Dance Party


 突き抜けるほどの蒼い空。数えるほどしかない雲が、逆に空の蒼さをいっそう引き立てて美しい景色を生み出している。海面の波に映る空も、また
違った風情をかもし出していた。空はいつでも、温かく迎えてくれる。そんなに暖かいと眠くなってしまうのも当然のことで、夜明けまでずっと空を
飛んでいればそれは当たり前のことであった。
 欠伸がひとつ漏れる。さて、『今日は』起きたら何をしようか―――そんな、一般人とは少々ズレた考えをしながら滑走路へ降り立っていく。そもそも
生活習慣がほかの人とまったく違うので、考え方が違うのもまた然り。当然のことであった。
 ハンガーに機体を格納しようと向かって、しかしそこで見たものがいつもと違うことに若干の驚きを覚える。

「やっほー、サーニャー。お疲れ様ー」
「……ハルトマンさん……どうしたんですか?」
「どうしたって、サーニャの出迎えだけどー?」

 そんなことをしてくれるのは、居るとしてもエイラか芳佳ぐらいのものだと思っていた。まあ確かにエーリカとは仲良しなので、理解できないことも
ないのだが。本当はそうしてもらえるのが嬉しくて、頬がすこしだけ温かくなるのを感じる。きっとエーリカならこれもすぐ気づくのだろう。芳佳も
一回一緒に飛んだだけで随分と自分の感情変化に気づくようになっていたので、時々茶会とかで一緒に談笑しているエーリカなら言わずもがなだ。
ともあれストライカーを脱いで、自室へ向かうことにする。

「さーにゃんさ、今日の夕方一緒になんかやんない?」
「な、なんか?」

 なんかってなんだろう。首をかしげると、たとえば楽器とか、と楽しそうにエーリカが言った。音楽は好きだったので顔をぱあっと明るくして頷くと、
ちょっと悪戯っぽくエーリカは笑う。何か少々邪な思いがありそうな表情ではあったが、普段そんなお誘いを受けることなどほとんどないサーニャには
ありがたい話だ。どんなことをやろうかと考えながら廊下を歩いていると、たどり着いた先がなんとなくいつもと違う気がしてふと目を上げた。そこには
エイラ・イルマタル・ユーティライネンの文字。……あれ、部屋間違えた。ぼーっと歩いていたから、もしかしたら間違えてしまったのかもしれない。
今日はたまたま考え事をしていたのでいつもより多少覚醒していた。それが原因で部屋を間違えていたのにも気づいてしまったが、普段から間違えている
ことなど露知らずのサーニャは踵を返して自分の部屋へと戻る。エイラが『サーニャが部屋を間違えなかった』と落胆しながら食堂に入ってきたのは、
朝食の時間はすでに爆睡状態だったサーニャには耳にすら入らない話である。

 - - - - -

 その日の夕方。サーニャは八時間ほど寝てから、エーリカが言っていた通りロビーで紅茶を飲んでいた。ちなみにペリーヌが淹れてくれたもので、
ロビーに顔を出したときに偶然居合わせたのでペリーヌのほうから渡してきたものだ。サーニャとしては意外だったが、彼女も彼女なりに歩み寄ろうと
してくれているのかもしれない。そう思うと、自分のことを『幽霊』とまで言ったペリーヌのことも嫌いとは思えなかった。元々嫌いではなかったが、
何せ『幽霊』の一件があったので寂しい想いをしていたのは確かだ。

「……今日はエイラさんは一緒じゃないんですのね」
「そういえば今日はまだ見てないです……いつもは見てるんですけど」
「朝食のとき―――いえ、なんでもありませんわ」
「?」

 何か言いかけて、でも結局言わない。すごく気になったが、また貴女には関係ないだのなんだのと邪険にされると寂しいので言わないことにした。
それからどうしてここに居るのかと聞かれてエーリカに呼ばれてると教えたり、何をするのかと聞かれて楽器でもやってみると答えて、そういえば
サーニャは音楽が好きだったといわれて肯定したり―――少しずつ話が弾んだ。どれも受身でペリーヌが言い出したことに対するレスポンスだったが、
それでもサーニャもきちんと自分の言いたいことは言えていたので会話は成立していた。次第に笑みを浮かべる余裕も出てきて、二人で音楽について
語り合う。あの曲は好きだとか、あの曲はあの部分があまり良くないとか、聴く分にはいいけど弾くのはすごく大変とか。ペリーヌも祖国の音楽を
はじめとして音楽の話題には興味があったので、サーニャとは気があってちょうど良かった。
 やがて話題は、今日は何の楽器をやるのかという話に変わる。サーニャとしてはピアノをきちんと弾きたい思いもあったが、ピアノだけでは
どうしてもレパートリーが少なくて寂しい。もっとアグレッシブな楽器もやってみたいと思ったが、自分に合うかどうかは不安だ。そう言うと
ペリーヌも、サーニャは大人しくてしっとりした楽器のほうが似合うんじゃないかと言った。たとえばドラムや金管楽器なんかは前面に押し出る音
なので、どちらかと言うとエーリカやゲルトルート、シャーロットなどが似合う。逆にヴァイオリンやピアノは、音自体はドラムなど『激』である
音に比べて『静』である。つまりは『大人しくてしっとりした』音で、上品な雰囲気だ。ペリーヌやサーニャ、ミーナ辺りが使うとしっくりくる
だろう。
 まあ、何でもやってみないとわからない。いろいろ試してみて、自分がこれだと思ったものをやってみたい。そう笑いかけると、ペリーヌは半分
驚いたような顔でサーニャを見やった。受身で大人しい子だと思っていたが、自分が興味を持ったものに対しては積極的で前向きなんだ。そんなことを
ペリーヌが言い出すので、サーニャも思わず頬を染めてしまう。
 ……そして奴は大抵、こういう厄介な時にばかりやってくるもので。

「やっほーさーにゃん、お待た……何々? ペリーヌとラブラブムード?」
「なっ!! 変なこと言わないでくださいまし!!」
「そ、そんなんじゃありませんっ!」
「じゃあペリーヌがさーにゃんをいじめたな! こいつーっ」
「そうでもありませんからっ!」
「こ、こらーっ! やめっ……やめなさい!! いたたっ、痛いですわっ!!!」

 ペリーヌとの仲良しムードは何処へやら、いつの間にかロビーは三人ばかりの喧騒に包まれる。それもまあいいかと心の隅でどこかこの状況を楽しみ
つつ、サーニャは思わぬ人との交流に心を躍らせるのだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 かくして防音の整ったハンガーで、エーリカによるサーニャの楽器指導が始まった。とりあえず何をやるかという話だが、エーリカが一応人前でも
胸を張れるほどには演奏できる楽器はドラムとベース、そしてギター。誰がどこからどうやって持ち込んできたかは一部の人間しか知らないような、
電気で音を鳴らす『エレクトリックギター』とやらも持ってるらしい。ベースに関しても、人によっては同様な『エレクトリックベース』とやらを
持っているとか。一体何処から仕入れたのやら。
 ともあれ現状、ピアノと歌しかできないサーニャだ。とりあえずは何かしらの楽器に触れてみるべしというエーリカの下、まずは簡単に弾けそうな
ベースに手を伸ばしてみた。

「地味だけど、無いとどこかふわふわして軽い感じになる。縁の下の力持ちって感じ――それがベースかな」
「なるほど……」

 サーニャはスタンドに立っているソレの弦を、軽く弾いてみる。心地よい低音が小さく響いて、しかし太い弦を軽く弾いただけではすぐに音も
消えてなくなってしまう。今度はもう少し強めに弾いてみたが、あまり変わらない。見た目に太い弦だったが、やはりそれだけに弾くのにはそれなりの
力が要るのだろうか。自分にはあまり向いてない気がして、それでも一応構えるだけは構えてみた。何事もやってみなくてはわからない。
 苦笑しながら、エーリカがどこを押さえるとどの音が出るかを教えてくれる。幸いピアノをやっているおかげで音に関しては問題ないので、その辺は
苦労しなかった。それを分かっているのか、エーリカも基本には触れないで応用の利く教え方をする。

「ここがC。あとはピアノとおんなじ」
「おんなじ……?」
「強いて言うなら白鍵と黒鍵を全部横に並べただけってとこかな」
「じゃ、じゃあ、これが……」

 上から二本目の弦の、左から三つ目。これがC、つまりドと教えられた。そして黒鍵と白鍵が真横にずっと並んでいるのなら、常識的に考えればこの
隣は半音高いC#である。サーニャはそこをぐっと押さえて、弦を思い切り弾いて―――。
 ハンガーに透き通るように響く低音は、サーニャの読みどおりC#。弦がたくさん並んでいて難しそうだと最初は思ったが、実際はこんなものなのか。
サーニャは少し呆気にとられながら、ほかの弦の音も教えてもらった。基本的に、『Cの音の場所』かもしくは『開放弦の音』さえ分かってしまえば
後の音は自分で探し出せる。それぞれ一通り教えてもらって、サーニャは少しずつ音を並べていく。簡単なところで言えばG(ソの音)からCまで
一小節ずつ上がっていく流れなんかは、簡単でありながらそれっぽく聞こえて初心者には気に入られやすい。実際に弾いてみたが、これがどうして
なかなか楽しい。

「流石さーにゃんだねー、覚えるの早いや」
「い、いえ、そんなことは……」

 でも、とエーリカが少し渋い顔をしたので顔を上げる。何となく言わんとしていることも分かったが、耳を傾けた。
 ベースはその性格故に地味になりがちだ。派手にやろうと思ったら、チョッパーなどで演奏スタイルを変えたり自身が暴れる他ない。無論、暴れると
言っても一時期のパンクのように楽器本体をブン投げたり叩きつけたりするのとは別だ。たとえば、弦を押さえる指の動きに合わせてベース自体を
揺らしてみたり、ヘッドバンギングなどもそのひとつである。一口にヘッドバンギングと言っても、ヘヴィメタルのような我武者羅とも呼べるものも
あれば、拍に合わせてリズムを取るような意味合いで結果的にヘッドバンギングとなるものも少なくない。どちらも見た目に派手なので、地味さを
払拭するにはベタだが手軽である。
 だがこれをサーニャがやるにはちょっと似合わなさ過ぎる。確かにガンガンにディストーションを効かせたエレキギターを掻き鳴らすサーニャも
一度は見てみたい思いもなくはないだろうが、一度で十分である。むしろ二度は見たくない。普段があまり印象のないサーニャであるが故に、楽器は
できるだけ派手に出来たほうが存在を誇張できて良い。エーリカの目的の根っこはサーニャに楽器を教えるだとかバンドをやるだとかそんなことより
もっと奥底にあるので、上手に弾けるよりはサーニャと言う個体を前面に押し出せるほうがいいのだ。そういった観点から言っても、ベースはやはり
サーニャがやるべきではない。どちらかと言うと芳佳やリネットのように、普段から存在感が強い個性的な人がやるべき楽器である。まあもちろん、
それはあくまで『面子』を考えた場合の話。上手に弾けるかどうかと言う話になればまた別なのだが、今は『ソレ』は気にしないことにしている。

「やっぱりさ、こう、楽器だけでド派手なのが良いと思うんだよね。こうバーンと! バーン!」
「ば、ばーん……」
「つーわけでドラムいってみよう。うん、ドラム」

 多少引きつった笑みを浮かべながら、エーリカがドラムを勧める。きっと何かの陰謀かなにかがあるのだろうとサーニャは内心思いながら、でも
自分も興味があったのでそっちへいってみる。よく使い込まれているようで、傷がいくつか見えた。それでもぴかぴかに磨かれて丁寧に使われている
ようだ。サーニャはエーリカから渡されたバチを手に持って、いすに座る。ハイハットがひとつ、スネアがひとつ、タムが合計三つ。クラッシュ
シンバルが大きいの二つと小さいの一つ、ライドシンバルが二つ。バスドラムが一つ。なんとかそれぞれの名称を思い出せて、サーニャは一息つく。
しかしいきなり座らされてもたたき方が全く分からない。どうしようと考えていると、間もなくエーリカが手取り足取り教えてくれる。

「まずはハイハットを閉じて、ひたすら同じリズムを刻み続ける。簡単にエイトビートからいこうか」
「えいとびーと……」

 何のことかさっぱり分からないが、とりあえずエーリカが言うとおりに叩いていく。最初はハイハットを一拍につき二回、つまり一小節で八回ほど
ずっとたたき続けた。リズム感はピアノをやってきたおかげで抜群だったのでこれは問題なく、エーリカも満足そうだ。次はさらに、三拍目でスネアを
一発入れる。この程度ならピアノをコード弾きする程度に簡単だ。次は今度は二拍目と四拍目でスネアを入れて、これも楽にこなす。流石にこの辺りは
左右違う動きをするピアノで慣らされただけあって、自分でもあっけないと思うほどに簡単にできてしまった。普通はこれで二十分かかる。意識しないで
できるようになろうと思ったら三日ぐらい練習しないとできないが、サーニャは現状でも話しながらできた。
 今度は更にバスドラム、つまり足も交えてやってみることに。通常、これをやろうとするとまず叩けるようになるだけで数日はかかってしまう。
これを挫折せずにマスターできるかどうかが最初のターニングポイントとなるのだが、果てさてうまく行くやら。サーニャもこれを見るだけなら知って
いたので、自分にできるかどうか不安で仕方なかった。
 とりあえず最初は簡単に、エーリカが言うとおり足だけでやってみた。一拍と三拍の二回、バスドラムを入れる。エーリカが手を叩いて拍数を取って
くれるので、サーニャは両手を使わずただ足を動かすことだけに集中した。ソレがしばらくうまく行ったら、今度はハイハットと足を合わせてみる。
これはあまり難しくないので、サーニャも一発でうまく行った。今度はスネアと足だけを合わせてやってみて、これもうまく行く。

「さて、それじゃ全部あわせてやってみよっか」
「うう……」

 がんばれサーニャ・V・リトヴャク、やればできる。自分にそう言い聞かせて、エーリカの手拍子にしたがって叩き始める。

 こういうのは基本的に頭で考えてやるものじゃあない。感覚に物を言わせて、ひたすら思うがままに演奏するのがコツだ。初心者がありがちなのは、
拍数を自分の頭で数えて『次は足』『次は手』と頭で考えてしまうこと。これは『考える』→『行動する』という二つのステップを踏まなくては
ならないので、必然的に手の動きが遅れがちになり、更に頭の中で思考がこんがらがって手足がもつれて止まってしまう。ピアノでそれを痛いほど
味わっていたサーニャは、叩く直前に頭の中で整理した後はとりあえずひたすら叩くことに集中して頭はあまり動かさなかった。
 ……それが功を成してか。エーリカも流石に目を見張った。

「これ一発で出来た人って私初めて見た」
「……え?」
「すごいよさーにゃん、さっすが!!」

 サーニャは特に意識せず、普通にやってのけた。意識して何とかぎりぎりそれっぽく叩けるようになった、とかではない。普通に意識せずとも息を
するのと同じレベルで叩いて見せたのだ。これには驚愕するしかなく、エーリカも喜々乱舞だった。
 それからしばらくエーリカによるドラム講習が続いた。ハイハットのオープンとクローズの使い分けやクラッシュシンバルの入れ方、ライド
シンバルの効果的な使い方などその内容は多岐に渡る。それだけのいろいろな奏法を一度にこなすのは流石のサーニャでも厳しく、クラッシュシンバルは
何とかなったもののハイハットのオープンとクローズの使い分けになると手足がもつれてしまった。それでも初めてでこれだけ叩ければ十分だと
エーリカは喜んで、そして何を思ったか先ほどサーニャが触っていたベースをいきなり構え始めた。無論このベースはエーリカのものなのだが、今この
タイミングで構えると言うことはこれから何をしようとしているかなんて一つぐらいしか想像がつかない。しかもご丁寧にベースアンプまでセットして、
ハンガーの中はさながら小ホールになってしまった。

「よしさーにゃん、一曲やってみよう!」
「そ、そんな、いきなりできません……」
「いきなりエイトビートを無意識に叩けるんだからなんでもできるよ、うん!」

 エーリカが自信満々にそう言ってのける。肝心のサーニャは自信なんて全くのゼロだったが、エーリカにそこまで言われてしまってはやらざるを
得ない。幸い、エーリカがやろうと言い出したのは『わたしにできること』――サーニャも知っている曲だった。もうどうにでもなれと半分勢いで
了承すると、それじゃあサーニャのバチ打ちから始めようと話がまとまる。

「って、バチ打ちって……」
「大体曲のテンポに合わせて四つ打てばいいよ」
「は、はい」

 ――――だったらこのぐらいか。サーニャは思うが侭に、バチを頭上高くで打ち鳴らした。

 かん、かん、かん、かん。


『わたしに出来ること 一つずつ叶えたい――』


 エーリカの透き通るような歌声が響いて、慣れた手つきでベースの音が響く。サーニャもソレに合わせて、まずは様子見でエイトビートを叩く。
とりあえず余裕があったので、イントロからAメロに入るところで一発クラッシュを鳴らした。更にただのエイトビートだと面白くないので、ちょっと
スネアを叩くタイミングをずらしてみたりして自分に納得がいくように叩いてみる。それが気持ち良いのかエーリカは更にベースをガンガン掻き
鳴らして、でもサーニャもそれが楽しかった。
 やがてAメロからBメロに移る。―――ここはちょっと特徴的なので、少しだけ背伸びしてみようと思った。クラッシュ一発を入れてからスネア連打、
スネアとフロアタムを二回入れてから、タム二つでもう一度クラッシュ。よし、これでいこう。

『勇気の扉―― ちょっと開けるだけだよっ』

 エーリカが頭を揺らしてタイミングを計ってくれる。サーニャもソレに合わせて、手と頭を同時に動かしてタイミングをつかむ。普段からフリーガー
ハマーで慣らされた手首は伊達じゃない、スネア連打も楽に出来る。そのまま両腕を開いてスネアとフロアを二発かまして、一呼吸おいてからタム
二つ―――最後にクラッシュで決まり!

