Love Love Nightmare ハルカ編
私、ビューリング。年、十八。煙草とか、美味しい。みたいな。
膝を抱えて項垂れている姿など、誰にも見せたくはない。煙草の灰が何度も服に落ちる。その度に慌てて正気を取り戻し、落ち着くとまた意識が移ろってしまう。そんな状態を繰り返していた。
今日は訓練だと智子が宣っていたが、体調が悪いと言って寝室に戻り、今に至る。
ベッドの上で煙草を喫むわけにもいかず、窓を開けたその下に座り込んでいるのが現状だった。
頭上の開窓からストライカーの音が入り込んできた。
一つ、乱れているエンジン音があった。恐らく智子だろう。
ハルカ辺りに抱きつかれてバランスでも崩しているに違いない。あぁ、そういえばロマーニャの変態も居たか…。可哀想だな…智子……。私ならもっと…こう、淑やかに………。え……?
「毒されている……」
泣きたくなった。優しい言葉で智子がリラックス出来る雰囲気を作って、まで考えた自分を酷く嫌悪してしまう。
揃った足の近くに、蜘蛛を見つけた。害は無い種類だが、八つ当たり気味に煙草を押しつけ、殺してしまう。
「…」
黒い点となってしまった蜘蛛に、内心だけで謝罪した。
そこにタイミングを計ったかのようにドアが開いた。
「ビューリング少尉、ちょっとお話があります」
怒気を孕んだ声は、ハルカだ。緩慢に視線を向ける頃には、詰め寄られていた。
「訓練はどうしたんだ。お前の好きな隊長さんと触れ合う良い機会だろう…?」
「その智子中尉に関してお話があるんです。訓練は抜け出して来ました」
「わざわざ私に聞くようなことは無いだろう。お前以上に詳しい奴もいないだろうしな」
「いいえあります。今朝、私も実は起きていたんですよ。眼鏡はありませんでしたけど、しっかり見てましたから!」
「だから何なんだ…。はっきり要点を言ってくれ」
「智子中尉に見られて顔を染めた少尉を、はっきりと見ました!」
「ぃ……」
頬肉が痙攣したのを感じた。
けしからん夢を見てしまった後、汗じゃない湿りが付いてしまったシーツを取り替えに部屋を出ようとしたときのことだろう。思い出さないようにしていたというのに、このチビは……。
「動揺もしてましたよね。その後直ぐに走り去りましたよね。そこで質問があります」
「…嫌だ、…聞かないでくれ……」
「智子中尉のことが好きなんですか?」
「……いや、…違う」
「本当ですか…?」
苦し紛れの回答を吟味するかのように私を正面から見据えるハルカ。
「怪しいですけど…」そう言ったきり、顔を離して、数歩距離を置いた。
「まあ…信じてあげます」さらにハルカは続けて言い放つ。
「そりゃあ、同じ趣味の人が居るのは嬉しいんですけど、智子中尉だけは別ですから! 顔はいいんですから、狙うなら他の人にしてくださいね」
低地位の悪魔の忠告を、一つ頷くだけで受け止めた。正直、ほっとしていた。下手に押されて無理矢理有る事無い事言わされるかと邪推していた。
ああ、私はまだ大丈夫だ。少しだけだが自信が付いた。こればかりはハルカに感謝してもいいと思えた。
ハルカはそのまま部屋を出るのかと思ったが、先程までの嫉妬に燃える本性を潜めて、私に向かって言った。
「そろそろ皆も帰ってくると思うので、その充血した眼とかどうにかした方が良いですよ」
「え? 充血…腫れてるか?」
「まあ…注意して見ないと分からないくらいですけど」
「そうか…ありがとう……」
立ち上がって、手洗い場で顔を洗ってこようとした矢先だった。
遠くからどどど、と連続した轟音が近付いてきて、ドアの前で一瞬の静寂の後、木扉は乱暴に開け放たれた。
「ビューリング~! 体調は大丈夫ねー? 何ならミーが一肌脱ぐね-!」
元気一番、キャサリンが飛び込んできた。私と目があって、キャサリンは正面から派手に抱きついてきた。
「Cuuuuute!! 弱ってるビューリングなんて珍しくてかわいいねー!」
「えっ? え?」
「ぎゅううううってすると柔らかくて良い感じね!」
「く、苦しいから…やめろ…!」
「おやおや、ラブラブで何よりじゃないですかー」
「そんなんじゃない!」
ハルカの黒い笑みはキャサリンには見えていない。無邪気に抱きついて笑顔を振りまいているキャサリンを、ひどく意識してしまう。
「大丈夫ね! ミー、こう見えて口は硬いね!」
とてもそうは思えなかった。今朝のことを言っていて、それを慰めているつもりなのか、こうやって急にコミュニケーションを激しくし始めたに違いない。
「誤解されるようなことを言うな! ただでさえ淫縦な奴だというのに!」
「むふふ、安心しましたよー、ビューリング少尉~」
「くそ、待て! 私は…! 違うんだ!」
狼狽えるばかりの私に、反射的に背中に手を回していて、腕の中に収まっていたキャサリンが上目遣いに問うてきた。
