく芳佳の体は
垂直上昇に入った。だが後方、ゲルトルートの体は見る見る壁に吸い込まれていき―――!

『無理だ、避けれない!』
「ッ、シールド―――!」

 芳佳は渾身の力で壁を殴りつけた。そこに青く輝くシールドが展開し、壁からほんの少し離れた場所にクッションを設置した。刹那、そこに突っ込むように
ゲルトルートの体は壁に激突し、しかしシールドがマットの役目を果たして跳ね返るようにして空に戻ってくる。―――なんとか、リカバリーが間に合った。
壁を抜けると、最後に滑走路脇に見えるゲート目指して全速力で飛んでいく。だが、手前に壁があるせいで高い角度から進入しなくてはならない。そのまま
突っ込んでしまうと、地面に突っ込んでハンガー内へ八百キロ前後もの高速でぶっ飛ぶことになる。最悪は自分がロケット弾の役目を果たして大火災だ。

「大丈夫ですか!?」
『あ、ああ、なんとか……助かった』
「助かってませんよ、次、ゴールゲートをくぐったら目の前には地面なんですから!」

 つまりゴールのゲートは真上を向いて突破しなくてはならない。しかも真上を向いた状態で、ゲートをくぐる直前に真上方向に向かう爆発的な推力を
後方に与えてやらなくてはならないのだ。先ほどの廊下と城壁の組み合わせよりもさらに難易度の高い、最後の関門である!

「機首を真上に向けて針路修正の体制が整ったら地面に引かれた一本目の線でエンジンをカットしてください、ゲートをくぐる直前、二本目の線が引かれた
ところで再点火して即座に最大出力! 推力を爆発させてください!」
『りょ、了解っ』

 後は機首起こしのタイミングだ、これは指示するしかない―――何、指示すれば良いだけの話だ、簡単なことである。芳佳はゲートの上端ギリギリを狙う
ラインで進入し、そして見る見る迫る手前の壁を、瞬き二回の後に通過して――!

「起こして!!」
『っ!』

 無線に向かって吼えた。刹那、下向き三十度程度を向いていた機首を上向き百十度まで思い切り引き起こす。針路は徐々に上へ向かい、だがそれでも
地面への直撃コースであることは変わらない……そして目線をやると、ついに地面に引かれた一本目の白線が眼前に!

「――――カットッ!」

 刹那、エンジンをダウンさせる。悲鳴を上げるほどに回っていたプロペラが停止し、体は慣性に従って飛んでいく。だが今まで機首を起こしていたため
針路はなおも上へ湾曲していき、しかしそれも長くは持たず、もう自由落下運動に移行する――――そのとき、芳佳の目は二本目の白線が通過するのを
捉えた!

「飛んでッ!!」

 ―――エンジンが突如全力で再び回転。火を六回ほど噴いて、プロペラがコンマ五秒で全開を超えた回転数で一気に回る。推力が後方に向けてまるで
爆発したかのように、一気にはじける。
 体は慣性に加えて一度に大量に噴射された空気の渦により勢い良く上昇をはじめ、そして目の前をゲートが通過していき―――!




「お疲れ様です」
「し、死ぬかと思った……」

 二人は基地の周りを編隊で飛んでいる。一応芳佳はタイム計測をしていたが、今までの記録の中では中間程度だった。逆に言えば初めてこのルートを
飛んだゲルトルートが、芳佳の何度目かにようやくたたき出したタイムを上回っているのだ。ゲルトルートの技量が化け物的なものであるのを、改めて
実感した芳佳だった。

「この後、射撃訓練があります。向こうの海岸に十八個のターゲットが落としてあるので、一回の通過でいくつ狙い撃てるかっていう訓練です」
「なるほどな……弾数制限は」
「二十発なので二発まで誤射していいことにしてます。今回は二人なので、九個ずつで一人当たり誤射は一回まで」

 難易度は高いが、さっきに比べれば死にそうになって血の気が引くことは無いと割と切実に話すゲルトルート。芳佳は苦笑しながら、初見であそこまで
飛べるのはやはり流石だと感心してばかりいた。
 ……そんな状態だったので、九個の目標に対して十発撃ってしまった。いつもなら静止物体に対して九発程度なら、楽勝でクリアできるはずなのに。
ちなみにゲルトルートは十一発撃っていたので芳佳に怒られた。

「もう、いつもルール守れって言ってる人が……」
「ゔっ……」


 ゲルトルート、今晩は芳佳の足元にも及ばず。この結果は芳佳にとって、かなり自信に繋がるものとなった。なにしろ、あのトップエースのゲルトルートが
苦戦する訓練を楽々やって見せたのだ。
 ……確実に、一歩ずつ強くなっている。芳佳はそれを、少しだけ実感できた。


