「ねえ芳佳ちゃん、知ってる? 今度、ハンガーで演奏会があるらしいよ」
「へ? そうなの?」
「なんか、ドラムとかいろいろ準備されてるんだって。誰がやるんだろうね?」
「さあ、へー、でもそうなんだ、それは楽しみだなぁ」
「そうだ、ミーナは知っているか?」
「なにが?」
「今ハンガーに楽器類がいろいろ運び込まれているらしくてな。あと一週間もしないうちにあそこでライブをやるそうだ」
「ああ、そのことね。もちろん知っているわ」
「一体誰がやるんだ?」
「さあ……使わせてくれっていう申請はあったから許諾はしておいたけれど、誰が使うかまでは分からないわ」
「そういえば、大尉はご存知ですか?」
「うん? 何がだ?」
「風の噂で、近いうちにハンガーでイベントがあるとか……バンドの演奏会らしいですわね」
「ああ、ミーナから聞いた。使わせてほしいと申請があったらしいな」
「一体、どこの誰がそんなことするのかしら」
「まあ、基地の全員を対象にしているらしいからな。数少ないウィッチと他の兵たちとの交流だ、成功すれば士気も上がるだろう」
「あ、ハルトマン中尉だー!」
「やっほー、ルッキーニじゃん。おはよ」
「おはよー! あ、ねえねえ、聞いた? 今度ね、ハンガーでライブやるんだって! すごいよねー!」
「うんうん聞いた聞いた。でもやる人が誰かは聞いてないんだよねー」
「え? 中尉じゃないの?」
「そんなワケないよー。もしそうだったら絶対皆に見に来てほしいからちゃんと言うしねー」
「だよねー。じゃあ誰なんだろ」
――――もう明後日に迫った演奏会。ここまで適当にホラを吹いておいたり、整備の人たちに頼んで機材を運んでもらったりといろいろ根回しを
しておいた甲斐があった。今では基地中でちょっとした噂である。まあ、正確には嘘でもデタラメでもないのでホラを吹くと言うのは間違っているが。
かくして観客のほうの準備は徐々に整い始め、今日あたりで舞台の幕もセットが完了するはずだ。明日はハンガーの調整という名目でハンガーを
完全に借り切り、最後のリハーサルを行う予定である。曲のほうもほぼ完成を見せ、この調子でいけば成功も期待できる。ゲルトルートが散々悩んでいた
一曲については、エーリカがうまく手を回してくれた。
「しかし、まさかお前に頼ることになるとはな」
「あっはは、こっちこそまさかバルクホルンに苦手があるとはね」
「私だって得手不得手ぐらいいくらでもある」
――新しくメンバーに加わったのは、あのリベリオンの自由人。シャーロットもいろいろな曲にあこがれてギターを購入していたこともあって、
それなりに弾けるのは周知の事実だった。部屋にギターがあるのも誰もが知っていたこと。そのため頼むよとエーリカが頭を下げに行ったのだが、
なんでそんなに楽しそうなことに誘ってくれなかったんだと怒られてしまう始末である。しかしゲルトルートとしては自分以外でギターが弾ける
人間が加わってくれるのはこの上ない朗報。結局、シャーロットもここは弾けないからと間奏の部分だけはゲルトルートが弾くことになった。だが
その実は、こんなに激しい曲でゲルトルートの見せ場が歌しかないのはあまりに不憫だからとシャーロットが気を利かせてのことである。
ゲルトルートもそれには気づいているので、つい先日シャーロットを食事に誘ったりもしている。
そして今日は最終調整ということで、それぞれの曲における各楽器の音量バランス調整などを行っている。実際に音響を取り扱うのは普段から
機材の取り扱いに慣れている整備隊になるので、今日は実際に来てもらってこの曲はこう、サビはこうだけど間奏はこう、と細かく調整を行っている。
「でも、これってここで調整しても実際明日になってみないと分からないですよね」
「まあねー。それがちょっとネックなんだけど」
一応、できる限り今日のところで調整して、明日で微調整を行うつもりで予定を組んでいる。だが、いかんせんハンガーでの響きは実際に聞いて
みないことには分からないのが正直なところ。ここで調整を終えても、実際には明日も確保した練習時間を全て調整に費やすことになる可能性も
否定できない。さらに加えて言うなら、ネウロイの襲撃があったらどんな状況下でも中断せざるを得ないのもネックだった。
しかし、今できることを最大限やらなければ成功は無い。一行は何とか成功させようと必死だった。ちなみに今日はバンドメンバーは全員休暇。