「もしかしてバレてるね?」
「…違う……そういうわけでもないんだ…くそ」
拍子抜けしたのを見計らったのか、ハルカはそそくさと退散してしまう。部屋には私とキャサリンだけが残された。頬ずりしてくるキャサリンを、無言で追いやった。
「何するねー」
「こっちの台詞だ…」
眉根を揉み解しながら、壁際まで歩いて、また最初と同じ体勢に戻った。
「違うんだ…私は…決して、レズなんかじゃ…ないんだ……」
「んー…。あまり悩んでも仕方無いと思うのよー?」
「キャサリン…独りにしてくれないか……」
「ビューリング、思い詰めても仕方無いことだってあるね。今は辛いかも知れないけど、きっとその悩みを理解できる時が来るね」
「……ありがとう」
キャサリンなりの言葉が、割と心に染みた。もう一度ありがとう、と呟くと、キャサリンは応えた。
「ミーたちが集まったのにもきっと訳があると思うね。だから助け合える時は助け合うのが仲間なんだと思うね」
言うと、肩を叩かれた。リベリオンの励まし方なのだろうか。だが、強めに叩かれた肩は少しだけ熱を持って、それがまた疲れた身体によく効いたのだった。
――
今宵、私は縛られていた。
「何で?!」
「ビューリング、ごめんなさい。今日だけは本当にダメなの。私の代わりにあの子の相手をして…!」
「な、と…智子?! おいちょっと待ってくれ智子――!」
後手に、縄できつく縛られている。とても抜け出せるようなものではなかった。
「智子、私に刃向かうって言うのか? 智子!」
一度落したはずの智子はごく普通に見えた。どうしてだ。智子はもう私のものだったはずだ。そんな彼女がどうして今私を縛って放置なんてしているんだ!
闇に叫ぶが、智子の姿はどこかへ消えていた。私は沼の上に吊されワニに食べられるのを待つ生贄のごとく、自由の効かない手足で暴れた。
手首に縄が食い込んで痛みを生んだ。あまり動くと、出血しそうだった。両足も同じであるから、これは諦めるしかないということか。
「ふっふ~♪ ともこちゅぅいー」
悪魔の声が耳に届いた。そうだ、落ち着いて弁明すれば、退魔出来るはずだ。
「待って、落ち着いてくれ。…ん、ん?」
開いた口に、布が当てられて、声が出せなくなってしまう。唇に食い込んでくるこれは…猿轡? なんてことだ!
「んー! んんーっ!」
抵抗のために頭を上げるとそれは結んでくれと頼んでいるようなものだった。強く結ばれ、口端が裂けそうな痛みに涙ぐんでしまう。
「んんん…。いふぁぃ……!」
はっきりと言葉を口に出す事が出来ない。情けない声だが、緊急事態だ。この魔物に身体を弄られたら、今度こそおかしくなってしまう――!
「んはぁぁ…かわいいですわ、ともこちゅうぃ~」
「ひがふ…ひがうんふぁ………」
違う。違うんだ。言葉に出来ないが、訴える。
「今日は縛りプレイですから、新しい興奮が体験出来るかも知れませんよ…ふふふ」
「ぁ…ぁう……んー!」
胸を揉まれる。慣れない刺激に、身体は狂ったように反応する。私の服をはだけたハルカは、直に胸に手を伸ばしてくる。
「くぅう……ゃ、やふぇろ…」
帝国は国王が倒れたらそれで終りなんだ! 今、ハルカなどという敵一人に負けるわけにはいかないんだ…!
屈するものか。耐えきってみせる。智子もキャサリンもウルスラだって皆このエリザベス・ビューリングの嫁なのだから!
「ぁあぅ!」
熱した火掻棒のようなハルカの舌が乳首をねぶる。唾液が絡みついて、刺激が直に快感へと変換される。脳が震えて、汗が噴き出す。異常とも言えるそんな私の反応に、ハルカは満悦して言った。
「うふふ、ともこちゅうい、縛られていつもより興奮しているみたいですね☆」
ハルカの凶悪な手指が、快楽に飲まれた私の下腹部をまさぐろうと、ズボンをゆっくりと脱がしていく。
「ともこちゅうい、糸引いてますよ-?」
「いゃ…ぅ……」
蕩けてしまいそうだ。だが、ダメだ。諦めたらそこで…終りなんだ……。
「いただきま~す♪」
じゅるるる、とわざと音を立てて私の股間を吸い上げるハルカ。
「はあぁあん!! くぅ…あ、……ぅ」
打ち震えた。口がだらし無く開いて、ドロドロの唾液が布に飽和して垂れ始める。一回だけでは終わらず、ハルカは執拗に私の陰部を刺激して、汪溢な水気を飲み込んでいく。
「んああ、あ、…んんん! くっ…あ、ぅああ!」
もはや声は脊髄反射だった。涙も負けない勢いで流れ、被虐感がそそられた。反抗の声すら出せなくなり、荒い息と嬌声ばかりが広い寝室に反響する。
この声は、皆が聞いているのだろうか。いつも、智子の声を皆が聞かされているように、私のこの声も、皆が聞いているのか…? くそ、恥ずかしい! とても耐えきれる羞恥じゃない! 早く終わってくれ…!
