If.<イフ> -ジ・アナザー・ストーリーズ- CASE 03:"Knight"


 その刃に憧れないことはなかったと言っても過言ではない。一振り一振りにこめられた魂、気。それらが刃に集中して、さらに一点に集まれば
たとえネウロイであっても一刀両断できる。剣は近距離戦において銃など比にならない絶大な威力を誇り、そして無慈悲だ。遠くから容赦なく
注ぎ込まれる鉛球も慈悲などあったものではないが、目に見える距離で自らに剣が振り下ろされる光景は絶望的だろう。
 アレが扱えるぐらい自分に実力があれば、戦いはもっと楽になるだろうに。刃物で立ち向かえるほどの距離に接近するまでがまず大変だが、
接近さえしてしまえば―――。そう思うこともしばしばあったが、その手に握るほどの力もない少女にそれは夢物語だった。かくして少女は、
それを手に入れることなくただひたすらに訓練の日々を積み重ねていった。

 そんなある日。彼女に、ちょっとした転機が訪れる。奇しくもそれは、この大戦の命運を大きく左右するターニングポイントともなるのだった。



 片手に機関砲、もう片手には真剣の刀を携えて。一人のウィッチが戦場へと向かっていく。



 CASE 03:"Knight"
  ――――信じる心と、それを貫く力。少女の想いが今、力となって天を駆ける。


「もうそろそろ追いつけるはずだけど……」

 恩師から今朝受け取ったばかりの新たな相棒を片手に、芳佳は空を急いだ。ペリーヌには止められたが、市街地に向かわれては敵わない。たとえ
自分には撃墜が無理だったとしても、せいぜい時間稼ぎぐらいはできるはずだ。シールドの大きさだけで言えば恩師――美緒にも絶賛されるほど。
それ故に防御に絶対的な自信を持つ芳佳は、自分が落ちない自信はあった。だがこのときの芳佳には味方まで守りきると言うほどの高尚な考えはなく、
『多くの人を守るため』という信念を間違った方向に捻じ曲げてしまった形となってしまっていた。それに気づかぬ芳佳は、出力を上げて敵を
追撃する。

「……!」

 遠くで紅い何かが発光した気がして、さらにそこに向けて加速する。すると徐々に見えてくるのは、デルタ型の胴体に小さな羽根が生えたような
小型の機体。この程度ならば一人でも落とせるはず、と芳佳は銃をいつもどおり構えて引き金を――――引こうとして、妙な違和感を覚えた。
この銃の引き金はここまで堅くない。おかしいと思って目を落とすと、ペリーヌに決闘を申し込まれたが故に安全装置をかけていたのを忘れていた。
急いで安全装置を外して銃を構えなおすと、そこに先ほどのネウロイの姿はなかった。……いや、正確にはあるのだが、その形が変貌していた。

「な!?」

 ……漆黒のウィッチ。表情のないネウロイは、しかしさながらストライカーを装着した魔女のようであった。噂には聞いていたが、まさか本当に
相見えるとは思いもしなかった『人型』だ。芳佳は思わず銃を握る手が震え、力が入らなくなってしまう。……人の形をしたものに向けて
撃つのが、怖い。
 芳佳は敵に攻撃の意思がなさそうであることを直感で感じ取って、銃を収めた。するとネウロイは若干驚いたような反応を見せて、それから
芳佳と向き合うような形で平行に飛行する形となる。

 思わず芳佳が話しかけるも、ネウロイとのまともな交渉ができるわけなどない。すぐに言葉を撤回したが、頭では分かっていても心が理解して
くれない。人の形をしているだけで、これほどまでに惑わされるなんて―――芳佳は自分が自分でない気がしてたまらなかったが、どうしようかと
迷っているうちにネウロイのほうが両手を広げた。何かと思ってみていると周りをふらふらと飛び始め、芳佳もそれにあわせて向きを変えていく。
最初は何がしたいのか理解できなかったが、やがて挑発されているのではないかと思い至る。挑発だと気づいた時点で乗らなければ良いのだが、
あいにく芳佳にそこまでの考えはなかった。嘲笑われてるのかと思い込んで、今度は後ろを取るように冗談半分の戦闘機動で追いかけ始める。やがて
他の『誰か』と飛ぶことが楽しいと感じたのか芳佳は無意識に笑いだして、そして自分がネウロイ相手に笑っているのに気づいてはっとする。何故だ、
どうしてこんなに心を掻き乱される。疑問が次々と浮かんで、自分を疑う芳佳。すると今度は目の前で、ネウロイが自らのコアを露出。芳佳が
驚きながらも、そこに少しずつ手を伸ばしていく。今なら触れられる気がする。今なら、分かり合える気が―――――

『何をやっているんだ宮藤!!』

 直後、インカム越しに響いた怒号でぼんやりしていた意識がはっきりとする。……味方が、美緒が高速で接近してきている! このままでは
交戦状態になるだろう、そうなればこのネウロイも味方もどうなるか分かったものではない。芳佳は咄嗟に振り向いて何とかこの場を取り繕おうと
、何か言おうと口をあけて……しかし上手い具合に状況を説明できずに舌がもつれる。

『撃て! そいつは敵だ、惑わされるな!!』

 美緒が叫んで、だが本当に敵だとは思えなかった。もし芳佳を惑わす罠であるのならば、さっきとっくに引っかかっていたはずだ。あれだけ
無防備な状態を晒せば、おそらく一瞬で撃墜されているはず。それなのにこのネウロイは、構えるどころか攻撃の意思さえ出さなかった。以前
サーニャの声を真似ていたネウロイが出てきたことがあったが、あの時『個体差があるのではないか』とか『意思を持っているのかも』という
新説が浮上した。もしかしてこの機会を逃すことなく利用できれば、ネウロイに対しての新しい認識ができるかもしれない。ネウロイへの理解、
そうでなくとも敵の研究が進むはず。この好機を逃すわけには行かない、そう考えた芳佳はなんとしてもこのネウロイと和解したかった。
しかし経験の浅い新人の芳佳がそんなことを言っても、信じるものなど誰も居ないのもまた現実。

『おのれッ!!』

 インカムの向こうで、美緒が銃を構える金属音が響いた。――――やめて、撃たないで、お願い。芳佳が心の中で叫んで、それを口にしようと
した瞬間、自らの後方でも動きがあった。今の体勢は、先ほどネウロイと向かい合っていた形から百八十度逆向き、つまり味方の居る方向を
向いていることになる。その背後で動きがあったとなれば――――ネウロイ!
 芳佳は急いで振り返り、少し高度を上げて芳佳に攻撃があたらないようにと移動したネウロイに目をやった。手の部分には紅いレーザーの砲口が
すでに準備されていて、今にも前方に構えようとしている。このままでは……交戦状態になる!!

「やめてッ!!」

 芳佳が叫んだが、ネウロイには届かない。ならば強行手段だ、芳佳は大急ぎでシールドを展開して――――いや違う! シールドを展開しようと
した右手を咄嗟に、左腰に挿していた刀の柄に添えた。今から防御を張っても、恐らく大きくなる前にネウロイの攻撃は美緒へ向かってしまう。
だったら、『攻撃を撃墜』すればいい―――ぶっつけ本番、どっちにしろ危険だったらリスクの少ない方を選ぶべき! 芳佳はネウロイが発射する
タイミングを待った。
 ……芳佳の静止も空しく、ネウロイはついに両手を前方に構えて美緒に向けて攻撃を放つ――――今だ!!!

「……っ、!!」

 芳佳は勢い良く刀を抜き去り、そしてそれから一秒にも満たない時を置いて再び刀を鞘へと戻した。その瞬間的な動きから鋭い風圧が発生し、
圧力に押されて盛大に芳佳の前方へ飛んでいく。扶桑刀の完璧なまでの鋭さ故に発生する鋭利な風は、金属さえも断ち切れるほどの強靭さを誇る。
本来は年単位の鍛錬を積まなければできないはずのソレは、芳佳にとってはぶっつけ本番でできるほどの代物であったらしい。カマイタチとも
称されるソレは美緒の頭のすぐ五ミリ上を通り過ぎるコースで飛んで行き、当然そのコースで行けば美緒を狙って放たれたレーザーをも寸断する。
 ――――カマイタチは芳佳の読みどおりレーザーを細かく分散して粉々にし、丁度まったく同じタイミングで飛んできた美緒の銃弾をもまるで
発泡スチロールのようにボロボロに砕いて海面へと叩き落した。細かく散ったレーザーはもはや脅威とはなり得ず、防御を張らずとも誰にも
掠りすらしなかった。

「やった……、できたっ」

 芳佳は一息ついて、それからなおも攻撃の意思を見せるネウロイに対して更なる強行手段に出た。アフターファイアを発生させながら
ストライカーの出力を一気に最高まで叩き上げると、芳佳の体は上へと弾かれるようにすっ飛んで行く。その軌道上には丁度ネウロイの両手が
あって、つまり芳佳が真後ろを向けばネウロイが目の前に来ることになる。―――加速しながら芳佳は急反転し真後ろに振り向くと、両腕を
伸ばしてネウロイの脇の下に突っ込んだ。必然的に芳佳の体に絡みつくことになるネウロイは、突然のことに対応しきれず芳佳に抱きつく形と
なる。芳佳もそのままネウロイを抱きかかえると、我武者羅な機動を取ってネウロイに攻撃をさせない。

「お願い、あの人たちは私の大事な仲間で友達なの。だから撃たないで」

 芳佳が懸命に呼びかける。すると先ほどまで頑なに攻撃の意思を見せていたネウロイは、するするとまるで力を抜いたように芳佳に身を
預けた。思わず芳佳も拍子抜けしてしまうが、まあ状況が好転したのなら素直に喜ぶべきだろう。おまけにネウロイのほうは投降の意思まで
見せているので、ホバリングして味方のほうを見やりながら無線に吼えた。

「ネウロイ一機、身柄を確保しました」

 ――無線の向こうで驚きの声が上がり、ミーナからは詳細な状況を報告しろと命令が下る。芳佳は改めてネウロイの状態を確認してから、
これまでの状況と現状、そしてネウロイの行動なんかを一通り報告した。
 ……結果。

「―――研究対象として捕獲することが決定しました。拘束して捕らえ、連れ帰ってください」

 拘束というところが若干芳佳には引っかかったが、まあ敵方を自分たちの基地に連れ込むのだから自由を奪う必要があるのは当然だ。流石に
それまで分からない芳佳ではないので、味方部隊による厳重な警戒の下基地へと帰投。更に道中で合流したルッキーニからロープを受け取ると、
丁寧に縛って基地へ運搬した。見た目が人であるが故にあまり気が進まなかったが、今後のためを思えば仕方のないところだ。芳佳はいまいち
釈然としない表情を浮かべながら、滑走路へと降り立った。

 その後すぐにネウロイは基地の警備隊に引き取られ、それから先はまだ分かっていない。芳佳もすぐに司令部への出頭を命ぜられ、どんな罰が
下るだろうかとハラハラしながら歩いていくのだった。

 - - - - -

「今回、あなたは待機しろという命令に違反。更に坂本少佐の攻撃指示にも従わず、挙句味方の敵への攻撃行動に対する妨害工作を行いました」

 唯一の司法執行権を持つミーナが、厳しい口調と眼差しで言い放つ。直立不動を維持しなくてはならない芳佳は、この重厚な空気の中で微動だに
することも許されない状況で緊張の極限に達していた。両脇には基地の副官とも言えるゲルトルートと美緒が待機している。何も言うことさえ
できない芳佳は、ただミーナの言うことを聴くしかできなかった。
 二回の命令違反に加えて妨害活動、一般的に言えば重罪で独房行きも免れないところだ。自分もそうなるのだろうかと芳佳は緊張の中でも
うっすら考え、ミーナの厳しい顔を直視できずに顔を下げる。
 ――だが、少々予想していたものとは違った反応が返ってくる。

「ですが、あなたは今回、敵のサンプルを無傷で獲得するという功績を挙げました。これは勲章の授与にも値するほどの価値があります」

 え、と一瞬口を開いたが、ミーナの厳しい一瞥ですぐに口を噤んだ。続く言葉を待っていると、次こそは予想外で口を開かざるを得なかった。

「よって、今回の一件に関しては不問と致します」
「え? ふ、不問って――
「宮藤」

 次に注意したのはゲルトルートだった。芳佳はその冷徹とも言える一言でまた何もいえなくなり、口を一文字に結ぶ。しかし味方を危険に
追いやっておきながら不問とは、いくらサンプル確保の功績とは言っても誇大評価のような気がしてならない。そう思っていると、ミーナも
この時間をさっさと終わらせたいのか足早に最後へつなげた。

