一つ違いの辛と幸
¨不幸¨なんてものは、慣れてしまえばそれが自身の¨普通¨でしかない。
道を歩けば躓くし、落とし穴に落下物は当たり前。
これは自分の注意不足なんて関係なくて、たまたま悪い偶然が悪い方へとこぞって起きやがるだけ。
そう自分に言い聞かせて早十数年。
今日も私は磨き続けた第六感だけを頼りに、辛うじて平穏と言える一日を過ごす予定だったのだが――
◇
今日も私、ニッカ・エドワーディン・カタヤイネンは絶好調に不幸であった。
仲間内で飲もうと開けた炭酸飲料。
蓋を開けると勢いよく吹き出した、なんて事もなく、そんな小さな事で喜んだのもつかの間。
何処からともなく飛来したメ〇トスが華麗な弧を描いてダイブイン。
たまたまその瞬間を見ておらず、見ていた仲間の制止も間に合わず、私は顔面から身近で出来る炭酸飲料実験による砲撃を頂いたのであった。
その後、ここカウハバ基地名物の風呂に浸かりに行けば、当然の様に水のまま。
仕方なく、髪だけ流してサウナに直行するという始末。
サウナから出て火照った身体も、未だ肌寒いスオムスにかかっては数分と経たずに冷えてしまう。
その冷えるまでの数分を満喫する為に、私はしっかりと着替えた後、開け放った廊下の窓からの舞い込む風を受けて涼む。
ある意味、動かなければ危険に踏み込む事もない。
向こうからやって来る事はあるけれど。
私ははぁ、とため息を一つ落とし、しばらくの間、ただ空を眺め続けていた。
「あ、ニッカー。こんな所にいた」
「ん?どした?」
そんな時に現れたのは同僚のウィッチ、エリカ・リリィ。
もっとも、未だ緊急時を除いてハンガー整理に回されている私が同僚と呼んでよいのか分からないけれど。
まぁ、似たような歳でよく話す間柄だ。
「今日はツイてるじゃない?ニッカに手紙だよ」
「……手紙…?」
そう言って差し出されたのは一通の封筒。
ツイてると言われても、手紙一つで何を根拠にそう思うのだろうか?
私が訝しみながらエリカからその手紙を受け取り差出人を見ようとしたその時、背後から聞き慣れた声に呼び止められた。
「ニッカさん、エリカさん、おはようございます」
「あ、おはようございまーす」
「エル姉?珍しいじゃん、こんな時間に」
軍服を纏い、穏やかな笑みを浮かべているのは、エルマ・レイヴォネン。
何かと急い日々を送るエルマが、朝も早くから指令室から離れた場所に現れるのは珍しい事であった。
「実はニッカさんにお手紙をお届けに来ました」
「……本当に珍しいな。今日ってなんかあったっけ?」
ニッカが訝し気な顔を向けてエルマから手紙を受け取る。
手紙を渡したエルマは、ニッカのその言葉にその場にしゃがみ込み、床にのの字を書き始めた。
「……いいんです。どうせ私なんて……そんなもんなんです……」
「……何やってんだエル姉は…って、これ……おおっ!?」
首を傾げながらエルマの様子を見つめていたニッカであったが、手紙の差出人を確認するやいなや驚きの声を上げた。
ニッカにとっては無理もない事で、何故ならその差出人は……
「どしたの、ニッカ?」
「イ、イッルから手紙が!……しかも両方とも!!?」
よほど信じられないのかニッカは二通の手紙をぐるぐると回してみたり、何度も何度もその名前を確認したりしていた。
と言うのもエイラがスオムスを発って早数年。
その間、ただの一度だってエイラからの手紙が無事にニッカの元に届く事はなかったのである。
スオムスに着いたニッカ宛ての手紙が何故か紛失したり、風に飛ばされて何処かへ行ったり、どういう訳か水に浸かっていて読めなくなっていたりと、様々な困難に見舞われて今日に至るのであった。
「ね、ね、そのエイラさんってあのエイラさん?」
「イッルはイッルに決まってるだろ?てかこれって夢じゃないよな?あ、もしかしてアレか!?手紙開けたらドッキリとか書いてんだろ!?」
「ニッカ……不敏な子……」
手紙を穴のあく程に睨みつけたり振ってみたりと百面相を体しているニッカ。
そんなニッカを見てホロリと涙を流すエリカ。
とは言えこのまま眺めているのもつまらない。
百聞は一見になんとかという奴だ。
「まぁまぁ、とにかくさ。中身見てみれば?」
「そ、そうだな!……よ、し!!開けるぞ?開けちゃうからな!?」
「そんなに緊張しなくても……」
一通を上着のポケットへと差し込み、もう一通の封を開くニッカ。
ガチガチに震える腕で慎重に慎重にと封を開いてゆく。
そして封筒の中から、三つ折りにしてある紙を取り出した。
どうやら中身はその一枚だけの様で、封筒もポケットに差し込んだ。
そして、その手紙を胸へと押さえる様に両手で包み、軽く深呼吸を行った。
「……………み、見るからな?」
「……………うん……」
緊張と興奮の入り交じる二人の声。
たまたま廊下の角に差し掛かってしまった新人のウィッチ達は、そんななんとも言えない空間に様子すら見るに見られず、慌てて逃げ去って行った。
どこぞのアホネン大先生は突然アップを始めた。
