If.<イフ> -ジ・アナザー・ストーリーズ- CASE 02:"A Train"
ネウロイの侵攻は思った以上に早く、そして激しかった。技術大国と呼ばれていたカールスラントは、市民の撤退こそ進めど軍人は撤退戦の中で
散っていくばかり。かろうじて生き残った戦士たちも、壊れた国の中で活躍する場は無かった。止む無く他国や連合軍へ派兵され、祖国とは遠く離れた
地で祖国とは違うもののために戦わざるを得なくなる。祖国とは別のものの中で、自分の守りたいものを探し出す。そうして大切なものを見出して、
戦いに意味を『用意』して。そんなことを繰り返すうち人々は徐々に疲弊し、戦況はネウロイの優勢になりつつあった。決してストライカーユニットは
万能とは呼べず、使いこなせる人にとっては最強の兵器だったが使えない人にとってはただの鉄くずでしかない。世界的に見れば配備数は多いとは
言えない状況で、ウィッチ達も数が絶望的に足りていない事実は認めざるを得ない。
そうして今も、一人の少女が列車に乗り込んで祖国を後にする。彼女の戦友は妹や幼馴染を一時的に、もしくは永遠に失って心ここに在らずと
いった所。自分は特に守るべきものも無いまま、ぼんやりと目的も無く別の基地へと向かっていく。エースの掃き溜めとも言われる、ウィッチたちの
憧れ……、ストライクウィッチーズ基地へと。
本当はそんなこと、どうでもよかったが。家族と一緒に笑って過ごせれば、それがどれだけ良いことか。ふっと小さくため息をついて、少女は
背もたれに身を預けた。よく妹が手入れしてくれていたものの、最近は忙しくてそれもほとんど無くなった髪を眺める。……もう、こんなもの
どうでもいいや。完全に力を抜いて、もう一息ふうとついた。鞄の中から携帯用飲料水を取り出して飲んでみるが、のど越しはあまりよくない。
はぁ、とため息。なんだ、この数秒間に三回もため息か。
……やがて列車は汽笛を鳴らす。ああ、もう出発か。なんとなく実感の沸かない中、少女は見慣れたはずの街の崩れ去った姿を目に焼き付けた。
この街をこんなにしておいて、いまさら自分に何ができると言うのやら。そんな悲観的で現実主義な考え方から、少女はあえて抜け出そうとも
思わなかった。
窓の外には、手を振る人たちがたくさんいる。見送りだろう、その中にいくつかの人影を探してみるが見当たらない。少し沸いた元気が、一瞬で
消えてなくなった。再び少女は背もたれに身を預けて、なんとなく鞄に目をやった。そこには、戦友がいつだったか彫ってくれたネームプレートが
ぶら下がっている。
―――エーリカ・ハルトマン。胸を張って自信満々にそう名乗った頃のことを思い出して、再びため息をつく。街はぐちゃぐちゃで、怪我人も多数。
死者だって少なかったとはいえ出てしまったのは事実だ。こんな結果じゃ、自信を持って自分の名前なんて宣言できるはずが無い。あの頃はまさか
こんなことになるとは思わなかったのが、今からすれば恨めしい。こうなることがわかっていれば、あんなに浮かれてなどいなかったのに。今は
無性に、お堅い親友のことが羨ましかった。
CASE 02:"A Train."