「……異論は」
「―――不問、ですか」
「あくまで特例ですが」
「……軽すぎる気がします」

 言い方が言い方だったので注意しようかとも思ったが、ミーナは慣れない場所であることを理由に大目に見た。芳佳も薄々それには気づいたが、
他に言い回しも思い浮かばなかったので仕方ないと開き直っている。今度美緒やゲルトルートに教えてもらおうと考えつつ、ミーナの返事を待つ。
だがミーナは相変わらずだった。

「上層部の決定です。覆すことはできません。他に異論は」

 ……甘い蜜を吸わされているような気がしてならない。だが、罪に問われないと言うのにそれを退ける理由もなかった。芳佳は内心首を傾げながら、
それ以上異論もなかったのでありませんと答える。それに満足したか、ミーナは退出して宜しいと一言言ってバインダーを机に置いた。退出して
『よろしい』という言い回しではあるが、逆に言えばそれは退出しろという命令でもある。芳佳は部屋を後にすると、妙に納得の行かない様子で
廊下で唸った。そうしていると今出てきたばかりの部屋から三人の人影が出てきて、芳佳の両肩と頭に手を置いた。

「全く、扶桑の魔女ってどうしてこうなのかしらね」
「今回は偶然上手く行ったから良かったものの、これで少佐が怪我でもしてみろ、どうなると思っているんだ」
「まあまあいいじゃないか、罪にも問われなかったんだ。ただ二度はするなよ、いいな」

 三人とも言葉は違っていても、最終的には芳佳の『サンプル確保』という偉業を賞賛していた。芳佳としては命令違反等の罪悪感のほうが
勝っているのでそこまで大したことをした印象は無いのだが、そういえば今まで世界各地どこでも一度たりともネウロイを確保したと言う報せを
聴かないところからすると確かにすごいのかもしれない。だからといって、自分がしたことをそんなに誇ろうとする気は起こらなかった。芳佳は
三人からの言葉を適当に受け取りながら、しかし最後にミーナが言った言葉は真摯に受け止めた。

「でも、あの一撃にしても拿捕にしても、どちらも偶然の産物と言わざるを得ないのが現実だわ。何かを得られる確証も無いのに、勝手な行動は
絶対にとってはならないの。次は無いと思いなさい、いいわね?」
「了解しました」

 芳佳は軽く敬礼すると、ミーナも満足そうに笑って頭を一撫でした。ともあれ小腹が空いたので食堂へと向かうと、なにやら喧騒が聞こえて
くる。きゃっきゃとはしゃいでいる感じなので緊急性は皆無だが、どうも胸中が落ち着かない四人は足早に向かった。それが正しい判断だったと
つくづく思わされるのは、主に二人の魔女が原因である。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「かったーい!!」
「大きさはそこそこ、バルクホルンぐらいか?」
「あ、あの、いいんでしょうか……」
「良いわけありませんでしょう!! 何をやっているんですの!!」
「いいっていいって。どうせ少佐達は今ミヤフジのお叱りで時間食ってんだからさ、バレやしな――――
「その少佐というのは私のことか?」

 イン食堂。

 わいわいと主に騒いでいた緑がかった黒髪ツインテールとオレンジのウサ耳セミロングは、一瞬聞こえた声に戦慄を覚えてピシリと固まった。
それどころか一緒に居た三つ編み少女と金髪セミロングの貴族さえも硬直して、食堂は温暖なブリタニアから急転して北極点へと変化する。
 ――美緒を始めとした四人が目にした光景は、ルッキーニとシャーロットがふざけて真っ黒な魔女の胸をいじくって遊んでいたというもの。
真っ黒な魔女とは言うまでも無く機械仕掛けの少女、魔女型ネウロイのことである。警備隊が一通り検査して危険性は低いと判断されたため、
宿舎内に限定して一時的に自由行動が許可されていた。だがそれを見るなりルッキーニは食堂に連れ込んで固有技能とも言うべき「揉み魔」を
発動。居合わせたリネットとペリーヌが止めるのも聞かず、更にシャーロットも混じって遊びまくっていたところに四人がばったり、といった
ところだ。

「宮藤」
「いえっさ!」

 後ろで待機していた芳佳が意気揚々と前に飛び出て、左手に握った縦に構えた鞘から右手で刀を振り切る。少しの間を空けて、それよりも
更にすばやく刀を収納した。――――鞘から出すときの勢いでカマイタチを発生させて前方に吹き飛ばし、納刀時にそれ以上の速度を出すことで
それよりも更に速いカマイタチを発生させる。その二つが干渉しあった地点は絶大な威力を誇り、だが逆にその二つが干渉しあった後はエネルギーが
ほぼ無くなってしまう為、ただの風と成り下がる。
 そして芳佳が放った二つのカマイタチは、丁度シャーロットとルッキーニの間の狭い空間で重なり合う。絶対零度の『風』をすぐ脇に感じた
二人は、心臓が止まっているのではないかという程に更に硬直した。文字通り微動だにせず、それは奇しくもさながら先ほどの芳佳と似たり
寄ったりであった。

「うふふ、シャーリーさん、ルッキーニさん、ちょっと司令部に行きましょうか」

 音符さえ浮かんでいそうな声と共にミーナが告げると、美緒や芳佳、ゲルトルートの背筋まで凍る。ルッキーニとシャーロットは言葉を発する
ことさえも敵わず、無言で機械のような動作で食堂から出て行くのだった。後に廊下で悲鳴が轟いていたのは、また別の話である。
 ともあれようやく落ち着きを取り戻した食堂は、ペリーヌとリネットと芳佳、その隣にネウロイ、更にその横に美緒とゲルトルートという
配置で並んで座っていた。ネウロイを除いて、ペリーヌが淹れた紅茶を飲んでいる。

「ごめんね、ルッキーニちゃんたちがいろいろしちゃって」

 芳佳がネウロイに謝ると、ネウロイのほうもどう反応してよいか戸惑っているらしい。とりあえず小さくうなずいて、それから居心地が悪そうに
座り込んでいるのでどうしたもんかと芳佳も頭を抱える。ちなみにストライカー型の脚部ユニットは今は切り離していて、歩行に特化した別の
脚部を用いているので着席も自立歩行も可能だ。
 ゲルトルートや美緒に話題づくりをさせようとすると事務的や軍事的な話になりそうで正直気が乗らないが、だからといって話のタネもない。
しばらく考え込んでいると、リネットがふと思いついたように気になったことを口にした。

「そういえば、それって服……なのかな? どういう構造になってるの?」

 言われて確かに気づくのは、一見服のような構造になっているソレである。下から覗き込めばズボンやアンダーウェアも見えそうだが、しかし
それはあくまで人間における服の話。もしかしてこれが装甲であれば、覗き込んでも何も無いはずである。胸元を大きく開くとコアがあるが、
それが人間で言う服と肉体の部分両方を開けているのか、それとも服がそのまま装甲になっているので開ければ直にコアがあるのかは分からない。
言われてみれば気になるのでネウロイの返事を待ってみるが、言語の理解能力はあってもそれを実際に口に出す方法が無いのでネウロイも
どうしようも無かった。聞き取り能力だけあっても、書き取り能力すらないので思ったことを相手に伝えることができない。そこで手振りと
身振りでなんとか伝えようとネウロイが必死に手足を動かすのを見て、芳佳たちも何とかコミュニケーションを取ろうと努力した。

「んーと、服、だめ、おっぱい……ゴンゴンっ」
「……いまいち理解できないが、少なくとも宮藤の推察は九割間違っていると見て間違いないな」
「ううっ」

 以下、ネウロイが取った行動。
一、指で服を空中に描く。
二、ムリダナ。
三、自分を指差す。指が向いている方向は胸。
四、腕を叩いてゴンゴンと音を鳴らす。

 ……しばらくうーんと悩んでから、ペリーヌがひらめいたように言った。

「服じゃなくってそれ自体が機体ということ?」

 ネウロイが恐らくぱあっと笑みを浮かべて、何度もこくこくと頷く。どうやら意思疎通ができたことが嬉しいらしく、ペリーヌはほっと胸を
なでおろした。これにてリーネの悩みは解決、どうやら中身は無いと言うかなんというか、つまりは文字通り表面に見えているのがそのまま
機体であるそうだ。なので下から覗き込んでも見えるのはズボンと腰から下だけで、ソレより上は服に見える機体と繋がっているだけ。胸が
硬いのも頷けると言うものである。
 ボディランゲージがなかなか楽しくなってきた一行は、ネウロイに質問をぶつけてはその返事を何とか汲み取ろうとするという一連の流れを
繰り返していった。

「あなたは生まれてからどれぐらいの時間を生きてるの?」

 指を一本立てて、一瞬グーに戻してからもう一度一本立てる。それから少し悩んだ後、両手をぶんぶんと振ってから、手でツインテールを
表現した。それから左手を水平において、右手の人差し指を水平より下へ何度も動かす。これの答えは芳佳が出した。

「11年?」

 そうそう、と頷く。最初は11を表現したかったのだろうが、『年』が表現できないのに気づいたのだろう。なのでそれを取りやめて、
ルッキーニの一個下であることを表現した。なかなか機転を利かせた上手い表現方法で、これには一行も感嘆していた。
 続いてゲルトルートが質問する。

「それじゃあ、今まで戦いに参加したことは?」

 ゲルトルートらしい質問と言えばそうだが、その表情は穏やかだった。一瞬ネウロイは悩むそぶりを見せた後、素直に白状することにしたのか
また手振り身振りを始めた。

 五本の指を立ててからグーの手にして、少し間を置く。続いて左手の指を全部くっつけてまっすぐ伸ばし、その後ろを右手の人差し指でつつく。
また少し間を置いてから、右手の指を一本立ててからグーの手に戻して、それで一連の動作を終わる。
 最初の五本の指とグーで、出撃回数が50という返事は分かる。だが残りの表現が分からず頭を抱えていると、リネットが一言。

「撃墜スコア?」

 ネウロイはこくこくと頷いて、よってそこから彼女?の撃墜スコアが10であることが分かった。……このネウロイにつぶされた航空機か
ウィッチが、十機ほど居ることになる。少し複雑な思いもしたが、まあ過ぎてしまったことをとやかく言っていては始まらない。犠牲は未来に
繋がなくては、その犠牲の意味は無いのだ。そのためにウィッチーズ隊が全力で戦って、一刻も早くネウロイを撃滅する。被害が及ぶ前に
ネウロイを殲滅して、攻撃される前に叩く。それが今のやり方であり、そうしていくことで一人でも多くの命を守っている。
 ネウロイが若干申し訳なさそうにするのを見て、美緒が苦笑気味につぶやいた。

「過ぎてしまったものは戻らん。もし申し訳ないと思うなら、犠牲となった人たちの為に戦うことだ」

 人の為に戦う。それはつまりネウロイとの戦闘を意味し、この場に居るネウロイからしてみたら味方と交戦することになる。ネウロイは
頷きながらもどこか悲しげな雰囲気をかもし出していて、芳佳たちは気にかけていないと言うのに当の本人が気にしてしまう。少し重たい空気が
流れたので、話題変更と言わんばかりにペリーヌが声を上げた。

「そ、それじゃあ、この基地の一人一人の印象をお尋ねしましょう!」

 それは良い案だと盛り上げると、ネウロイも少しは気分が晴れたか話にあわせてくる。ウィッチ全員とはすでに顔をあわせてあるので、問題は
無かった。

 そうしてネウロイを取り囲んで団欒のときを持つ。敵方と少しずつ和解していけているような気がして、この調子で戦争を終結まで導くことが
できれば良いなと全員が心底思った。

 - - - - -

 結局一行は夕方になるまで話を続けていて、おかげでネウロイとも大分打ち解けた。夕方になるとネウロイも自由行動時間外になってしまう
ので、みんなに断って早々に留置所へと戻っていった。夜は留置所、昼間は誰か一人以上が必ず傍について宿舎内のみ自由行動。彼女の行動は
恐らくそうなるであろうとミーナが告げて、今は全員がミーティングルームに集まっている。ちなみにシャーロットとルッキーニの頭には氷水が
当てられていて、何かで強烈にぶん殴られた痕がついていた。

「さて、今後の方針だけど……私としては、何とか口実をつけて戦力にしたいと思ってるわ」

 レーザー兵器が使えるこの上ない戦力。味方につけることができれば最高に頼りがいのある強力な助っ人となることは間違いなく、戦闘が
何倍にも楽になるのは目に見えていた。更にコアの動作さえ支障が無ければ撃ち放題で補給の必要もなし、人件費もかからないと言う理想と
言うべき好条件である。
 だがこの一件は勿論ブリタニア上層部に報告してあるため、恐らく何らかの力が加わって押しとめられることは間違いない。そこで、何か
もっともらしい理由でなんとかして戦力に持ち込めないかというミーナの相談だ。つまりは適当な理由を一緒に考えてくれとのこと。だが、
芳佳はこの意見に対して消極的だった。他の人が冗談交じりにいろんな案を上げていく中、芳佳は黙り込んでひたすら紅茶を啜っている。
そのいつもと違う雰囲気が気にかかってリネットが声をかけるが、少し考え事とだけ言ってリネットにも何も教えなかった。しばらく一行は
談笑に興じていたが、ミーナも芳佳が会話に参加していないことに気がつく。そこで芳佳は何か良い案が無いかとミーナが声をかけると、
ようやく芳佳は紅茶を置いて口を開いた。