 帰還した二人を迎えたのは、いつもこの時間になると通路の規制や時間計測をしに来てくれる美緒だった。

「ご苦労だったな。どうだバルクホルン、宮藤の仕上がりは」
「いや、予想以上で……流石少佐ですね、才能を見切っていると思います。私にはとてもついていけませんでした」
「十分ついてこれてたじゃないですかー! 私なんて初めてのときは途中でリタイアしちゃいましたよーっ」

 芳佳は吼えたが、ゲルトルートは首を振った。芳佳がそれぞれタイミングを的確に指示してくれたからクリアできたのであり、ただついていくだけでは
到底無理だった。また、事実上一度墜落している。あの時芳佳が瞬時に対応したからよかったものの、もしあれがそのまま突っ込んでいたらと思うと血の気も
引く。救急救命で間に合うかどうか、不安なところだ。
 芳佳にはそこまで上手くやれたつもりはなかったが、ゲルトルートがそう言うのでそういうことにしておいた。とにかく今は風呂でゆっくりしたいと
二人の意見が一致したため、何はともあれ風呂へ向かった。今日は一日、とても疲れた。ゆっくり休みたい。

「お疲れ様です、トゥルーデさん」
「芳佳もな」
「ん? お前ら、いつの間に名前で呼ぶようになった」

 - - - - -

 その後、ウィッチーズ隊は特に理由もなくロビーで集まって談笑していた。寝巻きや私服で集まっているので、まるで夜間専従班任命のときのようだ。
芳佳とゲルトルートはミーナに有休の申請をして、それからついでに今日の訓練報告書を書いていた。芳佳は傍らにノートを持ってきている。

「何々トゥルーデ、もしかして宮藤と
「夜間低空侵攻の訓練をしてきただけだ。死ぬかと思ったがな」
「死ぬってどういうこと? まさか実弾使ってたとか?」
「そ、そんなわけないじゃないですかーっ!」

 そんな『まさか』、ありえてほしくない。エーリカはどこまでが本気でどこまでが冗談かわからないので性質が悪い。ちなみにゲルトルートがエーリカの
言葉をぶった切ったのは、もちろん夫婦だのなんだのといじられるのが目に見えていたからだ。ゲルトルートは別に女性に興味があるわけではないし、
芳佳と行動を共にしてるのも目が離せないからとそれだけだ。如何せん、形容はし難いのだがクリスと芳佳とはいろいろ似ている気がするので仕方ない。
対して芳佳も、ゲルトルートのことを尊敬して慕ってはいる。だが良くも悪くもそれだけのつもりで、それ以上でもそれ以下でもないと認識している。
第一、女同士で云々なんてそんなのはまっぴらごめんだ。これでも将来はちゃんと『旦那さん』がほしいのである。
 それを口で言わなくて済んだのは、芳佳にとっては命拾いしたとも言えるだろう。なにせ、リネットは――――

「芳佳ちゃん、近すぎだよ……うぅ、バルクホルン大尉のばかー……」
「なんだリーネ、嫉妬か?」
「ひゃあ!? しゃ、シャーリーさん!? そそ、そんなことわっ!」
「『わ』じゃなくて『は』な。図星だからって焦るといいことないぞ」
「あ、焦ってないですぅー!」

 ―――リネットに限らない。エイラとサーニャはどう考えても『仲が良い』の域を超えている。「今日ダケダカンナー」とはよく言ったものである。

 そうして談笑をしているうち、時間は少しずつ遅くなっていた。気がつくと、就寝時間まであと二十分もない。

「さて、そろそろ就寝時間も近づいてきたことだし」
「ぼちぼち解散としよう」

 紅茶や菓子を食べながらこうして話すのはなかなかに楽しいのだが、まあ時間が来てしまっては仕方がない。ゲルトルートと芳佳も、広げていたものを
一通り片付けて自分の使っていたコップを洗う。菓子類はリネットやミーナが片付けてくれているので、直接片付けるのは自分たちの分だけで良さそうだ。
手早く済ませると、何人かに『お休み』と挨拶しつつ部屋へと戻っていく。

「それじゃあトゥルーデさん、お疲れ様でした」
「いや、今日はお前に助けられてばかりだったからな、お前のほうが疲れているだろう」
「そんなことないですよ。いろいろ楽しかったです」
「それは良かった。それじゃあまた明日な」
「はい、おやすみなさい」