――――落ちた祖国と会えない家族。希望や野望の消えた心に火をともすは、静かにゆれる列車の音。
結局、見送りは一人も来なかった。戦闘があってから一度も家族に会えないまま、この街を後にすることになる。まあ死亡通知は届いてない、と
言うより死者の身元は全員判明しているのである種心配は無い。だがどうしても、去り際にも家族に会えないのは悲しかった。どうして会いにきて
くれないんだと恨めしい思いがある反面、自分がこの街から出なくてはならなくなってしまったことはつい最近決まったばかりだ。仕方ないのかも
知れないと言う思いもあった。
この街が炎に飲まれて、戦友が敵機を落として、一夜が明けて。瓦礫だらけになった街を歩いて、エーリカが最初に向かったのは避難所だ。当然
エーリカも愛する家族がいる訳で、会いに行きたいのは当たり前である。だが避難所に入って見渡してみると家族たちの姿はおろか同じ軍に所属する
妹の姿すらなく、おかしいなとよく見てみると荷物だけあるのを見つけた。どうやらスペースは確保してあるようで、ここまで来ていたことは間違い
無いので安心する。だがそれからというもの、丸一日待ってみても家族が帰ってくることは無かった。さすがにそれ以上軍を離れるわけにもいかず、
エーリカは名残惜しそうに避難所を後にした。何度も何度も振り返って家族が戻ってきてくれるのを期待しては、しかしそれも最後まで徒労に
終わった。
それからいろいろと配置転換の話が進んで、エーリカとその戦友二名、ゲルトルート・バルクホルンおよびミーナ・ディートリンデ・ヴィルケは
第501統合戦闘航空団、ストライクウィッチーズ隊への異動が決定する。ゲルトルートとミーナは空路で向かうことになったが、エーリカに関しては
特に指定が無かったので列車で行くことになった。指定が無いということは自身で飛行しての移動は許可されていないということだ、そうなれば
ここから基地への移動手段はバスか列車の後船に乗るぐらいしかない。軍用バスの車内は堅苦しいし狭いので居心地が悪いと判断し、列車で
行くことにしたのだ。
とは言っても、見送りも無い身。エーリカは頬杖をついて気だるそうに外を見て、ため息をつく。空はどんより曇って暗く、まるで心の中を映して
いるかのようだった。それから少しして列車が動き出して、ホームの人たちも列車に合わせて走り出す。それほどたくさんの人は車内には居ないので、
しきりに手を振っているホームの人たちの動きを見ればどれが誰を見送っているのかは一目瞭然だった。だからどうというものでもなく、エーリカは
暇つぶしにそれを眺めているとやがて加速した列車はホームの人たちには追いつけない速度になっていた。
電車の窓が、風に揺れてガタガタと鳴く。ついに列車はこの街を離れ、エーリカの見送る人も居なかった街を遠ざけていった。廃墟と化して
いながらも生き生きとした街は、エーリカにしてみれば羨ましくて仕方ない。
「はぁ」
短くため息をついて、外の景色を眺める。どんどん加速していって風景は流れていき、見知った街が少しずつ離れていく。街の象徴だった時計塔も
今はすす汚れて大穴をあけられ、そしてその周りの家々はもう原型をとどめていない。そこに更なる廃墟が手前手前に重なっていって、徐々に街は
見慣れない形相へと変わっていった。まるでエーリカの目を騙すかのようにいろいろな顔を見せて、でもそれらはすべて廃墟だったのでエーリカは
微細な興味さえ抱かない。
自分の体は椅子に座ったままなのでとまったまま。それでも列車は気づけば二百キロを突破していて、ぐんぐん街から遠のいていく。自分は一歩も
前に前進できなくて、ただ悔やんで悲しんでばかりだというのに。この列車は、ひたすらに無鉄砲に前へ前へと進んでいくのだ。なんだか内面と
外面が矛盾しているような気がして、エーリカはぷっと笑った。見た目はボーイッシュで活発そうな自分だが、中身はどんより沈んで活力の欠片も
無い。それと同じく、内面はみんな止まったままで一歩も進めないで、でも外側である列車はものすごい勢いで線路上を駆け抜けていく。それが
無性におかしくなって、隣の戦友と一緒に笑い飛ばそうとして―――隣に居るのは自分の荷物であることを思い出す。そういえば、自分は一人で
この列車に乗ったんだっけ。エーリカはまた気だるくなって、頬杖をついた。
「……だる」
