Ein Foto


「あれ? 中尉じゃないか。こんなとこで何やってんだ?」
のんびりとした独特の口調。
振り向かなくても誰だか分かる。
「サーニャなら見なかったよ」
先手を打ってこれからなされるであろう質問を封じる。
「そっかぁ、どこ行ったんだろな」
がっくりとエイラは肩を落とす。
すぐに立ち去るかと思ったが、「ちょっと休憩だな」などと言って私の横に腰をおろした。

そこは彼女の指定席。
501基地にあるこの屋外オープンカフェでは、ときどきお茶会が開かれる。
決められているわけではないけれど、座るのはいつも同じ場所。

私の隣りはいつもトゥルーデ。

嫌だな。思い出しちゃった。
ぜんぜん忘れてなかったけどさ。

そんな気持ちを見透かしたのか、エイラが単刀直入に訊いてくる。
「大尉と何かあったのか?」
「ないよ」
明るく答えたつもりなのに、声がこわばる。
気づかれたかな?
自分とサーニャのことには疎いくせに、他人のこととなるとエイラは妙に鋭いから。

今から2時間前。
起床ラッパとともに私の目覚ましがドアを開いた。
「起きろ!ハルトマン!!」
そこから延々説教を受けつつ、カーテンを開けられ、毛布を剥ぎ取られ、軽くほっぺをつねられて
ようやく私は起きる気になった。

すっきりとしない、ぼやけた視界がだんだんはっきりする。
その中心はもちろんトゥルーデがいた。
それだけで幸せな気持ちになる。
「おはよう」
「ぜんぜん早くないぞ!もう1時間も経ったじゃないか!貴様それでもカールスラント軍人か!!」
「うん、たぶんね」
「何だ?! そのたぶんってのは」
「あれだけ営倉入りをくり返してたら、いつくびになってもおかしくないかな~なんて」
にゃははとおどけて笑う。
だけどトゥルーデは急に真面目な顔になって
「軍が貴様のような才能のあるやつを手放すはずがないだろ。それにフラウがいなくなったら私は誰に背中を預ければ…」
だんだん声が小さくなって、しまいには口の中でごにょごにょと飲み込まれてしまう。

でも言いたいことは大体分かったよ。
要は私が必要ってことだよね?????

私は嬉しくなってトゥルーデに抱きついた。
トゥルーデはすぐに身体を引いたけど、がっちりとつかまえて胸に顔をうずめる。
ふかふかと柔らかいのに自然と顔を押し返してくるこの弾力!
「色よし 張りよし バルクホルン~♪」
ついそう口ずさむと「変な歌うたうな!」と一喝された。
やっぱからかうと楽しいな、トゥルーデは。

「その腐りきった性根を叩きなおしてやる!」
トゥルーデは無理やり私を引き離した。

と同時に紙のようなものが一枚はらりと床に落ちる。
私はそれを素早く拾い上げた。

見覚えのある写真。
宮藤とサーニャの誕生日にみんなで撮ったものだ。
だけど一部が加工されている。
トゥルーデの愛してやまない妹クリスがそこにいた。
ちなみにクリスは目下入院療養中で、言うまでもなく誕生日会には参加していない。
あからさまに別の写真から切り取られたクリスは、よりにもよって私の顔の上に重ねられていた……。

それで私は部屋を飛び出してしまった。
普段どおり「これだからシスコンは」とかなんとか言ってごまかしてしまえば良かったのに。
でも、できなかった。
胸の奥の奥がずきずきと痛む。うっかりすると泣いてしまいそうだ。
性根が腐ってるのはどっちだよ。
そんなにクリスがいいなら、いつも似てるからってかまいたがる宮藤の上に貼ればいいじゃないか。
私が必要なのは戦闘中だけ? それとも存在自体邪魔なの?