「……私は、戦力に組み込むのは反対です」

 ここにきて初めての反対意見。ゲルトルートでさえもなんとか戦力に迎えたいと言っていたのだが、芳佳はそうは思わなかった。反対と
言うとゲルトルートが何か言ってきそうだったが、幸い『物言いたげな顔』はしたものの実際に口は挟んでこなかった。まあ、その物言いたげな
顔が『戦わせたくないなんて甘いこと言うなよな』というプレッシャーを放っているのは事実だったが。ともあれ芳佳は自分の意見を主張する
べきとして、今は自分の思ったことを言うことにした。

 ――ネウロイを確保している以上、いろんな手が使えるはずである。例えば戦闘には参加させずに一行の戦闘を管制塔などから監視させて、
アドバイザとして戦闘の講評をしてもらう。例えば空戦中に魔力が足りなくなったウィッチに、コアからの濃厚な魔力を分け与える。例えば
コアの研究に尽力してもらって、ネウロイの生態研究に努める。その他様々な用途が考えられ、その中には単に戦力として計上してしまうと
叶わなくなってしまうものもいくつかあった。
 芳佳が提案する作戦も、そのひとつである。

 このまま基地の中を泳がせて、ある程度情報を与えてスパイのような活動をさせる。そしてある日敢えて脱走させて、それを複数のウィッチで
追跡。そのままネウロイの巣まで連れて行ってもらって、巣の内部に侵入することが可能なあのネウロイに巣の内部を案内してもらう。もし
上手く行けばなし崩し的に巣を破壊できるかもしれないし、そうでなくとも敵の機密に関わる非常に重要な情報を得ることができるはずだ。
その為には一度もネウロイ同士で戦闘をさせることなくこの基地で泳がせる必要がある。そしてこれを実行した場合、二度とネウロイは手元に
帰ってこない。
 ……サンプルを手放してまで巣の情報を得るか、それともサンプルをそのまま戦力として用いて直接的に戦争終結に尽力させるか。大きく
分けてその二択が存在し、芳佳は前者のほうがいいんじゃないかと提案する。戦闘に参加させることができないと言うことはそれだけ時間が
あると言うことなので、ネウロイ自体の研究だって十二分にできるはずだ。サンプルを手放しても、決して情報が減ることは無い。

「なるほど……確かに筋は通ってるわね」
「一理ある、か。考えるべき内容ではあるな」

 ミーナとゲルトルートも、賛同するとまでは行かないが納得はしてくれている。多少は建設的な提案ができたのかもしれないと芳佳は一息
ついて、また紅茶を一口飲んだ。
 それからは芳佳の案をどうするかも含めてミーティングが行われ、会議はサーニャが夜間哨戒に出撃しなくてはならない時間を越えてもまだ
終わりを見せない。緊急性のある事態であるが故に、そう簡単に打ち切ることができないのだ。サーニャにはインカム越しに参加してもらって、
みんな眠い目を擦りながらも真剣に参加する。確かに眠いし眠りかけている人も居ないでもないが、本人たちは必死なのだ。周りの人で突付き
ながら何とかその場を維持して、結論を出そうと急ぐ。
 ……しかし流石にここまで眠気が来ると、結論以前に話し合いさえ進まなくなってきてしまう。

「今日はもう解散にしましょうか……」
「あまり詰め込んでやりすぎても……ふあぁ、逆効果だからな……」

 普段は堅物なゲルトルートでさえ、人目もはばからずあくびをする。それほどまで長引いた会議は、一通りメモをまとめた上でお開きとなった。
ただ今から部屋に戻る気もしなかったので、すぐそこの倉庫から毛布を持ってくると全員それをかぶって絨毯なりソファなりの上で眠りにつく。
 ――全員が一堂に会して寝るというのは、これが初めてだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 翌朝。サーニャが帰投してミーティングルームを訪れる足音で、ゲルトルートが最初に目覚めた。だが流石に、眠り自体は深かったものの
時間をあまり確保できていないため眠気は飛んでくれない。夜と同じく眠い目を擦りながら身を起こして、普段からは想像もできない可愛らしい
声で一言言ってミーティングルームをあとにした。

「……かおあらってくる」

 サーニャはずいぶんと珍しいものを目にしたので一瞬目が冴えたが、やはり眠さはそれにも勝る。もう我慢の限界だったので、その場に
服を脱ぎ散らかしてから、あまった毛布を一枚取って横になった。まあ、余っていたと言うよりはサーニャの分もきちんと確保してくれていた
のだが。
 それからゲルトルートが戻ってきて、サーニャが眠っているのを見つける。顔を洗っても眠気が退かなかったので、もう少し寝ようかと
自分が使っていた毛布を手に取った。時計を見ると起床時間よりまだ三十分ほど早いので、多少は寝られそうだ。全員の寝息が響く部屋の
中で、ゲルトルートは二度寝に入った。

「……ねむい。おやすみ」




  それから三十分後。




「敵襲ー―――――――!!」

 美緒ががばっと飛び起きてそう叫ぶ。それは耳にいきなり大音量の音が聞こえてきたから反射的に叫んだものだったが、何のことは無い、
ただの起床のファンファーレだ。それに気づくと途端に恥ずかしくなり頬を染めるが、まあ目覚ましには良いかと自分を無理矢理納得させた。
周りで寝ていた人たちもぼちぼち目を覚まして起き始めたので、まあ良いだろう。
 最初に目があったのは芳佳で、しばらくぼーっとしてから芳佳が寝ぼけながらぺこりと頭を下げたので返事をする。

「おあようおあいまふ……」
「ああ、おはよう……なんだ、ずいぶん眠たそうだな」
「ねむいれふ……ふあぁ、ぜんぜん寝足りない……」

 睡眠時間五時間の威力は驚異的だ。さほど朝に弱くない芳佳も、流石に五時間の睡眠時間では寝惚けている。美緒は最近こそそこそこ
恵まれた睡眠をとっていたものの、扶桑に居た頃に四時間睡眠なんて毎度のことだったので慣れていた。流石に六時間を切ったのはずいぶん
久しぶりだったので体が多少鈍っていたが、それでも起きられないほどではない。何せ今は、シールドが使い物にならなくなって戦場には
出られなくなりつつある自分に代わって教え子が刀を振っているのだ。刀の使い方をマスターしてもらわねばならないので、寝惚けている
暇など無い。

「さ、宮藤、顔を洗って早朝訓練だ」
「ふえー、そんなー」
「刀、使えるようになりたいだろう?」
「うぅー……わかりましたー」

 もう少し寝ていたい思いもあったようだが、やはり刀の誘惑には勝てなかったらしい。リネットを起こして二人で顔を洗いに行ったのを
確認すると、その間に美緒も外へ向かった。……振り返ると、あのファンファーレに加えて美緒の敵襲があったにも関わらず半数以上が
爆睡している。呆れ返りながらも、まあ昨日は遅かったので仕方ないかと大目に見ることにした。

 - - - - -


「ぬはっ!!」

 ゲルトルートが飛び起きて、その反動ですぐそこで寝ていたエーリカの顔面に足が直撃する。エーリカがふぎゃ、と鳴いて目を覚ます。
そんなことよりもゲルトルートは重大なことに気がついていた。外では刀が振るわれる鋭い音が響き、美緒と芳佳が訓練しているのが見ずとも
分かる。つまりはそんな時間まで寝ていたわけで、時計を見ると起床時間より三十分遅かった。

「何故だ! 何故寝過ごした私ッ!! ああ、もう、起きろエーリカ、時間オーバーだ!!」
「……顔面にドロップキック食らったらいやでも起きるっつーの」

 超がつくほど不機嫌なエーリカがむくりと身を起こして、ゲルトルートに素早いチョップを食らわす。直撃したゲルトルートは痛そうに頭を
押さえて擦っていて、それがなんだか初々しくて可愛らしかった。珍しいモンを見たと言わんばかりにエーリカは満足し、ぐっと全身を伸ばして
力を抜いた。ドロップキックのおかげで大分はっきりと目覚めたエーリカは、ある種爽快な朝を迎えたのでまあいいかと全部水に流す。対して
ゲルトルートはまだ頭をさすっていた。

「いつまでさすってんの?」
「お前のせいだろうが、うーっ……」

 『うーっ』なんて、普段のゲルトルートではまず聞けない台詞だ。エーリカはこのときほど録音機材が欲しいと思ったことは無かった。
ともあれ堅物ゲルトルートと無類の悪戯好きエーリカが目を覚ませば、起床時間がらみで不安は無い。予想通り、まだ寝ている者は叩き
起こされたりセクハラされたりと散々な起こされ方で目を覚ました。無論、サーニャはこの時間が就寝時間に割り当てられているのでサーニャは
寝たままである。どんなに煩くても寝られるのが彼女の固有技能とは、エーリカの言葉だ。

 一通り起こし終わってから、今日は自分が食事当番だったのを思い出すゲルトルート。窓の外を見ると、昨日受け取ったばかりの刀をもう
それらしく振るっている芳佳の姿があった。傍らでは美緒が容赦なく怒鳴りつけているので、美緒からすればまだまだなのだろう。芳佳も
汗を垂らしながら、美緒の教えにしたがって必死に振るっている。努力する者の姿はいつ見ても良いものだと思いながら周りを見ると、リネットが
傍らで休んでいるのが見えた。隣に真っ黒な人影を見つけてなんだろうと一瞬訝しんで、それがネウロイであるのをすぐに見抜く。昨日の談笑で
ずいぶんとリネットやゲルトルート、芳佳たちと仲良くなったネウロイは、こんなに朝早くともリネットの進言で外出が許されたのだった。
ともあれ今ゲルトルートがすべきは朝食を作ること。昨日の会議で疲れているだろう一行に元気を分けてやろうと、いつもの芋茹でから変えて
まともな料理を作ってやろうと腕まくりをして厨房に入っていった。エーリカもついて入って一緒に作り始め、宿舎には少しずつ良い香りが充満して
行くのだった。

 - - - - -


 数日後。


 芳佳の案をもう少し練り上げてある程度計画を組み、やがてそれが実際に採用されることが決定される。ネウロイにもこのことは知らされ、
納得していたようだった。その後は特に今までと変わることなく、訓練に勤しむ日々が続く。芳佳は新しく得た武器を使いこなすための訓練、
リネットは更なる命中精度と連射性。最近ではゲルトルートやエーリカ、ミーナなどのエース組との訓練も増えていて、基地内でも二人の技術の
向上はちょっとした話題だった。ネウロイも時折訓練に参加して、その機動性からよくウィッチたちを苦しめている。また近頃は美緒も機動性を
上げる為の訓練をしきりにしていた。魔法力が減衰して防御が張れないことから、絶対的な回避能力を鍛えているのだ。芳佳のように扶桑刀を
使えれば話は別なのだが、もうあれは芳佳へと引き継いだもの。加えて言うなら、美緒は芳佳のようなカマイタチを使うことができないのだ。
あれはあれのための訓練を行わなくては通常できないものである。芳佳のほうが特異なのであり、美緒が出来ないのはごく普通といえた。
 そうして一行は、ひとときの幸せな時間を共有していた。作戦が発動される、残り僅かなその日まで――。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 空では漆黒の魔女が単機で高速飛行し、どす黒い巨大積乱雲へと向かっていた。その後方には更に高速で徐々に迫る一機と、それを追う二つの
小隊。事態は一見緊迫を極めていて、しかしすべてが計画通りに運んでいるこの事実に惑わされるは真の敵のみであった。

 ある名前を与えられた魔女型のネウロイは、芳佳を先導するようにネウロイの巣へと飛行していた。既にネウロイ達の間では話はついている
らしく、その為後続の芳佳を始めとするウィッチーズ隊への攻撃は禁止とされているらしい。その裏づけとして、飛来してくるネウロイはあの日
以来ぱったりと止んでウィッチーズ基地には文字通り平和が訪れていた。おかげで予算が大幅削減されそうになったりと別の意味で危機が
迫ったりもしたが、ネウロイの研究費が公に貰えることになったためネウロイ研究の中心基地として削減もされずに済んだ。この一件に関しては
ミーナもチャーチルに頭が上がらず、それでもチャーチルは気にするなと寛大であった。しかしその横で顔を顰める軍人が居るのも事実であり、
ミーナは今回のこの活動でそれが裏目に出てくれることを望んでいる。