ローテーションで休暇を取るという名目で、明日はウィッチ隊の他の面子が休暇の予定となっている。そして明後日は、公には明日発表だが全員
ハンガーに集合だ。
練習は朝早くから始まり、食事の時間を除いて夜まで続く―――。
―――はずだったが。
それは昼下がり、唐突に訪れる。
「……あの、何か聞こえませんか?」
「ん? 何かって……なんだ?」
「――――私には、警報に聞こえます」
芳佳がポロリと零して、そして全員が手を止める。サーニャが魔道針を出現させて索敵し、そして―――。
「……敵襲です!!」
――ネウロイ、出現。ただ、このタイミングでの出撃は正直ありがたくもあった。このタイミングに出てくれれば、少なくとも演奏会には来ない筈。
一行は直ちに楽器を手放すと、ハンガーへと大急ぎで駆けていく。地下室の欠点はハンガーまでが遠いことだったが、ここでしか練習が出来ないの
だから仕方が無い。
「でも、私たち非番じゃ、ありませんでしたっけッ」
「ああ、確かになっ!」
「休暇だからって黙って、見てるわけにも行かない、でしょうっ!」
走りながら、言葉を交わす。……いくら非番とはいえ、流石に美緒だけに管制任務を全て任せるのは気が引ける。ミーナにゲルトルートにシャーロットと
階級の高い人が軒並み休暇なのだから、美緒にかかる負担も相当なものだ。せめて非常時だけでも役に立たなくては――! それでなくとも、一行の中で
止まろうとする者はいなかったが。
各々はハンガーにつくなりストライカーに飛び乗り、流れるように武器を取って加速していく。さあ、空戦の始まりである!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「皆、お待たせ」
『な、お、おい、ミーナ!?』
「流石に本部に一人だけ、現地に出るのはたったの四人じゃ不測の事態に対応しきれないでしょう?」
「ミーナに空中管制、エーリカに護衛を行ってもらう。私とサーニャ、リベリアンと宮藤のロッテで行く。少佐、問題ないな?」
『―――全く、お前ら……助かる、頼んだぞ!』
かくして味方編隊に合流を果たした一行はそれぞれロッテを組むと、敵の来るであろう方位へ意識を集中する。刹那、サーニャの魔道針が強く反応を
示す―――真正面、敵編隊多数!
「小型航空戦力、数、百……です!」
「百って、なんかの冗談かよ?」
「敵さんもやる気だねぇ。だったらこっちもその気で出るまでだよ」
「激しい空中戦になるわ、方向と高度を見失わないように、それと敵味方の区別を間違えないように。いいわね?」
『了解!』
ミーナが細かい状況を分析し、それぞれのロッテに担当を言い渡す。いくつかの小隊が入り乱れた形をとっているため、グループごとに分かれて
交戦しやすい状況だ。こちらにとって都合のいい分布である。
さあ、空のダンスとしゃれ込もう。リネットが照準器を覗き、距離を判断。射程を読んで―――
「今です!」
「各機散開、交戦を許可します!」
―――空中戦が、幕を開ける!!
「サーニャ、背中は任せた。サポート頼んだぞ」
「はい!」
二人も東から進入した十機の編隊へと突っ込んでいく。ビームが激しく飛び交って、しかしゲルトルートにはかすりもしない。機動性の低いサーニャは
数発回避できなかったようだが、その分強靭なシールドがあるので抜かりは無い。
少しして、編隊全体のおおよそ後方あたりにつくことに成功する。ゲルトルートが二丁のMG42を構え、そして――!
「行くぞ!」
引き金を壊れんばかりに引き、無数の弾丸が空を切る! 敵機に次々と命中弾を叩き込み、しかし主翼にばかり吸い込まれていく弾はコアを破壊する
には遠く及ばず……敵機は徐々に、ゲルトルートの前方へと集められる。やがて敵は接触しかねないほど密集し、それでもなおゲルトルートの射撃は
やむことなく敵を逃がさない!
今だ―――サーニャは機を逃さず、フリーガーハマーを前方へ構える! 狙いをつけて引き金を一回、強く引く――直ちに離脱、爆発に飲まれる前に!
数秒の間を空けて、ゲルトルートが誘い込んだ敵機にフリーガーハマーは見事直撃、敵を木っ端微塵に吹き飛ばす! 四機の敵機が一度に破壊され、
残った六機が二機ごとに分かれて三方向から遅いかかってくる。
「右頼んだ!」
「了解です!」
サーニャから見て右の敵は、完全ヘッドオン状態で戦うにはもってこい。フリーガーハマーを再び前方に構え、しかしビームが数発伸びてくる!
