エイラの挺身
「ん?どうした?」
「相談があるんだけど・・・」
「相談?」
「うん、話を聞いてくれる?」
「いいぞ。とりあえず座れよ」
エイラは机の上に広げたタロットカードを片づけながら、もう一方の椅子を突然の訪問者
であるサーニャに指し示した。
ただ、顔では平静を装っているものの、内心ではサーニャの相談ごととは一体何かとドギ
マギしていた。
(ま、まさか恋の相談とかじゃないよな・・・。す、好きな人ができたとか・・・)
「で、相談って何だ?」
エイラはさし向ったサーニャに尋ねる。
「えっと・・・」
「・・・」
サーニャの口から次の言葉が発せられようとする瞬間が、エイラにはひどく長く感じられ
た。
「ハルトマンさんのお誕生日のことなんだけど・・・」
「ハルトマン中尉?」
「うん。プレゼントをどうしようかと思って」
「・・・よかったぁ」
「え?」
「ああ、な、何でもない・・・」
エイラは、サーニャの相談内容を聞いて、とりあえず胸をなで下ろした。
「でも、中尉へのプレゼントかぁ・・・ケーキかなんかいいんじゃないのか?」
「ケーキは芳佳ちゃんとリーネちゃんが作るって言ってたから・・・」
「そうかぁ・・・確かにケーキばっかりもらってもなぁ」
(私だったらサーニャの作るケーキだったら三つでも四つでも食べれるけどな)
「普段ハルトマン中尉と話をしている時に、欲しいものとかの話題は無かったのか?」
「・・・それが、ハルトマンさんと話したこと・・・あんまり覚えてないの」
「・・・前に五時間もしゃべってたのにか!?」
「・・・うん」
「ああ、ゴメン・・・」
エイラの言葉にシュンとするサーニャを、エイラは慌ててフォローした。
「べ、別にそんなに気にすることじゃないよ、楽しい時間ってあっという間に過ぎちゃう
もんだろ?そんなに早く時間が過ぎてんだから。その時話していた内容を思い出せなく
たって仕方がないよ」
「そうかな?」
「そうだよ~。なぁ、どんなことでもいいよ、何か覚えていることは無いのか?」
「え~と・・・そうだ!」
「何?」
エイラは思わず体を乗り出す。
「確か・・・もっとお休みが欲しいって」
「う~ん、流石にそれはムリダナ・・・」
「・・・そうね」
その後も二人はエーリカへのプレゼントについての相談を進めた。
服・花・アクセサリー・ジャガイモの詰め合わせ・化粧品・牛乳・本・レコード・・・
と、二人で色々と提案していったものの、これというものは思いつかなかった。
「う~ん、もう“おめでとう”って言葉だけでいいんじゃないか? なんか、せっかくあ
げても、あの部屋の中に埋もれちゃいそうだしさぁ・・・」
そう言いながら、エイラは机の上に突っ伏した。
「でも・・・、いつも私の話し相手になってくれるのに、何もあげないのって・・・」
サーニャはそう言いながら、自分の手を胸の辺りでキュッとにぎる。
その表情はどこか寂しげだった。
(ハルトマン中尉も幸せだよなぁ、サーニャからこんなに思われるなんて・・・)
エイラはなんとなくエーリカのことがうらやましくなり、ちょっと気に食わないなとは感
じたものの、サーニャの寂しげな表情を見ていると、何とかしてやりたいという気持ちが
ふつふつと湧いてきた。
「あ~もう!」
エイラは突然頭を掻きだした。
「エイラ?」
「私が一肌脱ぐよ!」
「何するの?」
「まぁ、任せとけって」
そう言うとエイラは、自分の胸をトンと叩いた。
「エーイラ!」
ひょい!