「ん…んぁああっ――! ん、ん、んん! あん!」
声が出ないように耐えるが、あまり上手く行っているとは思えなかった。体中が熱い。燃えているような熱が内臓にも行き渡っている。下腹部はもはや洪水だった。
「んもう、えっちなんですからぁ、ともこちゅういは~♪」
智子ではないのに、私は責められている。唇を噛み締めて、一線を越えないように制御しようと試みる。ハルカは止める気など一切無いようで、私を容赦なく責め立て始めた。指が中に入ってきたのだ。
「ひぁああああああ!!」
貫く激動。全く初めてであるはずなのに、随分とスムーズに侵入を許してしまった。それだけ濡れているということ。それはつまり感じているということでもある。
「まだ指一本ですよ~? このままこね回したら大変なことになりそうですねぇ~」
「ふぉんな…そんにゃこふぉ…しゃれふぁらぁ…ああぁあああ――っ!」
根本まで入ってきたハルカの繊細な指に、身体は素直な反応を返して、指を締め付けてしまう。
「あんまりきつく締められると、折れちゃいますよ~」
言いつつも楽しそうにしている辺り、真性の変態なのだと実感した。
「んふふ、そろそろ一回撃墜しちゃいましょうか。ちゅういの大好きな動きで」
耐えなければ。耐えなければ。絶対に、被撃墜など許すものか――!
「こうやって~、なぞるように~。んふふふふ~」
ハルカの人差し指が、中を撫でる。ぐるぐると、マグカップを洗うように。
「くぅぅうう!! ああああぁあぅうああっ!!!」
弾ける、断続的な攻撃。加えて、ハルカは顔を足の間に滑り込ませてきた。間髪入れず、またハルカの熱い舌の乳頭のざらざらが、最も敏感で小さな蕾を、舐め上げた。その瞬間、私の脊髄からぞぞ、と膨れあがった白い波が、脳へと到達して、それが、絶頂なのだと理解した。
「…ぅ――ぃ、イ、っくうぅうう―――――ッ!!」
――
四回目の被撃墜と共に、私は飛び起きた。
「は、はぁ…はぁ、はぁ、く、ふ、はあ…はぁ……」
唇から漏れていた唾液を拭い取って、部屋を見渡す。異常は、無いようだ。…だが、私は…完全に、異常だ。
ショックで身体が震える。夥しい量の汗が体中に溢れ、シーツを湿らせている。自ら肩を抱いて、目を瞑る。
…すると、網膜に焼き付いているかのごとく、夢の中の光景が流れ始めた。ダメだ。即決してまた目を開くと、背中が折れた視線から、私自身の秘部が目に入る。
…暗闇でも分かるほどの漏水具合だった。水気は太腿を通過して、膝に達そうかというところまで続いていた。
「そんな…」
いくらなんでも…ひどい。こんなになるまで…。それも、あのハルカに襲われるなんていう、非現実的な内容の夢で…。
智子は毎日あんな攻めを受けているというのだろうか。あんなことを続けられたら、脳が蕩けてしまう…。
足を擦り合わせて、僅かでも水気を誤魔化そうと足掻いてみる。が。
「くぅん!」
敏感な場所がズボンの生地と擦れて、思わぬ声が漏れた。
使い魔のダックスフントが、思いっきりじゃれてきている時に、突然猫騙しで両手を打ち鳴らしびっくりさせた反応にそっくりだった。
もしかすると、寝ている間の無意識に夢のような声を出してはいないだろうかと凄く不安になってしまう。
まるで、智子がケモノとなった時のような声…。あんな声が、夢の中とはいえ、私も出せるとは…到底思えないのだが…。…そうなの…だが、四回も……くぅ。
ハルカも、途中で気付け。お前の好きな人を間違えるなよ。…と、遅い愚痴を吐いた。
「…はあ」
溜息が出た。もはやこれは諦念だ。あそこまで生々しく、かつ欲望に塗れ、私を乱す、夢。
あぁ、もういっそ改心して夢の中のような堂々としたレズになってしまおうか…。なれたらどれほど楽なのだろう。
…いや、まだだ。
キャサリンの言葉を思い出した。
『ビューリング、思い詰めても仕方無いことだってあるね。今は辛いかも知れないけど、きっとその悩みを理解できる時が来るね』
悩み。そう、これを悩みとして、解決すればいいのだ。今日、ウルスラに聞いてみよう。正常な夢を見られるように、戻れるだろうか。