それをロールと円形機動だけで回避すると、正面の敵―――二機いるうちの右側へと容赦なく一発叩き込む! 強烈な爆発が大空を覆い、しかし
もう一機はフラフラしながらもまだ飛んでいる。だがサーニャの手から逃れられるはずなど無い、敵機の推定針路上にフリーガーハマーを一発
放ち―――まるで先読み能力を持っているかのように見事直撃! 木っ端微塵になった敵機は大空に細かく消えて行き、そしてゲルトルートのほうも
ほぼ同時に撃墜に成功。二人はそのままクロスするように合流し、まるでシザーズ機動のように乱れ―――その勢いのまま、残った二機へ攻撃を
かける! 左側のターゲットには右からサーニャ、右側のターゲットには左からゲルトルート。二人の放った弾は吸い込まれるように敵のコアへと
飛んでいき―――同時に、二つのコアは粉々に飛散する!
「担当分の撃破に成功、他部隊の支援に回る!」
『了解、頼んだ!』
「支援要請! 二部隊もこっちに向かってきてる! これじゃミーナが管制できないよ!」
「了解だ、今向かう!」
「こっちも早く掃討しましょう!」
「うまく引き付けといてくれよ!」
「了解!」
ゲルトルートとサーニャの撃墜報告、加えてミーナとエーリカからの支援要請。この状況下で自分たちがぼうっとしていていい道理はない、芳佳と
シャーロットは互いに守りあうように背中合わせで戦っていたところからフォーメーションを変更。シャーロットは持ち前の速力を存分に発揮するため
ぐんぐん加速していき、そして芳佳は自身の後方を警戒しつつもシャーロットの後方へと食らいつく―――ターゲットは、シャーロットを追う四機の
ネウロイ!
「引き離すぞ!」
「いつでもどうぞ!」
P-51ムスタングが爆発のような咆哮をあげると同時、シャーロットの体ははじかれるようにはるかかなたへと加速していく! 芳佳はシャーロットを
追尾する四機がこちらに反転してきたのを確認するとにやりと口端を上げ、そのまま旋回戦へと持ち込む! 襲い掛かってくる複数の敵、しかしその
射線を見事に避けシールドをただの一度も展開することなく右へ左へ―――芳佳自身も出力を上げつつ、できるだけ直線的に回避できるルートを
とっていく。四方八方から迫るレーザー、しかしその熱線は芳佳に届くことなくそのわずか数センチの差を埋めることはできない。群れから出る前に
反転し、敵をできるだけ一塊にまとめ……やがて無線の合図を確認してから、芳佳もまたストライカーの咆哮とともに加速する!
「ついておいでっ!」
――伊達に針山の間を潜り抜けていない。すべての敵と攻撃を回避しきって、挑発までして見せた。案の定、シャーロットほどの加速力を持たない
芳佳にはついていけると判断したネウロイは芳佳の追撃を開始。シャーロットを追っていた四機に加えて芳佳が引き付けていた八機の計十二機が、
芳佳に向けて一斉に迫る――しかし!
『今だッ!!!』
無線から飛び込む叫び声、芳佳はそれと同時に急反転! 向かってきた敵機の群れの中央、まるで針の穴のような小さなスペースに体をねじ込み……
高速で連続ロールを打つ! その手はしっかりと九九式機関砲を握り締め、トリガーを―――力いっぱいに握り締める!!
マズルフラッシュが目を焼き、銃弾が空で輝き、破線が風を裂き、黒色の悪魔が悲鳴を上げる―――高速でロールしながらの射撃、群れの中央に
飛び込んだことでそれらすべてがネウロイの下へと吸い込まれていく! やがて亜音速状態にまで加速したシャーロットが、敵の群れのど真ん中めがけて
突っ込んでくる――!
「宮藤ッ!!」
「かまわず突っ込んで!!!」
群れの中央で銃を振り回す芳佳。かまわず突っ込めと言われ、さらに加速するシャーロット。迫る黒点、狭まる視界……スピードの限界へと、ぐんぐん
加速していく! やがて群れが眼前に迫るとシャーロットは両手を突き出して、そして群れ全体を巻き込むほどの巨大なシールドを展開する!!
まるで壁が音速で迫るかのような攻撃。ネウロイは次々にシャーロットのシールドによって押しつぶされ爆砕、しかしそこには芳佳もいる――それでも
かまわず突っ込めとの言葉を信じて、シャーロットは加速を止めない!