 現状、ネウロイは脱走兵として取り扱われている。そして芳佳が軍からの命令を待たずしてこれの追撃に出撃、正式な命令の後に二つの小隊が
更に出撃している状態だ。但し脱走という緊急事態であるが故、ミーナが直接芳佳に命令を下したため芳佳は命令違反には含まれない。正式な
命令によれば芳佳の出撃も無断で勝手に離陸したため脱走と判断しているらしいが、ミーナが指示を下したことを報告した後に命令が下っている。
つまりミーナが芳佳に『行け』と言ったことは本部は知っているはずで、その上でなお芳佳を撃墜するよう命令してきていることになる訳だ。
これは突っ込む材料としては格好で、味方の撃墜を命令した空軍大将としてマスコミに情報を流せば世界中の新聞の一面を飾ることができる。
ミーナはほくそ笑みながら、芳佳の後をひたすらに追った。

 やがてネウロイの巣が間近に迫ったところで芳佳が一足早くネウロイと合流し、芳佳は体裁を取り繕うためだけに銃をネウロイへ向けた。
当然安全装置がかかっていることはしっかり確認しているし、ネウロイも承知の上だ。ネウロイも一応砲口を芳佳に向けてはいるものの、攻撃の
意思は全く無い。そうして向かい合ったままネウロイの巣へと向かい―――、やがてネウロイが瘴気に穴を開けて中へと迎え入れてくれた。
ここまで来ると監視の目もなくなるので、ようやく互いに向けていた銃を下ろした。芳佳が十分に内側まで侵入すると瘴気の穴は再び塞がれ、
他の二小隊の人たちは入ってこれなくなる。ただネウロイ達の協力下にある現状においては無線も満足に使えるため、外への連絡も可能だ。
不安要素は特に無いため芳佳はリラックスして、ネウロイの巣の中心……巨大なコアを目の当たりにする。
 そしてここまで芳佳を導いてきたネウロイはいくつもの半透明なディスプレイを浮かべた。この世の技術とは思えない最新鋭のもので、芳佳は
目を見張る。そこに映し出されたのは過去の戦いの記録で、燃え盛る街も落ちていくネウロイも、すべてが映し出されていた。その中には
祖国を守るために奮闘するゲルトルートやエーリカ、ミーナの姿もあったし、初戦果を挙げて喜ぶリネットと芳佳の姿もある。今芳佳が携えている
刀で近距離戦闘を挑む美緒も当然居れば、シャーロットが音速突破の勢いを殺しきれぬまま撃墜した記録も。芳佳が初めて出撃したときに、
アウトレンジと呼んでもいいほどの超遠距離から、スコープも何もついていない機関銃で十発すべてを当てたルッキーニの記録もあった。
エイラとサーニャ、芳佳の夜間戦闘の記録もあるし、ペリーヌとリネットが共同で無数の箱型ネウロイを倒している映像もある。他にも様々、
戦闘機とネウロイの戦闘で成す術もなく撃墜されていく戦闘機たちや、一見エイラと似た恐らくスオムスの人であろう見たことも無いウィッチが、
ネウロイと戦っている途中に突然ストライカーから火を噴いたりもしていた。
 ……今まで、ネウロイが見てきた記録たち。それが芳佳の目の前で目まぐるしく再生されて、ネウロイが何を伝えたいのかが分からなくなる。
だが次の映像で、なんとなく言いたいことは分かった。

 ネウロイ達が最初にこの惑星に訪れた頃の映像だった。芳佳が美緒から教わっていた怪異のそれとは少々異なる様子から見て、人類に誤解が
あったかもしれない可能性は否定できない。今までは、それまで何度と無く襲い掛かってきた怪異達とネウロイとは同列に考えていた。だが、
どうもそうではない感じもする。ネウロイたちは特に攻撃する風でもなく、この霧の中から地球を眺めていた。その目的は定かではないが、
少なくともその様子から敵意は感じられない。やがて巣が広がりきると、地上から数機の戦闘機が上がってくるのを確認する。ブリタニア空軍
の機体だった。それらが霧に近づいて、やがて唐突に機銃攻撃を開始。それらは霧の内部でいくつかのネウロイに直撃し傷を負わせる。
自己修復機能の高いネウロイには単なる物理弾は大して効かないものの、明らかに敵意を持って攻撃されたのは確かだ。ネウロイはそれに対する
報復活動として兵隊を地上へと派兵。そこで航空機を一機入手し、それを巣に持ち帰って改良し爆撃に使用した。非対称の形状が特徴的な実験機
だったが、ネウロイの手にかかれば都市一つを壊滅させるには十分事足りる兵器へと昇華された。こうしてネウロイの侵略は始まり、人々は
それに対抗するべくストライカーユニットを実用化してウィッチを育成するに至る。
 ネウロイの本来の目的がなんだったかは、未だに理解できない。言語の使えないネウロイに対してそれを尋ねたとしても、満足な回答は
得られないだろう。それでも元から侵略が目的ではなかったであろうことは、今の映像でうっすらと芳佳にも理解できた。つまりは最初に喧嘩を
吹っかけたブリタニア空軍がそもそもの原因なのである。そこからカールスラントやガリアを制圧するに至り、それぞれの場所で発見した兵器を
改良してネウロイ化し人類を苦しめていった。海や山脈を越えるのが苦手なのは、人類もまた兵器としてそれをこなせる手段を多くは持ち
合わせて居なかったからだろう。確かに艦船を使えば海は渡れるが、艦船をネウロイ化することがネウロイには難しかったんじゃないか。全ての
根源となったガリア上空の巣は空中にあるため、艦船を運ぶことができないのだ。他にも巣は何箇所かあるのでそちらに運び込んでもネウロイと
してはよかったのだが、人類がそれを許さず大概の船舶は全て撤退に使用され残らなかった。かくしてネウロイは陸路・空路での侵攻を主として
人と戦争を続けることになる。

「……人間が、いけなかったのかな」

 芳佳の呟きに、答える者は居ない。地球における平穏な日常に首を突っ込んできたのはネウロイだったし、だからといってそれを今までの
怪異と同列として勝手に宣戦布告をしたのは人類だ。どちらもお互い様と言えばそれまでで、極端に言えば両方とも悪くない、もしくは両方とも
悪いのどちらかしかない。
 ともあれ魔女のネウロイが伝えたいものは大体分かった。……それで一通りディスプレイが消えるが、だがまた再び別のディスプレイが展開
する。そこに映し出されたのは研究室のような場所で、そこにはコアの破片がいくつも転がっていた。それらのデータ取りがなされているが、
その作業自体はウィッチーズ基地で行われていたものと大して変わらないものだ。ただ大きく違うのは、今よりずいぶん前にこれが行われていた
ことか。芳佳は気にも留めず映像を見続けていたが、やがて切り替わるとそこには少しずつ組みあがっていく大型の戦闘機械の姿があった。中に
ネウロイコアを搭載した人類が開発した兵器で、それは試験飛行にも成功すると二号機の製作に取り掛かっているようだ。なんだか釈然としない
思いが芳佳の中を渦巻いたが、よく分からなかった。だが同時期に撮られたらしい映像の中では美緒がまだ今よりも数年幼かったので、ネウロイが
出始めてからそんなに経っていないのだろう。しばらくすると今目の前で同じ映像を見ている魔女型ネウロイの研究中の映像が映し出される。
 ……その二つを目にして。芳佳はようやく釈然としないものが何であるかに気がついて――――――途端に、信じられないものを見てしまったと
芳佳の背筋が凍った。

「嘘!? ネウロイの研究は私たちが初めてだったはずじゃ……どうして!?」

 ――何故、まだ三年も四年も前で戦いが始まって間もない頃にネウロイ研究がなされているのか。ふざけるな、ネウロイの研究は芳佳が捕まえた
目の前のこのネウロイが初めてだったはずだ。ここに来てようやく、ネウロイたちが芳佳を迎え入れたのかの真意が分かった。それと同時に数機の
ネウロイが芳佳の前に現れて、攻撃態勢に入っていた。だが芳佳には身の危険は感じられず、どこか別に照準を向けているように感じられる。
……巣が狙われている? 一体何に―――そこまで考えて出てきたのは、先ほどの映像の機体……まさか!
 映像は切り替わって、外で待機している皆の姿が映し出される。つまりこれは現在の映像―――そしてそれが遠くに切り替わると、三機の編隊を
組んで高速で迫る最新鋭戦闘機の姿があった。細長いシルエットで飛行するそれはつい今しがた見たばかりの、ネウロイコアの研究の末に生まれた
ネウロイコアによる戦闘機!
 芳佳はもう一度映像を見せてくれと頼んで、今度はもっと詳細な映像を見せてもらった。するといくつかの映像に映っていたある文字列を幾つか
発見した。中でも飛びぬけて、ウォーロック、コアコントロールシステム―――この二つが多く見受けられる。そして印象的なのは、ブリタニア
空軍のエンブレムが入っている点だ。空軍所属の機体なのだろうか。

「ウォーロックってのがあれの名前かな……コアコントロールシステムって何だろう……って、敵が迫ってるんだっけ?!」

 ネウロイ達が呼応して、いつでもレーザーを撃てるように待機する。今すぐこれを外に伝えなくては、ネウロイのレーザーに惑わされて味方が
突拍子も無い行動をしかねない。しかもそれに加えて未確認の戦闘機、恐らくウォーロックという名の『物体』が迫っているのだ。少なくとも
ネウロイにとっては敵であるそれを、ネウロイと人類で唯一友好的な立場にあるウィッチーズ隊がなんとかしなくてどうするか。芳佳は急いで
インカムを繋ぐと、外に向かって吼えた。

「緊急事態発生、こちらに向けて正体不明の航空反応が接近しています、機数三! 速度八百キロ超!」
『なんだって!?』
『どこからだ!!』

 そうだ、方角と距離が分からない。芳佳は急いで出してもらうようネウロイに言うと、ネウロイも大急ぎで座標から計算して出した。皆が
向いている方向から十時方向に距離五十キロ……もう四分もかからずに飛んでくる!

「そこから十時方向、距離五十! あと四分を切っています!」
『一体何が飛んできているんだ!』
「恐らくブリタニア空軍の戦闘機で名前は『ウォーロック』と思われます、内部にネウロイコアを搭載している可能性大!」

 ――――芳佳のその一報で、ウィッチーズ隊が完全に混乱に陥った。ブリタニア空軍の最新鋭戦闘機が八百キロを超える速度で急速接近、
しかもネウロイコアを搭載していると来れば無理も無い。現場に居るゲルトルートとミーナが更に詳細な説明を求めるが、ただでさえ今の
情報も推察でしかないというのに正確な情報など一切無いのが現状だ。芳佳がそれを伝えるとそれじゃあどうにもならんと怒号が飛んで来るが、
だからといって芳佳にだってどうしようもない。
 そうしているとネウロイがくいくいと裾を引っ張ってきて、何かと振り向くと別の映像が映し出されていた。そこには紛れも無いウォーロックの
姿が映っていたが―――突如変形すると、二足歩行形態に移行。変形できる戦闘機なんて、今まで一度たりとも聞いたことが無い。

「追加、どうやら敵は戦闘機でありながら二足歩行が可能な模様、どういう原理かは分かりませんが飛行形態と歩行形態の二つを持っています!」
『もう訳が分からんぞ、一体どんなやつなんだそいつは!』
『私たちはどうすればいいの!』
「分かりません、所属がブリタニア空軍と思われるので下手な手出しは命取りとなりますが、ネウロイは反撃する気で居ます!」

 状況は刻一刻と悪くなりつつある。このままネウロイと交戦すればどちらかが大損害を被り、更にウィッチーズ隊がネウロイと歩み寄って
いるとブリタニア空軍が知れば裏切り者としてウィッチーズ隊にも火の粉が飛ぶ可能性も高い。レーザー兵器が使用可能と思われる上に
歩行形態でウィッチのような機動が可能ともなれば、それを三機も同時に相手にするのはウィッチーズ隊には無理があった。


 なんとかならないものか。そうしていると、突然魔女型ネウロイが芳佳の正面に回りこんできた。芳佳は驚いたがどうしたかと聞こうとして、
しかし真正面からいきなり抱きつかれてどうするべきか分からない。うろたえていると、予想外の現象が――――。

「……アリガトウ」
「!?」

 ネウロイが、喋った。
 芳佳はあまりに驚いて目を見張ったが、対する魔女型ネウロイの方は言葉が通じたのが嬉しいような様子である。だがすぐに雰囲気が変わって、
深刻な状況になっていく。

