無題


滑走路から、いつも少佐が訓練なさっている所を見る。
少佐はもとより誰も居ない。既に訓練は終わっているのだから当たり前なのだけれど。
「何を……やっているのかしら、わたくし」
わたくしはそう呟き、持っている手紙を見た。
恋文――である。無論、少佐宛ての。
書き上げたまでは良いものの渡す勇気がわたくしには無い。
501が解散するまでには渡したいのだけれど、もしも拒絶されたら――と思うと尻込みしてしまう。
嗚呼、情けない。わたくしはうじうじと悩むなんか大嫌いだと言うのに。
溜息をついて空を見上げると、そこには灰色の雲が厚く立ち込めていた。
ますます気分が沈む。もっとも晴れていたからと言って自分まで晴れやかな気分になることはないだろうが。
そもそもどうして、十中八九誰も居ないことはわかっていたにも拘らずこんな所にわたくしは来てしまったのか。
多分、渡そうとする行為だけで自分を満足させたかったのだ。
臆病なわたくしには、それ位しか出来ないから。
そして、たとえ偶然少佐がいらっしゃったとしても、遠巻きにそのお姿を見るだけで、逆に少佐がわたくしを見つけて話しかけてこられるのを待つのだろう。
臆病なわたくしには、それが精一杯だから。
湿った風がぼんやりと立ちつくしているわたくしの髪を揺らす。妙に、冷たく感じた。
……帰ろう。ここにいても意味がない。
ゆっくりと基地へと踵を返した瞬間だった。
突然の強風があろうことかわたくしの手紙を攫い、向こうへと吹き飛ばした。
「ああッ!」
思わず悲鳴じみた声が出る。文面が文面だけに他人に拾われると目も当てられない。
人気のない場所に飛んで行ったのは不幸中の幸いだが、いつ拾われるか分かったものではない……急いで取りに向かわなくては!
× × ×
「確かこの辺りですわよね」
いつも少佐が忌々しい豆狸と訓練をされている場所から少し行った、ささやかな林のような場所。
恐らくここに手紙はある。一刻も早く見つけ出さないと。
木々を分け入って、進んでいく。慎重に地面を見回すこと数分……あった! 
一際大きな木の根本、そこに手紙は落ちていた。これで最悪の事態は回避出来る。
わたくしは小走りで手紙の元へ行き、拾い上げた。
「良かった……」
しかし安心するに早かった。よく見てみると紙質が違う、大きさも違う、つまりはわたくしの手紙とは違う手紙と言う事だ。
「嘘でしょう!? なんなのよッ!」
紛らわしい! どうしてこんな所に手紙が!? 意味が分からない!
大いに憤慨し、腹立ちまぎれにその手紙を破り捨てようとした正にその時。
「手紙、返して」
「え!?」
咄嗟に上を向くとそこには木の枝に敷かれた毛布とその上に寝そべるルッキーニさんの姿があった。
「早く、返してよ……ペリーヌ」
どうやらここを寝床にしていたらしい。さっきのみっともなく騒いでいる様子を見られたかと思うと顔から火が出る。
「ま、まったく驚かせますわねッ! 返してさし上げますから降りてはいかが?」
「ん……」
身軽に木から飛び下りる彼女。その顔を見て、小さく息を飲む。
――泣いていたのか。
普段は喧しいまでに快活な彼女の表情は暗く沈み、その眼はうっすらと涙が浮かんでいる。
「どうか、なさったの?」
出来るかぎりの気遣いをこめて、尋ねる。
「ペリーヌには……カンケー無い、あっち行ってよ……!」
それに応えること無くルッキーニさんは礼も言わずに、わたくしからひったくったと言ってもいい位、手紙を乱暴に取った。
ただ心配しているだけなのに――そっけない彼女の態度にわたくしは軽い怒りを覚える。
わたくしは仏頂面で彼女から視線を外した。もう、こんな所に用は無い。早く手紙を探さなければ。
「あらあら! これは失礼しましたわねッ!」
きつい口調でルッキーニさんに別れを告げる。
何故かは知らないが独りで好きにすればいい、わたくしには関係無いのだから。