そこへ通りがかったのがエイラだった。
その後もエイラは黙って私の側にいてくれた。
誰かが近くにいるだけで、こんなにも安心できるものなんだ。
悲しさは少しも薄れなかったけれど、ようやく落ち着くことができた。
あのまま独りでいたら、もっと落ち込んでいただろうから。
お礼を言おうと、私は深呼吸してエイラを見た。

エイラは眩しそうに目を細めて空を見上げている。
色素の薄い赤味がかった髪と白い肌。
思わず息をのむ。

「あんま…じろじろ見んなよな」
そうたしなめられて我に返るまで、私はエイラに見惚れていた。
その間トゥルーデのことは頭から消えていた。
完璧な芸術品でも眺めるように私はその美しさに酔っていた。

だけどそんなことおかまいなしに、エイラは突然「サーニャアアアアアアアア」と叫んだ。
永遠に損なわれないかと思われた美があっさりと瓦解する。
「サーニャ、どこに行ったんだぁあああああああああ」

やっぱりエイラはこうじゃないとね。
きれいなことを気づかせないくらいのヘタレぶり。
私がふきだすと、つられてエイラも笑う。
それにしてもちょっと姿を消すだけで、こんなに探してもらえるサーニャが羨ましい。
トゥルーデなんて追いかけてもこなかった。
ってまた思い出しちゃった……。

私が吐いたため息を払拭するかのようにエイラが陽気に言った。
「そういえばさー、おもしろい話があるんだな」
「おもしろい話?」
「きのうルッキーニと2人で大尉にいたずらしてやったんだ。大尉ってほら、自分と妹のツーショット写真、
 何枚も現像して持ってるだろ?
 肌身離さず持ち歩いてるから、すぐぼろぼろになるとか言い訳して」

よりにもよってトゥルーデとクリスの話か。
空気が読めるんだか読めないんだか。
「だからさ、そのうちの1枚をちょっと拝借して、妹の顔だけ切り抜いてさ」
ん?
「サーニャの」
もしや…。
「あ、あと宮藤もだったな」
まさか……。
「2人のバースデイパーティーの時に」
よもや………。
「撮った写真の」
「私の顔の上に貼った?」
「そうそう!こそっと上着のポケットに戻しておいたんだけど…あれ?
 中尉が知ってるってことは、もうバレてる?」
エイラは目をぱちくりさせながら私を覗き込んだ。

頭を抱えて足をばたばたと動かす。
冷静に考えてみれば、あの堅物トゥルーデがそんなバカなことするはずがない。
そんないたずらをするとしたら、エイラかルッキーニか……私くらいなものだ。

や、やられた。

私の思わぬ反応に驚いたエイラが肩を揺さぶる。
「どうしたんだ? 腹でも痛いのか? 落ちてるもんでも食ったのか??」

次どんな顔でトゥルーデに会えばいいのだろう。あんなことぐらいで傷ついて逃げ出すなんて。
トゥルーデはどう思ったのかな? 呆れてたんじゃないだろうか。

それもこれもみーーーんなエイラとルッキーニのせいだ!
怒りの矛先が決定すると私は急に強気になった。
怒らせると怖いんだぞ!!
それぞれに最も効果的な罰を与えてやる!!!
ここにいないルッキーニは後回し。
沈んでいる私を励ましてくれた恩はあれど、もともとの原因は今目の前にいるエイラにある!

絶好のタイミングで敵のウィークポイントとなる人物がこちらに歩いて来るのを発見する。
空中戦と同様、攻撃の段取りを瞬時に組み立てる。
「な、何だよ。その嫌な目つきは…」

作戦開始。
サーニャからよく見えるように、立ち上がってエイラの正面へ回り込む。
私の行動が読めないエイラは不思議そうに首を傾げた。
この角度ならばっちりだ。私は指をすーーっと動かしながら言った。
「あ、サーニャだ」
「サーニャ!!!」
途端にエイラは警戒を解き、目を輝かせて、私の指差すを方角を見る。

名づけて“サーニャの目の前でほっぺにチュウ作戦”。

これで相当のダメージを与えられるはずだ。
まんまと横を向いたエイラの頬に私はそっと顔を寄せた。

が、大切なことを忘れていた。
エイラには先読み能力があったのだ。
あともう少しというところで、私の企みに気づいたターゲットは慌ててこちらに顔を戻した。

で、

私とエイラは不覚にも本当にキスしてしまった。

両手で口を押さえ言葉にならない悲鳴をあげるエイラ。
あ~らら。もしかして初めてだった? まさかね。
私はだいぶ前に寝ているトゥルーデに勝手にしちゃったからいいけど。
「そんな動揺している暇ないんじゃないの~?」
意地悪くだんだん小さくなるサーニャを顎でしゃくる。
「違うんだ!サーーーーーーーニャーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
半泣きになりながら全速力で追いかけて行くエイラ。