……ゲルトルートやミーナは、ちゃんと基地まで着いただろうか。あの二人はあの二人で、未来のための切符を手にしているはずだ。それが自分は
どうだろうか。ある意味新天地での活躍の場が用意されているのは素晴らしいことだったが、果たしてそれは『切符』と呼ぶに相応しいのかどうか。
自分では計りきれず、それでも未来があるからいいやと考えることを放棄した。ふと鞄を眺めれば、そこにはいくつかの色あせた本やアクセサリ。
……楽しかった思い出をいつまでも忘れないようにと持ってきたものたちだ。鞄の中の物語たち――それがやけに、遠くにあるような気がした。
果てさて、どうしたものやら。エーリカはため息をひとつついて、今度は車内に目をやった。
「ん?」
ちょうどそのタイミングで、足元にひとつの大きなぬいぐるみが転がってきた。ペンギンのような形だがどこか掴み所が無く、うーんと首を
ひねらざるを得ない形だ。誰の落し物かわからずしばらくどうしようか迷ったものの、下に落ちたままで汚れるのは不憫だったので拾い上げた。
簡単にぱっぱと埃を払うと、目の前にはちょうど同じ年ぐらいの女の子が立っているのに気づく。銀色でウェーブのかかった綺麗な髪で、全体に
白っぽい。どちらかというとカールスラント人というよりはスオムスやオラーシャといった北国風情で、エーリカには妙に美しく映った。だが
当の本人はといえば怯えたような顔でエーリカを見て、手をふるふると小刻みに震えさせていた。ああ、この子は今自分に対して怖がっている。
やっぱり拾わないほうがよかっただろうかと後悔するエーリカの手から、ペンギンのようなぬいぐるみが引っこ抜かれそうになった。反射的に
握り締めそうになったが、目の前に居る子がこれの持ち主だろうことは分かっていたので何とか手を緩めた。そうすると少女は、礼も言わずに
脱兎のごとく逃げていく。文字通り、逃げ去っていく。
……はあ。余計なこと、しなきゃよかったか。エーリカは心底後悔して、もうどうでもいいやと考えることをすべて投げ出した。そのままシートに
もたれかかって背もたれを倒すと、後ろから忌々しげな舌打ちが聞こえた。振り返ってごめんなさいと謝ろうかとも思ったが、気だるかったので
やめる。聞こえない振りをして、背もたれにぐっともたれて。倒した背もたれはまるでベッドのようで、心地いい気がして目を閉じた。だが後ろの
人やさっきの女の子が気になって、どうも寝付けそうに無い。忌々しげに目を開けて上半身を起こす。
「……」
さっきの少女や後ろの人も、何かを守るか誰かを救うかそれなりの目的があってここに居るはず。未来のために切符を手にしているのだろう。
自分は、そんな大それた『切符』なんて手にしていただろうか。大事な家族を守って、いつか医者になりたい――そう思うことも少なくないが、
今の自分にそんな力があるかどうか。エーリカは自問自答して、答えがあまり芳しくないのを自覚して落胆する。それでも何とか自信を持って
言えると探り寄せたのは、避難所で家族の荷物が一まとめに置かれていたこと。自分はなんとか、家族にまで火の粉が降りかかることだけは阻止
できた。家族がああやって荷物を置いて場所を確保できるだけの平和は、なんとか確保した。必死で守った甲斐は、多少なりともあったという
ことだ。恐らくさっきの少女も後ろの人も、そういった何かしらの思いがあるのだろう。それを無碍にするのは失礼な気がして、エーリカはもう
何も言わないことにした。
もう訓練を卒業してから大分経つ。戦友のゲルトルートやミーナはそろそろ魔力の衰退を視野に入れなくては入れない年齢にまでなって、自分も
少しずつウィッチとしての人生の終わりに近づいていく。こうしてただじっと座っている間にも、時間は刻々と過ぎていくのだ。それが無性に
もどかしくなって、でもだからってどうにかなるものでもない。やはり自分が無力であることを確認する材料にしかならなくて、エーリカは
またため息をついた。
それからまたぼんやりと外の景色に目をやって、そうするといつの間にか併走していた自転車を見つける。どこから来たのかは知らないが、誰か
見送りたい人が居るようだ。涙目になりながら大きく手を振って、何かを叫んでいる。傍から見ているととても恥ずかしくて、相手のことを考えて
あげるなら止めたほうがいいよとアドバイスをしてあげたくなった。けれどきっと、自分が誰かを見送らなくてはならなくなったら似たようなことを