「ヒャーッホーゥ!! 気ー持ちいぃーッ!」
ふと振り返れば黒点は一切合財すべて消え去って、そこにあったのは青空と大海のみ。気持ちがいいほどにスッキリした空を見て、それから間髪おかず
ミーナのいるであろう上空へと方向を転換する。
「ちょっと待ってくださいよーっ、シャーリーさん速すぎですぅーっ!」
「はははっ! あン中で生き残ってたのか、流石宮藤だなぁ!」
「味方の攻撃で落とされるなんて、洒落にならないじゃないですかっ」
シャーロットの突っ込んでくる速度を利用して、シールドの向きを斜めに展開することで『弾き飛ばされる』形を取った芳佳。文字通り弾かれた芳佳は
一瞬でシャーロットの攻撃範囲から脱出し、しかし姿勢を直すのと加速しなおすので気がついたらシャーロットからずいぶんと離れてしまっていた。
更に加速を続けるムスタングとウサ耳についていけない芳佳、まったくロッテだというのに。苦笑しながら、仲間とのチームプレーが存外上手く行った
芳佳はにやりと笑顔を浮かべた。
「だいぶ片付いたはずだが――」
「残敵、二十強ね」
ゲルトルートとサーニャという強力なバックアップを得た『空中管制機』は戦況を冷静に解析。ペリーヌとリネットのロッテにエイラとルッキーニが
合流したため、残り二十機程度は敵でもないだろう。結局のところ今戦っている二つのロッテが合計六十機程度落としたことになり、今日はパーティに
なりそうだった。
そうして談笑しているところに、シャーロットと芳佳が合流。再びバンドメンバーが揃い、一行は顔を見合わせる。
「今日のコンビネーションは最高だった。また頼むぞ、サーニャ」
「え、あ、はい……よ、よろしくお願いします」
あまり褒められることに慣れていないサーニャは頬を染めて頷き、それを見ていた芳佳が微笑する。何かを一人でつぶやいたようだったが、他の人の
耳には入らなかったようだ。
―――第一段階、無事突破かな。
- - - - -
帰還した後、合計六十八機を撃墜した最前線の四人はくたくたになってミーティングルームのソファに倒れこんでしまった。そのまま眠りにつくのを
見て苦笑する残りの一行だったが、今日のエースは間違いなくこの四人だ。芳佳が提案すると、残った全員で厨房へと向かった。……一部、料理を任せる
には少々不安な要素があるが。ともあれ、今日は豪勢なパーティにしよう。そのためには、とにかく料理の数を増やさないと。
そして芳佳にはもうひとつ、ちょっとした相談事があった。
「ミーナさん、ちょっといいですか」
「ええ、いいけれど、どうしたの?」
手は動かしたまま、食材をひたすら切る係りを担当している芳佳とミーナは隣り合っているので小声で言葉を交し合う。芳佳としてはできるだけ内輪で
回していきたかったので、みだりに他の人に広がることがないようにしたかった。
今日の戦闘でも、サーニャとゲルトルートの息はぴったりだった。確かに機関砲と重火器の組み合わせは相性が抜群にいい。だが重火器はその性格上、
長期戦が見込めない。そのためサーニャの戦闘スタイルは一撃必殺のみになってしまい、後方からのサポートが主な任務になってしまう。確かにレーダー
とも言うべき能力のことも考えれば後方支援に回るのもごもっともなのだが、後方支援機の装填数がたった九発では少々心許ない。いざとなれば前線に
飛び込んで応戦できるぐらいの余裕がないと、いつか追い込まれた時に窮地に陥ってしまうだろう。特にフリーガーハマーは一発の攻撃範囲がかなり
広く、たとえ魔力による増幅を行わなかったとしても至近距離での使用は自爆の危険性が高いため不可能だ。自衛用の銃も持たず後方支援故に機動性が
高くない点などを総合的に評価すると、一発あたりの威力は非常に大きいものの懐に飛び込まれてしまうともはや手の出しようがないのが正直な
ところだ。このままではいずれ、その高い攻撃力もまったく役に立たなくなる日が来る。事実、今日の戦闘であってもゲルトルートが前方に集めて
それを狙い撃つというスタイルで最初に多くを撃墜したから、後半は一機に一発使う余裕も生まれた。だがもしゲルトルートがいなかった場合、引いて
撃ったとして巻き込みによる同時撃墜を考えたとしても十機落とすのに五発は最低必要になるだろう。それか魔力で増幅して範囲を拡大すれば話は
別だが、それにしても余計な魔力を食わなくてはならない上にそれをはずしたらまったくの徒労に終わる。それどころかサーニャの場合広大な範囲に