 芳佳の部屋の前で二人は別れると、それぞれの部屋へ入っていった。―――今日は疲れた、ゆっくり休もう。奇しくも二人は、同じことを考えながら
ベッドに潜り込んだ。

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――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 まぶしい朝日が差し込み、芳佳は目を覚ます。時計を見ると、起床時間の十分前だ。まあ普通の時間だろう、控えめのあくびを一つしてから起き上がる。
今朝の食事当番は誰だったか……思い出そうとしたが忘れてしまったので、もういいやと投げてさっさと着替える。……着替えようと思ったのだが、少し
悩んだ。もうそろそろ中尉への昇格が視野に入ってきたので、尉官制服に慣れないといけないのは常々思っていることだ。昨日、ゲルトルートとの訓練で
他の人にも尉官制服で出撃しているところを見せたので、いっそもう今日から尉官制服を普段の服装にしようかと思った。別にインナーやズボンが変わる
訳ではないので、上着が多少変わるだけなのだが。
 まあいつかはやらなくてはならないことだ。芳佳は思い切って、制服に腕を通した。何度も着ているので、別に着ること自体は違和感も何もないが。
しかしこれで一日過ごすのは初めてなので、それに関しては慣れないところだ。

「とか言っても、今日はオーバーホールだからほとんど作業着だろうけど」

 一応、業務終了時間までは軍服が義務付けられている。作業服も軍用服として認められているため問題はないが、いずれにしろ食事の時などは制服で
行動しなければならない。逆に言えば、制服を着ている時間が短いので慣らしには丁度いいかもしれない。ともあれつべこべ言っていても始まらないので、
さっさとボタンを全部かけることにした。

 一通り着替え終わって、食堂へ降りていく。大体の人はすでに起きてきて思い思いのことをしていたが、ゲルトルートとリネット、エーリカがまだだった。
厨房を見たが見知った顔はなかったので、どうやら今日は普通に業者の人が作ってくれた食事らしい。まあ不味い品などないのでなんでもいいのだが。
しかしエーリカはともかく、リネットとゲルトルートがいないのは珍しい。

「おはようございますー」
「あら、宮藤さん、今日はそっちの服なのね」
「まあ、そろそろ慣れないとなぁと思いまして」
「宮藤少尉、お姉ちゃん知りません? まだ来ないから何かしてるのかと思ったんですけど」

 やはり予想通り、服に関して突っ込まれた。……のはまあいいとして、ゲルトルートに関しては実はクリスと同じ考えだった。一つ違うのは、クリスなら
何か知っているだろうという読みが外れたことか。ということはまだ寝ているのだろうか、彼女にしてはそれこそ本当に珍しい。リネットはたまに寝坊して
くるが。
 とりあえず、ゲルトルートの部屋を見てくることにする。

「それじゃ、私トゥルーデさんとハルトマンさんとリーネちゃんの部屋見てきます」
「ええ、お願いね」

 今日は昨日とは立場が逆転だ。そんなことをぼんやり考えつつ、芳佳は一番近いゲルトルートの部屋へ最初に行くことにした。

 - - - - -

 ……ノックして三秒、返事がない。いないか寝ているか、どちらかだろう。遠慮がちに扉をゆっくり開けると、布団が一部膨らんでいた。やっぱり、と
ため息をつきながら入ると、髪を解いて長く垂らしたままのゲルトルートが気持ち良さそうに寝ている。……正直、それより肌に目が行って仕方がない。
扶桑国内では裸で寝るなどただの変態でしかないが、外国ではそういう人が多い国もあると聞いたことがある。果たしてカールスラントがそうなのかは
芳佳には分からなかったが、ともあれ目の前で寝ているゲルトルート・バルクホルンは間違いなく何も着ていない。起こしたときに見えてしまうとそれは
それで気まずいのだが、まあ仕方ないか。ゲルトルートに言わせれば「見られて減るモンじゃあない」のだろうが。
 止むを得ず、芳佳は肩に手を置いて軽く揺すってみた。

「トゥルーデさん、朝ですよー、おきてくださいー。もうすぐ朝食ですよー」
「ん……ふあ―――そうか……」

 あ、二度寝した。

 ……って、暢気に言っている場合ではない。もうすぐ朝食、というのは本当なのだ。

「いや、寝ないでくださいよ! あと五分で朝食ですよ!」
「五分……そうか―――ん?」

 ようやく疑問符が出てきてくれた。しばらく様子を見ていると、ゆっくりと目を開けた。……白い肌が布団の間から見え隠れして、そしてベッドで
うっすらと目を開けるセミロングの女性。芳佳にはえらく魅力的に見えて、まるでリーネとお花畑な夢を見たときのような形容しがたい気分に浸り始めた。
……いかんいかん、相手は上官である。