が、そんな周囲の事なぞ露にも気付かない二人。
そして、ニッカはゆっくりとその手紙を開いた。
そこには呆気ない程簡潔に、ただ一文、一言のみが書かれていた。
『 は ず れ 』
ぱちぱちと数度瞬くニッカ。
その手紙を縦に振ったり、横に振ったり、くるくると回してみたりしても、その文章…というか単語は変わる事はない。
『 は ず れ 』
ニッカはなんと言えばよいか分からない微妙な表情にて固まってしまった。
エリカはそんなニッカの様子に首を傾げる。
ふと気が付いて周囲を見回せば、エルマはいなくなっていて、どうしたものかと思い悩むも結論は直ぐに出た。
抜き足差し足とニッカの後ろに回り込むエリカ。
ニッカの肩越しにそろりと手紙を覗き見れば、そこにはやはりただ一言
『 は ず れ 』
エリカはそっとニッカの肩に手を添えた。
「ドンマイ」
「うがぁ!!!なんだよ!?何がはずれてんだよ!?確立二分の一で外れるのは仕様かぁっ!!!」
何かが切れた様にギャースと吠えるニッカ。
それでも手紙を丸めたり破ったりしない辺りがなんともいじらしいなぁ、と密かにエリカは微笑む。
「ほらほら、ちゃんともう一通あるんだから、あんまり吠えないの」
「うう……」
軽く半泣きながらも律儀に「はずれ」を封筒に戻し、もう一通の封を開くニッカ。
ポジティブに考えて多少は気が楽になったのか、取り出した手紙を眺めて軽くため息を零すニッカ。
少しの間目を閉じた後、唾を飲み込みいよいよ手紙を開いた。
すると、そこには――
『 ハ ズ レ 』
声もなくその場で崩れ落ちるニッカ。
ガクリとよろけた後、廊下の壁に添うようにズルズルと滑り落ちて、真っ白に燃え尽きた。
エリカはそんなニッカの様子に何とも言えず、かける言葉が見つからなかったので、とりあえず灰と化したニッカを休憩所まで引き擦って行った。
◇
休憩所まで行くと、待機中やら談笑を楽しんでいるウィッチ達が屯していた。
ニッカの様子を訝しむ声も多々上がるも、エリカには何とも言えず、静かに首を横に振る事で答えを返した。
「珍しく落ち込んでるね、よっぽど?」
「「ついてない」カタヤイネンを意気消沈させる程の出来事!?」
「これと関係あったりする?」
口々に憶測やら何やらが飛び交い始めた休憩所。
その中で一人のウィッチがニッカに少し分厚い紙の束を手渡した。
「どしたの、ソレ」
「さっき郵便で届いたんだけど、それ全部ニッカのだって」
「………………あれ……これ全部イッルからだ!?」
エリカが他のウィッチ達と話をしていると、突然ニッカが跳び上がる様に復活した。
死んだ魚の様な目で受け取った手紙の束を見ていたのだが、差出人の名前が視界に入ったのである。
まさか、と思いつつも束をバラしてみるとその全てがエイラから。
一転して浮足立つニッカ。
さっそくその中の一つの封を開けると、今度はそそくさと中の手紙を開き見た。
『 ス カ 』
ニッカはそっと手紙を机の上に置くと、近くに見つけたメモ用紙を一枚引っ掴むと力の限りに丸めて握り潰した。
限界まで圧縮された元メモ用紙を投げ捨てると、軽く深呼吸を一つ別の手紙の封を開いた。
『 残 念 』
再びメモ用紙を手に取ると心行くまで引きちぎり、休憩所の中をささやかな紙吹雪が舞った。
気を取り直しまた別の封を開くニッカ。
『 ミ ス 』
「ニッカさん、全部で手紙は何通届きましたか?」
「………………十七…」
「はい。後、手紙の上下に変わった模様が付いていませんか?」
「……え?………………あ、本当だ」
エルマの問い掛けに気だるそうに答えるニッカであったが、言われて確かめてみると、裏の上下に何かが書いてあった。
それらは何処か文字の様で……
「え、これって!?」
「エイラさん、天邪鬼ですから」
ガバリと起き上がったニッカ。
慌てた様に手紙を二つに折ってみると、そこには確かにエイラからの手紙の一部が記されていたのであった。
「これ、全部続けて読むと手紙になるんだ!!……ったく、イッルの奴~っ!」
怒っているのか、感心しているのか、喜んでいるのか、言わずともにやけた顔を隠し切れないニッカであった。
そんなニッカの様子を見てやれやれと言った一同。
これで終われば事なきを得て終えたのだが、やはりそうはいかなかった。
~~~~~~ッ!!!
けたたましいサイレンが基地中に響き渡る。
ネウロイが現れたのだ。
「ニッカさん、残念ですけど手紙を読むのは後になりそうですね」
「うぅーっ、ツイてねぇー!!」
「え、と…頑張って、ニッカ!」
手紙を一箇所に纏め置き、エリカや他のウィッチ達と共にブリーフィングルームへと急ぐニッカ。
数十分後、ネウロイの攻撃が何故か休憩所にのみ一発だけ直撃したのは別のお話。
実はエイラは、念のためにとエルマ宛ての手紙と一緒に後でニパに渡してくれ、とちゃんとした手紙をニッカ宛てに用意していた。
しかし、それを知らないニッカが半狂乱して狂戦士と化してしまったのもまた別のお話。
おわーり