爆発による攻撃を与えるので、敵味方の識別もあったものじゃない。乱戦中に広大な爆発範囲を持つ武器を使うのは、比例して味方への誤爆の危険性も
高まるのだ。特に攻撃を外した場合は、その先に味方が居た場合に最悪味方を撃墜するという『洒落にならない』展開になりかねない。今回は確実に
命中したからよかったものの、これも極限状態に陥ったり敵の数がもっと多かったりすると、いくらサーニャといえど対応しきれないだろう。それら
現状のサーニャの戦術面での欠点を考慮すると、それを補うためには最低限の近接格闘戦闘……旋回戦の能力は必要と考える。幸いフリーガーハマーを
扱うことから重い火器の扱いには慣れているので、重機関砲も問題なく使用できるはずだ。火力が高いが重くてとても扱えないような兵装も、流石に
ゲルトルートほどとはいかないまでも普通の人よりもよっぽど重い火器を扱っているサーニャなら使えるはず。それこそMG42の二丁持ちだって、今の
サーニャでもやろうと思えばできるはずだ。
一通り話すと、ミーナは難しそうな顔をする。
「それはそうなんだけれど……あれだけの重火器を持った上で、更に機関砲を携行するのは物理的に難しいわ」
「ドッグファイトが想定される出撃時には、いっそフリーガーハマーを持っていかないという選択肢も」
「一撃であの殲滅力は正直かなり魅力的だわ。単純に殲滅速度が速ければ、こちらが攻撃される機会も減る」
「うーん……確かに難しいですね……」
実際問題、持つことは可能だとしてもそれがイコールで戦場に携行できるかどうかにはつながらない。特にドッグファイト時は余計なものは一切
ないほうがいいので、ドッグファイトに参戦させる場合はそれこそフリーガーハマーなど必要ない。しかしあの瞬間火力の高さは目を見張るものが
あり、あの火力がなくなるのはそれなりに痛手だ。その分重機関砲による総合火力で補えばいいという考え方も無くはないが、例えば味方が狙われて
発射直前の砲口があった場合、あれを一発その砲口に叩き込めば砲撃を封じることができる。それができるのは、攻撃範囲の広さも含めればこの
基地ではサーニャただ一人なのだ。それをわざわざ捨ててまで前線のドッグファイトを強化する意義は、あまり認められないのが現実である。
サーニャには後方支援として、戦況を分析しながら的確な場所に強烈な一撃をぶち込む役目を負ってもらったほうが、戦場全体で見た場合は効率が
いい。芳佳の言うことも一理あるのだが、しかし現状ではそれよりもパンチ力のほうが魅力的だった。
「ただ、自衛用に訓練するのは悪いことじゃないわ」
「バルクホルンさんが二丁持っているときは、片方をサーニャちゃんが持てば携帯性も多少は改善されないかなと思うんです」
「なるほどね……トゥルーデがそれで納得するのなら、それもひとつの手ではあるかもしれないわ」
とは言っても、実際にサーニャが機関砲をどれだけ扱えるかがわからなければ話の進めようも無い。もしただの一発もあたらないほど下手なので
あれば有効に活かせる可能性は限りなくゼロに近づくだろうし、もしその逆であれば可能性は限りなく無限に広がっていく。まずは様子を見て
みなければ、なんともいえないのもまた事実。芳佳がいずれそういった機会を設けてほしいと言うと、ミーナは快く許諾した。
「でも、まさか宮藤さんからそんな提案があるとは思いもしなかったわ」
「その、サーニャちゃんが輪に入れてないのがずっと気になってて……みんなと武器も時間帯も何もかも違うから、共通の話題性がないんですよね」
だから、せめて武器だけでも同じようなものを使って共通の話題を見つけられないか。或いは、訓練で模擬戦を展開できればもっと触れ合いの機会も
多くなるだろう。友達が増えるのは、とてもいいことだ。ミーナと芳佳はいったん手を止めてサーニャのほうを振り向くと、ゲルトルートと談笑しつつ
エーリカにいじられて顔を赤くしていた。鍋の様子を見ながら、いつもより幾分か楽しそうにしている。
「――そうね。あの子は、ああやって笑っているのがとても似合うわ」
「はい、だから是非笑わせてあげたいんです」
芳佳が微笑して言うと、ミーナも笑顔で答えた。そしてミーナは内心思う、芳佳は間違いなく将来大物になる器だと。そんなこと露知らぬ芳佳は、
ミーナが納得してくれたことに気を良くしてか鼻歌なんかを歌いながら料理を再開した。
……明後日の本番に向けて。芳佳の中でまたひとつ、不安要素が拭われた。
※ここから先は音合わせになるので、実際に演奏を始めます。読みきってから『当日』を読むと、ある二曲の演奏を二回読むことになります。