 サーニャの右手に握られたバチはきれいにクラッシュシンバルを撃ち抜いて、轟音をハンガーにとどろかせる。そのままハイハットに繋いでまた
エイトビートを入れて、サビにはスネア連打とクラッシュ一発で突っ込む!


『私にもできること やさしさを守りたい!』

 楽しそうにベースを掻き鳴らすエーリカと、頭を揺らしてリズムを刻みながらのサーニャ。二人の演奏は面白いほどにハマり、美しいまでのリズムを
刻む。プロの演奏には程遠いが、まるで何ヶ月も練習を重ねたかのような寸分も違わぬ二つの楽器の重なりに演奏している当人たちでさえ驚きを
隠せない。
 流石にフルで演奏すると長くなってしまうので、一番のサビで閉じる。最後のサーニャの、思い切ったクラッシュシンバルへの一撃はさながら
フリーガーハマーの一撃。ハンガー中にクラッシュの爆音を轟かせて、見事に一曲演奏しきる。初めてなのに、一度もミスせず叩ききってしまった。



「さーにゃんすっげー!! すっげー!! さーにゃんすっごい!!」
「え、あ、う、あ……」

 エーリカが眼を見開いて絶賛し、そこまで言われるとサーニャは顔を真っ赤にしてうつむくしかなかった。まあ初めてなのにこれだけ見事にやって
しまえば、エーリカが驚くのも無理はないだろう。今日はひとまずこれで終わることになったが、二人はこれからこうして楽器練習の時間を持とうと
決めた。
 かくして秘密の練習会を終えた二人は、サーニャの淹れた紅茶を啜りながらテラスで暮れ行く空を眺めていた。エーリカはいつも通りマシンガンの
様に何かを話し続けていて、サーニャもそれにあわせて相槌を打つ。その最中は楽しいけれど、後になると何を話していたかすっかり忘れてしまう。
それでも今が楽しいので、二人はそんなことはどうでもよかった。

 紅に染まった空は、やがて夜の闇を迎える。そうなるとほとんどの人が眠りにつく中、サーニャだけは自分のホームグラウンドになる。そろそろ、
一日も終わりである。

 - - - - -

「エーリカ、今日のお前は随分と大人しいな」
「へ?」

 開口一番だった。

 ゲルトルートと廊下で会って、いたずらをしてやろうと飛び掛ろうとした。が、そんなことを言われてしまっては拍子抜けしてしまう。なんだろう、
今にもいたずらしようとしていたそばから大人しいなんて言われてしまって。これではいたずらも出来ない。
 何かおかしなことをいったかと首をかしげるゲルトルートに、エーリカはますます意味が分からなくなった。

「いや、大人しいって、何が?」
「ハンガーのほうでドラムの音が聞こえていたが、お前らしからぬ叩き方だったからな」
「ああ……そゆことね」

 ようやくエーリカは納得して首を縦に振る。対してゲルトルートは、なんだか心配そうな顔をしていた。何でそんな顔をするのかが分からなくて、
またエーリカは怪訝な顔をする。妙に真剣な顔をされてしまうものだから、エーリカとしてもやりづらい。少ししてゲルトルートが、いつもと違う
雰囲気で尋ねてきた。

「……何か抱えてるとか?」
「うんにゃ全く」

 大体察しは着いたので即答してやった。まあ抱えてないと言えば嘘になるが、それはいつでも同じことである。強いて言うなら、芳佳が過労で
倒れないかが不安なぐらいか。……そう考え始めると、なんだか芳佳が随分と危ないような気がしてきた。今だって皆のために食事を用意している
筈だし、他にも心配の種は尽きない。大丈夫かなあとぼんやりと考えていると、どうやらそれがゲルトルートには深刻に映ったようで心配して
くれているようだった。こうして気遣ってくれるトゥルーデもいいなぁとか考えながら、でも今は何となくイジる気が起きなかったので特になにも
しない。それは『本当に思いつめているときに心配してくれなくなると困るから』という一つの分別でもあった。

「その割には考え込んでいるようだが」
「あたしじゃないよ。ミヤフジのコト。あいつ大丈夫かなーって」

 実は今日の練習ですら、エーリカから言い出したことではなかった。サーニャには言わないようにと芳佳からは重ね重ね言われていたのだが、
あれはサーニャの身を案じて芳佳が言い出した提案だ。楽器と言う発想自体はエーリカのものだが、芳佳が言い出さなければエーリカも行動は
しなかっただろう。
 芳佳は、親友であるサーニャがいつまで経っても少人数としかかかわっていないことを心配していた。サーニャ自身はもっと仲良くなりたい
ようだが、うまく切り出せないのでやりようがない。それをサーニャと良く話をするから知っているんじゃないかとエーリカに相談に来て、
人数的に小規模ながら何人かで出来るから楽器演奏とかどうかと言ってみた。それは名案だと芳佳も喜んでいたが、芳佳はあまり多くの楽器を
使えない。そこでエーリカがサーニャに教えて、そこから少しずつ発展させていけば良いと落ち着く。『サーニャの存在を誇示する』というのは
これが理由だ。とりあえず今のところエーリカが考えているのは、近いうちにゲルトルートと芳佳を混ぜて四人で数曲演奏できるようにすること。
サーニャとゲルトルートの接点はほぼ皆無に等しいので、これでまた一人サーニャに友を増やすことが出来る。そして、芳佳の言葉によれば
ゲルトルートとサーニャが繋がるのは戦力面でも重大なことらしい。ゲルトルートは戦場でほぼ常に二丁の銃を扱っているので、最悪の場合は
片方手放してしまっても弾薬さえあれば戦闘を継続できる。対してサーニャのフリーガーハマーの装填数は武器の性格上少なく、九発装填できる
だけでも大量と言わざるを得ないほどだ。大量に持っている人と少量しか持てない人が協力し合うのはバランス的にぴったりと言うのも頷ける。
フリーガーハマーほどの重火器を扱えるのだから、MG42なんて扱うだけなら楽勝だろう。ただ使い慣れない武器を使うのはサーニャも不安なはず
なので、その教導を同じ武器を使い慣れているミーナ辺りに頼む。エイラもMG42だが、エイラに任せたら本末転倒なのでアウト。それでドッグ
ファイトを覚えてもらえれば、近距離格闘戦闘の機動訓練を他の人も交えていろいろなパターンで出来る。戦術のほうは美緒に任せればいいので
問題ない。近距離格闘戦はシャーロットやペリーヌ、ルッキーニの得意分野だ。更にロッテの組み方として、遠距離射撃と近距離格闘の全く性格の
違う者同士で組むことで互いの隙をフォローするというのもある。サーニャとリーネで組めばそれの試験施行も出来るだろう。そこまでいけば芳佳の
大勝利、サーニャの友達の輪を自然に押し広げながら戦力も増強できると言う一石二鳥。
 ……最初に聞いたとき、エーリカは驚愕した。こいつ、本当に軍曹の脳なのだろうかと。同じ軍曹は軍曹でも、ウィッチ隊で言う軍曹ではなく
たたき上げのほうの軍曹なのではないかとも思った。ウィッチ隊の階級で言えば、思考能力は十分佐官クラスはありそうな気がする。

「……そこまで考えてるのか、宮藤の奴」
「だから逆に心配でさー。過労で倒れそうじゃない?」
「確かにな」

 ゲルトルートが苦笑すると、エーリカは芳佳に何かしてやりたいと呟く。料理もしてやろうかと一瞬考えたが、口にするとゲルトルートが怒涛の
勢いで止めに入るのでやめておいた。代わりにゲルトルートに作ってもらうのもいいかもしれないと思い至り、善は急げと芳佳に教えてもらったので
さらりと言ってやる。

「というわけでトゥルーデ、今度ミヤフジにメシつくってやって」
「は? なんで私が」
「どーせ暇でしょ?」
「お前と一緒にするなぁ!!」

 と言いつつ頷くあたり、ゲルトルートとエーリカの間柄が見て取れる。口では断ってはいるものの、ゲルトルートとしてもまんざらではないのだ。
ただどちらかというと、ゲルトルートの場合芳佳を『仲間』ではなく『妹分』として見ている。エーリカに釣られて、というよりは心配だから自ら
進んでと言ったほうが正しいだろう。それに気づいているエーリカはますますその事でゲルトルートを弄り倒し、ゲルトルートも顔を真っ赤にしながら
一つ一つご丁寧に反論していくのだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 それ以来サーニャはドラムを叩くのが楽しくなって、よくハンガーに広げては叩くようになっていた。基本的にほかの人と干渉する時間では
ないので、迷惑にはならない。日に日に上達していくのを自分でも感じていて、最近では適当なおかずを入れながら様々なリズムを刻むことが
できるようになった。その実力はアマチュアバンドの比ではなく、だからといってプロに届くほどでもない。中途半端といえば中途半端だが、
その実力は本物だった。いつの間にかエーリカは追い抜かれているような気がして、教えることがほとんどないことに気づいて。それでもサーニャの
成長は留まることを知らず、いつしか部隊一上手なドラマーとしてほんの一部の人の間では話題になっていた。ごく一部にしか知れていないのは、
エーリカが叩いているものと思われているのが理由である。
 かくして今日も今日とてドラムの練習。サーニャは慣れた手つきでハンガーの奥からドラムセットを運び込むと、それぞれ音が大丈夫かどうかを
確かめた上で椅子に座って落ち着く。……今日はエーリカから出された課題曲をこなそう。そうして譜面に一度目を通した後、サーニャはドラムに
手を伸ばした。後ろに誰か来たような気がしたが、声をかけてこないところを考えると見知った顔である可能性が高い。というかほぼ十中八九、
エーリカだろう。気にすることもなく、サーニャは出だしから叩き始めた。曲目は―――『小さな破壊者』。
 イントロの前半はドラムが入っていないので、ドラムが入る場所から叩く。調子よく叩いていると、いきなり後ろから爆音が響いて一瞬たじろぎ、
でも落ち着いてそのまま叩き続ける。

「っへへ」

 ――――振り返れば、エーリカがエレキギターをアンプにつないで鳴らしている。ちょうど楽譜どおり弾いているので、このまま合わせるの
だろう。サーニャは苦笑しながらそのまま叩き続け、歌へと繋いでいく。確かにこの曲は歌うならエーリカが似合いそうだとぼんやりと考えつつ、
サーニャはバチをドラムと手のひらの上でまるで自身の腕であるかのように振舞った。
 やがてエーリカの透き通るような歌声が、ドラムとギターだけの『ホール』に響いた。

『独りが辛いから二つの手を繋いだ―――』

 流れるような手の動き。それはいつの間にかハンガーにちょっとした渦を巻き起こして、サーニャの気づかぬうちにエレキギターには変化が
訪れていた。エーリカがにやりとほくそえんで、二つの音が同時に重なる。それはあえて重ねられたものだったが、本来は別のものから発せられた
音である。
 ―――つまり。

『どんな 夢も断てる気がするんだ――!』

 エーリカが声を張り上げる。するとエレキギターはリードするコード進行の音と、それを飾り付ける音との二つに変化する。それにさらに加えて
いつの間にか、低く轟く音さえも混ざって―――そこまできてサーニャはようやく気づいて、しかし本質に気づかない。調子付いたサーニャは、
そのまま勢いに任せてドラムを叩きつける!

『高く飛べ 高く空へ 高く蹴れ 高く声を上げ――いつか挫けた その日の向こうまで!』

 ボルテージの上がる『ハンガー』。ドラムの音とエーリカの歌声、二つのエレキギターの音と一つのエレキベースの音は見事な調和を見せて
この広い部屋に轟く。そうして周りの音と合わせて酔いしれていると、時間がたつのは早いもので――――気がつけば。

『その足は歩き出す やがて来る過酷も―――』

 なんだ、もう終わりか。サーニャはどこかそんな感想を抱きながら、それでも全力でドラムを叩く。ハイハットが激しい自己主張を止めず、
スネアが声を張り上げる。バスドラムがその存在を誇示し、シンバルが激しく揺れる―――さあ、有終の美を飾るぞ!

『乗り越えてくれるよ 信じさせてくれるよ!』

 エーリカが歌いきって、それからアウトロがエレキギター中心に流れる。合計四つの楽器が一度に鳴って、それらが寸分たがわず重なって
芸術を作り出す。そうしている間にも曲は終わりへ近づいていって、そして――――エーリカのものであろうギターの音が最後の音を遠く伸ばして
響かせて、それと同時にサーニャが『たたきつけた』と言ってもいいクラッシュシンバルの音が反響する。そこで曲は終わって、サーニャも
ふうと一息つく。
 終わってみてから、そういえば今のは二番が省略されていたんだと気づく。やけに早かったのはそれが原因か。

「ハルトマンさん、こんなものいつの間に用意したんですか?」
「こんなものって?」
「いや、録音音声なんて……」

 二つのエレキとベースの音。実際に合わせる事がなければ、後は録音でなければ合わせられない。それとほんのわずかなずれもなしに重ねて
しまうのは、さすがはエーリカと言うべきなのだろうか。そんなことをぼんやり考えているとエーリカの返事がまだ来ないことに気づいて、
疑問に思って振り向いてみるとどこかいたずらっぽい笑みを浮かべていた。何だろう、何かハメられているのだろうか。

「へー、さーにゃんはそう思ってたんだ」
「え?」
「んっふっふー。凄いでしょ、私の立体音響技術!」

 ……立体音響? そういえば、エレキもベースもどこか三次元的な聞こえ方をしていた。録音ならばスピーカーの位置からしか聞こえないので、
どうしても混ざった音は前後左右といった感覚が無い。つまり音の大小などから遠近感を出すだけの、二次元的な表現しかできないはずだ。
それが妙にリアルに聞こえたので、なんだろう、ハルトマンはそこまで何か仕掛けたのだろうかと思って振り向こうとして――――いや違うと
気づく。……まさか。

「……」
「やっほー」
「やあ」

 ――――反対側を振り向いて硬直した。そこに立っていたのはスピーカーでもレコードプレイヤーでもなんでもなく、見た目どおりその
まんまの……エレキベースを構えた芳佳とエレキギターを持ったゲルトルートだった。予感というのは大抵悪い場合によくあたるもので、つまり
先ほど考えた光景そのままが目の前に浮かび上がっている。さすがに芳佳とゲルトルートだなんてところまでは予想しきれなかったが、
それを差し引いても十分に予想通りだった。
 ……数秒の間を空けて、ゲルトルートが少し気まずそうな顔を浮かべて。ようやくサーニャは口を開くことができた。

「えっと、今のって二人が……?」
「うん、そうだよ」
「どこかの悪餓鬼に頼まれてしまってな。サーニャのためだと言うのでそれならば仕方ないかと」
「悪ガキってひどくなーい?!」

