心静かな愛の花
ふと街中を歩いていた時に見つけた小さな花。
何となく眺めていただけなのだが、どうしても気になったその花を購入したのが昨日の話。
花屋の店員に贈り物かと聞かれた時に何故か彼女の顔が浮かんだので、思わず肯定してしまったので華やかなラッピング済み。
更に、ついでにと花言葉を教えて貰ったのが運の尽き。
何となくのつもりだった先程から、渡そうとする意味合いが果てしなくズレてしまったのであった。
◇
気が付けば視線は彼女の後を追っていた。
何事にも懸命で、けれども中々結果が付いて来ないでいた。
それでも諦めず、挫けない彼女を見て私は感心を覚えずにはいられなかった。
とは言え、自分にとってはその程度の存在でしかなく、同じ部隊であった扶桑の二人組みを間近で見ていた身であったが故に、自分の気持ちと言うものが益々分からなくなっていたのである。
そんな私の気持ちを代弁するかの様に、スルリとはまり込んだのがそのたった一言の花言葉。
私は心無し緊張を覚えながら、彼女…エルマ・レイヴォネンの姿を探していた。
◇
「…………何をしているんだ、エルマ」
「あー、ビューリングさん。おはようございます。でもいいんです、私なんてそんなもんなんです
「その、今日が誕生日なのですけど、ニッカさんに「今日ってなんかの日?」って言われたので、少しいじけてみただけなんですよ」
一々誕生日なんて覚えてないですよね、と苦笑いを浮かべるエルマ。
ビューリングは、ちゅどんとウルスラの実験の失敗に巻き込まれた様な衝撃を受けた。
言われるまですっかり忘れていたのだ。
思わずビューリングはその場にしゃがみ込んで頭を抱えた。
「ビ、ビューリングさん!?どうしたんですか!?」
「あ、あぁ…いや、すまない。あー、その…だな」
慌てた様子のエルマを宥めつつ立ち上がる。
忘れていたとは言え、考え様によっては調度渡りに船だ。
突然渡すのも変だよなぁ、と渡す理由を考えあぐねていた為である。
「その、な。あまり良いものではないかもしれんが……」
「………………え、あの…私に、ですか?」
入り口から入ってすぐ真横の机に置いていた、華やかにラッピングの施してあるその花を手渡す。
部屋に入ってから、特に辺りを見ていなかったエルマにとっては本当にサプライズなプレゼントであった。
「……わぁ…綺麗です………でも、変わったお花ですね。根っこが水に漂ってますけど、これで大丈夫なんですか?」
香りを嗅いだり色々眺めて見ては歓声を上げるエルマ。
内心ガッツポーズを決めたビューリングであった。
「ああ。ヒアシンス、と言うらしい。……その、気に入ったか?」
「……え、あ…はいっ!あ、ありがとうございますっ!?」
花の名前を聞いた途端、何故か突然顔を真っ赤にして驚き出したエルマ。
その後も、エルマは頬に手を当てて、ブツブツと何かを呟いている。
「……どうかしたのか、エルマ…?」
「あ、えと…あの、ですね……っ、ビューリングさん!」
「な、なんだ?」
エルマは両手を身体の前で握りしめると、少し上目使いになりながらビューリングに尋ねた。
「ヒアシンスの花言葉は、ご存知ですかっ!」
「…ッ!?」
予想外の問い掛けにビクリと身体の震えたビューリング。
まさかエルマが花言葉を知っていた?
いや、でもこの花は何と言うか知らない様だったハズ。
目を泳がせながら、どう答えたものかと考え込む。
そんなビューリングの様子を見て、エルマは慌てながら言い訳ついでに今朝の出来事を話した。
「その、ですね……今朝エイラさんから手紙が届いたんです。誕生日おめでとう、って。ただ、一番最後にですね、その、ヒアシンスの花言葉は知っといた方がいいよって、書いてありましてですね、えっと……」
「……く…エイラめ……」
お互いに必要以上に赤くした顔を見合わせては逸らす。
まともに顔すら合わせられないのに
「……その」
「……あの」
そんなタイミングだけはバッチリと合ってしまい、互いに自分の口を塞ぐ。
それが何度か続いた後、どちらからと無く溜め息を吐いた。
何と言うか、一度頭の中が整理されてしまうと自然と頬が緩むのが分かる。
お互いに、なんとも言えない微妙な顔になって向かい合う二人。
そんな中、口火を切ったのはビューリングであった。
「……最初は特に深い意味で買ったんじゃないんだ。なんとなくそれを見ていたらエルマの顔を思い出した。だから本当になんとなく買っただけだったんだが……」
「……はい」
「……花言葉の意味は、買った時に店員が教えてくれた。い、一応、間違っている、訳じゃない……と、思うんだが……」
そうですか、と微笑むエルマ。
ありがとうございます、と大切そうにヒアシンスを抱き抱える。
ほにゃりとヒアシンスの花の向こうで大輪の笑みを咲かせるエルマを見て、ビューリングもゆったりと微笑みを浮かべる。
その笑顔が見れただけで十分であった。
◇
エルマの部屋にヒアシンスの花を置いた後、二人は指令室へと続く廊下をゆったりと歩いていた。
「……ところで、ビューリングさんは突然ケモノさんになったりしませんよね?」
「……智子達と一緒にしないでくれ」
溜め息を一つ、心外だと呟くビューリング。
そんなビューリングの様子を眺めては笑うエルマ。
『あー……その、ニッカさーん?』
ふと、休憩所の方からそんな声が聞こえてきた。
そう言えばカタヤイネン達をほったらかしだったな、と思い出したビューリング。
エルマもすっかり忘れていたのか、チロリと舌を出した。
「ちょっと様子を見て来ますね」
「ああ、先に指令室に行っている」
そのまま、あっさりと別れる二人。
けれども、胸の内に心静かな愛を秘めた二人。
しばらくは、二人共に緩んだ頬は戻らなそうだ。
おわーり