「……アノ機体、うぉーろっく。私タチノこあ、使ッテル」

 既に芳佳も錯乱状態になりつつあったが、それでもぎゅっと抱きしめてくれるネウロイが何とか芳佳の気を落ち着かせてくれる。何度か深呼吸を
してようやく気分を落ち着かせると、ネウロイが伝えようとしている情報を必死で聞き取った。

 ウォーロックの持つコアコントロールシステムは、ネウロイのコアを無線で同調させることで他のコアを操作することが可能になるシステム
らしい。つまり例えば二機のウォーロックが居たとして、コアコントロールシステムを一機で作動させることができれば、もう一機のウォーロックは
その片方の一機によって操作されることになる。少し前までは最低五機必要だったこのシステムだが、ウィッチーズ隊のネウロイ研究の成果に
よって三機でも発動できるようになったらしい。そして恐らく現在、既にコアコントロールシステムは発動済み。一回あたりの使用効率は悪いが、
操作状態に置かれたネウロイは完全に制御されてしまうため相手の思うがままになるらしい。
 ……そして今の彼女は、徐々にその力に冒されつつある。

「アト少シシタラ、体ガ崩壊スル」

 体が、崩壊?
 芳佳にはよく理解できなくて首を傾げるが、ネウロイは再び同じように説明をした。つまりウォーロックのコアコントロールシステムは自壊を
命令することさえ可能で、それによって今芳佳を抱きしめているこのネウロイは現在自壊を命令されてしまっているそうだ。
 ……つまり、もう間もなく撃墜が約束されている。

「……ダカラ、アリガトウ。今ヲ逃シタラ、モウ二度ト言エナイカラ……アリガトウ」

 ネウロイが、何度も何度もありがとうと芳佳に礼を言う。短い間だったが基地に居る間は一緒に居てくれることも多くて、話に混ぜてくれる
ことも多くて、本当に楽しかった。何より自分を信じてくれて、守ってくれてありがとう。人と分かり合えることができて嬉しかった、心から
感謝している。あなたと出会えて本当に良かった―――。
 そう言うネウロイの言葉が、芳佳には途中から頭に入らない。体が崩壊するとか、自壊だとか、何を言っているかさっぱり理解できない。いや、
理解したくない。そして何より、目の前で少しずつ端から白くなっていくネウロイの姿が―――理解できない。

「何で? どうして? これからまた皆で一緒に笑っていられるのに……なんで……」
「―――芳佳、チャン」

 ネウロイがそう呼んで、芳佳はまた目を見開いた。今この子は、自分を名前で呼んでくれた。ある人は名前で呼び合えるのが友達だと言い、
ある人は友達は名前で呼び合える人だと言う。つまり……このネウロイと芳佳は、正真正銘の友であると言うべきなのだろう。それなのに
少しずつ白くなっていくネウロイのことが信じられなくて、それでもどこか理解できた結末に芳佳の目じりに涙が溜まる。

「少シ、目ヲ閉ジテ」

 芳佳は何のことか分からなかったが、何故だかそうしたほうがいい気がして目を閉じた。少しの間を空けて、芳佳の唇に――――別のものが
重なる感覚がして、驚きのあまりカッと目を開いた。
 目の前には真っ黒なネウロイの姿があって、そして芳佳の唇には冷たくて硬い金属質のネウロイの唇が重なっていた。確かにそれは物理的には
冷たくて硬かったが、だが芳佳の心にはとても暖かくてやわらかかった。
 どれだけ経っただろうか、実際はほんのわずかのような気がする間の時間を置いて、ネウロイは芳佳から唇を離した。

「人ハ愛情ヲ、コウヤッテ表現スルッテ聞イタカラ」
「……」

 ああ、どうしてだろう。こんなにも心通わせることのできる友が、新しく出来て悲しいはずが無いのに。とてもとても嬉しいのに。なのに、
悲しい涙があふれて止まらない。キスされた瞬間から、ぼろぼろと涙があふれ出て止まることが無い。理由なんて分かっているのに、でも
分からないフリをした。分かりたくなかった。分かってしまったらいけない気がした。
 ……ネウロイの体はどんどん白くなっていく。芳佳は泣きながらも、それでもこのネウロイが芳佳に確かな親愛の情を抱いてくれているのは
確かだったので、かすれた声で言った。

「私もね、あなたのこと、すっごく愛してるよ、とっても、とっても……だから、ね、いかないで、ね」

 芳佳がぎゅっとネウロイを抱きしめて、ネウロイもぎゅっと芳佳を抱きしめて、それでも白く染まっていくネウロイは止まらない。やがて
『あなた』と言うのが何か間違っている気がして、芳佳は言いなおした。

 ―――いつしか、名前が欲しいといった彼女に芳佳がプレゼントした、その名前で。

「……お願い、飛鳥ちゃん……行かないで、私を置いていかないでっ……」

 飛鳥。大空へと舞い上がる翼を有した、優雅なまでの鳥。人の形を取る前は翼を持っていたのを思い出して、鳥のように空を飛べるから『飛鳥』。
扶桑出身の芳佳らしい名前の付け方だったが、皆も本人も気に入ってくれた。最大の愛情を込めて贈った名前だったのに、それがどうしてこんな
ところで――。
 芳佳の目から零れ落ちる涙はやがて大粒になって、しかし飛鳥はついに全てが真っ白に包まれる。

「……ゴメンネ。ゴメンネ……本当ニ、アリガトウ。キット芳佳チャンノコト、忘レナイカラ―――」

 もう、終わり。芳佳は一度手にした大事なものを失いたくなくて、でももうどうすることも出来なかった。今まで平然と撃墜してきたネウロイ
だったが、今は一機たりとも墜ちてほしくなんてなかった。
 ……そして飛鳥は――。



「ばいばい」



 最期に更に腕に力を込めて、芳佳を痛くならない限界まで力強く抱いて。耳元で一言ささやいて、そして甲高い音と共に散った。白い六角形が
辺りに舞い散り、今まで自分を抱きしめてくれていた感覚は一瞬で消えてなくなる。涙をこぼしながらも自身の両手を見てみると、そこには破片と
なった真っ白な六角形が握られていた。無意識だったが掴んでいたようで、これが遺品というか、飛鳥の『生きていた』証になるかなと一瞬思う。
 ――――だがそれさえも粉々に散っていき、今度こそ芳佳は声を上げて泣いた。ミーナの気持ちが、痛いほど良く分かる。心が締め付けられて、
痛くて痛くて仕方が無い。……せっかく分かり合えたのに、何でさよならなんだ。



 ひとしきり泣いてから、芳佳は残ったネウロイに礼を言って巣を後にした。ネウロイ達が瘴気を一部分だけ払ってくれたおかげで、外に出るのに
苦労はしなかったが……ウォーロックとの接触まで、残り数秒。その間に説明できることなんて、ほんのわずかしかなかった。



「芳佳おっそいなあ……ウォーロックがどうとか、もう訳わかんないよ……」
「―――おい、あれ!」

 詳細な情報が手に入らぬままで、しかしとりあえず直接的な敵ではない航空反応が接近すると言う事実だけは把握して受け止めたウィッチーズの
外部待機部隊。ルッキーニが不満そうな声を上げてから数秒後、シャーロットが指差した先はネウロイの巣だった。そこから出てくるのは真っ白な
制服に身を包んだ茶髪の女の子、宮藤芳佳そのものである。
 迎えに行きたくなる衝動をこらえて空中待機をしていると、芳佳の顔がずいぶんと悲惨な状態であるのに気がついた。リネットやペリーヌが心配して
声をかけたが、芳佳は頷くだけで返事をしない。元々飛鳥は置いてくる予定だったのでここに居ないのは自然だったが、まさか中で散っただなんて
誰も予想だにしていないだろう。それがますます悲しくて、芳佳はまた泣きそうになるのを何とかこらえた。

「……ウォーロック、来ます」

 芳佳が呟くと、爆音とも言うべき轟音を轟かせて三機の戦闘機が飛来してきた。芳佳は実物を初めて見るが、他の一行は形さえ見るのは初めてで
ある。よく目を凝らしてその姿を焼き付けようとしたが、一瞬で通り過ぎてしまってなんだか分からなかった。しかし三機は直後、一機が人型に
変形して防御シールドを展開。先ほどまで芳佳が居たネウロイの巣のコアで待機していたネウロイが撃ってくるのを防いでいた。その間に二機が
遠く離れて加速の距離を稼ぎ、そしてしばらく離れたところから出力全開で加速していく。
 まるで現実とは思えない動きをする戦闘機械に、ウィッチーズの一行も口をあんぐりと開けてみているしかなかった。やがてウォーロックは
コアのあった部屋から現れた数機のネウロイを相手に交戦開始。レーザーを的確な動きで回避しながら自身もレーザーを叩き込み、確実な命中弾を
与えていく。絶対的な命中精度と威力、双方を兼ね備えたウォーロックは一見完璧に見えた。事実、数機のネウロイは一分もしないうちに壊滅し、
ウォーロックのほうはといえば三機とも掠りすらせず無傷である。

「……なんだ、あいつ」
「知らん……あれがネウロイコアの強さなんだろうか」

 シャーロットとゲルトルートが、他人事のようにぼそりと呟いた。ウォーロックは再び三機編隊を組むと、ウィッチーズ基地のある方角へ
帰投していく。
 ……とにかく空戦は終わった。情報収集も終わったようなので、帰るほか選択も無い。ミーナは編隊を引き連れて基地へ帰還することにした。
いつしか芳佳のみならず、ミーナを始めとした魔女たちの間でもネウロイに対する見解が百八十度変わっていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 帰還した一行が目にしたものは、ハンガーに打ち立てられた無数の鉄骨と滑走路に展開する全く別の部隊、そして―――三機のウォーロック。
それらを指揮するのは言わずもがな、あのトレヴァー・マロニー空軍大将である。取り囲んだ兵士たちは銃を突きつけて完全包囲し、その様は
さながらクーデターとも言えた。突如目の前に現れた彼らは、ミーナたちから『家』を奪っていく。

「……正式な命令に基づく配置転換だよ、ミーナ中佐」
「正式な命令、ね。なるほど」

 ミーナは落ち着き払って受け答えをする。―――この状況をある意味望んでさえいたのだから、当たり前とも言えた。
 マロニーがこの基地に対して悪いイメージしかなかったのはもはや常識だったので、その為に敢えて脱走兵を出して更に印象を悪くする。
それに対する撃墜命令を無視し、脱走兵の身柄を拘束して帰還すれば配置転換があるのも無理は無いだろう。後任がマロニーであることが
理想だったが、なんとも予定通りに事が運んでくれて助かることこの上ない。……一つだけ想定外の事態が発生していたことは、ミーナは未だ
知らない。
 ともあれ基地からの退散を命ぜられた一行は、荷物をまとめて一刻も早くこの基地から出なくてはならなかった。当然、無策にこんなことを
引き起こさせる彼女たちではない。既に荷物一式は海中深く潜行する潜水艦に搭載してずいぶん前に出航させてあり、チャーチルがマロニーに
すら極秘にして用意してくれた基地へ向かっているはずだ。マロニーは自分の『上』であるチャーチルにさえ隠し事をしていたのだから、
マロニーが隠し事をされてもぐうの音も出ない。こういうときに、首相と仲が良いことは便利である。
 そうとは露知らずニヤリと笑みを浮かべたマロニー。だがミーナはようやく、自身の背後からただならぬ気配を感じ取る。それは自分に
向けられたものではないが、背筋がゾクリとするほどの『恐怖』。思わずばっと振り返ると、そこには先ほどとほぼ変わらず、仲間たちとそれを
取り囲む兵士しか居ない。それは間違いないのだが――――ただ一人。まるで別人のような人が居るのに、気がついた。

「……宮藤さん?」

 小声で声をかける。だが返事は無い。よく見れば目じりから涙を流していて、そしてそれがミーナに与える驚きよりもはるかに強大な、殺意さえ
汲み取れるほどの怨念がそこにある。
 周りに兵士が居ることなどかまわず芳佳は唐突に一歩、足を踏み出した。ミーナも何も言うことが出来ず、ただ芳佳の歩く道を空けるだけしか
できない。今のミーナには、芳佳を止められるほどの力は無かった。それほどに今ここに居る宮藤芳佳は、『異質』の存在なのだ。

「―――君が宮藤軍曹かね?」

 マロニーが嫌らしい笑みを浮かべる。鳥肌が立つほど気味の悪い笑みで、どこからどう見ても何かを企んでいるとしか思えないほど。しかし
芳佳は答えることなく、一言呟いた。


「……ウォー、ロック」


 その瞬間、マロニーは体中に電流が流れるのを感じた。……何故この小娘は、その名を知っている。この部隊の人間しか知らないはずのこの
名を、どうしてこんなガキが知っているのだ。そんな焦燥感が溢れて、しかし芳佳は臆することなく更に言葉を続ける。