抱きつくはずだった相手に回避されたエーリカは盛大な音を立てながら床を転がった。
「大丈夫か?」
「痛ててて・・・もう!避けなくたっていいじゃん!」
「ごめん、ごめん、ついくせで」
そう言って口をすぼめるエーリカにエイラは苦笑いをしながら答えた。
「で、何か用か?」
「そうそう、トゥルーデから聞いたよ。誕生日プレゼントありがとう!」
そう言ってエーリカは満面の笑みを浮かべる。
「まぁ、トゥルーデは、こんなこと、こいつをますます怠惰にしていくだけだ! 本来な
ら認めんぞ!って言ってたけどね。ここにしわ寄せてさ」
そう言って、自分の眉間を指差す。
「でも、ミーナも構わないと言ってるし、お前への好意だといういうのなら仕方がないな
って渋々認めてたよ。だけど、本当にいいの? 二週間も私のシフトをエイラが代わる
なんて」
「ま、別に大したことじゃないって。それよりも、お礼だったら、私よりもサーニャにし
てくれよ。ハルトマン中尉にプレゼントをあげようって言いだしたのはサーニャなんだ
し。それに、私がハルトマン中尉の代わりに仕事をするのだって、サーニャのためであ
って、別にハルトマン中尉のためってわけでも~」
「・・・それってツンデレ?」
「は? なんだよいきなり」
指を振りながら説明をしていたエイラは、エーリカの発言に思わず目が丸くなる。
「ううん、なんでもない。それよりも、本当にありがとう」
「おめでとな」
見つめ合う二人の間で静かに時が流れる。
「じゃ、私はもう行くよ。やらなきゃいけないこともあるし」
「何だ?」
「サーニャが起きるまで二度寝~」
言うが早いか、エーリカは一目散に駆けだした。
「・・・へ?」
エイラは走り去るエーリカの後ろ姿を見て、思わず額に手をやった。
―1週間後
「エイラさん、お疲れ様!」
昼食の時間。エイラが食堂のテーブルに着くと、芳佳の元気な声が響いてきた。
「それにしても大変じゃないですか?ハルトマンさんの分の隊務までエイラさんがこなす
なんて」
芳佳は席に着いたエイラにそう問いかける。
「いや、ほとんどは待機だからさ、そこまで大変じゃな・・・?」
そう言うエイラの鼻腔に嗅ぎ覚えはあるものの、基地ではあまり経験の無い匂いが届くの
を感じた。
「あれ? この匂いは・・・」
「ああ、サーニャちゃんがボルシチ・・・でしたっけ? を作ったんです」
「サーニャが?」
「はい、エイラさんばっかり頑張ってくれてるから、せめて栄養のあるものでも食べて欲
しいって」
「私のために! ・・・べ、別に、そんな気使わなくていいのに」
口ではそう言うものの内心ではサーニャが自分のために手料理を作ってくれたことがなに
より嬉しかった。
「じゃあ、食べないんですか?」
「は! 何言ってんだよ、食べる食べる、食べるに決まってんだろ!」
「はっ、はい!」
芳佳は慌てて厨房へと戻っていく。
(まぁ・・・これも役得でいいよな・・・)
エイラはテーブルの上に肘をつき、手のひらの上に顔を乗せると、サーニャの手料理が運
ばれてくるのを今か今かと待ちわびるのだった。
―2週間後
「ねえねえトゥルーデ、これどういうこと!」
エーリカは廊下でバルクホルンの姿を見つけると、慌てて駆け寄ってその肩を掴み、勢い込んで尋ねた。
「何のことだ?」
「これのこと!」
とぼけるバルクホルンの眼前にエーリカは、いましがたバルクホルン自身がエーリカの部
屋に置いていった給与袋をつきつける。
「いつもの半分しかなかったんだけど、どうして!」
この訴えに対してバルクホルンは、腰の両側面に手を当てると。
「当たり前だ! 昔から言うだろ? 働かざる者食うべからずと! 二週間も隊務に携
わっていなかったのだから、こうなるに決まっている!」
「そんな~、ひどいよ~返せ! 返せ! 人のお給料返せ~!」
そう言いながらエーリカはバルクホルンの周りをピョンピョンと跳ねまわる。
「半分もあれば普通の生活を送るには十分すぎるだろ」
と、バルクホルンはエーリカの抗議に聞く耳を持とうとはしない。
「そんなぁ~、トゥルーデみたく無味乾燥な生活をしてるわけじゃあるまいしさ~。もう
こうなったらストだよ! スト!」
言うが早いかエーリカは駆けだした。
「おっ、おい! ストって何する気だ!」
バルクホルンは走り去ろうとするエーリカの背中に慌てて問いかける。
「トゥルーデがもう半分をくれるまで、部屋でふて寝~」
「・・・それじゃあ、普段と大して変らんだろ!」
バルクホルンの指摘が廊下中に響き渡る。そうして、バルクホルンはポツンと廊下に佇み、
ポケットの中にあるエーリカの給与の残りが入った袋をいつ渡したらいいのかと、一人思
案に暮れるのであった。
fin