Love Love Nightmare キャサリン編
「なあキャサリン。今朝はどんな夢を見ていたのか教えてくれないか…?」
朝食の場で、衝撃の寝言『気持ち、いいね…』の原因を究明しようと私はウルスラとじゃれていたキャサリンに訊ねた。
「Ahh... 気になるね?」
「決まってるだろう。私の寝床に侵入してまで見ていた夢は一体どんな夢なんだ」
私が悶々としている最中に目を覚ました彼女は、開口一番『OH! ソーリーねー』と言っただけで詳細は語らなかったのだった。少し余所余所しく感じたこと以外は何も怪しい点は無いように思えたが。
「一つ約束して欲しいね」「何だ?」
急かすように即答すると、キャサリンは応えた。
「怒らないで聞いて欲しいのね」「分かったから、早く教えてくれ」
コーヒーが冷めないうちに。渋々、と言った様子でキャサリンはやっと口を開いた。
「実は…夢の中でビューリングとポーカーしててね」
「ポーカー? 現実じゃあ酷く弱いのにか?」
僅かな冷笑を含んで言い放つと、それが突き刺さってしまったらしく、俯いて訥々となってしまった。
「それが悔しくて、ビューリングに勝つ妄想をしていたまま寝てしまって…、それが夢に出たんだと思うね」
「まあ…夢だからな。…それで、どうして"気持ちいい"に発展するんだ」
「夢の中ではミーはゴッドだったね! ビューリングが悔し泣きする顔まではっきり覚えてるね!」
もう開き直った地が明るい彼女。夢だから、と寛大な精神を一瞬だけ捨てそうになってしまうが、堪えることが出来た。
「それが堪らないほど気持ちよかったってわけだな?」
「Ah...実はまだ続きがあるね…」
「まさか私に何かやらせたんじゃないだろうな…? ん?」
「ユー! 怒らないって言ったじゃないのさ!」
「…く、…すまん。続けてくれ」
子供のように潤んだ瞳で訴えられては、私も大人しく引き下がるしかなかった。
「負けが続いたビューリングは、最後に悔し紛れに罰ゲーム有りの戦いを望んだのね。最後だけは絶対に勝ってミーに恥をかかせてやるって顔がモンキーみたいだったねー!」
あははー! とキャサリンは心底おかしかったらしく、笑いが止まらないみたいだった。
「いやー! そういう一面もあるんだって、ビューリングがさらに好きになったねー!」
「…っ! と、突然好きとか言うな!」
夢のことが脳裏を過ぎって過剰な反応をしてしまう。キャサリンがそういう人でないことは分かっているのにも関わらず、だ。
「何怒鳴ってるねー? 顔も赤いね」
私の内心の動揺に勘付いて、自分が有利なのだと思ったキャサリンは顔のニヤけが抑えられていない。迂闊だった。もっとクールにしていなければ、私が私でなくなってしまいそうだった。
「ゆ、夢の中の私だろうが。現実もそうだとは限らない」
「そうかねー? ユーは多分甘えんぼさんだと思うけどねー」
「馬鹿言うな!」
「そうやってムキになるのがまた怪しいねー」
「くぅぅ……」
調子に乗ってやがるこの田舎娘。シメるか。……待て、もう始末書は面倒だ。落ち着けエリザベス。頭を冷やせビューリング。
「…で、最後の勝負に私は当然勝ったんだよな?」
「負けたね」
「……くそったれ…」
そういえば起床してから煙草を吸っていない。どうにも落ち着かないのはこの所為だったか。ポケットを漁るが、まさか煙草が無いなんてことは…。………無い。どこにも無かった。
「負けたビューリングにミーはマッサージを命じたのね! これで夢の話は終わりね! ミーに罪は無いからね-!」
「現実だったら肩を砕いているところだ」
「何だか怖いねー…。でも、そういうビューリングも素敵な感じねー」
「……言うな、言わないでくれ」