しそうな気がする。そこまで考えて、ふと戦友たちのことを思い浮かべて……ああ、この人たちが相手だったら絶対に同じことをする。そう思って、
でもなんとなくそれができないような気もした。自分は今、止まったままだから。
本当は、恥ずかしいぞとは言ったものの自転車を漕ぐあの窓の向こうの人が羨ましかった。自力で走って、前に進んでいるのだ。それに対して自分は
こんな場所に安閑としているだけで、自分で前に進もうとなどしていない。時速二百キロにも及ぶ速度は自分ではなく、この列車が出しているのだ。
それが少し悔しくて、エーリカは自転車から目をはずした。後ろの人には邪魔をしてしまうし、女の子の役にも立てないし。祖国は陥落させてしまうし、
家族とも会えないし……。
だんだんと考えが悪い方向に行き始めたので目を閉じてごまかそうとしたが、逆に辛くなってしまう。少ししてからまた開けて、ふうと一息つく。
そして目の前に、手が差し出されているのに気がついた。先ほどの女の子で、その手の上には真っ赤な包みのキャンディが握られていた。別に
キャンディは好きでもなければ嫌いでもないので受け取るのは問題ないが、まさかこんなものを差し出されるとは思わなかった。驚きながらどうしようか
迷ったが、恐る恐る手を伸ばして受け取ってみた。そうすると女の子は、どこかやわらかい笑みを浮かべる。
「あの、ありがとうございました」
一言女の子は言って、恥ずかしくなったのかとてとてと自分の席に戻っていった。少し顔が笑っていたので、本当に嬉しかったのかも知れない。
だがエーリカはそんなことはどうでもよくて、むしろ考える余裕なんて無かった。……今あの子は自分に礼を言って、キャンディまでくれた。役に
立てないと思っていた自分に対して、礼を言ってくれた。それが無性に嬉しくて、自分がしたことで笑顔が見られるのが信じられなくて。まだ、
自分も捨てたものじゃない。エーリカ・ハルトマンはまだ、人に優しくできる。
涙がぽろぽろと出てくる。そうか、自分の心はまだ生きてるんだ。人にありがとうと言ってもらえることの暖かさを思い出して、冷え切ったエーリカの
心が温かくなっていく。……ああ、だめだ、涙が止まらない。
誰に気づかれることも無く、エーリカは滝のように涙を流して。そのキャンディを、ぐっと握り締めて――決意を新たにする。そうだ、自分はまだ
人のためになれるんだ、まだ自分は『人のために戦える』んだと。人としてもっとも大事な所は、『ハート』はまだ死んでいない。それが分かると
今までの無気力はどこへやら、随分と気力が沸いて来た。
やがて港が見えてくる。これからあの港から出る船はウィッチーズ基地直行のはずなので、この列車の中では一人しか乗らないはずだ。逆に、赤く
腫れてしまった目を見られないで済むのはいいと思った。特にあの女の子には、こんな姿を見られたらどうしたのと心配されてしまう。エーリカは
久々に苦笑を浮かべて、近づく港に目をやった。列車の窓は風にあおられてガタガタと揺れ、その向こうに活気付いた街を見る。ここはまだ
ネウロイの手は及んでいないようで、人々が活き活きとしていた。まもなくここも撤退するのだろうが、ネウロイの拠点ができたりという『侵略』は
幸いカールスラントにはまだ届いていない。あくまで侵攻してきただけだ。今までの撤退戦から学ぶことができれば、ここの撤退はスムーズに進む
だろう。
エーリカは祖国のまだ元気な一面を目にして、更に奮い立つのを感じた。……こんなところでグズグズしてないで、祖国や家族のために戦うんだ。
皆が笑って暮らせるために、自分ががんばらないでどうする。いつか悪魔と恐れられるぐらいに、戦果をあげてやる。そうすればきっと、祖国は
これ以上蹂躙されずに済む。そうなれば街も復興して元気になるし、人々の命が危険にさらされることも無い。
怖気づくことは無い。戦友――いや親友たちも、側に居てくれる。なにも恐れることは無かった。
「……ふふ」
一人、ほくそ笑んだ。出迎える人なんて居ないだろう。だが今もなお呼吸して『生きている街』は、ただそれだけでエーリカにとっては十分だった。
さあ、行くんだエーリカ・ハルトマン。今度こそ、守ってみせるんだ。
きっと誰もが、それぞれの行くべき道に向かっている。どんな手段かは分からないが、それでも目的地行きの切符を手に前へ前へと進んでいる。