 エーリカが講義するが、そんなの知ったこっちゃないとゲルトルートは意に介せずという風を取り繕う。だが傍で見ている芳佳は本心に
気づいているようで、くすくす笑った。そうするとゲルトルートも芳佳までなんだと顔を赤くしながら反論し始めて、それを見てエーリカが
ニヤニヤ笑って。サーニャにも、『エーリカ達と一緒にいるのが楽しい』というのがひしひしと伝わってくるのでゲルトルートの行動は見ていて
面白い。いろんな人……特にエーリカなんかにヘタレと言われているし、小動物みたいだし、実はエイラと似たり寄ったりなんじゃないかと
そんなことを思った。そうするとサーニャも面白くなってきて、小さくふふっと笑ってみせる。案の定ゲルトルートはサーニャまで笑ったので
顔を真っ赤にしてわなわなと震えだした。

「わ、ワタシヲソンナメデミルナーッ!!!」

 あ、今のエイラっぽかった。聞いた瞬間そう思って、またおかしくて笑う。今まで堅い人だと思っていたが、どうやら見当違いだったようだ。
サーニャは今まで知らなかったゲルトルートの一面を知ってどこか楽しくなってきた。この人と友達になりたいとも思ったが、それは積極性の
ない自分には少々難しい話かもしれない。まあ、せめて『バンドの仲間』でいる間ぐらいは笑い合える仲間で居たいなと思った。
 それからは、ゲルトルートも落ち着いて一通り話も終わったので早々に練習を打ち切ることにした。今日ので大体OKということだったので、
他の曲をやることになっても問題ないだろうとの判断だ。実際にライブをやったりだとかそんな高尚なことはしないが、趣味では叩けた方が
よっぽど楽しい。ピアノの他にも弾ける楽器が増えて、音楽好きなサーニャには最高だった。

 そうして片づけをしていると、エーリカが軽く肩を叩いて話しかけてくる。他の二人はもう楽器もケースに仕舞って、アンプもコードを回収
済みのようだ。部屋に戻る準備万端といったところで、談笑しながら帰ろうかとも思ったがこの場で解散の流れになっているので仕方ないと
あきらめる。

「お疲れ、さーにゃんほんと上手いね、最高だったよ」
「い、いえ、そんな――
「そこでひとつていあーん!」

 エーリカがニカッと笑って人差し指を立てる。いつものニヤニヤした含みのある笑みとは違って、心から笑っているような顔だ。サーニャは
引き込まれるように、エーリカの話を聞く。

 人員はほぼ揃ったと言っていいだろう。ベースも居るしギターは二人も居る。ドラムもこれで揃ったし、鍵盤楽器がほしい場合はミーナが
弾けるので問題ない。つまりはバンドがひとつ形成できるので、だったらここはもうやるしかないだろう。実はこっそり楽譜も用意して、舞台の
配置なんかも考えているらしい。それは楽しそうだと思う反面、そんな大舞台で緊張しないで出来るだろうかという不安も少なからずあった。
でも最初に緊張しながらドラムを叩いた時、果てさてその不安はどうだっただろうか。まったくの杞憂に終わった気がしてならない。エーリカも
芳佳も、あのゲルトルートでさえ褒めてくれるのだ。なら、多少は叩けるんじゃないか―――自信がちょっとずつ沸いてきて、でも本当にそんなに
上手く叩けるのかわからないという思いがあるのもまた事実。
 そうして悩んでいると、エーリカは大丈夫だと満面の笑みを浮かべた。エーリカもゲルトルートも芳佳も絶対失敗する、それを上手くごまかす
ことができれば問題ない。事実さっきの練習の時も、サーニャだって何度か失敗していたが周りは気づいていない。上手く取り繕うことが
できれば、なにも気にかけることなんてないのだ。
 エーリカがそう励ますのに、サーニャも幾分か助けられた。絶対失敗するなと言われれば当然多大なプレッシャーになるが、失敗しても良いと
言われれば肩の荷が下りるのもまた然り。取り繕えるかどうかの自信は無かったが、まあその場の勢いに流せばいい。不安をそうして押し込むと、
俄然やる気が沸いてきた。

「……はい、やります」
「おっし、そうこなくっちゃね! それじゃ楽譜、これね」

 どこから取り出したか、エーリカは五枚の楽譜を取り出した。いくつかの題名が並んでいるが、ほとんど聴いたことない曲ばっかりだった。
やる順番に並んでいるから、そのとおりで覚えてねと言われる。……どんな曲だろうか、ちょっと不安になる。楽器の振り分けもメモ書きで
書いてあるので、いつの間にこんな準備をしたんだろうとサーニャは少々驚いた。こういうときのエーリカは戦闘時ぐらいしか見せない真面目な
顔で机に向かったりするので、ゲルトルートさえたじろぐ程なのだ。
 一曲目は芳佳がヴォーカルで『Tomorrow』……まったく聞いたことのない曲名である。歌いだしを見てみてもわからない。サビらしいところを
見てみても、やっぱりわからなかった。

『この世界に生まれた その意味を  君と見つけに行こう―――』

 エーリカが軽く口ずさんでいる。やはり聴いたことがないので首を傾げるしかないが、悪い曲ではない。ただドラムが前面に押し出ていい
曲ではないので静か目に叩かなくてはならないらしく、もともと音がド派手なドラムでそれができるかは不安だった。上手い人ならともかく、
自分に果たしてできるかどうか。そうしているとエーリカがアドバイスをひとつくれた。どうやら普通にエイトビートを叩きながら、簡単に
タムを入れる程度のおかずやクラッシュをぼちぼち入れればそれでいいらしい。
 二曲目はエーリカがメインで『空色デイズ』、らしい。ざっと見てみたが分からなくて、やっぱり首をかしげる。というかそもそも、エレキ
ギターやエレキベースが似合う曲なんて今まで聴いたことのあるはずがないのだ。サーニャが分からないのも無理はなく、それが分かって
居るからかエーリカも苦笑を浮かべていた。

『走り出した 想いが今でも  この胸を確かに叩いてるから―――』

 これはアップテンポで激し目にいくらしい。派手に叩くのは得意なので、だったらいけるとサーニャは微笑を浮かべた。これにはエーリカも
安心したか、とくに口を挟むこともなかったのでさっさと次に移った。
 三曲目は……ヴォーカル欄にサーニャの名前が書いてあって、サーニャは少し首をかしげた。タイトルは『恋愛写真』―――。テンポが
遅くてゆったりとして、使用楽器数が少なくヴァイオリンなど特異なのが目に付いた。ヴァイオリンなど弾ける人なんて、居るのだろうか。

「だいじょーぶ、ミーナが弾けるから。ピアノは練習すればさーにゃんが弾けると思うし、もし無理だったら私が弾くよ」
「ひ、弾けるんですか?」
「モチロン」

 オールマイティだ。サーニャは感嘆しながら、エーリカがどこか遠い人のように思えてならなかった。
 バラードのようなので、ドラムもバチまで変えて静かな雰囲気で演奏するらしい。原曲に比べるといくつか足りない音があるらしいが、
それらは『キーボード』と呼ばれる電子楽器で補うらしい。……なんでこの基地はこんなに、近未来的な楽器がありふれているのだろうか。
時代は1944年、こんな戦争の最中にこんなものがあるとは到底思えない。まさかこの中を開けると、紙をフェノール樹脂で固めた板に銅箔が
電気配線のように塗られていて、そこに絶縁体とも導体とも言えぬ電気を通したり通さなかったりするチップ状のものが無数に並んでいたり
するのだろうか。

「……なんかずいぶん具体的だね?」
「え……い、いや、その……あはは」

 思わず苦笑がもれる。はは、まさかトランジスタなんてあるわけが―――トランジスタ? いったいそれは何だろうか。サーニャは知りも
しない単語が浮かんできて、ついに頭がおかしくなったかと頭をブンブン振ってみた。……ま、まあ、気休め程度にはなっただろう。

 ともあれ静かな曲らしいので、サーニャであれば歌うことにも苦労しないだろうとのこと。ちなみに足りない音やアクセントとしてどうしても
『この音だけは欲しい!』というものああるらしく、そのため少々面白い光景が見れるかもしれないんだそうで。サーニャはどこか心躍らせ
ながら、まあ自分は歌うだけだからいいかと軽い気持ちで次へ進んだ。

 四曲目は『鳥の詩』……ミーナが歌うらしい。再びサーニャがドラムに戻ってくるようで、テンポが割と早めなので得意そうな曲で助かる。
サーニャの曲で少し落ち着いたところから盛り上げていく感じだろうか。エーリカが口ずさむと、なんとなくどこかで聴いたことがあるような
気がして―――夜間哨戒のとき、ピアノでこれが演奏されていたのを思い出した。……なんでこんな時代に流れているんだろう、とまたどこか
ズレたことを考えて、頭を再びブンブンと振る。別に誰かが作った曲なんだから、誰かが弾いていてもおかしくはない話だ。この曲が21世紀の
初頭に作られた曲だなんて知る由もないサーニャは、正しかった考えを振り捨てて無理矢理自分を納得させた。

「へえ、夜間哨戒でね……誰だろ、弾いてたの」
「さあ……でもすごくきれいでした」

 どこか興味津々な表情のエーリカだったが、まあ探して見つかるようなものでもない。ともあれ、ピアノでも曲を知っているなら話は早い。
これにいろいろと味付けをするなら、多少元気な感じにやったほうが良いだろうか。エーリカもそれで同調してくれたので、大体自分の思っている
イメージとエーリカの中でのイメージは一致するらしい。サーニャは安心して、だったら別にそこまで考えるほどのことでもないとさっさと
ぺらりとめくって次へ行った。

 最後は当然、残ったゲルトルートがメインヴォーカルだ。……なのだが、エレキギターにもゲルトルートの名前が入っている。いやそれだけなら
まったく問題はないのだが、問題はそのエレキギターのパートが見るからにクオリティが高すぎる点だ。TAB譜になっているのだが、押さえる点が
一小節の間で目まぐるしく変わっている。相当手が柔らかくて力がないとできない気がする、というかまずヴォーカルと兼任なんてそんな器用な
ことができる人が居たら見てみたいものだ。……確かに、前者に関してはゲルトルートの場合、普通に手を動かせば魔力で力なんてどうにでも
なってしまうという面はあるのだが……。
 そんな最後の曲のタイトルは『Lost my music』らしい。先ほどのエレキギターのパートを見て分かったが、ヘッドバンギング歓迎ジャンプ推奨の
かなり激しい曲のようだ。ドラムが容赦なく叩ける代わりにそれだけ難度は高く、それ故に決まれば演奏者自身でさえ熱くなれる曲。サーニャと
しては是非ともやってみたい一曲だったが、見た中では一番難しそうだった。……特にゲルトルート。

「ま、トゥルーデならなんだかんだ言ってやってくれるしこなせるからだいじょーぶ」
「そ、そんなもんなんですか……」

 一通り見終えてふうと息をついて、改めてやる気が沸き起こる。自分の大好きな音楽を、みんなの前で発表する―――それがなんだか、とても
素敵なことのように思えた。
 よし、がんばろう。サーニャは気合を込めて、楽譜を丁寧に畳んだ。直後、エーリカから一言。

「でさ、これトゥルーデに渡しといてもらえない?」

 そう言って差し出されたのは、今サーニャがもらったのとまったく同じ楽譜達。つまり今のをゲルトルートにも渡せとそういうことである。
エーリカだったら自分で渡せば良いのにと一瞬思ったが、エーリカはいろいろ手配したり準備するので忙しいのかもしれない。だったら暇のある
自分がやるべきかと、サーニャは快く受けた。……それに、ゲルトルートと話ができるのは個人的に嬉しい。どう切り出せばいいか分からなかった
ので、こうしてきっかけを与えてくれるのはありがたかった。まあ、まさかエーリカが自分の気持ちに気づいてそこまで気を回してくれているとは
思わなかったので、単なる偶然なのだろうが。
 エーリカの目論見にまんまとはまったサーニャは、片づけを終えるととてとてと建物の中へ駆けていった。目指すはゲルトルート・バルクホルン
である。

 - - - - -

 なんでこう、こういうときに限って。

 改まって部屋に行くのも恥ずかしかったが、それはそれでいいかなと思った。何を話そうかとか、どう切り出そうかとか、いろいろ考えて。
少し高揚した気分で駆けていって、そして廊下で見慣れた後姿を見つけてしまった。……幸か不幸か、ゲルトルート・バルクホルンその人だ。
まだ何にも考えていなかったのに、目的の人を見つけた。どうしようか迷ったが、迷いながらずっとついていったらただのストーカーに成り下がって
しまう。そうなっては敵わないので、サーニャは後ろまで駆け寄ってから思い切って声をかけてみた。

「あ、あのっ……」
「ん?」

 ゲルトルートが振り向いて、サーニャに気づいてやわらかい笑みを浮かべる。普段の堅いイメージとはやっぱりちがって、一瞬サーニャの胸が
どきりと揺らぐ。髪と同じ色の瞳は吸い込まれるように綺麗で、少しの間見惚れて……いかん、こんなことをしに来たんじゃないと軽く頭を振る。
ゲルトルートが怪訝そうな顔をしたが気にせず、用件を伝えた。

「あの、これを渡してくれってハルトマンさんが」
「エーリカが? なんだ、あいつならさっさと渡せばいいものを……すまんな、ありがとう」

 ゲルトルートに手渡しして、少し頬を染める。これからどんな話をしようか、どうやって場を取り繕おうかと必死で頭を回す。そうしていると
それがおかしかったのかふっと息だけで笑う声がして思わず見上げると、ゲルトルートは楽譜を見たままほくそ笑んでいた。それから一言、
そういうことかと小さくつぶやいて顔を上げる。何のことか分からなかったが、ゲルトルートには伝わっているらしいのでまあいいやと気に
しないことにした。

「バンドか、なかなか楽しそうだな。私も結構好きなんだ、こういうのは」
「そ、そうなんですか? ちょっと意外です」
「よく言われるよ」

 堅物だのなんだのと言われて名高いゲルトルートが、まさか楽器に興味があるとは。まあそんなことを言い出したら、普段から大人しい
サーニャがドラムを叩いているのも十二分に不可思議なんだが。それは棚に上げて、ゲルトルートはどんな曲が好きなのかとか、楽器は
エレキギターのほかに何ができるのかとか、いろいろと話を弾ませていく。どうやら先ほど必死に頭を回転させていたのは杞憂に終わった
ようで、『友達になりたい』なんて想いが表に出てきたらしい。自分から話の種を提供するのは初めてなような気がして、サーニャはどこか
自分が少しずつ変わっていくのを感じていた。
 ……と、話しているとゲルトルートがいきなり変な声を上げて驚く。何かと思ってみてみれば、彼女が見ていた譜面は最後の曲。ああなるほどと
サーニャは一人納得して、それからゲルトルートがぷるぷると震えだす。次に来る言葉を予想して、そして予想通りだったあたりサーニャは
そろそろゲルトルートの理解者である。

「こんなモンできるかああぁあぁぁッ!!!」

 ……ギターだけならともかく、ね。歌いながらなんて、できるわけがない。
 ゲルトルートは頭から湯気が出そうなぐらい顔を真っ赤にして、よし行くぞと一言言うとサーニャの手をとってずんずんと廊下を進み始めた。
いきなりの事態についていけなくてサーニャはたたらを踏むが、何とか転ばずにゲルトルートについていく。いかんせん、身長の高いゲルトルートが
大またで進んでいくので一歩一歩の小さいサーニャでは小走りになってしまう。だが握られた手は暖かくて、悪態をついていたにも関わらず
その手はやわらかくてやさしかった。ゲルトルートの根底にあるやさしさが出ているような気がして、サーニャは頬を染めながら微笑する。
それから少しして、ある部屋の前に着いた。エーリカ・ハルトマンと書かれた部屋である。
 ゲルトルートはノックもなしにあけると、エーリカに向かって叫ぼうとした。

「おいフラウ! これは一体――――」
「どしたの? なんか不備でもあった?」

 ……だが、散らかった部屋の中で机の近辺だけ整然と片付けられた部屋でエーリカは書類とにらめっこしていた。普段からは想像もできない
様子で、ゲルトルートもたじろいでしまう。それから思い出したようにゲルトルートがはっとして、サーニャの手を握る手にぐっと力が入る。
いや、両手に力を入れたといったほうが正しいか。抗議をしようと楽譜を握り締めていた手は力なく落ちて、一部分がくしゃりと潰れた紙達は
だらんとゲルトルートの手にぶら下がった。