視界の隅にウルスラを捉えたが、彼女は黙々と字を追っているだけで、こちらの話には一切興味がないようだった。
キャサリンに夢の中でも現実でも敗北感を味わわされた私は椅子の背凭れに全体重を乗せ、吐息を一つ。
「んー、ビューリング、何だか様子が変ね。ウルスラもそう思わないかー?」
その呼びかけに反応したウルスラは本から顔を上げて、私の顔をじっと見つめてきた。瞬き二つを経て、本に視線を戻しつつ一言。
「疲れてる」
「煙草が足りないだけだ」
「そうは思えないね」
「どういうことだ?」
「よく分からないね。…でも、確かに疲れてるのかも知れないねー」
疲れている? 私が? 夢の内容は壮絶で疲れるに足る物だったとは思うが、悪夢に魘された程度では私は疲れなどしない。
「すぐバレるジョークはやめることだな、キャサリン」
話を切り上げて私は立ち上がった。歩き始めてから、まともに食事を摂っていなかったことに気付いたが、戻るのも何だか締まらない。そのまま食堂を出て、手洗いへ向かった。
鏡に映る自らの灰色の瞳と目を合せてみる。…少し寝不足なのだろう。目元に隈が薄く出来ていた。疑念を払拭するように顔を荒く洗った。
「どうしてしまったんだ、私は…」
――
その晩、私は再び、帝国建立の為の野望を叶えようとしていた。
「ふ、ふふふ…。リベリオンの田舎娘か。元気も良いし、懐いてくれるだけで可愛いだろうな」
夢の中での私は完全に箍が外れていて、廊下のど真ん中でほくそ笑んでいた。
「キャサリンは陽気だから、多少派手なコミュニケーションをしても平気で受け入れてくれそうだな…」
そう、突然肩を組んだり、ハグしたり、キスしまくったり。こちらが受け入れれば向こうも受け入れてくれる。そんな娘だろうと当たりを付けた。
「Wow! ビューリング、廊下で何をぶつぶつ言ってるね-?」
突然背後から声を掛けられたが驚きはしなかった。ウルスラと同じく神出鬼没の気があるからな。
「そうそう、聞いて欲しいね! 夢についてもっと思い出したね!」
「そうか、どんなことを?」
「ビューリングにマッサージしてもらった場所はお風呂だったのね! ホットなボディにマッサージは一番効くからね!」
「な…、つまり、裸だったと?」
「その通りね! ビューリング、案外胸があって驚いたのねー」
「胸はキャサリンの方があると思うが?」
「イエース! ポーカーも胸もミーの勝ちねー!!」
「…無邪気な皮肉が刺さる……」
「でもミーだけがビューリングの胸を見るのも何だか忍びないね。…んー……YEAH!!」
溜めを作ってキャサリンは飛びかかってきた――! 私が避けてしまえばキャサリンは怪我をしてしまうだろう。だから、受け止めるしかなかった。豊満な胸が私の顔を包み込んだ。
「好きなだけ楽しむがいいねー!」
「…ん、…んー!!」
苦しい。正直、苦しい。人一人分の重みを支えていると、変に動くことも出来ず、キャサリンの胸に束縛される。
―――あぁ、だが…柔らかい。
これはまた、素晴らしい。他の隊員には無いものを、今私が独り占めしているのだ。
右手を動かして、巨大な果実を鷲掴みにした。
「OH! 意外にイケる口なのね?」
意味を好意的に受け取ることにして、左手はキャサリンを支えるために腰へ回し、少しだけ引きはがして、私が抱きかかえているようにした。
「全く、私をその気にさせたな…」
「What?! その気って何ね? え? ビューリング? hey!」
あくまでキャサリンはじゃれたつもりなのだろうが、覚醒済みの私に触れたが最後、ようこそ百合園へ。
「ああ、こうやってじゃれつかれるのも私は好きだからな。いつでもかかってこい」
