魔女の大鍋


魔女の大鍋。
それは混乱や大騒ぎといった慌ただしい様子の例えでもある。
これは、とある扶桑の魔女の持ち込んだ鍋に関するお話。
 

 
和気あいあいと楽しい食事風景でお馴染みの夕食時。
夜間哨戒前に起きてくるサーニャも交ざり、501隊において急を要するミーティングを除けば、隊員全員が顔を揃える一番の機会であったりする。
日々交代で食事を作ったりしているのだが、今晩のメニューは料理の得意な宮藤特製の扶桑の鍋ということもあり、テーブルでは普段以上に賑わいを見せていた。
 
「そういえばリーネ、今日は宮藤を手伝わなくていいのか?」
 
他愛ない話も一通り花を咲かせた後、ふと美緒がリーネに尋ねた。
 
「あ、はい。今日の料理はあまり手が掛からないから、って」
 
リーネは楽しみですねー、と朗らかに笑う。
ちなみに本人は無意識なのだが、リーネは手持ち無沙になると何の気無しに手を使って何かを行おうとする。
おかげで隣に座るペリーヌの髪先が次々と縦巻きロールに変わり果てているのだが、未だペリーヌは気付かない。
そんな様子を視界の端で眺めながら、テーブルに突っ伏したエーリカがからかう様に口を開く。
 
「えー、じゃあ、今日のミヤフジの料理は手抜きなのー?」
「む、それが本当ならば聞き捨てならないな。少し様子を……うぉっ」
 
エーリカの言葉をそのままの意味で取ったのか、裏的な意味があったのかは分からないが、席を立とうとしたゲルトルートの足をエーリカが即座に払い、強制的な着席を促した。
いきなり何をする、と睨むゲルトルートと知らない、とそっぽを向くエーリカ。
あらあら、と微笑ましく二人の様子を見ていたミーナは、ふと、普段とは違うとある隊員の様子に気が付いた。
 
「ルッキーニさん、どうかしたのかしら…?」
「ああ、大丈夫ですよ、ミーナ中佐」
 
見れば、何やらウニュウニュと極力テーブルから遠ざかる様にシャーリーにしがみついている。
時折、様子を見てはルッキーニを宥めていたシャーリーは、頬を掻きながら事情を説明した。
 
「いや、ルッキーニがガスコンロ初めて見る、って色々弄ろうとしてたから止めようとしたんですけど……」
「……けど?」
「…あー、その止める直前にスイッチ捻っちゃったみたいで前髪が…その…」
「なんかね、火がね、いきなりシュボーッ、って……うぅっ、怖かったよぉー」
 
ウジュー、と潤んだ瞳を上げるルッキーニ。

なるほど、見れば前髪数本がチリチリに焦げていた。
話した事で思い出したのか、すぐにまたシャーリーの腰の辺りにしがみついて顔を沈めた。
その様子にかける言葉が見当たらないのか、苦笑いを浮かべるしかないミーナだった。
その時、ルッキーニの様を横目で流し見ていたペリーヌは、こっそりそろそろとドアに近付く人影に気付いた。
 
「…あら、エイラさん?」
「…ぅ」
 
いかにもバツの悪そうな顔でエイラが振り返る。
その前には寝起きのサーニャが少しふらつきながら立っている。
なんだ、と少し騒がしくなった周囲に気付いたのかサーニャが目を擦りながら振り返った。
 
「……あれ、エイラ…どこかいくの…?」
「…ぅぅ」
「え、エイラさん!まさか、未来予知の能力でっ…!?」
 
突然リーネが怒った様に叫ぶ。
何を思ってそう言ったのかは不明だが、エイラは耳も尻尾も出てはいない。
あまりにも突然かつ突飛な発想に一瞬だが時が止まり、リーネの後ろにちっちゃいリーネが点を残して通り過ぎて行った気がした一同だった。
が、もし本当ならば規則違反。
ミーナや美緒達もまさか、とエイラを見る。
けれども当のエイラは、鳩が豆鉄砲をくらった様な顔でリーネを見ていた。
 
「り、リーネ…あの……」
「嫌いな食べ物が出るからって、酷いです!好き嫌いはいけないんですよ!!」
「……あー?いや、そういう訳じゃなくて……」
 
お前、私をなんだと思ってんだ…、とがっくりと肩を落とすエイラ。
周囲一同も、浮かしかけた腰がずり落ちる様に椅子へと沈んだ。
その様子を見て流石に恥ずかしくなったのか、リーネもごめんなさい、と小さく縮こまりながら椅子に座った。
 