計画通りにはいかなかったけど、復讐成功★
にんまりしながらエイラの背中に手を振る。

「貴様というやつは…」
真っ黒な影が私の上に落ちた。
いつの間にかトゥルーデが私の後ろで、こぶしを握り締めている。

「心配してきてみれば、よくも抜け抜けと接吻など…」
冷たい目で私を見おろしながら、トゥルーデは乱暴にテーブルの上に写真を叩きつけた。
クリスがきれいに剥がされている。
私がそれを見たことを確認すると、もう用はないとばかりに踵を返した。

「待って」
呼び止めたが無視される。
「待ってってば!」
トゥルーデは振り向かない。私は大声で叫んだ。
「いつから見てたの?」
やっと足が止まった。

ゆっくりと振り向いたその表情は予想とは大幅に違っている。
怒っているというよりは悲しそうだった。
まるで、少し前の私みたいに。

私はかけよってトゥルーデの腕をつかんで言った。
「あれは事故だから」
経緯を説明しようと、もう一度口を開く前に、上着の袖でぐいっと唇をぬぐわれる。
「フラウは奇襲が得意だからな」
薄く、そしてなぜか自嘲気味な笑みを浮かべながらトゥルーデが言う。
「寝込みを襲ったり、隙をついたり」
「ストップ!ストップ!!!寝込みって、もしかしてトゥルーデ、あの時起きてたの?」
「カールスラント軍人たるもの、いついかなる時も敵襲に備えているものだ」
は、恥ずかしすぎる。
穴があったら地球の裏側まで掘って逃げ出したい!!
実際、その場を離れようとしたのに「今度は逃がさないぞ」とトゥルーデにがっちり押さえ込まれる。

「エイラはともかくサーニャまで傷つけるのはよくない」
言われてみれば確かにその通りだった。後でちゃんと謝らなきゃ。
それまでにエイラが何とかしてくれますように!
はかない希望をヘタレにたくしていると、トゥルーデが私の顎をくいっと持ち上げた。
「今度から襲うのは私だけにしておけ」
聞き間違いかと耳を疑っているうちに腰に手を回され、トゥルーデの顔がどんどん近づいてくる。

  キスされる

と思った瞬間、私は顔を背けていた。
恐る恐る目を開けると、トゥルーデが泣きそうな表情で「私とするのは嫌なのか?」と問うた。

あ、この展開はまずい。このままじゃトゥルーデが誤解してしまう。
こんな小さなことにこだわるところなんて見せたくないけど、トゥルーデを傷つけるよりはよっぽどマシ。

私は覚悟を決めた。

「だって、だってこのままだとエイラとトゥルーデが間接キスしちゃう」

私の言葉にトゥルーデは一瞬ぽかんとした後、盛大にふきだした。
だから言いたくなかったのに。

「そんなこと気にしてたのか。バカだな。それにさっきちゃんと拭いただろ?」
トゥルーデは優しい手つきで私の髪を撫でる。
バカでいいもん。
そんなことでも気になっちゃうくらい好きってことだよ。
言ってやんないけどね。

「余計なことは考えるな」
とトゥルーデは私の頬を両手で包み込みながら言った。
うん。そうする。
素直に目を閉じると、唇がゆっくりと重ねられる。

やわらかくて、少し冷たくて、でも気持ちよくて。

エイラとはぜんぜん違う。
胸がトゥルーデに伝わっちゃうんじゃないかってくらい高鳴っている。
幸せすぎると泣きたくなるんだね。 どうしてかな?
だけどそんな感情の整合性なんて考えられるほどの思考力は残ってなかった。真っ白。

唇が離れるとトゥルーデは照れ隠しなのか、すぐに目を逸らした。
耳まで赤いよ、トゥルーデ。
こんなトゥルーデを見れたんだから、ルッキーニへの罰は帳消しにしてあげよう。


エイラには悪いけど、ね。


コメントを書く・見る

戻る

ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