『当日』の演奏を楽しみたい方は、次の節を飛ばしてください。一番下から遡っていった最初の区切り線が音合わせの終端になります。
スキップする
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
翌日、一行の姿は予定通りハンガーにあった。周辺一帯は表向きはハンガーの点検整備という理由で完全封鎖され、機械の音を遮断するという名目の下
防音まで完璧にされていた。加えてそこそこ広い範囲を立ち入り禁止にしてしまっているため、封鎖にはシャッターを用いているがハンガーよりも距離が
ある。楽器の音の響きなどにも影響をまったく与えない、最高の環境と言えるだろう。
「お前、さすがにこれはやりすぎじゃないか?」
「いいのよ。たまにある楽しみなんですもの」
ゲルトルートが顔を若干引きつらせて聞くものの、ミーナはどこ吹く風。明日は基地全体を巻き込んでの演奏会なのだから、そのための準備だったら
多少の行き過ぎも構わないだろう。それに、この基地における最高権力者であるミーナが許可しているのだ。誰も文句は言えようもない。それを世間では
職権乱用と言うんだとゲルトルートがため息を連れて呟いたが、聞いて聞かぬふり。
なにはともあれ、ここにいる以上はセッティングをしなければ話は始まらない。楽器やアンプ、ミキサーなどの接続を一つ一つ確認していき、すべての
接続を終えるころにはすでに一時間が経過してしまっていた。やはり誰もが慣れないことなだけあって、普段から機械を弄り回している整備の人間でも
うまくいかないようだ。それでもなんとか繋ぎ終えると、一通りの楽器の音がしっかり出ていることを確認する。配線があっているのは確認できたので、
次はついに音出しをしてバランス取りだ。ひとつの楽器が飛びぬけて大きくてもいけないし、何かの楽器が小さくて聞こえなくてもいけない。実際に音を
出してみなければ、音の調和を出すことはできない。まずは平均を取る意味から、曲調も静かな曲と激しい曲との中間に位置しているTomorrowから
あわせることにした。
「じゃあいくよー、ドラムお願いねー」
「はい」
原曲は最初にキーボードの音が入っているが、あいにくこの面子では再現できない。その部分はカットして、ドラムから入ることにしている。一旦
ハンガー全体が静かになった後、サーニャの腕が振り下ろされ――――タムの連打音が、ハンガーに轟き渡る!
すべての楽器がいっせいに入り、エレキギターの旋律とアコースティックギターの調和、ベースの重低音が心の底へと響く。流れるように進む
演奏、その中で徐々に音の大きさが変わっていく。音響が調整を始めて、そして。
『二人で 逃げ場所探して 走った 天気雨の中――― 』
ベースを弾きながら、芳佳が器用に歌う。決してベースラインも簡単ではないはずだが、歌と演奏の調和は完璧とも言えた。透き通る歌声、まるで
練習と思えない完成度の高さがハンガーに響き渡る。
『守って行かなきゃ ひとつだけは―――― 』
そしてすべての楽器が、まるで上り坂を駆け上がるように音を増やしていき、サビに向けて盛り上がる――!
『この世界に生まれた その意味を』
芳佳の歌声がまっすぐにハンガーのシャッターへとぶつかり、楽器の音が見事な調和を見せる。
『痛みさえも 抱えながら』
ドラムのライドシンバルが響き渡る。皆のコーラスの声が、遠く透き通る。
『新しい景色』
ベースの重低音が轟く。ギターの旋律が心へ届く。
『――迎えに行こう――!』
一番のサビが終わって、そして誰が言い出すでもなく演奏が終了する。――音合わせが今の目的なので、最後まで通して練習するよりは回転効率を
考えたほうがいい。
「うん、いい感じだね」
「ただこの曲、エレキが少ないですよねぇ」
芳佳の指摘通り、Tomorrowでエレキがしっかり入れるところというとイントロやアウトロ、間奏など歌詞とかぶっていないところばかりだ。一応
それでも音合わせができないわけではないが、参考程度にしかならない。ならば次はもう少しテンションの高い曲で、エレキの調整をしたほうが
いいだろう。ひとまずこの曲での目盛りをメモしてもらって、次はイントロからサビまでほぼ全編でエレキギターが入っている空色デイズの調整に
入った。
芳佳とゲルトルートが目配せして互いにタイミングを取り、ゲルトルートが足踏みで合図をする。一、二、一二、三四―――!