「……ああ、いや、なんでもないんだ。邪魔をしてすまなかったな」
「なんかあったんじゃないの? すごい形相だったよ」
「いや、いい。私の思い違いだ」

 どこかいつもと違う、一歩引いた立場でゲルトルートがそういう。サーニャが見る限りエーリカが何か心配そうな目で見ていたが、ゲルトルートは
なんでもないと言ってそのまま扉を閉じてしまった。どうしたのかと思って見上げていると、ゲルトルートは顔に影を落としてふうとため息をついた。

「あいつ、前からこういうことに限っては優秀なんだ。普段書きなれない書類なんていくつも書いて、寝る間も惜しんで準備に奔走している」
「……」
「あいつはあいつなりに、必死で考えて出した結論なんだろうな」

 眠い目をこすりながら、目的のために全力を出す。それは夜間哨戒で眠さをこらえているサーニャなら、すぐに分かる苦しみだった。エーリカは
エーリカなりにがんばって、みんなの笑顔が見たくて自分を『犠牲』にしている。それに気づいて、ゲルトルートは自分の我侭を少しだけ押し込んだ
ようだ。

「―――あいつは、私を選んだ。私にしかできないと思って、この役を私に与えた」
「……」
「選んでくれたんだったら、それに応えるべきだろうな……」

 ゲルトルートが、少し自嘲気味にそんなことを言った。それがなぜだかやけに目に付いて、サーニャは一瞬顔を顰めそうになるのをこらえた。
確かにエーリカの努力は報われるべきだが、だからといってそのせいで他の人が顔を歪めていたのでは意味がない。エーリカは『笑顔』が見たくて
せっせと準備をしているというのに、そのせいで笑顔が消えてしまっては本末転倒なのだ。笑っていられるためなら、多少は抗議してもいいんじゃ
ないかとも思う。笑っていられるなら、自分を無理に納得させて追い込むことなんて、ない。

「……大尉ってすごくやさしいんですね」
「んなっ?!」

 サーニャがぽそりとつぶやくと、ゲルトルートはさっきまで握っていた手を反射的に離してしまうほど驚いた。逆にサーニャはそれにも驚かず、
代わりに自分にできる限りのやさしい笑顔を浮かべた。狙ってやったつもりが思ったより上手くできて、ああそうか自分もこんな風に笑っていたいから
笑っていられるんだとぼんやり思う。
 ……この人はすごくやさしくて、そして不器用。だからあんなに、みんなに堅物って言われてしまう。

「きっと大尉は、みんなのことを心配して、みんなのために毎日生きてる」
「そ、そんなんじゃない。私は……」

 ゲルトルートは反論しようとしたが、上手くいかない様子だ。きっと『そんなんじゃない』と言っているのは自分では本当のつもりなのだろうが、
それを裏付ける証拠となる論が浮かんでこないのだろう。当たり前だ、『根底ではそれが事実』なのだから。サーニャはそれを見抜いて、だから
こうして笑いかけている。
 ……ああ、本当にこの人はエイラにそっくりだ。優しくて、誰よりも一人一人のことを考えていて、そしてそれを補って余りあるほど不器用な
ところ。全部、そっくりだ。だから今、ゲルトルートが何を考えているかなんて、手に取るように分かる。

「でもね、少し肩の力を抜いて。大尉が意識しないでも笑っていられるぐらいに」
「……」
「そうしたらきっと、みんなも笑えるから」

 サーニャが微笑みかける。そうするとゲルトルートが、不意を突かれたような顔をして、頬を染めてそっぽを向く。ああ、まったく予想通りだ。
サーニャはさらに言葉をつなげた。

 我慢することなんてない。自分の意見を押し殺すことで、確かに他の人の我侭は通るかもしれない。けれど、他の人が本当にそれで満足して
いるかどうかは分からない。……他の人は、他の人の意見を望んでいるかもしれない。自分が何か言うことで、その人が救われるかもしれない。
今よりもっと笑顔になれるかもしれない。だから、自分の意見を殺すことなんてない。もっと肩の力を抜いて、みんなに対して気楽にすればいい。
他の人と接触するのに、わざわざ自ら壁を作る必要なんてない。もうちょっと、自分に我侭になってみよう?

 サーニャが一通りそう言うと、ゲルトルートは驚いたように目を見開いて……少ししてそれが崩れて、微笑に変わる。

「……敬服したよ。ありがとう」
「いえ、私なんかで力になれることがあればいつでも」

 人にアドバイスするなんて、なんだか自分らしくない。そんなことを考えながら、まあたまにはいいかと口元を綻ばせる。代わりに後で、
思いっきり甘えてやるんだ。
 ゲルトルートがそっとサーニャの髪を撫でて、サーニャはくすぐったそうにする。暖かい手がふわふわと撫でてくれて、それが心地良い。やがて
手が離れると、ゲルトルートはもう一度、おそらく無意識のうちにありがとうと言った。

「じゃ、行きましょうか」
「どこにだ?」
「……エーリカさんに伝えに、です!」

 今度はサーニャがゲルトルートの手をとって、目の前のエーリカの扉をノックする。中から数秒のタイムラグを置いて、はっとしたように
ああどうぞとエーリカの返事が返ってくる。そこまで集中していたのだろうか、エーリカは努力家だ。そんなことを思いながら、サーニャは
思い切り扉を開けて中へ入る。

「ちょっ、サーニャ、おいっ―――
「大尉……ううん、バルクホルンさんが伝えたいことがあるって」
「あはは、やっぱりぃ? さっきのトゥルーデ、顔に『文句アリ』ってでかでかと書いてあったからねぇ」
「う、うるさいっ」

 恥ずかしそうにゲルトルートが顔を背けてから、目線だけエーリカの方を向いて。エーリカがニカっと笑って、それに負けてゲルトルートは
顔をエーリカのほうへ向けた。それから歩み寄って、エーリカと一緒に楽譜と睨めっこしながらいろいろと相談を始めた。ここは歌いながらじゃ
無理だとか、ここならなんとかできそうだとか、あれやこれやと。最終的には『やってみないとなんともいえない』という結論で落ち着いたが、
少なくともこの曲においては三人目のギターが必要であろう方針は決まった。エーリカがもうちょっと頑張ってみると笑いかけて、無理は
するなとゲルトルートが笑いかけて。それを見て、サーニャも思わず笑顔になる。
 部屋を出てから、サーニャがゲルトルートを見上げて言う。

「――ね?」
「……ああ。『笑顔のため』、か」
「確かに規律も必要だと思いますけど、たまにはバルクホルンさんも脱線してみるのも良いと思います」

 ゲルトルートは一言、笑いながら考えてみると口にした。それは今までからは考えられない一言で、サーニャも満足したように笑いかける。

 サーニャは、ゲルトルートと言うかけがえのない友を得て。ゲルトルートは、サーニャと言う拠りどころを得て。二人は互いに新しいものを
手に入れて、『笑顔』を浮かべる。今日は、穏やかな一日だ。

 ――明日からの練習が、ますます楽しみになった。

『きっと 目が覚めても、まだ 幻を感じたいMORNING―――』

 地下の一室で、ドラムとギターの音が響く。太陽は天高く上り、基地は今まさに忙しい真っ盛りだ。ハンガーでは整備兵や、訓練や哨戒任務に出る
ウィッチ達がせわしなく動いている。そんな忙しい基地の中で暇をもてあましているのといえば、非番の人間か夜間哨戒帰りの時間帯が違う人間か
そのどちらか程度だ。
 ―――当日までこの件は内緒にしておくように言われた為、ハンガーが使えない。昼間の練習は地下室に楽器を運び込んで、地下で行っていた。
そして非番と夜間哨戒明けのゲルトルートとサーニャが練習をしているわけだが―――。

『I lost I lost I lost you! I making making my muzz――――」

 ……「ミュージック」。それが言えず、ZiがZuになってしまう。さらに掻き鳴らしていた右手が狂い、弦に変な角度であたってしまったピックが
柔らかいエレキギターの弦に弾かれて宙を舞った。

「……六度目か」
「いったん休憩にしましょう」
「ああ、すまない」

 歌もギターも、どちらもとても速い。口も指も追いつかず、ゲルトルートはかなりの苦戦を強いられていた。同じ箇所で失敗することも多く、
そうでなくとも今日一日、たった四十分程度で六回も失敗してしまっている。ゆっくりなら普通にできるのだが、曲のテンポに合わせると途端に
出来なくなってしまう。そろそろゲルトルートとしても嫌気が差してくるころで、本当にこんなものできるんだろうかという疑問が胸中をぐるぐると
巡りに巡る。
 サーニャのほうは割かし順調なようで、というよりも派手な曲なので派手にたたけば何でも様になるのだ。ゲルトルートのような複合的なものと
違い、本能の赴くままに叩けば大体それっぽくなる。特にサーニャは音楽の基礎が理論的にも体感的にもほぼ完全に理解できているため、ドラムの
効果的な入れ方というのも『考えて』分かるほどだ。直感で叩いてもいいのだが、サーニャの場合は理論を組んでそのとおり叩いて『計算』された
演奏をすることができる。思考と行動が完全に一致するのはすべてにおいて理想形と言え、事実それが出来る故にサーニャのドラムは完璧とまで
言えた。
 ……だから。そんな完全な人と練習をしているから、余計にゲルトルートには重荷になってしまう。自分より歳も階級も下のサーニャは一度も
失敗することなく平然と叩いてのけるのに、自分は失敗してばかり。今日は六回ほど通し練習をやっただけだが、その六回とも全部途中で止まっている。
そしてその原因もまた、すべてゲルトルートだった。サーニャとしてはゲルトルートが少しでも上達できるのであれば、いくらでもなんでも叩いて
弾いてやるつもりなのだが……それもまたゲルトルートの負担になる。それが分かっているサーニャも、どうすればいいのかと悩む日々だった。

「……すまんなサーニャ、お前にはいつも迷惑ばかりかけてしまって」
「私のことなんて気にしないでください。バルクホルンさんは、バルクホルンさんの出来ることを一生懸命やればいいと思います」
「私の出来ること、か……任せられた役目も完遂できずに、何ができるんだろうな」

 そして始まる、ゲルトルートの嘲笑劇。いつも、失敗が重なるとこうして悲観的になってしまう。その気持ちは分からないでもないが、正直
サーニャはこの時間が嫌いだった。今日こそは何とかそれをさせまいといい言い回しはないかと考えるが、あまり思いつかない。こういうとき、
音楽が出来ることなんかよりもコミュニケーション能力のほうがよっぽど欲しくなる。時々、なんで音楽なんて出来るんだろうと恨めしく思うこと
さえある。音楽にばかり走って、ほかの人とは少し違う道へ踏み込んだ結果がこの『引っ込み思案』なのだ。
 そんなことを思っていると、ぴんとひとつひらめいた。

「完遂できないから、練習するんですよ」
「まあ、そうなんだがな……」
「バルクホルンさん、いつも芳佳ちゃんにも言ってるじゃないですか。『最初から出来た訳じゃない、私だって訓練を重ねたんだ』って」

 ……初めから出来る人なんて、どこにもいない。それこそサーニャだって、ウィーンで音楽を学んでピアノを必死で練習して弾けるようになって、
だから指も手も動くし頭で考えることも出来る。勉強して練習したから、考えたことと行動とが一致するまでに洗練された。学びもしないのに
初めから出来る人なんて、いるわけがないのだ。ゲルトルートも今はそういう時期だ、駆け足になって急いでもがいても、だからといってすぐ
上達するような時期ではない。一つ一つ、出来ないことをつぶしていく。一歩ずつを小さくとって、『塵を積もらせる』ようにこつこつと磨き上げる。
今のゲルトルートに必要なのはそういうことで、だからどちらかというと通し練習でうまくいかないうまくいかないと嘆くよりは個人練習のほうが
大事といえる。それを本人に言うと、いやほかの音が混じらないとリズムも取れないし練習そのものが上手く出来ないと言うのだが……サーニャから
したら言い訳や屁理屈の域のような気がしてならない。そんなことを口にしてしまうと、相手を傷つけるどころか自分にも跳ね返ってきそうなので
今のところ言っていないが。
 個人個人の技術に差があるのに、それらが合わさるわけがない。一万度の高熱と氷点下一万度の冷気とがぶつかりあっても、いつかは零度になる
かもしれないがそこに至るまでの時間は非常に長くなってしまう。一万度を一度に、氷点下一万度を氷点下一度にすることが出来れば、一と一は
すぐに打ち消しあうだろう。二つのかごのうち片方に百個のボールが入っていて、それを二つに均等に配分しろと言われるよりは、片方に五十一個、
もう片方に四十九個入っていたほうが楽なのは火を見るより明らかである。

「やっぱり、通すよりは苦手箇所をやったほうが――
「それが出来れば苦労しないんだ」

 サーニャがもう一度説得しようと口を開くと、今度はゲルトルートが少し強い口調で言い返す。サーニャは一瞬たじろいで、何がそんなに
ゲルトルートを苦しめているのか気になって話を聞くことにした。

 ゲルトルートの部屋には生憎、リズムを取れるものはない。ゲルトルート自身が取ってもいいのだが、複雑なことをやりながら正確にリズムを
刻むことなんて出来るわけがない。一秒の三分の一程度の間隔で一、二、三と数えている中で秒数を正確に数えようと思っても、三分の一のリズムに
惑わされてしまえばその時点で正確に数えることは不可能になる。ギターを弾くテンポが多少狂えば、リズムだってドタバタと崩れてくる。
メトロノームでもあれば別だがほかの人から借りてしまうとその人が練習できなくなるし、そうなるとほかの人とあわせて練習するしかなくなる。
かくしてサーニャと練習を始めても、途中から入ろうとするとどういう風に入れば上手くあわせられるかが分からない。TAB譜自体がかなり複雑な
状態なので、一度途切れてしまうとどういう風に入りなおせばきれいにつながるかが分からないのだ。小節の頭から入ろうにも、苦手な部分と
いうのは大抵短い間隔で音が激しく変動している。そんなところからいきなり入れるわけもなく、仕方なしに全体を通して練習を始めるといつも
同じところで引っかかってしまう。

 はあ、とため息をつくゲルトルート。サーニャはそれを眺めながら、ああそうかとぼんやりと気づいた。ゲルトルートは楽器自体を演奏する
ことは出来ても、それをどう昇華させればいいのかが分からないのだ。最初は無理矢理空を飛ぶことが出来ても、その後は美緒に訓練して
貰わないとどうすれば強くなれるかが分からない芳佳のように。どうすれば実戦で訓練どおり正確な射撃や飛行が出来るかがわからない、
訓練では出来るのに実戦では活かせないリネットのように。ゲルトルートもまた、基本となるコードの押さえ方や鳴らし方は完璧にできても
それを曲に合わせて弾くための練習方法が分からないのだろう。
 サーニャはようやくそこに気がついて、だったらまずは練習の仕方から練習しようと結論を出した。

 最初はその言い回しにゲルトルートも首を傾げたが、サーニャの提案で『曲の途中から練習する』という練習を始めた。目的の場所にいきなり
飛び込もうと思ってもそれはどんなプロでも難しいので、通常は一小節や二小節前などから入る。入った直後は自分に分かるように楽譜通りで
なくとも適当に弾いて、目的のところまできたら楽譜どおり練習する。それこそ、たとえば手前の小節のコード進行がGからBとなっていれば、
TAB譜もなにも関係なしに普通にGとBのコードを弾けばいいのだ。そこからアプローチして、目的の小節にたどり着いたらTAB譜なり自分の弾き方
なりの練習を始めればいい。
 しばらくそれを繰り返していると、だんだんゲルトルートもコツが分かったのか曲の途中からの練習も出来るようになってきた。そうすると
それだけでも、苦手な場所を重点的に練習できるようになって効率がぐんと上がる。