「ネウロイを撃墜したのも、これですか……」

 ―――それがただ文字通りの言葉ではないことは、それを実行したマロニー自身が一番良く分かっていた。周りのウィッチ達は何のことか
まだ分かっていないと言うのに、事実を知っているせいでマロニーは目を見開いて汗をだらだらと流す。そう、ただネウロイを撃墜しただけ
ならば目の前で起こっていたことなのだから知っていても不思議ではないのだ。だが『ウォーロック』の名を知っていた芳佳が同じ事を言うと、
その意味は全く違って取れる。芳佳が言っているのが『その意味』であることも相まって、マロニーの反応は不自然極まりなかった。それに
気づいた一行は、どうも様子がおかしいと訝しげな表情をする。

「―――コアコントロールシステムなんて、趣味の悪いものを作りましたね」
「!? な、何故それを知っている!! 貴様、一体―――
「もしかしたらネウロイとの戦いを終えることが出来たかもしれなかった。ネウロイと融和の道を歩めたかもしれない。……その架け橋を、
あなたは自ら切り離した」

 先ほどまでとは打って変わって、芳佳は饒舌になる。マロニーが何か言おうとするのさえさえぎって、マロニーを責め立てる。そこにどす黒い
オーラが出ているのは後ろから見ても分かるほどで、今やウィッチたちの中でも芳佳を静止させられる勇気を持つものなんて無かった。
止めようと思えば、無理矢理押さえつければ止められるだろう。だが今の彼女に手を出せば、最悪は命の保障もできない。確証は無いが、
そんな気配がしてならないのは芳佳を取り囲む兵士どころか、マロニーでさえも同じであった。

「……あの子は別に、私たちには何もしなかった。ううん、違う。いろんなことをしてくれた。私たちとネウロイたちとの壁をなくそうとして、
私たちに必死にいろんなことを伝えてくれた。皆と……皆と友達になりたいって、そう言ってくれた」

 ――普段のマロニーであればそれを下らんと一蹴するところだが、それも出来ない。本来は取り囲んで武器を構えている兵士たちを始めとした
マロニー一派のほうが明らかに優勢のはずなのに、そうじゃない。今この場の空気は、全て芳佳によって支配されているといっても過言では
なかった。

「―――それなのにあなたはそれを封殺した。こちらに歩み寄ろうとするネウロイを全部殺して、ネウロイは敵という印象を世界に発信しつづけ
ようとした。……貴方はネウロイのことなら、手に取るように分かるはずなのに」
「……宮藤、殺したって―――
「コアコントロールシステムによる自壊命令……よく出来たものだと思います。ただ貴方が二つ、たった二つだけ計算を誤ったのは――――」

 芳佳は言いながら少しずつ、左手に持っていた刀に手を伸ばしていた。その右手は柄の先端部に乗っけるだけで引き抜こうと言う意思は感じ
られなかったが、芳佳を教えている美緒や日ごろから刀の扱いを見ているリネットならそこにこめられた意思ははっきりと分かる。本来は
やめろと叫んで取り押さえるべき場であるのも、分かっている。それでも二人はただ静観しているしかなくて、芳佳を信じるほか無かった。
その信頼の根拠には、ネウロイを味方につけるという偉業を成し遂げた『あの一件』があったことは否定できない。あの時、皆はネウロイを
敵と信じて止まなかったが、一瞬の芳佳の判断に任せて……言い方を変えれば『信じて』、それ故に今がある。どこか芳佳には、皆が信頼を
寄せられる何かがあるのだろう。
 だから。二人はただ、芳佳が思いとどまってくれることを信じて―――。


「私たちが貴方が思っている以上にネウロイと仲が良かったこと、そして私がここに居る事への警戒をしなかったことです」


 芳佳は目にも留まらぬほどの速さで刀を鞘から抜き、今までに無い強力なカマイタチを発生させる。更に再び納刀してカマイタチを発生させて
干渉させると、その軌道上にあったマロニーの制服とウォーロック一号機の右腕ユニットが―――――綺麗に縦に切り裂かれた。

「……!」
「ウォーロックがっ!」

 兵士たちが声を上げる。このままではウォーロックの自己防衛機能が起動して、この場が戦場と化す。……芳佳はそれを見込んで、刀を抜いたの
だった。

「「―――ミーナ中佐」」

 芳佳とマロニーの声が重なって、同時にミーナを呼ぶ。だが、そこに迷いは無い。芳佳が放っていたオーラの意味をどことなく理解して、だから
今はミーナも芳佳の考えを理解できた。
 ――――あのネウロイは……飛鳥は確かに、ウォーロックの卑劣な手によって撃墜された。もう彼女と顔をあわせることは二度とない。だったら、
こちらもえげつない手で反抗に出るまでだ。

 ミーナはマロニーを無視して、芳佳の方へ向き直った。

「首相とは連絡がつきますか」
「勿論よ」
「全軍に連絡してください」

 ――――敵ハココニアリ。



 燃え滾るような芳佳の目が一瞬光ったように見えて、刹那の時をおいてハンガーの正面から一本の紅い光が放たれる。――――いつの間にか、
ウォーロックがその手を構えていた。芳佳はまるで痒いところを掻くかのようなごく自然な動作でシールドを展開すると攻撃を防ぎ、そして
ただ攻撃を防いだだけなのにマロニーの悶える声が滑走路中に響く。
 因果応報とはこのことである。

「ウォーロックと共に失せて下さい」

 冷酷な目で見下しながら言い放つ芳佳。マロニーは滑走路に崩れ落ちて、そしてレーザーの直撃を受けて消えてなくなった右腕の付け根を
押さえている。人は予想だにしないことが起こった場合、逆に冷静になって落ち着き払うと言われている。だがマロニーがそうならないのは、
どこかこんな事態を予想していたからかもしれない。
 ともあれ、ウォーロックとの戦いは静かに幕を開けたといって良い。もはやこれが、最終決戦と言えるだろう。

「―――トゥルーデ、行こう」
「援護は任せた」

 正気を取り戻したエーリカとゲルトルートが、ハンガーへと向かう。ウォーロックはまだ交戦状態とは判断していないらしく、二人の行動に
対しては攻撃行動をとらない。本来はそれを静止するはずの兵士たちも、味方であるマロニーの負傷などまるでコンクリートの汚れ程度としか
思っていないようなウォーロックの冷徹さに震え上がっている。実際はただ、自身を攻撃した敵に対して反撃をしただけなのだが。まあ味方が
その射線上に居ても容赦なく撃つというのは、ある意味冷徹とも言えるだろうか。単にプログラムミスとも言うことは出来る。

 ゲルトルートはハンガーの前に立つとストライカーを一度脱いで、一度振り返って後ろを確かめてから鉄骨のうち一本に手を伸ばす。その間に
エーリカが手招きして、ストライカーを履いていないエイラ、サーニャを呼びつけた。後の一行は今回の出撃で全員上がっていたので、
ストライカーは駆動中である。

「何をしている! 撃て! 奴等を殺せ!」

 マロニーが、痛みに悶えながらも兵士たちに向かって叫んだ。震え上がっている兵士たちのうち、一人が震える手でゲルトルートの方へと
銃を向けて――――しかし芳佳が抜刀すると、その風で銃口が消し飛んだ。
 そうしているうちにゲルトルートは魔力を発動させて、鉄骨に力を注ぎ込む。固有魔法の怪力によって、三トンはありそうな鉄骨をたった
一人で持ち上げようとして――、少しずつ鉄骨は地面から離れる。怪力だとかそれ以前の問題だが、ゲルトルートの固有魔法とはこういう
ものだ。ある程度上がれば、もう容赦は必要ない。
 ゲルトルートはエーリカのほうをちらりと見て、エーリカが全員に合図を飛ばす。次の瞬間、ゲルトルートが鉄骨を思い切りぶん投げ、
それはウォーロック一号機の居る真上、つまり一行が集まったその場所へと横倒しに落下していく―――!


「全機散開!」


 ミーナが一声叫んで、全員が緊急離陸。エイラとサーニャは鉄骨が振り上げられると同時にハンガー内部へ侵入し、自身の得物である
ストライカーを装着した。武器を手にとってハンガーから出ようとすると、鉄骨の直撃を食らったウォーロックが負傷しながらも離陸して
行くところだ。他の二機も同調して攻撃態勢に入ったらしく、同じく離陸していく。こちらに向けて攻撃される前にと、エイラとサーニャも
急いで離陸。
 ―――ストライクウィッチーズ隊の、最後の出撃だった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 ウォーロック三機が、ウィッチーズ隊の十一人に対して容赦の無いレーザーの雨を降らせる。反攻に転じる間もなく次から次へと襲う
真っ赤な閃光に手を焼かされるが、こちらは数で挑んでいる。何とか敵の死角から少しずつ攻撃を加えて、しかしそれでもウォーロックが
火を噴く気配はこれぽっちもない。既に交戦開始から二十分ほど経つが、まだ戦果は上がらない。

「くそっ、なんなんだこいつはっ!」
「増援到着まで、最速であと十分、それまでなんとしても耐え切って!!」

 先ほどチャーチルに連絡したのは、これのために援軍要請を頼んだのだ。首相命令ともなれば全軍は大急ぎでやってくるはずである、
それだけの戦力が揃えば多少なりとも応戦できると思ったのだが……、思ったよりも到着が遅い。一行はそれに顔を顰めながら戦って、
しかし押され気味であることは否定できなかった。一号機は右腕部分、飛行形態時における機首の右側ユニットを破損している上に
鉄骨の直撃を食らっているのだが、それでも動きは悪くない。芳佳の一撃ならウォーロックの装甲でも破れるようだが、刀を抜くその
隙さえ見せてくれないので手の出しようが無いのだ。刀を抜くだけなら簡単なのだが、あれは抜刀術なので刀を抜く瞬間に敵のコアに
狙いが定まって無くてはならない。ただでさえ不規則機動で動きが読みづらい相手を敵にしていると言うのに、加えて降り注ぐ無数の
レーザー。それで一撃なんて、放てるわけが無かった。特に離陸前から過剰な行動をとっている芳佳は三機のウォーロック全てに
目をつけられているため、先ほどから一発も銃弾すら放てないままである。

「くっ、このッ―――!!」

 それでもなお、芳佳の目は『紅い』。目じりからこぼれる涙は変わらず、こんなときにあの子が……飛鳥が居てくれればと、心底思う。
ああ、一度で良いから一緒に戦いたかった。芳佳はそう思わずには居られなくて、だから余計に力が篭る。……なんとしてでも、この
敵編隊だけは絶対に撃墜しなくてはならない。どんなことがあっても、絶対に――!

 芳佳は一度大きく引き離そうと出力を上げ、戦場から距離を置く。だが一機のウォーロックがこちらを追随してきて、舌打ちをする。
……待てよ、ウォーロックがついてくるならば……!

「全機へ、ウォーロックを誘導します! 味方基地、もしくはネウロイの巣!」

 暗に、味方とネウロイ、どちらと共闘するかと尋ねていた。両方と共に戦うことは出来ないだろう、ネウロイとブリタニア軍との間には
強大な隔たりがあるはず。選択の時間はほとんど残されていない、少しでも迷っていればやられる。……芳佳は頭をフル回転させてどっちと
組むのが良いかと悩む。ウォーロックはコアコントロールシステムを備えているため、ネウロイの強力なレーザーは魅力的だが逆にそれが
敵に回ってしまう可能性も否定できない。一機でも撃墜できればシステムが使えないはずなので畳み掛けられるが、今は三機とも健在で
ある。だからと言ってブリタニア軍も、ネウロイ相手に有効な手が打てるかは不明だ。
 どちらもリスクが高い。芳佳は苦渋の顔を浮かべて、しかし次の瞬間それは消え去る。

「なっ!?」

 突如、芳佳のすぐ足元に超高高度から一本のレーザーがまっすぐ落下する。芳佳には当たらなかったものの、真後ろを追随するように
追ってきていたウォーロックは自ら突っ込む形で被弾。まだ無傷の機体だったが、左腕のユニットを半分落とされたようだ。……今のは
一体、と芳佳が真上を見上げると――――そこには真っ黒な機影が数機、見て取れた。
 確認した瞬間、笑みがこぼれる。自分たちの為に、わざわざ危険を冒してきてくれた。援軍が来てくれた―――!