イントロ、ギターソロのところに芳佳のベースがわずかに入る。練習のときから音響と合わせていたので、このあたりのベースの音量はばっちりだ。
そしてドラムとキーボードの二つが入ると、曲のヴォルテージは一気に跳ね上がる……!
ゲルトルートと芳佳は旋律がかぶっているイントロの間ずっと互いに目配せしてタイミングをとり合い、ドラムがそれを引っ張る。調律は完璧で、
エーリカがマイクの前でひとつ深呼吸―――イントロが終わる!
『君は聞こえる? 僕のこの声が 闇に虚しく 吸い込まれた――』
若干楽器にかき消されて、うまく声が聞こえない。それでも臆することなく歌い続け、やがてマイクの音量が上がってくると調和が取れてくる。
少し演奏を続ければ音のバランスはほぼ完璧に取れ、サビに入るまでには十二分に整っていた。
『憧れに押しつぶされて 諦めてたんだ――』
さあ、まもなくサビだ。音あわせではあるが、思いっきりぶちまけてしまえ。エーリカは一瞬後ろの方に目をやって合図をすると、全員がにやりと
笑うことで返事をする。
『知らないで―――!』
サーニャがタムとスネアを連打して、ベースがそれと調和して、ギターもベースと一致して。曲のテンションは上がりに上がり――――
『は――』
―― 一瞬、音が消える!
『しり出した――想いが今でも!』
爆発するように再び全員が一致、ベースを掻き鳴らし、ドラムがハイハット全開で叩き、エレキが激しいながら繊細な旋律を奏でていく――!
『今日の僕が――その先に続く!』
拍をとるついでに頭を揺らしてみると、テンションは際限なくあがっていく。加速していくヴォルテージ、しかし美しい調和、止まることを
知らぬ「エンジン」は回転数を上げていく!
『答えはそう――』
一旦静かになって。
『いつも――』
再び爆発する!
『ここに ある!』
――間奏へ入って、そして演奏が終わる。エーリカが甲高く声を上げると、芳佳もそれに続く。ゲルトルートも普段では考えられないような
高揚ぶりで、周りと笑いあっていた。
「いやー、だいぶキたねぇ」
「なんかテンション高くなっちゃいました」
「いっそアレいっちゃう?」
エーリカがにひひと笑ってゲルトルートの方を向くと、ゲルトルートもにやりと笑う。加えてついに出番だとばかりに、モニタ役を務めていた
シャーロットもまたどこかゆがんだ笑みを浮かべる。
「シャーリーのギターも調整しなければならんしな」
「そうこなくっちゃね」
シャーロットが自らの得物を構え、音を確認。そして定位置につくと一旦静まって、サーニャのハイハットで演奏が始まる――!
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「みんなお疲れ様」
「ふー、楽しかったぁーっ! でもやっぱり疲れますねー」
「はは、明日は今日以上だぞ」
楽しく談笑をしながら、一通り終えた一行は片づけをはじめる。音を合わせた後は音響係の音量を調整するタイミングの練習も兼ねて、最後の
リハーサルを行っていた。これもなかなかに盛り上がってしまい、気がつけば朝の九時から始めて今はすでに昼の二時半である。盛り上がりすぎて
昼食をとるのも忘れていた一行は、今頃になって腹がぐうぐうと鳴っているのに気がつく。
「あー、おなかへったー」
エーリカがグーの手を天高く突き出すと、周りの皆も同調する。一行は食堂に向けて走り出して、リネットが用意してくれているであろう食事に
ありつこうと高まったままのテンションではしゃいでいた。
食事準備の係がエーリカとゲルトルートになっていて食事が用意されていなかったり、楽器の収納もすべて終えたのに封鎖したままで苦情が
絶えなかったり、どうして今の今まで居なかったのかを問い詰められたりとその後は散々だったが、まあ前夜祭の一環と考えればそれも悪くは
なかった。かくして翌日に向けて俄然やる気の沸いてきた一行の前に、更なる波が押し寄せてくる。それはエーリカが意気揚々と持ってきた
段ボール箱がきっかけだった。
「ん、エーリカ、それはなんだ?」
「にひひーっ、ミーナに無理言ってお金もらって勝手に買っちゃった秘密兵器だよーん!☆」
「あら、この間の?」
実は密かに毎晩、ミーナの所へいっては拝み倒して何とか予算を割いてもらえないかと交渉していた。しばらくだめだったのでもう無理かと