「……はぁ、それで、エイラさん?一体どうなさいまして?」
 
程よく気も緩んだが、逃がしませんわよ、とペリーヌが追撃をかける。
読まれた、と密かに数歩程歩みを進めていたエイラはまたうぐ、と動きを止めた。
そして嘆息を一つ、口元に人差し指を当てると小さく呟いた。
 
「……耳、澄ましてみればわかる」
 
チラリと見たエイラの視線の先にあるのは厨房。
訝しがりながらもとりあえず耳を澄ましてみると、確かに何か聞こえてくる。
そう、確かに何人かには嫌に聞き覚えのあるそのメロディーが。
 
『ぐつぐつ、にゃーにゃー。にゃーにゃー、ぐつぐつ。ぐつぐつ、にゃーにゃー♪』
 
歌、か…?
誰ともなく呟いた声が聞こえたのもつかの間。

リーネとペリーヌがまさか、と震えて怯え、勘が働いたのか何故かルッキーニまでもが凍りついた。
エイラはしっかりとサーニャの耳を塞いでいる。
 
「え、と…何の歌だこれは。何か、とてつもなく縁起の悪そうというか、歌詞が危険な気がするのだが……」
 
ゲルトルートは額を押さえながら顔をあげた。
なんと言うか、脳内でのリフレイン率が激しいのだ。
ゲルトルートは振り払うように二度三度と被りを振った。
 
「……宮藤が知ってる、って事は扶桑の歌ですかね、少佐」
「…流石に私も知らんな」
 
その様子を見てシャーリーが言葉を引き継ぐ。
話を振られた美緒は、お手上げ、と肩を竦めた。
 
「……リーネ、ペリーヌ。アレってさ、この前のアレ、だよね…?」
 
久しく見たことのない様な引き攣った顔でエーリカが二人を見る。
当の二人はビクゥ、と端から見て分かる程に全身の毛が逆立った。
二人は俯いたままお互いを見合い、どんよりと重たい息を吐いた。
 
「……実は」
 
眼鏡を手で押さえながら、ペリーヌがその¨出来事¨の説明をした。
 
……………。
………。
…。
 
「……あー、なんだ…つまり、今、宮藤が作っている料理が、もしかしたら、以前お前達と話をしていた「猫鍋」かもしれない、と。そういう事だな?」
「……そうですわ、坂元少佐」
 
静まり返る食堂。
改めて見れば、皆多少なりとも顔が引き攣っている。
更に見渡せば、先程のペリーヌの説明に乗じてエイラとサーニャの姿も消えていた。
常識的に考えればありえない、とは思うものの、何を隠そう相手はあの宮藤芳佳。
まさかを現実にするウルトラガールだ。
 
「……仕方ない。そうは言っても確証はないんだ。少し様子を見に行こうか」
 
美緒はミーナに目配せをした。
ミーナはそれを受け、重々しく頷くとカッと目を見開いて命令を飛ばした。
 
「バルクホルン大尉、リネット軍曹の両名は至急に台所へと赴き、問題の勢力及び情報の収集を行いなさい。また、問題の……」
「いやいやいやいや、まてまてまて。あの…ミーナ?」
 
思わずいつもの様に承諾してしまいそうになったゲルトルートだが、慌てた様にミーナに尋ねる。
 
「どうしたの、トゥルーデ?」
「何故に、私とリネット?」
 
至極真っ当な質問。
その質問にミーナは暗い影を背中に背負い、俯きながら呟く様に答えた。
 
「…………ない…」
「……え?」

ぼそりと答えたミーナの言葉に首を傾げるゲルトルート。
するとミーナはキッと顔を上げて叫ぶ様にして吠えた。
 
「仕方ないじゃない!!私達だって…私達だって料理上手なら!!!」
「……あれ中佐、「達」ってあたしらも入ってるんですか?」
 
さりげなく周囲を巻き込むついでに大事なことなので二回以下略的に宣言する
ミーナ。
ふと気付いたシャーリーの突っ込みを軽くスルーして睨み合いを続けるミーナとゲルトルート。
しかし、ちょうどその瞬間
 
「すみません、お待たせしました~!」
 
芳佳が笑顔で土鍋を持って現れた。
その時、一瞬にしてピタリと時が止まった様に思えたと、とある501隊員は後に語る。
更にごくり、と全員が息を飲む音が確かに聞こえたそうな。
 