「……全機へ緊急連絡、上空に高速飛行型のネウロイ多数確認!! 援軍です!」

 ネウロイは敵。そう信じていたのが馬鹿らしい気がしてならなかった。いつの間にか、人とネウロイは手を携えて共通の敵と戦っている。
芳佳は妙な高揚感を覚えて、だから余計にウォーロックを撃墜するという想いが肥大化する。今度は一対多でウォーロック劣勢の形となった
芳佳周りの戦況、芳佳が逃げ回りながら上空のネウロイが援護する!
 主戦場においてもネウロイの狙撃は絶大な効果を発揮した。直撃せずともウォーロックは否が応でも回避機動をとらざるを得ず、隙だらけの
回避行動中は攻撃し放題だ。おかげで優勢とまでは行かなくとも、ウォーロックとほぼ互角に戦うことが可能な状況が作り出される。このまま
行けば、ブリタニア軍到着まで持ちこたえられる!!

「ネウロイ……味方にすると、なんと頼もしい」
「私たちも負けてられないです!」

 ペリーヌとリネットが、苦しさを紛らわす軽口を飛ばす。だがその苦しさも幾分か軽減されていて、ネウロイというものの強さを改めて実感
した。こんなものと戦っていたなんて、自分たちも結構やれるもんだ。――その力を以ってすれば、こんな玩具のような機械なんて一機や二機!
そう言わんばかりに魔女たちはウォーロックに食らいついていき、少しずつその機体に穴を開けていく。だが穴を空けるだけでは撃墜できず、
確実にエンジンにも攻撃を加えているはずなのに出力は一向に落ちる気配が無い。

「くそ、撃っても撃っても落ちんぞ!」
「ジェットエンジンって凄いね、シュトルムの風なんてお構いなしに飛んでるよ」

 冷や汗を垂らしながらゲルトルートとエーリカが言う。どれだけ攻撃しようと弱る気配すらないウォーロックは、燃料がネウロイコアによる
魔力であるが故に燃料切れの心配が無い。それに対して生粋の魔力だけが駆動源であるウィッチ達は、どうしても苦戦を強いられてしまう。
活動時間に上限のある人間と無尽蔵な機械とでは、勝手があまりにも違った。ウォーロックは常に全力だが、こちらは常に全力なんて出していたら
五分で燃え尽きてしまう。あと十分は耐えなくてはならないと言うのに、なかなかに厳しい現実である。
 そして実際のところ、ミーナとエーリカ、エイラのストライカーBf109は魔力効率が悪く航続距離に難がある近距離戦闘用。距離は飛んで
いなくとも時間を長く飛んでいれば結局のところ同じなわけで、つまりそろそろ魔力が切れ掛かっている。そろそろ補給をしないと持たないの
だが、補給できる場所なんて無い。

「はぁ、はぁ……どうにか、ならないかしらっ……!」

 確かにウォーロックは、先ほどからウィッチーズの猛攻から逃げ回る形をとっている。一応こちらが攻めに転ずることは出来ているが、しかし
だからといって優勢ではない。一行は何か手立てはないかと探すが、基地の補給施設もアテにならないのが現状だ。もし生きていたとしても、
あそこで補給するには些か時間がかかりすぎる。何とか魔力を確保して上空に上がってきたころには、すでにどちらかの勝利で戦闘は終わって
いるだろう。
 有効な手もないまま、一行は歯を食いしばりながら戦うしかなかった。無線に新しいノイズと、どこかの空軍らしい声が聞こえてくるのにも
気づかずに。

 - - - - -

 ―――なんとも不思議な光景だった。

 ネウロイとは常に人類の敵で、だからこちらが見つかれば即座に攻撃されるものだとばかり思っていた。それはこちらが敵を発見したかどうか
なんて関係なく、敵がこちらを発見していれば、だ。しかし今日のそれはその例から漏れていて、一体何事だと困惑せざるを得なかった。

 ブリタニア空軍編隊は大急ぎでウィッチーズ基地へと急行していた。首相から直々に命令が下るというのはよほどの緊急事態でないとありえない
からだ。出力はほぼ全開にしてかっ飛ばし、ただ前に飛ぶことだけを考えていた。だから後ろから迫る巨影にも気づかず、さらにその周辺を
飛び回っていた小型ネウロイにすら気づかない。……核となる大型ネウロイと、それを取り囲む無数の小型ネウロイ。それがブリタニア空軍編隊を
包囲していることに気づいたのは、ネウロイが戦闘機隊をすべて拘束してからだった。まるで抱きかかえるように戦闘機隊の機体は押さえ込まれて、
大型ネウロイへと徐々に降下していく。周りのネウロイは既に大型ネウロイに着地しているようで、このままだと自分たちもネウロイにぶつかる
のは目に見えていた。せめて着地の衝撃だけでも緩和してくれないと、機体ごとバラバラにされては生存出来なくなってしまう。ネウロイという
個体が元々瘴気を発生させているということをすっかり忘れていたパイロットたちは、その場で生き残る方法――つまり目先の利益にばかり気を
取られてしまった。今この場においてはネウロイは瘴気を押さえ込んでいるため、それがこの場における模範解答であったことは、恐らく彼らの
予想の範疇ではなかったであろう。
 パイロットたちは大急ぎでランディング・ギアを下ろして着陸態勢に入る。といってもネウロイに操作されているので、操縦なんてしないが。
そうしているとギアが地面と擦れる音がして、しかしほぼ同速で飛んでいる機体に着陸したのだからその音もごく小さいもので一瞬しか鳴らな
かった。着陸を終えるとネウロイは戦闘機を解放して、自身も大型ネウロイに付着する。大型ネウロイの表面に特殊な魔力場が発生している為
戦闘機隊もほぼ固定状態にあり、奇しくもそれは航空母艦のような働きをしていた。やがてネウロイは加速を始めて、戦闘機が航行するよりも
はるかに速い速度で戦場へと向かう。
 人間とネウロイが手を携えあう奇妙な一面が、こんなところでも見て取れた。

 - - - - -


 ウォーロックの勢いは、いつになっても衰えない。ミーナとエイラ、エーリカのBf109組ももう限界で、既に戦線から離脱している。ただ
直線飛行をしているだけでもヘロヘロで、それは訓練を始めた頃の芳佳の姿と瓜二つであった。
 人数が減ったことで、徐々にウォーロックが攻勢に出つつある。芳佳も相変わらず一人で戦っているので、ネウロイの強力なサポートが
あるとは言え肩で息をしてしばらく経つ。主戦場もかなり厳しくなりつつあり、均衡が保たれていた戦場は再びウォーロック優勢へと傾き
つつあった。

 ――それが到着するまでは。

「……何か、来ます!」

 サーニャが、息を切らしながら叫んだ。釣られて、上空でミーナたちの介抱をしていた美緒が空の果てを見る。美緒にもなんとなくその
反応が感知できて、右目の眼帯をはずして遠くを見やった。――だいぶ離れたところに、高速で迫る漆黒の翼……あれはネウロイ、しかも
小型機を多数連れている! ようやくネウロイの本隊が到着したようで、それを報告しようとして――しかし少し様子が違うことに気づく。
もっとよくよく見てみると、小型機の中には黒くないものが複数存在している。まるでゴマ粒のようだが、ゴマ粒というのは大量にあるから
目立つのだ。つまりはそれだけ大量に、『黒くないもの』がそこにはあった。

「来たぞ、ネウロイとブリタニアの本隊だ! 味方だぞ!!」

 美緒が大声で叫ぶ。それを聞いてミーナたちも苦しいながらも顔を上げて見やると、光を反射してきらきらと輝く光点が徐々に大きく
なって来ているのに気がつく。これで後は任せられるだろうと力を抜いて、しかし失速して墜落しそうになるのを何とかこらえた。


 主戦場でも、その一報が全員を活気付けたのは言うまでもない。救援が来たのなら、自分たちの負担は大幅に軽減されるはず。ならば今
この場を乗り切ることに力を注いで、後で少し肩の力を抜くほうが賢明だろう。

 ―――さあ、ここが正念場だ!

「各機、援軍到着までなんとしても持ちこたえろ! 全力で突っ込め!!」


 ゲルトルートが吼える。その一声と共に、全員の動きが一瞬にして変化した。――今こそ、自分の力をすべて出し切るとき。今こそ、
『エース』として空を舞うとき!


  空に、いくつものアフターファイアが輝いた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 後ろから追随してくるウォーロック。一対一で戦っている現状で、これを回避しきる手立てはない。だが不思議と攻撃を受ける気はしなくて、
思い切って速度にものを言わせて直線飛行へ移る!
 当然この機を逃すまいとウォーロックは前方に向けてレーザーを――――だが直後、ウォーロックは回避機動に移る! 上空から降り注ぐ
レーザーはウォーロックの針路を塞ぎ、回避機動の間に合わないウォーロックは左腕の付け根を焼ききられる!

「っへ、ざまあみろっ!」

 後ろを振り向いて凶悪な笑みを浮かべると、そのまま左ひねりこみで敵の真後ろに着く! 芳佳はこれまで一度たりとも発射したことのなかった
銃弾を、ここでようやく解き放つ!
 ウォーロックの脚部、エンジンユニットの内側へとダイレクトに吸い込まれていく銃弾。現代兵器であるウォーロックにはこれはあまりに
痛すぎる傷で、たまらず暴れるようにして回避機動を取った。甘い、そんなもので避けられるものか! 芳佳は予測射撃でウォーロックを狙撃
すると、今度はよけられないことを悟ってか右手のレーザーユニットで反撃をかましてくる!!

「そんな腑抜けた攻撃で、落とせるもんなら落としてみなよッ!」

 芳佳はかまわず突っ込んでいく。そこに、ネウロイの援護が来ると信じているから!

 上空からさらに降り注ぐレーザーはウォーロックの発射したレーザーと干渉して互いに打ち消しあい、そこに強力な光の玉を発生させる!
二つのエネルギーがぶつかり合って光となり、それを視覚とも言うべきセンサーで直に見てしまったウォーロックはしばらく行動不能に陥る。
しかし予想できていた芳佳は一瞬の間だけ目を瞑っていた。いや予想じゃない、そう信じていたから目を瞑った。―――今、真正面にいる
ウォーロックは完全無防備、今撃墜しなければ落とせるタイミングなどどこに存在するものか!
 芳佳は迷わず、銃を天高くへと投げ捨てた。こんなもの、今この場に合って役に立つものか。構わず腰に携えた刀の柄に右手を伸ばして、
正確に狙い済ます。ルッキーニの狙撃なんて屁同然。リネットの射撃? それが何だ、そんなものこの一撃に比べれば――今この一機を
撃墜できるのは、宮藤芳佳しかいないんだ!!

「――――落ちろおおおおっ!!!!」

 雄たけびと共に、刹那とも言うべき勢いで芳佳が刀を抜きさった。風は唸りを上げて空に舞い上がり、鋭利な牙、刃となって芳佳の真正面
へと突き進んでいく。それはウォーロックのちょうど中央を突き抜ける軌道で飛んでいき、ウォーロックの発する強大なエネルギーと干渉し
あって耳を劈くほどのうねりとも爆音ともつかない音を立てながら尚も突き進む―――!

 そして――――何に阻まれることもなくウォーロックのど真ん中へ直撃!!


 風はウォーロックの強靭な装甲さえも、障害でないかのように真っ二つに切り裂く。そこに燦々と輝く真っ赤なコアが確認されて、そして
それさえもまるで空気であるかのように突き抜けて……!!
 ウォーロックは動力源を失い、残ったエネルギーが行き場を失って炎と化す。炎塊となったウォーロックはネウロイとも違ううめき声を
あげながら高度を大きく落としていき、やがて海面で――――これまで見たこともないような盛大な爆発と水しぶきを上げて消える!

「――― 一機、撃墜!」

 無線にそう吼えると、本隊のほうから驚きと歓声が上がる。さあ、後二機だ、仕上げに行くぞ! 芳佳は出力を上げて主戦場のほうへと
向かうと、後方から次々と黒い飛翔体が追い抜いていくのを捉える。……ネウロイの本隊、先ほど美緒から連絡があった編隊だ! これだけの
ネウロイと共に戦えるならば、恐ろしいことなどあるものか。芳佳は普段からは考えられないほどの凶悪な笑みを浮かべて、残った二機の
『宿敵』との戦いに突っ込んでいく―――!
 そのときだった。

「宮藤サンっ」


 後方から、聞き覚えのある声がして振り向く。そこには、ウィッチの姿をとった一機のネウロイの姿が……まさか。

「え―――」
「……姉ガオ世話ニナリマシタ」

 姉、ね。なるほど、つまりこれは二号機と。恐らく会話能力があったり芳佳のことを理解したりしているのは、飛鳥のデータをそのまま中に
詰め込んだからなのだろう。
 ――――面白い! ネウロイもなかなか、粋な計らいをしてくれる。


「……来てくれてありがとう。一緒に戦おう!」
「ハイ!」

 彼女が、手を伸ばす。芳佳も迷わず、その手を取る。―――ネウロイと、ウィッチーズと、ブリタニアと。三つの勢力は、今一つとなって
『敵』との戦いに身を投じる!