 そしてもうひとつ、部分練習を重ねていくうちにサーニャにはひとつ気づいた点があった。ゲルトルートが上手くいかない理由で、そして
ゲルトルートの致命的な欠陥。……リズムを、正確にではなく『ぼんやりと感覚で』とっているのだ。ギターを鳴らす右手の動きや全体の曲の
スピードなどから適当に拍数をイメージして、『全体を基準として』演奏する。それがどんなに危険かは、比較的容易に察することが出来る。
確かに全体を見据えることは必要だ。一部だけに目がくらんでいては、物事は上手くいかない。しかし『軸』が決まっていなければ、物事は
ますます上手くいくはずがないのだ。ネジは中心がぴったり出ていなければきれいにはまる訳がないし、航空機は重心がつりあっていなければ
空中においてバランスを保つことが出来ない。バレルロールが軸を中心に回転しないと上手く決まらないように、編隊飛行が編隊長機の指示に
従わなければ編隊が保たれないように。戦場で、全体を冷静に分析して個々に最適な場所を指示する指揮官がいなければろくな戦闘にならない
ように。物事には、何かを導く、何かの土台となる『軸』が絶対に必要なのだ。そしてその軸に合わせることで、初めて調和が取れる。その
『軸』が、バンド演奏においてはドラムやベースといったリズム系の楽器だ。しかしゲルトルートは『全体を軸』としてしまうことで、ふわふわと
不安定な軸になってしまう。その全体の中には当然自分も含まれるので、自分が乱れてしまうと軸そのものが乱れることになる。それでは
上手く弾けないのも当たり前で、ゲルトルートの失敗の要因のおよそ八割はこれによるものだろうとサーニャは判断した。全体を軸として演奏
しているためまず『全体が存在』していないと演奏すら出来ないのは道理で、ゲルトルートが個人練習を出来ない理由というのはこんなところに
転がっていたのだ。

「まずバルクホルンさんは、舵の取り直しが必要です」
「舵?」
「バルクホルンさんは演奏の舵取りを、自身を含めた『全員』でやろうとしています。でも、舵は船長が取らなければぐちゃぐちゃです」
「……なるほど」
「楽器において、舵取りをするのはベースやドラムです。『ベース』の『ベース』たる所以は、『土台』だからです」

 かくして二人は、いったん曲の練習を中断して基礎練習へと移った。練習は合計で三時間にも及び、しかしサーニャの指導の甲斐あって
ゲルトルートはこの一日でかなり進歩することが出来たのだった。

 - - - - -


 その日いつもより就寝が遅くなったサーニャは、夕食の席に間に合わず少し肩を落としていた。仕方なく冷蔵庫を開けると、そこには鍋が
ラップをかけられたままでそのまま放り込まれている。ふと厨房を見渡せば、未使用の皿がまだ数枚重ねられていた。サーニャの分だけで
良いはずなのだが、なぜこんなにたまっているのだろうか。見たところ鍋の中身はカレーのようで、だったらなおさら一枚でいいはずである。
首をかしげながら、重ねてあった大皿のうち一枚を取り出す。鍋を冷蔵庫から出してラップをはずすと火にかけて、少し混ぜながら温める。
……一人で食事を摂るのは久しぶりで、なんだか少し寂しかった。

「よいしょ、と……」

 温めている間にご飯を盛り終えていたので、上からカレーを盛り付ける。なかなかいい色合いで、とても美味しそうだ。一人だけだがそれでも
なんとなく食堂のテーブルまで運んで、水も持ってきてから小さくいただきます、と一言。この辺りはサーニャだけあって、シャーロットや
エーリカとは違ってしっかりしている。
 そのまま一口食べて、美味しいと息を吐く。体が温まっていくのを感じて、寂しかった心が少しだけ温まった。それからもさほど早くない
ペースで黙々と食べていると、少し騒がしい声が廊下からしてなんだろうと目をやって――。

「っだー、私が、寝坊だ、なんてっ!! 誰の、せいだ、誰のっ!」
「そんなの、自業自得じゃ、ないんです、かっ!」

 大慌てで入ってきたのは、約二名と思われるヒトだった。どちらも似たような茶髪で瞳も似たような色だが身長がまるっきり違う。サーニャは
ぼうっと眺めて、唖然としながらまた一口カレーを口に運んだ。
 そしてそんなサーニャに気づいて、二人は苦笑を浮かべる。

「や、やあ、サーニャ……眠れたか?」
「あははは、ごめんね、うるさかったかな」

 しばらくぽかんとしていたが、ようやく自分に声がかけられていたことに気づいてあわてて返事をする。それでも二人は笑ってくれたので、
サーニャとしては御の字だった。もしかしてこの二人も夕食に間に合わなかったのだろうか。……何故ゲルトルートと芳佳が夕食に間に合わないのか
理解できなかったが、まあ目の前の状況からしてそれしかないのだろう。サーニャは一人で納得すると、再びカレーを口に運んだ。

 それからは三人で談笑しながら、こじんまりした夕食会になった。どうやらサーニャが眠くなってしまって練習を一回お開きにした後、芳佳と
ゲルトルートでまた練習していたらしい。一通り全部終わったあと一眠りしていたら、気づいたら一眠りどころかがっつり寝てしまったんだとか。
サーニャも小さく笑って、ゲルトルートと芳佳が恥ずかしそうに頬を染める。そんな日常が楽しくて、サーニャはまたくすりと笑った。



 ―――二人が一度昼間に就寝した本当の理由がサーニャの夜間哨戒に付き合うためだと気づいたのは、サーニャが滑走路に立ったときだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 日に日に、ゲルトルートの演奏は上達していく。サーニャも、数日前のあの日以来ずいぶんとゲルトルートとの練習がやりやすくなって
楽しい。だがそれでも、やはり歌いながらギターの演奏は難しいようだ。まだアコースティックギターや大人しい弾き方で良いのなら失敗もなく
弾けるのだろうが、いかんせんアップテンポで激しい曲故にそうそう簡単にはいきそうもない。芳佳やエーリカも時々参加して一緒に練習を
していたが、どうしてもゲルトルートだけは上手くいかなかった。やがて本人もサーニャも薄々、残り少ないこの期間でこんな難しいことを
やろうとしていること自体が間違いであることに気づき始める。

「……仕方ない、エーリカに掛け合ってみるか」
「でも、ほかにギターが弾ける人っているんでしょうか」
「さあ、私は知らないが……三人目を考えておくとか言っていたから、多分アテがあるんじゃないか?」

 少なくともゲルトルートが知っている限り、この曲が弾けそうなのというと自分以外誰もいない。エーリカはゲルトルートのようなアルペジオや
素早い動きは得意とはせず、どちらかというとコード弾きで全体を支える役割である。それにLost my musicにおいてはギターは最低二本必要なので、
仮にエーリカがこれを弾けたとしてもエーリカに代わってもらうのは無理な話だ。ゲルトルートも弾くだけなら弾けるのだが、そこに歌が入って
きてしまうとそれだけで手が思い通りに動かなくなってしまう。
 しかし嘆いていても進展はないので、これ以上は無理と判断してエーリカに話を付けに行く。実のところ本番はあと二週間にまで迫っていて、
あまり様子を見ている余裕がないのだ。そうしてエーリカの部屋まで行って扉をノックするが、返事がいつまでたっても返ってこない。あまり
油を売っている暇もないので、もう一度ノックして反応がないのを確認すると入る旨を言った上で扉を開けた。

 ……中は整然と片付けられていて、しかし部屋の主は何処にもいない。今までかつて見たことのない整理された部屋にゲルトルートは驚きを
隠せないが、まあ居ないことには仕方がない。時間的余裕はないのでさっさと退室しようとすると、サーニャがあるものに気づいた。

「机に何かあります」
「ん?」

 そうしてサーニャが手を伸ばした紙には、二週間後に迫った演奏会の細かい演出やらなにやらのメモが書いてあった。おそらくこれをまとめて
いたのだろう。―――だがだとしたら、この部屋にいないのは少々腑に落ちない。ほとんどの文章は最後まで書き綴られているが、最後の一文は
途中で止まってしまっている。最後の文字は少し糸を引いて紙の下端まで延びていて、おそらくペンが滑ったか何かであろうことが見て取れた。
 ……何故、こんな中途半端なものを机の上に置いて、エーリカは退室したのだろうか? そういえば、メモを書いていたのであればペンが
あってもおかしくないはずである。それなのに何処にも見当たらず、おかしいと首をひねる。

「……なあ、サーニャ」
「?」
「机に向かってメモを書いていたなら、椅子はそんな位置に来るだろうか」

 言われてはたと気がつく。机の目の前にある椅子は、机よりもだいぶ左に寄っていた。まるで何かの力が加わって、机の正面から押し出された
かのように。
 ……ゲルトルートがしばらく首をかしげて、それから――――。血相を変えて、何かひらめいたかのように口をあけた。

「……滑り落ちればその位置だ」
「え……」

 なるほど、椅子から滑り落ちてしまえば確かに体に押された椅子は机の正面からスライドする。思えば最初に見つけたとき、紙自体が斜めに
なっていた。となれば姿勢を崩して椅子から滑り落ちたと考えるのが妥当か。しかし姿勢を崩して落ちるとはどういう状況だろうか――――



 ……考えてようやく気づいた。


「行くぞ、サーニャ!」
「は、はいっ!」


 ……最近のエーリカの様子が少しおかしかったのには、薄々気がついていた。いつも疲れたような表情をして、寝るのが趣味といっても
過言ではなかったのにいつも起きていた。夜はどの部屋よりも遅くまで明かりがついていて、そして朝はどの部屋よりも早く明かりがつく。
話しながら歩いているとときどき何もない廊下で躓いて転びそうになったり、いきなりバランスを崩してこちらに倒れこんできたりするのは
日常茶飯事だった。
 ―――何かを実現するために集中して、それにまっすぐ取り組むのはとても良いことだ。だがそのせいで生活が疎かになってしまっては、
本末転倒もいいところである。ゲルトルートとサーニャは医務室へと早足で向かいながら、この数日間で出撃がただの一度もなかったのは
奇跡と言うほかないとつくづく思った。もし出撃がたった一度でもあれば、エーリカは間違いなく前線に出されるはず。そうなれば十中八九、
彼女は二度とこの基地に帰ってこなかっただろう。
 そう考えると鳥肌が立つ。ようやく医務室にたどり着いて、しかし扉の前に一人の女性が立っていることに気がついた。ゲルトルートは
血相を変えて駆け寄って、声をかける。

「ミーナっ!」
「……トゥルーデ……」

 ミーナの顔色も非常に悪く、何かを心配して仕方がない様子だった。とにかくベンチに座らせて落ち着かせると、サーニャとゲルトルートで
挟み込むようにして座る。状況を聞くと、やはり芳しくないようだ。

 事務連絡があって、ここ最近部屋に篭りきりだったエーリカの部屋へ向かった。何の気なしにノックしたが返事がないので、居ないのかと
思って扉を開ければ気を失って倒れているエーリカがそこに居て。抱きかかえて大急ぎで医務室に駆け込んでからこの方、中から誰も
出てこず、一言や二言さえかけてもらえない。もう一時間以上経過しているが、中の様子が一切分からなかった。

 ……熱心にいろいろと考えてくれていたのは、とても助かることだった。しかしいつもこの基地で一番と言える睡眠時間を誇っていたのを、
普通の人が見ても圧倒的に短いと言えるほどまでに削っていた。そして訓練で空を全力で飛ぶだけ飛んで、その後風呂に入る間も惜しんで部屋で
机に向かって睨めっこ。暇さえあれば書類と格闘して、食事さえろくにとっていなかった。更に非番になればほかの面子と合わせて曲の練習、
それが終わればまた部屋に篭りきりだ。トイレですら見かけたものはあまりないらしく、その辺りの話から察するにかなり重症である可能性も
否定できない。この大事な時期に企画から運営、準備まですべてを担っていた中心人物が倒れるとなると、計画は中止せざるを得ない状況に
なってしまうだろう。それに計画云々だとかそれ以前の問題として、エーリカという一人の大事な仲間が倒れたことは基地運営の面から言っても
親友としても重大なことなのだ。

「エーリカさん、大丈夫でしょうか……」
「……そう、信じるしかないわ」

 思ったよりも酷い状況。ゲルトルートは当初ただの過労かと思ったが、それどころではなかった。最悪の事態を想定すれば、睡眠不足に
ストレス、身体的疲労の極端なほどの蓄積に加えて風呂にあまり入っていなかったことによる不衛生、更に直接的な身体的影響で言えば消化器の
機能不全や排泄器関係の不調、あとはまめな換気をしていたとも思えない状況から空気が悪くなっていれば、呼吸器にも負担がかかっていた
かもしれない。
 もっと早く気づいてやるべきだった。三人は深く後悔しながら、どうか無事であってくれと願うばかりだ。やがて美緒を通じて呼び出して
いた芳佳が、外出から戻り次第話を聞いて大急ぎでやってきた。すぐに中に入って治療に参加してもらって、それから三人はまた廊下でひたすら
結果を待つだけ。
 ……何も出来ない。そのもどかしさが手や足をわなわなと震えさせ、しかしだからといってやはりどうしようもない現実に頭を抱えざるを
得ない。


 そうして、エーリカが運び込まれてから凡そ二時間もの時間が経過してから。ふと明かりが消えて何かと見上げると、見た目に重苦しい扉が
開いて一人の医師が出てきた。……エーリカの容態はどうだと詰め寄る三人を嗜めて、状況を報告する。

「とりあえず一通り治療は終わりましたので、身体的には食事と睡眠をしっかりとれば問題ないでしょう」

 運び込まれたときは日常生活でよくこんなに悪く出来るなと感心したほどだったらしいが、なんとかなったようだ。それこそ『一命を取り
留める』とか、そんなのを想像していたミーナは安堵の息を漏らして肩の力を抜いた。だが医師からの報告は終わらない。

 ……問題は精神的な面だ。この時期に倒れてしまったことや心配をかけさせてしまって迷惑をかけたことに、かなりの負い目を感じているようだ。
それに留まらず、結局二週間前になっても具体的な案がまとまらないどころか悩みばかりが増える現状に疲れきっているらしい。今は意識も
戻って芳佳が様子を見ているそうだが、食事は要らない、みんなの顔なんて見れなくていい、もうストライカーなんて履きたくない、楽器なんて
要らない、そんな調子だそうだ。まるで一時期のリネットみたいだと思いながら、三人はエーリカの意思に関わらずとにかく顔を見たいからと
中へ入る旨を伝える。医師は首を縦にも横にも振らず、ただひとつ、厳重な注意を言い渡した。『決して応援をしてはいけない』。その一言で
今のエーリカの状況を理解したミーナとゲルトルートは、少し顔を強張らせた。サーニャはよく分からなかったが、それも直に見れば分かる
だろうと出来るだけ気にしないようにする。そして絶対に『がんばれ』の一言を言わないよう、自分の発言に注意するよう自分に言い聞かせた。




「エーリカ」
「……ごめん」

 ゲルトルートが優しく笑いかけて額に手を置いたが、エーリカは酷く疲れきった表情で一言謝ったきり口を開かない。その様子はいわゆる
『うつ病』に限りなく近かった。正確には二週間以上この状態が続かないとうつ病とは診断されないが、大方うつと呼んで間違いないだろう。
少しばかり気張りすぎて、行き過ぎてしまった。行き過ぎてしまって失敗するようでは、まだしないほうがマシだったかもしれない。だが
起こってしまったことに対して何かすることはできないので、ゲルトルートは穏やかな笑みを浮かべたままエーリカに声をかけ続けた。

「まあ、折角の休みだ。ゆっくり休むといい」
「……」
「どうだ、もうすぐリネットが紅茶を持ってきてくれるが、飲むか?」

 ゲルトルートの問いかけに、エーリカは言葉を発することなくただうなずくだけで返事をした。芳佳やミーナは気が気でない様子だったが、
ゲルトルートはエーリカに見えないように反対の手で落ち着くよう促す。サーニャは慣れているわけではないがなんとなくエーリカの気持ちが
分からないでもなかったので、ゲルトルートの対応は適切だろうと落ち着いた目で見ていた。
 ……やがてリネットが心配した様子で入ってきたが、リネットは気が利く分こういった場面では逆にそれが裏目に出やすい。ゲルトルートは
その旨を伝えて、少し残念そうにしながら分かってくれたのを確認するとお茶だけ受け取ってリネットは帰した。エーリカに渡すと、横に
なっていた状態から上半身だけ起こして受け取る。

「……美味しい」
「最近、少し味が変わったんだ」
「……そう」

 普段のあの活発なエーリカはどこへやら、こうしてみると不謹慎ながら確かにエーリカと双子なのにまったく対照的なウルスラのことも理解
できなくはなかった。沈みきった声は、きっとウルスラが覇気を失ったらこうなるんだろうなと思わせるほどのものである。それを聞いていると
ああ双子なんだなとなんとなく実感した。
 それからサーニャは、ゲルトルートと同じようにエーリカのすぐ脇に腰掛けてエーリカに軽くもたれかかる。エーリカは少し驚いたような
反応を見せて、しかしそれきり特に何も言わない。静かな部屋の中では、ただ紅茶のすする音だけが響いた。……芳佳やミーナも少しは落ち着いた
ようで、一息ついて外を見上げたりしている。
 ……しばらくして、エーリカ自らが口を開いた。

