ヒロイン


エイラが楽しそうに笑ってる。

なぜそれが面白くないのか。
なぜそれが悲しいのか。
よくわからないけど、いやな気分。

ただ芳佳ちゃんと仲良くおしゃべりしてるだけなのに。
ただ、それだけなのに。
エイラがいなくなったような、私から離れていったような、とても悲しい気分になっている。


もうやだ。帰ってきてよ…。
つまんない。寂しいよ。
早くこっちきて笑顔を見せて。誰かとおしゃべりして笑ってる顔じゃなくて私だけに見せてくれる優しい笑顔。
それからぎゅって抱きしめてくれれば言うことはないんだけど、そこまでしなくてもいいから。
にっこり笑って、眠くないか? っていつもみたいに聞くのよ?
そうしたら私は眠いって答えて、エイラの胸で眠るんだから。

ね? だから早くこっちきて…。


でもエイラは私から離れたところでずっとおしゃべりしてる。
腕を使って、指を使ってお話してる。
笑ったり、真面目な顔をしたり、少し困ったような顔をしたり、なぜか顔を赤くしたり、また芳佳ちゃんと一緒に笑ったり…。


そういえば私はくるくる表情がかわるエイラをあまり見たことがない。
それは私の口数が少なくて、眠ってばかりで、エイラを困らせてばかりだからなのだろうけど、こんな表情が見れる芳佳ちゃんがうらやましかった。

2人とも本当に楽しそう。なんのお話ししてるのかな…。
あ…、エイラが芳佳ちゃんを小突いた。
私にはしたことのないふれあいかた…。

どうして私にはないのかな。
それもやっぱり私がしゃべらないから。眠って、ぼーっとして、エイラを困らせてるから。
自業自得なはずなのに、つつかれた額を押さえながらも楽しそうに笑う芳佳ちゃんがうらやましかった。

そしてその横でエイラも笑っていて。

ずきり、と胸が痛んだ。
もしかしたらエイラは私と一緒にいるよりも芳佳ちゃんと一緒のほうが楽しくて嬉しいのかもしれない。
……いや、もしかしなくてもそうだろう。
普通はこんな暗い子と一緒にいたって楽しいはずなんてない。みんながいるところのほうがいいに決まってる。
今までは私が1人でふらふらと危なっかしかったから優しいエイラがそばにいてくれただけなのだ。
私がエイラを求めていたから。優しさを、愛情を求めていたから、そばにいてくれただけ。


えいらはわたしのひーろーでしょ。
ひーろーはひろいんのそばにいなきゃいけないんだよ?

いつのまにか私の中で決めていた。エイラがヒーローで私がヒロイン。
事実エイラには何度も助けられて、私が困っているとすぐに飛んできてくれた。
それに、たまに頭をなでてくれた時にはものすごく優しい顔をしてた。
だから全然疑ってなかった。私たちはこのままずっと、いつまでも、どこまでも一緒だって。

でも、そうじゃない。

エイラの本当のヒロインは私じゃなく、芳佳ちゃんなんだ。
私とは正反対な女の子。
料理が得意で明るくってみんなをひきつける魅力を持ってる。
優しくて、かわいくて、それでとても強い女の子。
私なんかが勝てる相手じゃない。

そう、こんな醜い感情を持ってる私なんかが勝てるはずない。
エイラは楽しそうにおしゃべりしてるのにそれに腹をたててるだなんて。


ごめんね。エイラ。
私…、悪い子だよね。
エイラの幸せを素直に喜べないの。自分のことばかり考えてる。

お部屋に…戻るね。
もう、見てられないや……。



自分の部屋のように使ってきたエイラの部屋。
今日だけだかんな、というお許しの言葉に甘えて毎日エイラのそばで丸くなってた。
枕と、お気に入りのぬいぐるみも持ち込んで、エイラの匂いのする毛布にくるまっていた。
背中越しにエイラの気配を感じてなんだか嬉しくなって、寝ぼけたふりして抱きついたこともあったっけ。
とにかく私はエイラのあったかい身体と心が大好きだった。

だけど。

もう迷惑かけちゃいけない。
もう困らせてはいけない。
自分の部屋に戻らなくちゃ…。

枕とぬいぐるみを掴んで立ち上がると涙で視界が歪んでいて。
しかも自分の部屋に向かうはずの足が動かなくて。
1歩も、動けなくて…。
私はまたエイラのベッドに倒れ込んでしまった。


なんで私はこんななんだろう。
なんで芳佳ちゃんみたいに強くなれないんだろう。
なんでエイラみたいに優しくなれないんだろう。
ただ、おしゃべりしてただけなのに。
本当にそれだけなのに。
エイラが芳佳ちゃんに笑顔を見せる度に苦しくてしょうがなかった。
そして、そんなふうに腹をたてている自分が嫌だった。


涙が溢れて止まらない。
エイラに会いたくて、触れたくて、感じたくて。
でもこんな私はエイラのそばにいれない。いちゃいけない。
エイラの負担になるから。重しになるから。
また1人で眠って1人で空を飛んで1人で過ごすだけ。ここに来た時に戻るだけ…。