「……いっけえええええええええ!!!」



 芳佳は空から降ってきた一丁の機関砲を手に取ると、魔力に物を言わせてストライカーの限界なんて考えもせず全力でブン回す。空から
落ちてきた、自身の相棒―――二号二型改と共に、レーザーと銃弾の入り混じった狭い空へと突っ込んだ!

 二機のうち一機のウォーロックを視界に捕らえる。ぐるぐると不規則機動を行って逃げ回りつつ前方に捉えた敵を撃っているようだが、
プログラム自体が混乱に陥っているのか動きに先ほどまでのキレがない。ここまで多数の編隊を相手にすることを想定していないのか、
不規則機動とは言え芳佳の前には敵ではなかった。

「私の前に誘い込んで!!」
『了解!』

 誰が呼応したのかなんてわからない。分かろうとも思わない。皆が一緒に手を携えて戦っているだけで、それだけで最高だ!

 芳佳はひたすらウォーロックを追い続け、後ろから二機目のウォーロックが追いかけてくるのも構わずひたすら追撃を続けた。時折銃も
交えながら追いかけ続けていくと、やがて戦闘機隊やネウロイ、ゲルトルートとエーリカによってウォーロックの逃げ場が封じられていく!
……待て、エーリカだと?

「ちょ、ちょっと、ハルトマンさん大丈夫なんですか!?」
「よゆーよゆー! ネウロイってほんとすっごいね!!」

 振り返って親指を突き立てる余裕さえ見せるエーリカを見て、なるほどほっと一安心。ネウロイの魔力、ね。

 芳佳は不安を振り捨ててさらに追撃。速度を同調させるために落とした出力を、再び最大まで叩き込む!! ウォーロックが見る見る近づいて、
それでも逃げ場を完全に封じ込められて袋のねずみであるウォーロックはどうしようもない。周りからの歓声が、自身の体をもっともっと前へと
前進させる!
 ―――今だ!!

「ハッ、背中がらあきっ!」

 芳佳が特攻するようにウォーロックに突っ込んで、背中のユニットにしがみつく。つまりはウォーロックの背中に乗った形になり、これで
完全にウォーロックは芳佳に対する攻撃能力を失った。後ろを振り向いて攻撃するぐらいの気合を見せればよかったのに、逃げることに必死に
なりすぎて目がくらんでいたらしい。
 ―――芳佳はそのまま脚をちょうどいい感じに固定すると、刀を下に向けたまま天高く振りかざした。刃は蒼く発光し、今まさに敵を貫かんと
太陽光でさらに力強く輝く!

「―――終わりッ!!!」


 カマイタチさえ起こるほどの、神速とも言うべき速さ。それを繰り出せるのはウィッチーズ隊ではただ一人、芳佳のみ。振り上げた刀は風の唸りを
上げながらウォーロックへとまっすぐに降下、やがてコアのある頭部へと吸い込まれるように――――!!

 まるで血飛沫を上げるかのようにオイルが漏れて、そしてエネルギー結晶体のコアが崩壊したことでウォーロック頭部は巨大な爆発と共に消し飛ぶ!
芳佳の体も当然弾き飛ばされて空に舞い、しかしそれさえ予想できていたと言わんばかりに芳佳が刀を振り下ろす!!

 回転しながら飛んでいった先、刀が振り下ろされた場所は最後のウォーロックの右脚部! 見事に突き刺さった刀はウォーロックの右足を
吹き飛ばし、エンジンが片方だけになったウォーロックは満足に飛ぶことさえかなわずぐるぐると錐もみ状態に陥る。そのさなかでも最後の足掻きと
言わんばかりにレーザーをがむしゃらに発射していたが、そんなものでは一機たりとも撃墜できるわけがない!!

「無駄な足掻きを……ほんとに無駄だねッ!」

 芳佳は一度距離をとって、上空から狙い済ます。そうしていると、現在の戦場の状況がよく分かった。

 戦闘機隊が四方八方から銃弾を嵐のように叩き込んで、それをシールドなり何なりで必死にはじき返しながら逃げ回る。ネウロイのレーザーが
シールドの至る箇所を破壊していき、穴だらけになったシールドの隙間からウィッチーズ隊が直撃弾を叩き込む。サーニャのフリーガーハマーなんて
誰が操作しているのか誘導ミサイルと化している。
 ……人は、手を取り合って生きていける。敵と思っていたものとだって、一緒に戦える。手を携えて、同じ歩調で歩むことが出来る。芳佳はそれを
じっと見つめて――――自分は間違っていなかったと、誇りをその胸に刻み付ける。

「―――宮藤サンっ」

 下から上がってきた先ほどのウィッチ型のネウロイが、芳佳の横に並ぶ。芳佳もちょうど呼ぼうと思っていたところだったのでタイミングが良かった。
みなまで言わせず、芳佳はただ静かの彼女の手を取る。ネウロイは少し驚いたような反応をして、それから深くうなずいた。
 ――――ネウロイの銃口にエネルギーが蓄積して、それが芳佳の体を伝わって刀へと浸透していく。刀は芳佳の魔力で蒼く、ネウロイの魔力で紅く、
そして太陽の光を受けて白く発光する。さあ―――!

「これで―――」


 芳佳とネウロイは同時に上昇機動を開始。そこから、一気に出力を全開まで叩き込んで急降下機動に入る!!!

 背後からネウロイの援護射撃が飛んでくる。正面で銃弾が、二人の道を切り開く。レーザーが、敵のシールドを突き破る!!!

「終わりだあああああぁぁぁぁああああああ!!!!!」



 芳佳が突き出した刀はウォーロックをまるで紙のようにぶち抜き、芳佳とネウロイの魔力が内側で爆発。コアは粉々に砕け散って、しかしそれでは
飽き足らず芳佳が垂直状態からさらにドロップキックをぶちかます。ウォーロックの機体は真っ二つにへし折れ、火を噴き、降下し―――――



 炎の塊となって、空の藻屑と散った。

 - - - - -


 歓声が、あちこちから飛んでくる。拍手が、あらゆるところから聞こえる。風の流れが自分を包んで、高揚した気分は未だ落ち着いてくれない。

「―――終わった、のかな」

 芳佳は気づかぬうちに納刀していて、ネウロイと背中合わせでホバリングしていた。ぼうっと空を眺めて、そして誰かに飛びつかれた。

「のわっ!?」
「すごいよ芳佳ちゃん、かっこいいーっ!!」
「はっはっは、流石は私の教え子だな! 宮藤、最高だったぞ!」
「もう私なんてとっくに越えられたかもしれんな」
「にひひ、トゥルーデうれしそー」
「なっ、お、お前はそうやってからかうなっ!!」

 そうしてまた、仲間たちと他愛もない話で盛り上がる。ああ、なんて幸せなんだろう。芳佳はただ仲間と平凡な日常が過ごせる、それだけのことの
幸せさを噛み締めるように思い知った。仲間の……家族と言うべき親友たちの笑顔がこうして見られることが、なんと嬉しいことか。大事なものを
失って初めて気づいて、芳佳はまた涙をぽろぽろと零した。悲しい涙でもあるし、嬉しい涙でもある。――確かに飛鳥を失ったことは、ずいぶんと
大きな『痛手』であることは間違いない。だが、彼女を失ったことで得たものもある。だから飛鳥への感謝の意味と、もっと早く気づけていたらという
後悔と、そして今のこの幸せに対する感謝の意味をこめて。小粒の涙が、頬をすっと滑り降りていった。
 それを見てリネットとネウロイが心配そうにするが、芳佳は笑顔で大丈夫と返す。それは取り繕ったものでもなんでもなくて、心から出た笑み。
……大切なことに気がつけた。だからもう、心配することなんてない。あとは『守る』だけだ。

「大丈夫。――――さ、帰ろっか」

 ウィッチーズ隊の仕事は終わった。ネウロイも脅威でなくなった以上、近いうち欧州本土も解放されることだろう。瘴気はしばらく消えないかも
知れないが、それは時が解決してくれることだ。ストライクウィッチーズ隊は基地に帰投すると、戦争の鍵を握っていた黒幕連中を縛り上げて
戦犯として突き出す準備を整えた。基地の鉄骨も、ブリタニアが持ってきてくれた重機で引きぬく。滑走路とハンガーとの継ぎ目がボコボコになって
しまったが、まあ一週間もあれば直るだろう。特にこれといった被害は滑走路しかなく、基地施設や宿舎は無事である。私物一式を満載した潜水艦も
無事帰港し、ウィッチーズ隊の生活は再び元に戻った。
 とは言っても、戦争がほぼ終結に向かっている現状ではウィッチーズ隊のこの先の活躍はないと見ていいだろう。残りわずかな期間、一行は思い出
作りに奔走することになる。――それはそれで、とても楽しそうな気がした。



 後日、ネウロイと人々との間で正式に終戦条約が締結される。カールスラントやガリアを始めとする祖国を追われた人々は賠償を求めたい思いも
あったのは事実だが、相手が相手なのでそれもできない。マロニーを始めとする『反乱部隊』に目が向くのも極自然なことで、戦犯として追放された
彼らに代わってブリタニアが賠償責任を負うのも必然といえた。チャーチルはこれを真摯に受け止め、マロニー一派の尻拭いも前向きに考えている。
ストライクウィッチーズ隊はその賠償責任の一環として、世界各地のウィッチの育成校として新たにスタートすることとなった。第501統合戦闘
航空団の名はそのままに、任務形態を一新して再始動する。―――まだまだ魔女たちの帰国は遠い道のりだ。

「ところでルッキーニを見なかったか?」
「ルッキーニちゃんですか? いえ、見てませんけど……見た?」
「イヤ、見テナイ。マタドッカノ隠レ家ニイルンジャナイノ?」
「ルッキーニちゃんのことだから、また秘密基地作ろうとして落ちたりは……」
「さすがに二度はないでしょ、二度は」

 ネウロイとリネットと一緒に廊下を歩いていた芳佳。当然行方など知る由も無い。
 以前の秘密基地の一件ではちょっとした騒動になったが、まあさすがにルッキーニだもの、反省して同じことを繰り返したりは―――

 ……するのがフランチェスカ・ルッキーニ。しかもたまにそれを口実にサボったりもしている。事実、今日の教練は遠距離射撃の教育で、
リネットとルッキーニが担当だったはずだ。このままではリネット一人で数人の訓練生を見なくてはならないわけで、そうなると手が足りない。
ネウロイの手を借りるという方法も無くはないが、人の教育を人以外に任せるという選択はあまり取りたくなかった。仕方なく、ルッキーニ
捜索の任に就くことに。

「ま、すぐ見つかるっしょ」
「ダトイイネ」
「おーい、そういう遠い目するのやめようよー、なんか悲しくなっちゃうからー」
「あの、芳佳ちゃん、そう言う芳佳ちゃんも棒読みやめようよ……わかりきってる結果でも、ほら、やっぱり認めたくないことってあるじゃない?」

 ――――その日、教練なんて二の次で基地中を挙げてルッキーニの捜索に当たっていたのはまた別の話。ちなみにルッキーニは地下の穴から
近くの平原に抜けて自転車で遊んでいたところをひっ捕らえられて、自室禁錮十日間の罰を受けた。まったくどうしようもないとため息を
つきつつ、芳佳は苦笑をもらした。
 そんな芳佳だが、最近は特に変化したことが一件ある。

「ところで、春日ちゃんって今日の夜は暇?」
「ン……確カ暇」
「じゃあちょっと付き合ってもらっていいかな、少し行きたい場所があって」
「ウン、イイヨ。ンジャ時間ニナッタラ呼ンデ、待ッテルカラ」
「うん!」

 ウォーロックとの戦いで共に手を携えあった、あのウィッチ型のネウロイ。飛鳥の妹とも言うべき彼女に、芳佳は『春日』と名前を与えて
いた。理由は明確にはされていないものの、二人の間では分かり合えているのでいいらしい。近頃はリネットよりも春日と共にいることの方が
多くて、二人で話しているところも頻繁に見かける。
 ―――子供は、新しい玩具を手に入れるとしばらくはそれにのめりこんだまま離れない。芳佳もまた、新たな親友を得てそれを手放すまいと
ずっと『惚れ込んだ』ままだった。それは飛鳥の一件が、ますます芳佳の想いを増幅させている結果なのかもしれない。ほかの皆も納得して
いるようで、芳佳が春日と共にいる間はなるだけちょっかいを出さないようにしていた。

「さーてとっ、今日もがんばらないとーっ!」
「フフ、楽シソウダネ」
「なんかね、わくわくしてきちゃった」

 そうやって笑いかける芳佳の笑顔は、とてもまぶしくて。春日も、芳佳のそんなまぶしい笑顔が大好きだった。

 ――今日も世界は、おおむね平和である。



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