「ごめんなさい」
「ん? どうした?」
「……私のせいで、迷惑かけちゃって、ごめんなさい」

 しゅんと項垂れるエーリカ。しかしゲルトルートは微笑すると、頭を少しだけ撫でてやった。誰だってそういうことはある、心配するなと
一言言うとエーリカは少し安心したように息を吐く。また静かになって、今度はちくたくと時計の動く音がやけに耳に大きく響く。だがだからと
言って辛くも悲しくも寂しくもなく、どこか安心できる空気がそこにあった。
 ―――しばらくして、今度はサーニャがぼそりとつぶやいた。

「バルクホルンさん」

 呼ばれてゲルトルートは振り向き、何かと目をやった。するとそこでサーニャは、ドラムを叩くそぶりを見せる。ちょうどエーリカからは
見えない角度で、その意図はゲルトルートにも伝わった。『エーリカに一曲、歌ってやろう』。それは芳佳にも伝わって、芳佳も微笑する。
この場はミーナに任せて、三人は立ち上がる。エーリカが何事かと目を上げたが、少し待っててくれと一言言って部屋を後にした。
 三人は廊下に出るなりダッシュで地下室へと向かう。楽器はすべて地下に運んだままなので、こちらに運び込まなくてはならない。
医務室の中でドラムを叩いたりなんだりは気が引けたが、まあエーリカを元気付けるためなら仕方ないだろう。ばれないように大き目の布を
かぶせて、台に乗せて廊下をころころと転がしていく。途中、美緒の目に留まりそうになって何とかやりすごすトラブルはあったものの、
何とか医務室にたどり着くと芳佳が扉を開ける。
 ごろごろと医務室に運び込まれる、布に包まれた塊。一瞬エーリカは何か分からないといった風に首を傾げたが、その大体の形から中身を
察すると苦笑をもらした。

「……医務室でそんなもの、いいの?」
「いいんだよ、気にするな」

 ミーナも苦い笑みを浮かべたが、ゲルトルートの耳元で三人合わせて自室禁錮十日間を言い渡すと満足げにエーリカの隣へ戻る。ゲルトルートも
一人当たり三日程度ならなんとかなるだろうと親指を突き立てて、ギターのセッティングを始めた。サーニャもドラムのそれぞれ位置を合わせて、
芳佳はベースのチューニング。そしてものの数分で準備を終えると、ゲルトルートがエーリカに向かって口を開いた。

「折角の休みなんだしBGMも欲しいだろう」
「……BGMって言うにはちょっと派手すぎ」
「まあそう言うな」

 そうしてゲルトルートが音の確認で一度鳴らした音は、派手ながらも低めのいかにもロックを予想させる音だった。これまで一度も合わせて練習を
したことはなかったが、おそらく大丈夫だろう。一緒に乗せて持ってきたキーボードをセッティングすると、ミーナは分かっていたように苦笑して
キーボードの前に立った。音はピアノ、まあミーナなら大体の曲は分かるので問題ない。
 ……一通り準備が終わったのを確認して、ゲルトルートが一回右手を振り払った。ギターが唸りを上げ、部屋中に響く。それから少しの間を空けて、
サーニャがバチ打ちで四個間隔を取って―――!

『Uh―――Ah―――』

 マイナーコードのロックが幕を開ける。各楽器の調和がよく取れていて、まるで初めて合わせたとは思えない出来の良さ。エーリカはこの曲をよく
知っていた、部屋で作業するときに時折かけている。―――『モノクロアクト』。

『忘れてゆける どんな傷さえ あきれるほど美しく――』

 出だしは芳佳だった。ベースを上品に鳴らしながら、どこか悲しみのある声を演じる。それは曲調にぴったりで、流石というかなんというか。
最初はゲルトルートのギターは入らず、静か目に入っていく。ドラムのハイハットがしゃかしゃかと鳴り、そこにピアノが加わって派手ながらも
悲しみを奏でる。
 そしてAメロからBメロへ、ちょっとしたアクセントとともに移行する。

『同じ顔した 愛はいらない 鏡の中の 恋は幻』

 次はサーニャ。ドラムを叩きながらつむいでいく歌詞は、しかしドラムの音に負けないほど力強い。実はこういう曲のほうが合っているのでは
ないかと思うほどの声、それが透き通って部屋の中で美しく流れる。まだギターは入らない、ゲルトルートは足でリズムを取りながらボディで
手拍子を取っている。……いや、わずかに入っている。だがあまりに音が小さく低い音ははっきりと聞こえず、しかしベースと相まって曲の厚みを
持たせる。
 ……ピアノが激しさを増し、サビへと向かっていく。さあ、派手に決めよう――――!

『誰か今真実を―――




 クダサイ―――。』

 ドラムとギターの共演。派手なアクセントともにギターの音量が爆発し、ゲルトルートの右手がリズムを取ってギターの弦を弾く。力強い
電子の音が鳴り響き、ドラムとベースと相乗効果で曲を厚く、熱く盛り上げる。そこに四人の合唱が加われば音の厚みは更に増して、腹の底に
届くような音がとどろく。

『Ah 誰もいない こんな世界で 私は何故 泣いているの―――』

 気づけばエーリカも足を動かしてリズムを取って、曲に乗せられていた。ゲルトルートや芳佳はうなずくような動作でリズムを取って、
ミーナも力強く鍵盤を叩き、サーニャの手がドラムを吼えさせる。彼女たちの目には、照明が落とされて赤や黄でライトアップされた
ライブホールが見える。レーザーやストロボを誰か頼むと心の中で言いながら、声と楽器を合わせる。

『ただ行き場のない思いの姿 「胸が痛い」―――』

 激しいギターが一度顔を潜めて、再び低音部へと戻っていく。だが確実に曲は盛り上がりを見せて、二番へと突入していく。エーリカは
いつしか手拍子をして、無表情の中にどこか輝きを取り戻しつつあった。
 ゲルトルートの足が横に伸びると、録音した音を再生するようボタンを一つ押した。タイミングぴったりで押されたそれは、曲の中で
特徴的な電子音を鳴らして曲にアクセントをつける。

『同じ色の中を 泳ぎ続ける意識――』

 ミーナが歌う。いつもの『歌い手』としての声ではなく、『ヴォーカル』としての割とヘヴィな声。曲調に合ったそれはただそれだけで
音を高みへといざなう。プルルル、という電子音にも程よく合い、曲はどんどん高みを目指してあがっていく。
 さあ、今度は二番のサビだ。ここで一度、頂点へと上り詰める!

『あなたは――


 シアワセ?―――』



 再びドラムとギターが掻き鳴らされ、ヴォルテージは一気に上がる。四人の合唱がまた部屋に轟き、心臓が、床が、壁が揺られる。
何処までも力強い声。何よりも力強い、どんな壁より分厚い音。それらが部屋の中にいる五人を包んで揺さぶり、なおも音を激しく掻き鳴らす。

『Ah 過ぎ去りし日 置き去りの嘘 疑問だらけの顔を見た―――』

 腹の底から紡ぎ出される声。その音に揺られて、壁にかけられていたカレンダーがぽとりと落ちる。

『差し出される手が 私を壊す 「胸が痛い」―――』

 ギターが何度か静かに振り払われ、そしてドラムの連打とともに間奏へと――――だがゲルトルートが一歩前に踏み出すと、原曲にはない
アレンジが加わる!

「過ぎ去りし日置き去りの嘘 疑問だらけの顔意味のない答え
これは幻? これが真実? 泳ぎ続ける意識 I died―――!」

 マシンガンのように、曲に合わせてゲルトルートがひたすらに声を紡ぎだす。俗に言うラップという奴で、普段のゲルトルートからは
それを歌うとは想像も出来ないが―――それはこの上なく似合っているように見えて、ゲルトルートが歌うからこそ格好の良い仕上がりとなる!

「見上げる空は遥かな孤独 あなたは幸せ? I don't understand
ただ行き場のない想いの姿 私はなぜ泣いているの?
意味の無い答えと 知りながら受け入れて
『胸が痛い』――――!」

 間奏らしい間奏はすべてゲルトルートのラップで無くなった。息つく暇も無く最後のサビへと入っていく。

 前半は膨れ上がる可能性を秘めた静けさで、大人しく演奏する。だがそれはいつ爆発するかもしれない時限爆弾、やがて曲は―――

『Ah... 愛されたい 愛してみたい  私はどちらを望んだ――――?』

 ―――――ラストへ向けて加速する!

『傷ついている 傷つけている そのどちらも生きること――』


 四人の合唱が再び轟き、しかし互いに目配せをするとまるで順番が決まっていたかのように一人一人が交代で言葉をつむぐ!


『Ah... 一人きりの』

 ゲルトルートが。

『夜は明けない』

 芳佳が。

『けど 確かなこと』

 サーニャが。

『私は今も』

 ミーナが歌う。


 そしてついに最後にまた、全員で―――!

『探している―――』


  ……さあ、これで終わりだ。一発、決めてやる――――
 
『「胸が痛い」』


 しかしゲルトルートの声は聞こえない。エーリカが首をかしげた直後、『痛い』の最後の「い」が聞こえるか聞こえないか。
ゲルトルートは再び口を開く。

「Ah 誰もいないこんな世界で私はなぜ泣いているの?
 見上げる空は遥かな孤独 ただ行き場のない想いの姿」

 また、原曲に無いラップのアレンジ。ゲルトルートはいつ息継ぎしているのかも分からないほどの勢いで、ただひたすら
思い浮かんだ言葉の羅列を本能の赴くままに歌い続ける。

「Ah 過ぎ去りし日置き去りの嘘 疑問だらけの顔を見た Alright!!
 これが真実? これは幻?
 差し出される手が私を壊す」

 コーラスとしてミーナがAh――Uh――と声を伸ばす中ゲルトルートは紡ぎ続け、そしてやがて曲の終わり際でミーナとともに―――

『Uh――――』
     「胸が痛い―――」

 最後、ドラムの連打と共にすべての楽器の音が停止。直後、録音音声からテープの巻き取り音がして、激動の曲は幕を閉じる―――。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「……こんなところで弾く曲じゃない」

 エーリカはそうぼやきながら、先ほどまでは浮かべていなかった微笑みをその顔に携えて拍手を送っていた。その表情に安堵したか、
演奏者たちも笑みを浮かべて楽器を置く。ほかに誰か入ってくると厄介なので手早く荷物をまとめて再び布をかぶせると、出入り口の扉付近に
移動させてまたエーリカの周りに集まった。
 それからゲルトルートは、エーリカの気分が多少なりとも晴れたことを信じて少しリスクの高い行動に出る。

「お前が今までやってくれたこと、嬉しかったんだぞ? 少なくとも私たちは、今までずっとお前を信じてきて悪いと思ったことは一度も無い」
「……そう」
「だから、な。私たちはこのまま続けていくから、いつか気が向いたらまた声をかけてくれ」
「うん。……ありがと、トゥルーデ」

 あくまで、がんばれとは言わない。エーリカはそんなゲルトルートの気遣いが嬉しくて礼を言って、ゲルトルートもそれを受け取る。だが
そんな様子を見ていたミーナが、半分呆れた、半分安堵した表情でエーリカの肩に手を置く。エーリカは大体何を言われるか分かっているようで、
しかし意図をつかめない残りの三人は首をかしげる。
 ……そしてミーナは口を開いた。

「まあ、休むだけ休んで、また頑張りましょうね。フラウ」

 ―――刹那、電流が走った。ミーナはなんてことを――――

「うん。ミーナもありがとう。おかげで元気出た」

 だが当のエーリカは笑みを浮かべて、穏やかな様子だった。それにきょとんとしていると、エーリカ自ら立ち上がって窓辺へ歩いていく。
その様子を見送っていると、エーリカは窓枠に手を置いて空を見上げながら言った。

「心配かけちゃってごめんね。いろいろ抱え込んじゃって嫌になったけど、なんか……全部、杞憂だったみたい」

 そうして振り向いて、四人に満面の笑みを浮かべる。―――なんだ、大丈夫じゃないか。ゲルトルートは苦笑しながら、一杯食わされたと
言わんばかりに頭を掻いた。それでようやく状況を把握して芳佳も笑って、サーニャは最後まで理解できなかったがエーリカがそれで満足して
いるのならいいやとやっぱり笑った。
 それからゲルトルートと芳佳、サーニャの三人で楽器を片付けに行って、それを終えてからエーリカと共に食事を摂った。久々の食事に
エーリカもご満悦の様子で、美味しいとしきりに言っていた。リネットが腕によりをかけて作ったとかで、ブリタニア料理で美味しいと思える
料理は久々だった。食事を終えると、一緒に風呂に入る。浴室で輝く金髪を見るのは久しぶりで、やっぱりこうでないとなとゲルトルートが一言
言うといつもの調子でエーリカがゲルトルートに悪戯を敢行しようとした。だがどこか体が鈍っているのかひょいと避けられ、あれ、とバランスを
崩したところをゲルトルートに支えられる。

「まったく、体はまだ休まっていないんだから無茶をするな」
「はーい」

 楽しそうにエーリカが笑う。やはり沈んでいるエーリカなんて似つかわしくない、エーリカは太陽のように笑って輝いていなくては。今回の一件で
思った以上にそれぞれの相性が良いことに気がついて、そしてエーリカとの絆もまた一層強まって。芳佳とサーニャがそれぞれ三日間、ゲルトルートが
四日間の自室禁錮刑を終えてからは練習も再開した。エーリカも活動を再開したが、就寝時間と起床時間、食事だけは必ず守るようになった。残り
一週間近くまで迫った演奏会、徐々に曲は完成しつつある。

「ねえ芳佳ちゃん、知ってる? 今度、ハンガーで演奏会があるらしいよ」
「へ? そうなの?」
「なんか、ドラムとかいろいろ準備されてるんだって。誰がやるんだろうね?」
「さあ、へー、でもそうなんだ、それは楽しみだなぁ」

「そうだ、ミーナは知っているか?」
「なにが?」
「今ハンガーに楽器類がいろいろ運び込まれているらしくてな。あと一週間もしないうちにあそこでライブをやるそうだ」
「ああ、そのことね。もちろん知っているわ」
「一体誰がやるんだ?」
「さあ……使わせてくれっていう申請はあったから許諾はしておいたけれど、誰が使うかまでは分からないわ」

「そういえば、大尉はご存知ですか?」
「うん? 何がだ?」
「風の噂で、近いうちにハンガーでイベントがあるとか……バンドの演奏会らしいですわね」
「ああ、ミーナから聞いた。使わせてほしいと申請があったらしいな」
「一体、どこの誰がそんなことするのかしら」
「まあ、基地の全員を対象にしているらしいからな。数少ないウィッチと他の兵たちとの交流だ、成功すれば士気も上がるだろう」

「あ、ハルトマン中尉だー!」
「やっほー、ルッキーニじゃん。おはよ」
「おはよー! あ、ねえねえ、聞いた? 今度ね、ハンガーでライブやるんだって! すごいよねー!」
「うんうん聞いた聞いた。でもやる人が誰かは聞いてないんだよねー」
「え? 中尉じゃないの?」
「そんなワケないよー。もしそうだったら絶対皆に見に来てほしいからちゃんと言うしねー」
「だよねー。じゃあ誰なんだろ」

 ――――もう明後日に迫った演奏会。ここまで適当にホラを吹いておいたり、整備の人たちに頼んで機材を運んでもらったりといろいろ根回しを
しておいた甲斐があった。今では基地中でちょっとした噂である。まあ、正確には嘘でもデタラメでもないのでホラを吹くと言うのは間違っているが。
かくして観客のほうの準備は徐々に整い始め、今日あたりで舞台の幕もセットが完了するはずだ。明日はハンガーの調整という名目でハンガーを
完全に借り切り、最後のリハーサルを行う予定である。曲のほうもほぼ完成を見せ、この調子でいけば成功も期待できる。ゲルトルートが散々悩んでいた
一曲については、エーリカがうまく手を回してくれた。