思ったが、それでも諦めずに粘っていたある日。ふと冷蔵庫の中が少し寂しい気がして芳佳に尋ねたエーリカは、芳佳から予想外の回答をもらう。
今は予算執行の都合上あまりお金を使えないらしくて、なので申し訳ないのですが『ゴーマルイチ食堂』は縮小営業中なのですよ――。まさかと
思いミーナのところへ走っていくと、ちょうど予算を何とか切り詰められたから出せると朗報が飛び込んだ。ミーナに抱きついてありがとうと何度も
言ったあの日のことは、きっといつまでも忘れない。
ともかくそうして予算を確保していたエーリカは、これがなくては始まらないといわんばかりに勢いよく段ボール箱の一番上からモノを引っ張り
出す。
「じゃじゃーん! 勝手に命名しちゃいました、われら『ストライカーズ』!! そしてコイツはオーダーメイド特注コスチュームなのだぁーッ!」
自信満々にエーリカが取り出したのは、黒を基調に……というより真っ黒な服であった。しかしただの服ではなく、いくつかの服がセットでそのまま
包装されていた。現在エーリカが手に持っているのは真正面に『StrikerS』と鮮やかな赤で印刷された真っ黒なタンクトップと、赤系の模様で縁取り
されたスタイリッシュな黒いベスト。似たようなデザインで裾を縁取りしてある真っ黒なハーフパンツと、そして黒に『S』の刻印がされた二つの
リストバンド。またハーフパンツと同じようなデザインのオーバーニーソックスと、黒の革ブーツ。すべてにおいて真っ黒で、ゆえに赤の縁取りが
とても映える。そしてベストの左胸のところには、M.Yoshikaの文字―――
「これはミヤフジの衣装なのでーす!」
「え゙ーっ、私がこんなの着るんですかぁーっ!?」
「あったりまえーっ! あんなに激しくベース掻き鳴らしておいていまさら似合わないなんていうんじゃねーぞ!」
エーリカがズビシと芳佳を指差し、芳佳がたじろぐ。
「私にはこんなかっこいいの似合いませんよーっ!」
「あ、言ったなぁ!? 貴様それでも扶桑軍人かッ!」
「えぇーっ、なんかバルクホルンさんっぽくなってるーっ!」
「扶桑軍人たるもの、一に行動、二に行動、三に以下略だっ!」
もはや事態は混迷を極めつつあり、エーリカによって空間は異常なまでにゆがめられつつあった。しかしこのハイテンションの中にあっても
ゲルトルートは冴え渡っていて、笑いながらも芳佳の服をそそくさと脱がせるとエーリカと手伝って手早く着替えさせてしまうのだった。
「うわーんっ! バルクホルンさんのえっちーっ!」
「ははは、なんとでも言うがいいさ! エーリカ、こうでいいのか?」
「いいねー、トゥルーデノリノリー」
もはや玩具と化した芳佳はされるがまま。気がつけば着替え終わっていて、さすがはオーダーメイドだけあって芳佳の体にはぴったりであった。
「うおぉ、ミヤフジすげー!」
「宮藤、こう、シャキっとだな……今ベースを持っていると思え、そしてこっちを見るんだ」
「は、はえ……」
何がなんだかよくわからない芳佳だったが、この狂ったテンションでベースを持てばどうなるかなどわかりきっている。あいにく自分の手に得物を
想像してしまった芳佳は、目をきりりと吊り上げていつもベースを弾くときのりりしい顔へと豹変した。
「かっけえーーっ!」
「芳佳ちゃんすごいかっこいい……」
「すごいな宮藤! エーリカ、よくやった!」
「すごいわね宮藤さん、見違えたわ!」
「宮藤じゃないみたいだな、オイ!」
「あの……後半のソレ、褒めてるんですか?」
特にミーナあたり。
ともあれ芳佳が相当格好良くなってしまったので、次の衣装が気になって仕方がない一行。エーリカは全員を鎮めると、続いて再び擬音語つきで
服を取り出した。今度はチェーンがじゃらじゃらしていてド派手である。
「ふひっ! このネームプレートだーれだっ!」
「な……わ、私がこんなものを!?」
「似合わないなんていうなよトゥルーデ」
Gertrud.Bの文字。そう、エーリカが取り出したのはゲルトルートの衣装だった。芳佳のときと同じく似合う似合わないの言い合いになり、
結局無理やり着替えさせられ――。そんなやりとりが何回もあって、いつの間にか全員の衣装合わせが終わっていて。
こうして揃えてみると、とても様になっている。明日の本番、きっと上手くいく。どこかいつも以上に団結した一行は、最後に円陣を組んで
気合を入れるのだった。