イケる口であることを示して、腕の中のキャサリンを華麗に回して背後から抱きしめる。左手は胸に、右手は秘部に。首筋に、息を吹きかける。
「くすぐったいね-! AH! ビューリング、本気ねー?!」
「離さないからな?」
「オーマイガァ―――ッ!!!」
――
――そして、目が覚めた。
もう嫌だ。昨晩の夢から考えて智子なら理解出来なくもなかったが、まさかキャサリンまで襲ってしまう夢とは、一体どういう改造を施されてしまったのだ私の思考回路は。しかも、着々と帝国成立に近付いている。これがまた悩みの種だ。
「わ、私は…レズじゃ……」
ない。否定したい。だが、夢はまるで欲望を晴らしているようで…。そんな錯覚をしてしまうほど、鮮明で情熱的な夢だった。智子に続き、キャサリンまでも。…このままでは、その日会話した娘の夢を見続けてしまいそうである。
枕に顔を埋めつつ柔らかな生地を殴打する。やり場のない混乱と止まらない興奮を吹き飛ばすために。
三度ほど枕を歪ませたところで、右手が、自然と足の間に伸びてゆく。…ズボンが、湿っている。それを確認してしまい、一気に下腹部が熱を持ち始める。
「…は、…はぁ……ん、くぅ……」
やめろ、動くな…。もう一度刺激を味わったら…私は、どうすればいいのか、分からなくなってしまう…!
顔が熱い。太腿に挟んで固定した手首が汗ばむ。両足を弛緩させて、ちょっとだけ手首を曲げてしまえば、快楽が生まれる……。だが、……それ………だけは……!
左手は理性を元に動いて、右手を掴む。自然と丸まった背筋に寝間着が張り付く。
左手が右手を引きはがしていく。理性が本能に対して優勢なのだと判断して、心を強く持つ事が出来た。
「うぁああ!」
絶叫に近い声を上げて、右手を、枕に叩き込んだ。
「はぁ…はぁ……」
ごく、と唾液を飲み込む。耐えた。耐えきった。
汗を袖で拭き取って、ベッドの上にぺたんと座った。
決して汗だけではないシーツの湿り気をどうにかしようと、シーツを剥ぎ取った。洗濯に出そう。
「水…飲むか」
大声を出してしまった。誰も起きていないのかと周りを確認する内に瑠璃色の空を見て、もう明けるまで起きていよう。そう考えて、丸めたシーツを両手に抱いて、こそこそと寝室を出ようとした。
がしっ。キャサリンの横を通り過ぎようとしたところ、寝惚けているのか、足を掴まれた。
「こ、こら…離してくれ…!」
「大きな声で起きちゃったねー…」
「す…すまん……」
何故かそのまま両足を伝ってよじ登ってくるキャサリン。…待って、やめてくれ、それ以上は来ないでくれ…!
「…ん。…ビューリング、おもらしね?」
太腿まで到達したキャサリンは、容赦のない一言を私に浴びせかけた。目を開いて、私が手に持っているシーツも目撃したようだ。
「………ミーとユーだけの秘密ね…」
そう言って、緩慢に寝床に帰還を開始するトラブルメーカー。あぁ、私のプライドもイメージもズタボロだ。ふはは…。自暴自棄となった私が視線を動かして、そそくさと部屋を出ようとした。だが。
――智子と、目が合った。
「ビューリング…? もう起きてるの?」
目を擦りながら、シーツを抱く私を注視してきた。
な、な…、智子に、見られた…! この状況を――!?
「と、ととともこ…頼むからそのまま寝ててくれ―――ッ!」
「無理よ…もう起きちゃったもの。…それで、ビューリングあなた何を……」
やっと見開かれた瞳。同時に、足下のキャサリンは毛布に包まっていった。
キャサリンが離れたことを一瞬で確認した私は振り返って扉から猛ダッシュを開始。逃亡に成功したのだった。
「どうすればいいんだ…私は」
洗濯場のビューリングの真摯な嘆きは、朝日に照らされる夜闇のように掻き消えていった。