「しかし、まさかお前に頼ることになるとはな」
「あっはは、こっちこそまさかバルクホルンに苦手があるとはね」
「私だって得手不得手ぐらいいくらでもある」

 ――新しくメンバーに加わったのは、あのリベリオンの自由人。シャーロットもいろいろな曲にあこがれてギターを購入していたこともあって、
それなりに弾けるのは周知の事実だった。部屋にギターがあるのも誰もが知っていたこと。そのため頼むよとエーリカが頭を下げに行ったのだが、
なんでそんなに楽しそうなことに誘ってくれなかったんだと怒られてしまう始末である。しかしゲルトルートとしては自分以外でギターが弾ける
人間が加わってくれるのはこの上ない朗報。結局、シャーロットもここは弾けないからと間奏の部分だけはゲルトルートが弾くことになった。だが
その実は、こんなに激しい曲でゲルトルートの見せ場が歌しかないのはあまりに不憫だからとシャーロットが気を利かせてのことである。
ゲルトルートもそれには気づいているので、つい先日シャーロットを食事に誘ったりもしている。
 そして今日は最終調整ということで、それぞれの曲における各楽器の音量バランス調整などを行っている。実際に音響を取り扱うのは普段から
機材の取り扱いに慣れている整備隊になるので、今日は実際に来てもらってこの曲はこう、サビはこうだけど間奏はこう、と細かく調整を行っている。

「でも、これってここで調整しても実際明日になってみないと分からないですよね」
「まあねー。それがちょっとネックなんだけど」

 一応、できる限り今日のところで調整して、明日で微調整を行うつもりで予定を組んでいる。だが、いかんせんハンガーでの響きは実際に聞いて
みないことには分からないのが正直なところ。ここで調整を終えても、実際には明日も確保した練習時間を全て調整に費やすことになる可能性も
否定できない。さらに加えて言うなら、ネウロイの襲撃があったらどんな状況下でも中断せざるを得ないのもネックだった。
 しかし、今できることを最大限やらなければ成功は無い。一行は何とか成功させようと必死だった。ちなみに今日はバンドメンバーは全員休暇。
ローテーションで休暇を取るという名目で、明日はウィッチ隊の他の面子が休暇の予定となっている。そして明後日は、公には明日発表だが全員
ハンガーに集合だ。
 練習は朝早くから始まり、食事の時間を除いて夜まで続く―――。


 ―――はずだったが。

 それは昼下がり、唐突に訪れる。

「……あの、何か聞こえませんか?」
「ん? 何かって……なんだ?」
「――――私には、警報に聞こえます」

 芳佳がポロリと零して、そして全員が手を止める。サーニャが魔道針を出現させて索敵し、そして―――。

「……敵襲です!!」

 ――ネウロイ、出現。ただ、このタイミングでの出撃は正直ありがたくもあった。このタイミングに出てくれれば、少なくとも演奏会には来ない筈。
一行は直ちに楽器を手放すと、ハンガーへと大急ぎで駆けていく。地下室の欠点はハンガーまでが遠いことだったが、ここでしか練習が出来ないの
だから仕方が無い。

「でも、私たち非番じゃ、ありませんでしたっけッ」
「ああ、確かになっ!」
「休暇だからって黙って、見てるわけにも行かない、でしょうっ!」

 走りながら、言葉を交わす。……いくら非番とはいえ、流石に美緒だけに管制任務を全て任せるのは気が引ける。ミーナにゲルトルートにシャーロットと
階級の高い人が軒並み休暇なのだから、美緒にかかる負担も相当なものだ。せめて非常時だけでも役に立たなくては――! それでなくとも、一行の中で
止まろうとする者はいなかったが。
 各々はハンガーにつくなりストライカーに飛び乗り、流れるように武器を取って加速していく。さあ、空戦の始まりである!

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「皆、お待たせ」
『な、お、おい、ミーナ!?』
「流石に本部に一人だけ、現地に出るのはたったの四人じゃ不測の事態に対応しきれないでしょう?」
「ミーナに空中管制、エーリカに護衛を行ってもらう。私とサーニャ、リベリアンと宮藤のロッテで行く。少佐、問題ないな?」
『―――全く、お前ら……助かる、頼んだぞ!』

 かくして味方編隊に合流を果たした一行はそれぞれロッテを組むと、敵の来るであろう方位へ意識を集中する。刹那、サーニャの魔道針が強く反応を
示す―――真正面、敵編隊多数!

「小型航空戦力、数、百……です!」
「百って、なんかの冗談かよ?」
「敵さんもやる気だねぇ。だったらこっちもその気で出るまでだよ」
「激しい空中戦になるわ、方向と高度を見失わないように、それと敵味方の区別を間違えないように。いいわね?」
『了解!』

 ミーナが細かい状況を分析し、それぞれのロッテに担当を言い渡す。いくつかの小隊が入り乱れた形をとっているため、グループごとに分かれて
交戦しやすい状況だ。こちらにとって都合のいい分布である。
 さあ、空のダンスとしゃれ込もう。リネットが照準器を覗き、距離を判断。射程を読んで―――

「今です!」
「各機散開、交戦を許可します!」

 ―――空中戦が、幕を開ける!!


「サーニャ、背中は任せた。サポート頼んだぞ」
「はい!」

 二人も東から進入した十機の編隊へと突っ込んでいく。ビームが激しく飛び交って、しかしゲルトルートにはかすりもしない。機動性の低いサーニャは
数発回避できなかったようだが、その分強靭なシールドがあるので抜かりは無い。
 少しして、編隊全体のおおよそ後方あたりにつくことに成功する。ゲルトルートが二丁のMG42を構え、そして――!

「行くぞ!」

 引き金を壊れんばかりに引き、無数の弾丸が空を切る! 敵機に次々と命中弾を叩き込み、しかし主翼にばかり吸い込まれていく弾はコアを破壊する
には遠く及ばず……敵機は徐々に、ゲルトルートの前方へと集められる。やがて敵は接触しかねないほど密集し、それでもなおゲルトルートの射撃は
やむことなく敵を逃がさない!
 今だ―――サーニャは機を逃さず、フリーガーハマーを前方へ構える! 狙いをつけて引き金を一回、強く引く――直ちに離脱、爆発に飲まれる前に!

 数秒の間を空けて、ゲルトルートが誘い込んだ敵機にフリーガーハマーは見事直撃、敵を木っ端微塵に吹き飛ばす! 四機の敵機が一度に破壊され、
残った六機が二機ごとに分かれて三方向から遅いかかってくる。

「右頼んだ!」
「了解です!」

 サーニャから見て右の敵は、完全ヘッドオン状態で戦うにはもってこい。フリーガーハマーを再び前方に構え、しかしビームが数発伸びてくる!
それをロールと円形機動だけで回避すると、正面の敵―――二機いるうちの右側へと容赦なく一発叩き込む! 強烈な爆発が大空を覆い、しかし
もう一機はフラフラしながらもまだ飛んでいる。だがサーニャの手から逃れられるはずなど無い、敵機の推定針路上にフリーガーハマーを一発
放ち―――まるで先読み能力を持っているかのように見事直撃! 木っ端微塵になった敵機は大空に細かく消えて行き、そしてゲルトルートのほうも
ほぼ同時に撃墜に成功。二人はそのままクロスするように合流し、まるでシザーズ機動のように乱れ―――その勢いのまま、残った二機へ攻撃を
かける! 左側のターゲットには右からサーニャ、右側のターゲットには左からゲルトルート。二人の放った弾は吸い込まれるように敵のコアへと
飛んでいき―――同時に、二つのコアは粉々に飛散する!

「担当分の撃破に成功、他部隊の支援に回る!」
『了解、頼んだ!』
「支援要請! 二部隊もこっちに向かってきてる! これじゃミーナが管制できないよ!」
「了解だ、今向かう!」


「こっちも早く掃討しましょう!」
「うまく引き付けといてくれよ!」
「了解!」

 ゲルトルートとサーニャの撃墜報告、加えてミーナとエーリカからの支援要請。この状況下で自分たちがぼうっとしていていい道理はない、芳佳と
シャーロットは互いに守りあうように背中合わせで戦っていたところからフォーメーションを変更。シャーロットは持ち前の速力を存分に発揮するため
ぐんぐん加速していき、そして芳佳は自身の後方を警戒しつつもシャーロットの後方へと食らいつく―――ターゲットは、シャーロットを追う四機の
ネウロイ!

「引き離すぞ!」
「いつでもどうぞ!」

 P-51ムスタングが爆発のような咆哮をあげると同時、シャーロットの体ははじかれるようにはるかかなたへと加速していく! 芳佳はシャーロットを
追尾する四機がこちらに反転してきたのを確認するとにやりと口端を上げ、そのまま旋回戦へと持ち込む! 襲い掛かってくる複数の敵、しかしその
射線を見事に避けシールドをただの一度も展開することなく右へ左へ―――芳佳自身も出力を上げつつ、できるだけ直線的に回避できるルートを
とっていく。四方八方から迫るレーザー、しかしその熱線は芳佳に届くことなくそのわずか数センチの差を埋めることはできない。群れから出る前に
反転し、敵をできるだけ一塊にまとめ……やがて無線の合図を確認してから、芳佳もまたストライカーの咆哮とともに加速する!

「ついておいでっ!」

 ――伊達に針山の間を潜り抜けていない。すべての敵と攻撃を回避しきって、挑発までして見せた。案の定、シャーロットほどの加速力を持たない
芳佳にはついていけると判断したネウロイは芳佳の追撃を開始。シャーロットを追っていた四機に加えて芳佳が引き付けていた八機の計十二機が、
芳佳に向けて一斉に迫る――しかし!

『今だッ!!!』

 無線から飛び込む叫び声、芳佳はそれと同時に急反転! 向かってきた敵機の群れの中央、まるで針の穴のような小さなスペースに体をねじ込み……
高速で連続ロールを打つ! その手はしっかりと九九式機関砲を握り締め、トリガーを―――力いっぱいに握り締める!!
 マズルフラッシュが目を焼き、銃弾が空で輝き、破線が風を裂き、黒色の悪魔が悲鳴を上げる―――高速でロールしながらの射撃、群れの中央に
飛び込んだことでそれらすべてがネウロイの下へと吸い込まれていく! やがて亜音速状態にまで加速したシャーロットが、敵の群れのど真ん中めがけて
突っ込んでくる――!

「宮藤ッ!!」
「かまわず突っ込んで!!!」

 群れの中央で銃を振り回す芳佳。かまわず突っ込めと言われ、さらに加速するシャーロット。迫る黒点、狭まる視界……スピードの限界へと、ぐんぐん
加速していく! やがて群れが眼前に迫るとシャーロットは両手を突き出して、そして群れ全体を巻き込むほどの巨大なシールドを展開する!!
 まるで壁が音速で迫るかのような攻撃。ネウロイは次々にシャーロットのシールドによって押しつぶされ爆砕、しかしそこには芳佳もいる――それでも
かまわず突っ込めとの言葉を信じて、シャーロットは加速を止めない!

「ヒャーッホーゥ!! 気ー持ちいぃーッ!」

 ふと振り返れば黒点は一切合財すべて消え去って、そこにあったのは青空と大海のみ。気持ちがいいほどにスッキリした空を見て、それから間髪おかず
ミーナのいるであろう上空へと方向を転換する。

「ちょっと待ってくださいよーっ、シャーリーさん速すぎですぅーっ!」
「はははっ! あン中で生き残ってたのか、流石宮藤だなぁ!」
「味方の攻撃で落とされるなんて、洒落にならないじゃないですかっ」

 シャーロットの突っ込んでくる速度を利用して、シールドの向きを斜めに展開することで『弾き飛ばされる』形を取った芳佳。文字通り弾かれた芳佳は
一瞬でシャーロットの攻撃範囲から脱出し、しかし姿勢を直すのと加速しなおすので気がついたらシャーロットからずいぶんと離れてしまっていた。
更に加速を続けるムスタングとウサ耳についていけない芳佳、まったくロッテだというのに。苦笑しながら、仲間とのチームプレーが存外上手く行った
芳佳はにやりと笑顔を浮かべた。


「だいぶ片付いたはずだが――」
「残敵、二十強ね」

 ゲルトルートとサーニャという強力なバックアップを得た『空中管制機』は戦況を冷静に解析。ペリーヌとリネットのロッテにエイラとルッキーニが
合流したため、残り二十機程度は敵でもないだろう。結局のところ今戦っている二つのロッテが合計六十機程度落としたことになり、今日はパーティに
なりそうだった。
 そうして談笑しているところに、シャーロットと芳佳が合流。再びバンドメンバーが揃い、一行は顔を見合わせる。

「今日のコンビネーションは最高だった。また頼むぞ、サーニャ」
「え、あ、はい……よ、よろしくお願いします」

 あまり褒められることに慣れていないサーニャは頬を染めて頷き、それを見ていた芳佳が微笑する。何かを一人でつぶやいたようだったが、他の人の
耳には入らなかったようだ。


 ―――第一段階、無事突破かな。


 - - - - -


 帰還した後、合計六十八機を撃墜した最前線の四人はくたくたになってミーティングルームのソファに倒れこんでしまった。そのまま眠りにつくのを
見て苦笑する残りの一行だったが、今日のエースは間違いなくこの四人だ。芳佳が提案すると、残った全員で厨房へと向かった。……一部、料理を任せる
には少々不安な要素があるが。ともあれ、今日は豪勢なパーティにしよう。そのためには、とにかく料理の数を増やさないと。
 そして芳佳にはもうひとつ、ちょっとした相談事があった。

「ミーナさん、ちょっといいですか」
「ええ、いいけれど、どうしたの?」

 手は動かしたまま、食材をひたすら切る係りを担当している芳佳とミーナは隣り合っているので小声で言葉を交し合う。芳佳としてはできるだけ内輪で
回していきたかったので、みだりに他の人に広がることがないようにしたかった。

 今日の戦闘でも、サーニャとゲルトルートの息はぴったりだった。確かに機関砲と重火器の組み合わせは相性が抜群にいい。だが重火器はその性格上、
長期戦が見込めない。そのためサーニャの戦闘スタイルは一撃必殺のみになってしまい、後方からのサポートが主な任務になってしまう。確かにレーダー
とも言うべき能力のことも考えれば後方支援に回るのもごもっともなのだが、後方支援機の装填数がたった九発では少々心許ない。いざとなれば前線に
飛び込んで応戦できるぐらいの余裕がないと、いつか追い込まれた時に窮地に陥ってしまうだろう。特にフリーガーハマーは一発の攻撃範囲がかなり
広く、たとえ魔力による増幅を行わなかったとしても至近距離での使用は自爆の危険性が高いため不可能だ。自衛用の銃も持たず後方支援故に機動性が
高くない点などを総合的に評価すると、一発あたりの威力は非常に大きいものの懐に飛び込まれてしまうともはや手の出しようがないのが正直な
ところだ。このままではいずれ、その高い攻撃力もまったく役に立たなくなる日が来る。事実、今日の戦闘であってもゲルトルートが前方に集めて
それを狙い撃つというスタイルで最初に多くを撃墜したから、後半は一機に一発使う余裕も生まれた。だがもしゲルトルートがいなかった場合、引いて
撃ったとして巻き込みによる同時撃墜を考えたとしても十機落とすのに五発は最低必要になるだろう。それか魔力で増幅して範囲を拡大すれば話は
別だが、それにしても余計な魔力を食わなくてはならない上にそれをはずしたらまったくの徒労に終わる。それどころかサーニャの場合広大な範囲に
爆発による攻撃を与えるので、敵味方の識別もあったものじゃない。乱戦中に広大な爆発範囲を持つ武器を使うのは、比例して味方への誤爆の危険性も
高まるのだ。特に攻撃を外した場合は、その先に味方が居た場合に最悪味方を撃墜するという『洒落にならない』展開になりかねない。今回は確実に
命中したからよかったものの、これも極限状態に陥ったり敵の数がもっと多かったりすると、いくらサーニャといえど対応しきれないだろう。それら
現状のサーニャの戦術面での欠点を考慮すると、それを補うためには最低限の近接格闘戦闘……旋回戦の能力は必要と考える。幸いフリーガーハマーを
扱うことから重い火器の扱いには慣れているので、重機関砲も問題なく使用できるはずだ。火力が高いが重くてとても扱えないような兵装も、流石に
ゲルトルートほどとはいかないまでも普通の人よりもよっぽど重い火器を扱っているサーニャなら使えるはず。それこそMG42の二丁持ちだって、今の
サーニャでもやろうと思えばできるはずだ。
 一通り話すと、ミーナは難しそうな顔をする。

「それはそうなんだけれど……あれだけの重火器を持った上で、更に機関砲を携行するのは物理的に難しいわ」
「ドッグファイトが想定される出撃時には、いっそフリーガーハマーを持っていかないという選択肢も」
「一撃であの殲滅力は正直かなり魅力的だわ。単純に殲滅速度が速ければ、こちらが攻撃される機会も減る」
「うーん……確かに難しいですね……」