「いや『ん?』じゃなくて、ですね」
「……って、朝かッ!」

 ようやく気づいたらしく、擬態語が聞こえてきそうな勢いで盛大に起き上がるゲルトルート。幸いにも芳佳から見ると背中なので、まだ前面をオープンに
されるよりは良かった。いや、背中だけでも十分理性を破壊するには十分な攻撃力を誇っていたのだが。とにかく変な気を起こす前に、さっさと服を着て
おきてもらいたい。

「えーと、私は起こしに来ただけなので……行きますね?」
「あ、ああ、すまない――――っていうか、あと五分だと?」
「はい。朝食まであと五分です」
「……くそっ! 起床時間を超過してるじゃないかっ! 何故だ、何故こんな……」

 珍しい自分の醜態が恥ずかしくて顔を赤くしながら、ベッドを離れていそいそと服を着始めた。芳佳は先に行こうと思ったのだが、だいぶ手際よく
着ているようなので待っていたほうが早いというかいい気がした。それにエーリカはまず間違いなくまだ寝ているのだ、さっさと起こしに行ったほうがいい。
特に昨日はともかく、今日はエーリカは普通に仕事なのだ。

「すまない、待たせたな。行こう」
「そ、それが」
「分かっているさ。エーリカだろう?」

 上着のボタンをはめながら、ゲルトルートは芳佳と共に部屋を出る。芳佳は流石ゲルトルートだと感心していた。空で僚機となる相棒のことは、なんでも
分かっているらしい。……それだけ毎日ズボラなエーリカもどうかと思うのだが。とにかく早足で向かい、ドアをノックしようとしてゲルトルートに
止められた。そんなもの必要ないとジェスチャーで示し、遠慮なく扉を開け放つ。中では予想通り、服に包まったエーリカが床で寝ていた。床には酒瓶が
二~三本と服がいくつか転がっている。

「……昨日、片付けませんでしたっけ」
「まだきれいなほうだろう。おいエーリカ、さっさと起きんか」
「ねむいー」
「いいから起きろ! 朝食まであと五分ないぞ!」
「……で?」
「で、じゃないだろう! カールスラント軍人たるもの、一から最後まで規律だ!」
「ですよねー、トゥルーデさん」
「……」

 芳佳、内心ガッツポーズ。ついにしてやった。そう、今日はゲルトルートも人のことを言えないのだ。昨日の逆襲と言わんばかりに、芳佳は勝ち誇った
笑みを浮かべていた。後ろから見えるゲルトルートは、いくつかの冷や汗と共に怒りマークを頭に浮かべている。……この人、怒っている。まあ事実は
事実だ、変えようがない。

「芳佳? それはどういう意味だ?」
「えー、言っちゃっていいんですか? ハルトマン中尉の前で☆」
「何々、トゥルーデなんかやったの?」

 ―――次の瞬間、起き上がって楽しそうに話に参加してくるハルトマン。芳佳は今度こそ目に見える形でガッツポーズし、ベッドの上の制服に向かって
ダイブした。と同時、それをゲルトルートに投げやる。驚いた表情で目を見開くゲルトルートだったが、流石カールスラント軍人だけあってキャッチは
見事だった。

「ほら、着せてあげてください」
「な!? み、宮藤、図ったなぁ!?」
「ふっふっふ、私を見くびりましたねハルトマンさん!」
「芳佳……お前なぁ……」

 言いながらハルトマンに服を着せているあたり、ゲルトルートも律儀だなと思う。まあ、それぐらいしないと時間がないのだが。――とそこまで思って、
あることを思い出した。そう、今日はリネットもいないのである。つまり部屋まで回収に行かなくてはならないわけで、これから起こしにいくとなると
食堂までは全力疾走になりそうな気がした。まったく、たまったものではない。
 と、思ったそのとき。廊下でなにやらドタバタと足音がした。そして近くで―――重量物の落下音と多少の揺れ、そして『ふぎゃ』と猫の鳴くような声が
聞こえた。

「……誰だ?」
「リーネちゃんですね……あの子もさっき食堂にいなくて」

 芳佳はため息混じりにドアを開けると、覗き込んだ先に倒れたリネットの姿を見つけた。リネットは扉の開いた音に驚いていたが、そこにいるのが芳佳と
分かるなり安堵した様子だった。

「あ、芳佳ちゃん……おはよー」
「うん、おはよう――――じゃなくって! 時間!」
「あわわ、そそ、そうだったっ!」

 あわただしく走っていくリネットを見送りつつ、自分もあまりのんびりしている時間がないことに気づく。ふと見るとエーリカの着替えはもう済んでいる
ようなので、さっさと行くことにした。
 ……朝から、ここはにぎやかで楽しい。こんな日々がいつまでも続けばいいと、そう―――願わずには、いられなかった。






―――――続く



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