今までの様々な、辛い、明るい、苦しい、嬉しい、悲しい、楽しい思い出を、すべて鞄に詰め込んで。その思い出たちを、自らの力へと変えて。人は
一歩一歩、前に進んでいるのだろう。そうして自分の荷物を安心しておくことのできる場所を、必死で守って。手段は様々だろう、エーリカのように
戦いに出向くものも居れば普通に仕事をして税金や家賃を納めるのもそのひとつだ。物理的にも、そして精神的にも心の落ち着く『荷物の置き場所』を
守っていく。そのためにこれからどうすればよいか、どうするべきか。そうして希望を夢見て、皆こうして列車なり船なりで移動しているのだ。希望に
向かって、未来に向かって。明日に向かって、一人一人が『戦って』いるんだ。
「さて、行くか」
エーリカは荷物をすべて抱えて席を立つ。駅がもう視界に入って、列車は見る見る減速していく。もう間もなく、一つ目の目的地に到着だ。すべては、
ここから始まっていくはず。
なるほど、人は時間とともに年をとっていく。少しずつ大人になって、少しずついろいろな知識や想いを知って強くなっていく。それは何も知らない
昔から離れていく事であり、自らを高める大きな『一歩』。列車に揺られて自分は止まったままで、まるで前に進んでいないように思えていた。だが
そうではない、動いていないように見えていた自分だって大きな一歩を踏み出していたのだ。まだまだ、前に進める。
自分を信じて。ようやく停止した列車の扉をくぐって、エーリカはホームへ降り立った。潮風が肌を撫ぜ、海のにおいが心地よく香る。エーリカは
そこから港を見渡して、目的の小型船を発見。そちらのほうへ歩いていった。どうやら道は一本しかないようで、他に近辺で船が泊まっている様子も
ない。まあ、軍用の船が停船していれば当たり前といえば当たり前か。エーリカは向こうの駅に居たときの取り繕った笑顔ではなく、心からの笑顔を
浮かべていた。そうして船のほうへ向かっていくと、ふと後ろで足音がした気がして振り向く。するとそこには、重い荷物を抱えてふらふらと歩く
あの女の子の姿があった。しかし何より不思議なのは、小さな軍用船が一隻留まっているだけの道にこの女の子も向かっていることである。道を
間違えているのだろうか、エーリカはまたあの女の子が柔らかく笑ってありがとうと言ってくれるのを見たくて一つ忠告してあげることにした。
「あのさ」
「は、はい?」
「こっちの道、あの船しか留まってないよ。別の船ならもっと回っていかないと」
できるだけ気さくに、フレンドリーに。それが相手にも伝わったか、女の子はやわらかく笑ってくれた。エーリカも笑って、そして女の子は一言。
「はい。アレに乗ります」
……聴いた瞬間、エーリカが凍った。あの船は間違いなく501の基地に向かう船であり、それ以外の目的で使われることは決してない。その船に
乗り込むというのだから、それが意味するところは大きな意味ではひとつしかない。……まさか。
「……もしかして君って……ウィッチ?」
「夜戦担当として呼ばれています」
ナイトウィッチか―――ぼんやりとそう考えてから、はたと気がつく。ナイトウィッチであの船に乗り込むということはつまり、向こうに着いたら
きっと同じ空を飛ぶ戦友になるのだ。……なんと奇遇なことか、こんな場所で会うだなんて。エーリカは嬉しくなって、はしゃぎながら女の子に
いろいろ尋ねたり自分のことを打ち明けたりした。女の子のほうも、最初こそ列車の中のイメージと違ってうろたえていたもののすぐに慣れて話を
弾ませた。本当はこんなに明るく話せる性格ではないのだが、エーリカが率先して話を盛り上げてくれるおかげで彼女も楽しげに話すことができる。
そしてエーリカは、そういえばと今思い出したように言った。
「そうだ、一番大事なこと聞いてなかった。君、名前と出身は?」
エーリカが尋ねると、彼女はやわらかい笑みで答える。これが、二人の始まりであった。
「サーニャ・リトヴャクって言います。オラーシャから来ました」
出会いというのは分からないものだ。エーリカはつくづくそんなことを思いながら、サーニャと名乗った少女と基地に着くまでしゃべり続けた。
後に夜の秘密のお茶会が開かれるようになるまで、そんなに日数はかからなかったように思う。
そして茶会の毎に、エーリカはまず最初に言うのだった。
――――ありがとう。君のおかげで、私は今も戦える。
今夜も、紅茶の香りが漂っている。
fin.