「……待ってよ」
軽やかではない足取りで数歩進んだ時、後ろから声をかけられた。
ルッキーニさんに、呼び止められたのである。
「今度は何かしら?」
「やっぱり……やっぱり、しばらく一緒にいて?」
わたくし、あっちに行けと言われたばかりでしてよ――喉まで出ていた棘のある言葉をわたくしは飲み込んだ。
ルッキーニさんは小さくて、華奢な肩を震わせて泣き出していた。
見る見るうちに顔が涙やら鼻水やらでくしゃくしゃになっていく。
……これを放っておくほどわたくしだって薄情じゃない。
なによりも泣きやんでいた筈の彼女を再び泣かせたのはきつい言葉を投げかけてしまったわたくしに他ならない。
湧き上がる罪悪感、大人気ない態度をとった自分への羞恥心が燻っていた怒りの火を鎮めていった。
「構いません、わ」
それだけを言った。
「ありがとペリーヌ……あと、あっち行けなんて言ってごめん……」
彼女に謝られては世話が無い。慌てて自分も返答する。
「わたくしもその……狭量でしたわ、ごめんなさい」
「うん」
わたくしはルッキーニさんの側まで来た。彼女は何も言わず木の根元に座り、わたくしもそれに続いた。
ルッキーニさんは依然として膝を抱えて泣いている。涙を拭いもしないので、どんどん酷い顔になっていく。
駄目だ。もう、見ていられない。わたくしはポケットからハンカチを取り出し、嗚咽するルッキーニさんに差し出した。
「顔、拭いたほうがよろしくてよ?」
ルッキーニさんは何も言わず、素直に言われるままその顔を拭いた。
これで少しはマシになった。すぐ元に戻りそうだが。
それにしても未だに泣いている理由も、わたくしが一緒にいなければならない理由もルッキーニさんは教えてくれない。
傷ついた彼女の隣にはわたくしなんかより、シャーリーさんの方がふさわしいだろう。
ひょっとしてシャーリーさんと喧嘩でもしたのだろうか? ……だとすればこの状況も納得できる。 
「……ロマーニャから、手紙が来たの」
涙の理由を推察していたら、唐突にルッキーニさんが口を開いた。
「わたくしの拾った手紙ね」
ルッキーニさんはこくりと頷く。
「マーマからの、手紙だった。最近は大変なことも多いとか、でも精一杯やっていってるとか、書いてあった」
「そう……」
故郷からの手紙――。わたくしの故郷から手紙が届くことはもう、無い。
「もうロマーニャに帰ろうだなんて思わないって決めたのに、急に帰りたくなって寂しくなって……」
「501に居るのは嫌かしら?」
私の問いかけにルッキーニさんは大きく首を振った。
「そんなことないよ! みんな優しいし、ネウロイはやっつけないといけないもん!」
「なら、みんなの所で泣けばいいの。独りで泣いても……一層悲しくなるだけですわ」
溢れる涙は自分の手で拭っても、また溢れるだけ。ガリアを、家族を喪った時わたくしはそれを知った。
「駄目だよペリーヌ……。シャーリーには見せたくないもん、泣いてるとこなんて」
シャーリーさんの所に居ないのはその所為か。
彼女なら、きっとルッキーニさんのことを理解し、包み込んでくれるだろうに。
無理をして背伸びなんてしなくてもいいのだけれど。
だが、わたくしにはルッキーニさんの気持ちがわかる気がした。
わたくしも、後から後悔するようなつまらない意地ばかり張っているから。

それに彼女がそのつもりならわたくしにも考えがある。
「ちょっと失礼するわよ……」
わたくしはルッキーニさんとの距離を詰めて、彼女の肩をぎこちなく抱いた。
思った以上に小さい体に、衝撃が走るのを感じた。急な行動に驚いているのだろう。
「ニャッ!? 何さペリーヌ!?」
「みんなの所に行くつもりがないのでしょう? だから……わ、わたくしがそばに居てあげますわッ!」
もう少し落ち着いた声を出すつもりが、無意味に大きな、叫ぶような声になってしまった。
慣れないことをするものじゃないと、わたくしは痛感した。
「どうして?」
「泣いている貴方を放っておけないからですわ! 心底嫌なら消えますけど!?」
声のトーンがどうしても下げられない、緊張で頭の中が真っ白になりそうだ。
「嫌じゃないけど……」
「じゃあ問題ありませんわね」
「う、うん」
ルッキーニさんはそう言ってわたくしに体を預けた。
密着した彼女の体温や息使いを感じるのはこそばゆいような恥ずかしいような不思議な感覚で、自然と肩にまわした腕の力も強くなる。
実のところ、わたくしの暴挙に驚いたからなのかは判らないが、もう彼女は泣きやんでいた。
泣きやんではいたものの、わたくしはうまく頭が回転しなかったし、ルッキーニさんも黙って大人しくしていた為にわたくし達はそのままの体勢でいた。
「もう……大丈夫」
しばらくして、おもむろにルッキーニさんは立ちあがった。
白状してしまえば、彼女の温もりはかなり心地よかったので、名残惜しかった。
「本当?」
わたくしは残念な思いを押し隠して、彼女に聞く。
「うん、ありがと。意外と……優しいんだね、ペリーヌ」
優しい。ここに来て初めて言われた言葉だ。頬が上気するのを感じる。
こんなに優しいなんて言葉が嬉しく感じるなんて初めての経験だった。
「意外とは失礼ですわね、わたくしはいつだって優しいわ」
顔を見られないように、ぷいと横を向いて答えた。
「ニャハハ、そうだね!」
大輪の花が咲いた――そんな比喩が良く似合うルッキーニさんの笑顔を見て、わたくしは彼女が本当にもう大丈夫なのだと思った。
「じゃあ帰ろっかペリーヌ!」
「ええ、ルッキーニさん」
笑顔のまま差しのべられた彼女の手をわたくしも笑顔で握る。
そうして、わたくしはルッキーニさんと手を繋いで帰った。
……少佐への手紙をすっかり忘れて。



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