 実際問題、持つことは可能だとしてもそれがイコールで戦場に携行できるかどうかにはつながらない。特にドッグファイト時は余計なものは一切
ないほうがいいので、ドッグファイトに参戦させる場合はそれこそフリーガーハマーなど必要ない。しかしあの瞬間火力の高さは目を見張るものが
あり、あの火力がなくなるのはそれなりに痛手だ。その分重機関砲による総合火力で補えばいいという考え方も無くはないが、例えば味方が狙われて
発射直前の砲口があった場合、あれを一発その砲口に叩き込めば砲撃を封じることができる。それができるのは、攻撃範囲の広さも含めればこの
基地ではサーニャただ一人なのだ。それをわざわざ捨ててまで前線のドッグファイトを強化する意義は、あまり認められないのが現実である。
サーニャには後方支援として、戦況を分析しながら的確な場所に強烈な一撃をぶち込む役目を負ってもらったほうが、戦場全体で見た場合は効率が
いい。芳佳の言うことも一理あるのだが、しかし現状ではそれよりもパンチ力のほうが魅力的だった。

「ただ、自衛用に訓練するのは悪いことじゃないわ」
「バルクホルンさんが二丁持っているときは、片方をサーニャちゃんが持てば携帯性も多少は改善されないかなと思うんです」
「なるほどね……トゥルーデがそれで納得するのなら、それもひとつの手ではあるかもしれないわ」

 とは言っても、実際にサーニャが機関砲をどれだけ扱えるかがわからなければ話の進めようも無い。もしただの一発もあたらないほど下手なので
あれば有効に活かせる可能性は限りなくゼロに近づくだろうし、もしその逆であれば可能性は限りなく無限に広がっていく。まずは様子を見て
みなければ、なんともいえないのもまた事実。芳佳がいずれそういった機会を設けてほしいと言うと、ミーナは快く許諾した。

「でも、まさか宮藤さんからそんな提案があるとは思いもしなかったわ」
「その、サーニャちゃんが輪に入れてないのがずっと気になってて……みんなと武器も時間帯も何もかも違うから、共通の話題性がないんですよね」

 だから、せめて武器だけでも同じようなものを使って共通の話題を見つけられないか。或いは、訓練で模擬戦を展開できればもっと触れ合いの機会も
多くなるだろう。友達が増えるのは、とてもいいことだ。ミーナと芳佳はいったん手を止めてサーニャのほうを振り向くと、ゲルトルートと談笑しつつ
エーリカにいじられて顔を赤くしていた。鍋の様子を見ながら、いつもより幾分か楽しそうにしている。

「――そうね。あの子は、ああやって笑っているのがとても似合うわ」
「はい、だから是非笑わせてあげたいんです」

 芳佳が微笑して言うと、ミーナも笑顔で答えた。そしてミーナは内心思う、芳佳は間違いなく将来大物になる器だと。そんなこと露知らぬ芳佳は、
ミーナが納得してくれたことに気を良くしてか鼻歌なんかを歌いながら料理を再開した。

 ……明後日の本番に向けて。芳佳の中でまたひとつ、不安要素が拭われた。








 ※ここから先は音合わせになるので、実際に演奏を始めます。読みきってから『当日』を読むと、ある二曲の演奏を二回読むことになります。
  『当日』の演奏を楽しみたい方は、次の節を飛ばしてください。一番下から遡っていった最初の区切り線が音合わせの終端になります。

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―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 翌日、一行の姿は予定通りハンガーにあった。周辺一帯は表向きはハンガーの点検整備という理由で完全封鎖され、機械の音を遮断するという名目の下
防音まで完璧にされていた。加えてそこそこ広い範囲を立ち入り禁止にしてしまっているため、封鎖にはシャッターを用いているがハンガーよりも距離が
ある。楽器の音の響きなどにも影響をまったく与えない、最高の環境と言えるだろう。

「お前、さすがにこれはやりすぎじゃないか?」
「いいのよ。たまにある楽しみなんですもの」

 ゲルトルートが顔を若干引きつらせて聞くものの、ミーナはどこ吹く風。明日は基地全体を巻き込んでの演奏会なのだから、そのための準備だったら
多少の行き過ぎも構わないだろう。それに、この基地における最高権力者であるミーナが許可しているのだ。誰も文句は言えようもない。それを世間では
職権乱用と言うんだとゲルトルートがため息を連れて呟いたが、聞いて聞かぬふり。
 なにはともあれ、ここにいる以上はセッティングをしなければ話は始まらない。楽器やアンプ、ミキサーなどの接続を一つ一つ確認していき、すべての
接続を終えるころにはすでに一時間が経過してしまっていた。やはり誰もが慣れないことなだけあって、普段から機械を弄り回している整備の人間でも
うまくいかないようだ。それでもなんとか繋ぎ終えると、一通りの楽器の音がしっかり出ていることを確認する。配線があっているのは確認できたので、
次はついに音出しをしてバランス取りだ。ひとつの楽器が飛びぬけて大きくてもいけないし、何かの楽器が小さくて聞こえなくてもいけない。実際に音を
出してみなければ、音の調和を出すことはできない。まずは平均を取る意味から、曲調も静かな曲と激しい曲との中間に位置しているTomorrowから
あわせることにした。

「じゃあいくよー、ドラムお願いねー」
「はい」

 原曲は最初にキーボードの音が入っているが、あいにくこの面子では再現できない。その部分はカットして、ドラムから入ることにしている。一旦
ハンガー全体が静かになった後、サーニャの腕が振り下ろされ――――タムの連打音が、ハンガーに轟き渡る!

 すべての楽器がいっせいに入り、エレキギターの旋律とアコースティックギターの調和、ベースの重低音が心の底へと響く。流れるように進む
演奏、その中で徐々に音の大きさが変わっていく。音響が調整を始めて、そして。

『二人で 逃げ場所探して  走った 天気雨の中――― 』

 ベースを弾きながら、芳佳が器用に歌う。決してベースラインも簡単ではないはずだが、歌と演奏の調和は完璧とも言えた。透き通る歌声、まるで
練習と思えない完成度の高さがハンガーに響き渡る。

『守って行かなきゃ ひとつだけは―――― 』

 そしてすべての楽器が、まるで上り坂を駆け上がるように音を増やしていき、サビに向けて盛り上がる――!

『この世界に生まれた その意味を』

 芳佳の歌声がまっすぐにハンガーのシャッターへとぶつかり、楽器の音が見事な調和を見せる。

『痛みさえも 抱えながら』

 ドラムのライドシンバルが響き渡る。皆のコーラスの声が、遠く透き通る。

『新しい景色』

 ベースの重低音が轟く。ギターの旋律が心へ届く。

『――迎えに行こう――!』

 一番のサビが終わって、そして誰が言い出すでもなく演奏が終了する。――音合わせが今の目的なので、最後まで通して練習するよりは回転効率を
考えたほうがいい。

「うん、いい感じだね」
「ただこの曲、エレキが少ないですよねぇ」

 芳佳の指摘通り、Tomorrowでエレキがしっかり入れるところというとイントロやアウトロ、間奏など歌詞とかぶっていないところばかりだ。一応
それでも音合わせができないわけではないが、参考程度にしかならない。ならば次はもう少しテンションの高い曲で、エレキの調整をしたほうが
いいだろう。ひとまずこの曲での目盛りをメモしてもらって、次はイントロからサビまでほぼ全編でエレキギターが入っている空色デイズの調整に
入った。
 芳佳とゲルトルートが目配せして互いにタイミングを取り、ゲルトルートが足踏みで合図をする。一、二、一二、三四―――!

 イントロ、ギターソロのところに芳佳のベースがわずかに入る。練習のときから音響と合わせていたので、このあたりのベースの音量はばっちりだ。
そしてドラムとキーボードの二つが入ると、曲のヴォルテージは一気に跳ね上がる……!
 ゲルトルートと芳佳は旋律がかぶっているイントロの間ずっと互いに目配せしてタイミングをとり合い、ドラムがそれを引っ張る。調律は完璧で、
エーリカがマイクの前でひとつ深呼吸―――イントロが終わる!

『君は聞こえる? 僕のこの声が  闇に虚しく 吸い込まれた――』

 若干楽器にかき消されて、うまく声が聞こえない。それでも臆することなく歌い続け、やがてマイクの音量が上がってくると調和が取れてくる。
少し演奏を続ければ音のバランスはほぼ完璧に取れ、サビに入るまでには十二分に整っていた。

『憧れに押しつぶされて 諦めてたんだ――』

 さあ、まもなくサビだ。音あわせではあるが、思いっきりぶちまけてしまえ。エーリカは一瞬後ろの方に目をやって合図をすると、全員がにやりと
笑うことで返事をする。

『知らないで―――!』

 サーニャがタムとスネアを連打して、ベースがそれと調和して、ギターもベースと一致して。曲のテンションは上がりに上がり――――

『は――』

 ―― 一瞬、音が消える!

『しり出した――想いが今でも!』

 爆発するように再び全員が一致、ベースを掻き鳴らし、ドラムがハイハット全開で叩き、エレキが激しいながら繊細な旋律を奏でていく――!

『今日の僕が――その先に続く!』

 拍をとるついでに頭を揺らしてみると、テンションは際限なくあがっていく。加速していくヴォルテージ、しかし美しい調和、止まることを
知らぬ「エンジン」は回転数を上げていく!

『答えはそう――』

 一旦静かになって。

『いつも――』

 再び爆発する!

『ここに ある!』


 ――間奏へ入って、そして演奏が終わる。エーリカが甲高く声を上げると、芳佳もそれに続く。ゲルトルートも普段では考えられないような
高揚ぶりで、周りと笑いあっていた。

「いやー、だいぶキたねぇ」
「なんかテンション高くなっちゃいました」
「いっそアレいっちゃう?」

 エーリカがにひひと笑ってゲルトルートの方を向くと、ゲルトルートもにやりと笑う。加えてついに出番だとばかりに、モニタ役を務めていた
シャーロットもまたどこかゆがんだ笑みを浮かべる。

「シャーリーのギターも調整しなければならんしな」
「そうこなくっちゃね」

 シャーロットが自らの得物を構え、音を確認。そして定位置につくと一旦静まって、サーニャのハイハットで演奏が始まる――!




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「みんなお疲れ様」
「ふー、楽しかったぁーっ! でもやっぱり疲れますねー」
「はは、明日は今日以上だぞ」

 楽しく談笑をしながら、一通り終えた一行は片づけをはじめる。音を合わせた後は音響係の音量を調整するタイミングの練習も兼ねて、最後の
リハーサルを行っていた。これもなかなかに盛り上がってしまい、気がつけば朝の九時から始めて今はすでに昼の二時半である。盛り上がりすぎて
昼食をとるのも忘れていた一行は、今頃になって腹がぐうぐうと鳴っているのに気がつく。

「あー、おなかへったー」

 エーリカがグーの手を天高く突き出すと、周りの皆も同調する。一行は食堂に向けて走り出して、リネットが用意してくれているであろう食事に
ありつこうと高まったままのテンションではしゃいでいた。

 食事準備の係がエーリカとゲルトルートになっていて食事が用意されていなかったり、楽器の収納もすべて終えたのに封鎖したままで苦情が
絶えなかったり、どうして今の今まで居なかったのかを問い詰められたりとその後は散々だったが、まあ前夜祭の一環と考えればそれも悪くは
なかった。かくして翌日に向けて俄然やる気の沸いてきた一行の前に、更なる波が押し寄せてくる。それはエーリカが意気揚々と持ってきた
段ボール箱がきっかけだった。

「ん、エーリカ、それはなんだ?」
「にひひーっ、ミーナに無理言ってお金もらって勝手に買っちゃった秘密兵器だよーん!☆」
「あら、この間の?」

 実は密かに毎晩、ミーナの所へいっては拝み倒して何とか予算を割いてもらえないかと交渉していた。しばらくだめだったのでもう無理かと
思ったが、それでも諦めずに粘っていたある日。ふと冷蔵庫の中が少し寂しい気がして芳佳に尋ねたエーリカは、芳佳から予想外の回答をもらう。
今は予算執行の都合上あまりお金を使えないらしくて、なので申し訳ないのですが『ゴーマルイチ食堂』は縮小営業中なのですよ――。まさかと
思いミーナのところへ走っていくと、ちょうど予算を何とか切り詰められたから出せると朗報が飛び込んだ。ミーナに抱きついてありがとうと何度も
言ったあの日のことは、きっといつまでも忘れない。
 ともかくそうして予算を確保していたエーリカは、これがなくては始まらないといわんばかりに勢いよく段ボール箱の一番上からモノを引っ張り
出す。

「じゃじゃーん! 勝手に命名しちゃいました、われら『ストライカーズ』!! そしてコイツはオーダーメイド特注コスチュームなのだぁーッ!」

 自信満々にエーリカが取り出したのは、黒を基調に……というより真っ黒な服であった。しかしただの服ではなく、いくつかの服がセットでそのまま
包装されていた。現在エーリカが手に持っているのは真正面に『StrikerS』と鮮やかな赤で印刷された真っ黒なタンクトップと、赤系の模様で縁取り
されたスタイリッシュな黒いベスト。似たようなデザインで裾を縁取りしてある真っ黒なハーフパンツと、そして黒に『S』の刻印がされた二つの
リストバンド。またハーフパンツと同じようなデザインのオーバーニーソックスと、黒の革ブーツ。すべてにおいて真っ黒で、ゆえに赤の縁取りが
とても映える。そしてベストの左胸のところには、M.Yoshikaの文字―――

「これはミヤフジの衣装なのでーす!」
「え゙ーっ、私がこんなの着るんですかぁーっ!?」
「あったりまえーっ! あんなに激しくベース掻き鳴らしておいていまさら似合わないなんていうんじゃねーぞ!」

 エーリカがズビシと芳佳を指差し、芳佳がたじろぐ。

「私にはこんなかっこいいの似合いませんよーっ!」
「あ、言ったなぁ!? 貴様それでも扶桑軍人かッ!」
「えぇーっ、なんかバルクホルンさんっぽくなってるーっ!」
「扶桑軍人たるもの、一に行動、二に行動、三に以下略だっ!」

 もはや事態は混迷を極めつつあり、エーリカによって空間は異常なまでにゆがめられつつあった。しかしこのハイテンションの中にあっても
ゲルトルートは冴え渡っていて、笑いながらも芳佳の服をそそくさと脱がせるとエーリカと手伝って手早く着替えさせてしまうのだった。

「うわーんっ! バルクホルンさんのえっちーっ!」
「ははは、なんとでも言うがいいさ! エーリカ、こうでいいのか?」
「いいねー、トゥルーデノリノリー」

 もはや玩具と化した芳佳はされるがまま。気がつけば着替え終わっていて、さすがはオーダーメイドだけあって芳佳の体にはぴったりであった。

「うおぉ、ミヤフジすげー!」
「宮藤、こう、シャキっとだな……今ベースを持っていると思え、そしてこっちを見るんだ」
「は、はえ……」

 何がなんだかよくわからない芳佳だったが、この狂ったテンションでベースを持てばどうなるかなどわかりきっている。あいにく自分の手に得物を
想像してしまった芳佳は、目をきりりと吊り上げていつもベースを弾くときのりりしい顔へと豹変した。

「かっけえーーっ!」
「芳佳ちゃんすごいかっこいい……」
「すごいな宮藤! エーリカ、よくやった!」
「すごいわね宮藤さん、見違えたわ!」
「宮藤じゃないみたいだな、オイ!」
「あの……後半のソレ、褒めてるんですか?」

 特にミーナあたり。
 ともあれ芳佳が相当格好良くなってしまったので、次の衣装が気になって仕方がない一行。エーリカは全員を鎮めると、続いて再び擬音語つきで
服を取り出した。今度はチェーンがじゃらじゃらしていてド派手である。

「ふひっ! このネームプレートだーれだっ!」
「な……わ、私がこんなものを!?」
「似合わないなんていうなよトゥルーデ」

 Gertrud.Bの文字。そう、エーリカが取り出したのはゲルトルートの衣装だった。芳佳のときと同じく似合う似合わないの言い合いになり、
結局無理やり着替えさせられ――。そんなやりとりが何回もあって、いつの間にか全員の衣装合わせが終わっていて。

 こうして揃えてみると、とても様になっている。明日の本番、きっと上手くいく。どこかいつも以上に団結した一行は、最後に円陣を組んで
気合を入れるのだった。


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