「失礼しますねー…よっ、しょ」
 
三台あるガスコンロに一つずつその問題の土鍋をセットしてゆく芳佳。
ただの土鍋が、この時程存在感溢れる存在だったことは他に無いのではなかろうか。
無言で土鍋の蓋を見つめる一同。
えもいわれぬ緊張感の漂う空間がそこにはあった。
そんな中、多少口を引き攣らせながらエーリカが口火を切った。
 
「……でも、本当に猫鍋だっ…むぐ!?」
 
瞬間にゲルトルートに口を押さえられるエーリカ。
えもいわれぬ緊張感再び。
さりげなく全員の視線が芳佳へと集まる。
芳佳は厨房へと向かっていた足を止め、ゆっくりと振り返った。
 
「猫鍋…?」
 
その目は、怪しく光った気がした。
ゆらゆらと揺らめきながら食卓へと舞い戻る芳佳。
少し下がった頭は前髪を垂らし、芳佳の目を見えなくする。
芳佳はピタリ、と食卓前で立ち止まると

「……猫鍋って……なんですか?」

首を傾げて尋ねた。
なんだっけ、と考え込む芳佳は本当に分からない様だった。
 
「……芳佳ちゃん、今日のお鍋って何鍋なの?」
 
やっぱり考え過ぎだったか、と力の抜けた一同。
芳佳はリーネの問いに少し自慢気に答えた。
 
「今日のお鍋は扶桑の郷土鍋だよ、リーネちゃん」
 
そういいながら芳佳は鍋の蓋をずらして横に立て掛ける。
そして、その鍋の中には――
 
「………あれ?」
「……これって」
「トウフ…だったっけか?」
 
エーリカ、ペリーヌ、シャーリーと次々と鍋を覗き込むウィッチ達。
そこにはシャーリーの言う通り、半透明なダシの中に浮かぶ白く薄く光沢を放つ豆腐達が所狭しと浮かんでいた。

というか豆腐しか浮かんではいなかった。
 
「宮藤、今日の夕食は湯豆腐なのか?」
「まさか、ここからが本番ですよ~」
 
美緒の問い掛けに、芳佳はにこにことした様子で台所へと戻ると、食堂へと籠を抱え持って現れた。
 
「わ、芳佳ちゃん、手伝――」
 
両手に抱える程のその籠の大きさに、リーネが手伝おうと近付いたのだが、リーネはその場に踏み止まる事となった。
と言うのも
 
ババババババババババッ!!!!
 
籠の中から木霊する謎の音。
何か。
そう、何かが跳ね回っている音だろう。
どこぞの音速を超えたウィッチのストライカー音より心臓に悪い。
そして芳佳に一番近くに座っていた美緒は、そっと籠の蓋を開け中を覗き込んだ。
 
「……おい宮藤」
「はい、坂本さん」
 
極力冷静に蓋を閉める美緒。
なんと言うことはない。
見てはいけないものを見ただけだ。
 
「……これは?」
「ドジョウです」
 
ドジョウ…?、と周囲で声が上がるが今はそれどころじゃない。
何しろ数十センチ四方の籠の中にはびっちりとドジョウの軍勢だ。
いつぞやのキューブネウロイの方がまだ可愛いげがあるというものだ。
しかも
 
「………生きてるが」
「仕様です」
 
ぴしゃりと返して下さる芳佳大先生。
戦わなくちゃ、現実と。
三十六計逃げるにしかず。
しかし、背後ではリーネが固まっていて美緒は逃げられない。
 
「……おい、宮藤」
「はい、坂本さん」
 
つい先程も聞いた気のするやりとり。
しかし先程と違い、美緒は短く呼吸をすると、はっきりと聞いた。
 
「今日は……何鍋なんだ?」
 
ごくり、と誰かが唾を飲む音が聞こえた。
緊張の走る食堂の中で、芳佳は普段と変わらない笑顔で、にこやかに宣言して下さいました。
 
「はい、ドジョウ鍋です」


 
そしてこの日、また一つ扶桑と言う国の伝説が間違った方向に轟いた。
そして、煮え立つ鍋に笑顔でドジョウをほうり込んでゆく芳佳に、軽く戦慄を覚えた一同であった。
 
この後の事については、多くは語るまい。
ただ、はっきり言える事は、ミーナと美緒は最終的にはしっかりと完食し、エイラは夜間哨戒から帰って来た時に、自身の部屋の前にエイラさんへ、とメモ付きで鎮座する土鍋を前に固まりついていた、と言う事だけである。
 
食わず嫌いはいけません。
嫌いなものは嫌いだけどね。
 
 
おわーり


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