……そんなの、イヤだ…。

戻りたくない…。
エイラのぬくもりから離れたくない。
いくら迷惑だとしても、いくらお荷物になっていたとしても、私はエイラが大好きだから……。
エイラの隣にいたい。エイラのそばにいたい。
エイラと一緒に過ごしたい。エイラと一緒に空を飛びたい。
このはちきれそうな想いをむりやり抑えつけて離れて生きていくことなんてできない。
できるわけがない……。


半ば無意識にぬいぐるみを抱き寄せた。
エイラの姿をしたぬいぐるみ。
そのかわいらしい体を抱きしめ頭にキスをする。
本当のエイラを思い浮かべて…。


「えい…らぁ……」

かすれた声で名前を呼ぶ。
届かない想いと知っていても。
今、エイラは芳佳ちゃんと一緒にいる。
私がいなくなったことにも気がついていないだろうけど、呼ばずにはいられなかった。


「えいら…。えいらぁっ……!」

あなたが好きです。大好きなんです。
あなたのそばにずっといさせてください。
あなたと一緒にどこまでも飛ばせてください。

私を、あなたのヒロインにさせてください……。




「サーニャっ!!」

突然、ドアが開いた。
驚く隙も与えずその人は私に声をかける。

「サーニャ! 大丈夫!? 具合でも悪いの!?」

とても慌てた様子のその人はまさしく私のヒーローで。
おでこに手を当てたり脈を計ったりせわしなく動いて、私の目から流れていた涙に気がついて動きを止めた。

「っ…、サーニャ…?」

当たり前だ。誰だって泣いているのをみたら戸惑うはず。
しかも、それが自分の名前を呼びながら泣いていたら余計に。

「サーニャ…? えっと…、ごめんな?」

なんであなたが謝るの?
勝手気ままに迷惑ばかりかけて、困らせていたのは私のほうなのに。

なんであなたが泣きそうな顔をしているの?
わがままな想いを抑えきれずに泣いていたのは私なのに。

わからない。

でも、この人が私をすごく心配してここまで来てくれたのだというのはわかった。
まるでヒロインのピンチに駆けつけるヒーローのように。


「ぐす…、えいらぁ……」
「ごめん、ごめんな、サーニャ……」

謝りながら、抱きしめてくれた。

もう我慢ができなかった。
溢れる涙と一緒にこの想いをぶつけていく。

ぶつけていきながらなんて言われるかがとても怖くて、怖くて…。
それでも、抱きしめてくれるこの人から勇気をもらい、背中を叩く手から力をもらい、全部ぶつけることができた。


しかし、エイラは抱きしめる力を一瞬強め、私から離れていった。


わかっていたことだ。
エイラの大事な人は私ではない。
だけどやっぱり離れていく姿は見ていられなかった。
悲しくて悔しくて。
寂しくて恐ろしくて。

また、涙が溢れた。


「ばかだなぁ」

そう、私は馬鹿だ。
散々迷惑かけて、わがままを言っておきながら、あなたが好きだから離れていかないで、だなんて。

「なんでまた泣くんだよー」

そう言って、涙を拭ってくれる。
その行為がまた悲しかった。


「私さ。サーニャが大好きなんだ」

え――?

びくり、と体が震えた。
たった今自分がぶつけた言葉が、この人の声で聞こえた。
大事な想いを伝える言葉が。大事な、大事な人から。


うそ。
だってあなたは――

「うそなんかじゃない。サーニャが好きなんだ」
「だって、だってあなたは芳佳ちゃんのことが……」
「宮藤ぃ? んなわけないって。私の一番はサーニャだもん」
「ほん、とうに…?」
「ああ、大好き」

いつも見せてくれていたとても優しい笑顔。
少し恥ずかしそうにはにかんで、だけどもしっかりと私に笑顔を見せて。

「へへ…。だからさ、サーニャこそ私から離れていっちゃ、だめだぞ?」

ずっと、いっしょだ。

エイラが、そう言ってくれた。

「でも、わたし…、えいらに…迷惑ばかり……」
「しつこいー」

ぴん、と額を人差し指ではじかれて。

「一緒にいたいってサーニャも言っただろー?」

ぴし、ぴしとつつかれる。
優しくだったけど、やられた額の痛みがなんだか嬉しかった。

「迷惑かけたっていいじゃんか。私だって、サーニャにいっぱい迷惑かけてんだ」
「ううん…、えいらは――」
「かけてんだよ。だから、気にすんなって」

な。

そう微笑んだ顔に嘘なんてなかった。


やっぱり、この人はヒーローだ。
こんなに私のことを救ってくれる。
救いだして、優しく抱きしめてくれる。

「おいで、サーニャ」

暖かく、包み込んでくれる……。



―――――――

「ん。起きた?」

おはよ。サーニャ。

耳元でエイラの声がする。
顔を向けるとびっくりするぐらい近くにエイラがいた。
どうやら眠ってしまった私に腕まくらをしてくれていたらしい。
それにおなかの上では指をからめて手をつないでいて、今までにないくらいそばにエイラがいてくれた。

嬉しさやら恥ずかしさやらで動けないでいると、唇に柔らかいものが触れて。

「にひひ…。おはようのちゅー」

顔が燃えたかと思った。

顔だけじゃない。熱いものが溢れて私の中を埋め尽くしていった。

ほんの少し触れただけなのにそれくらいの破壊力を秘めたエイラのキスと笑顔は当の本人にも跳ね返り。
2人とも顔を真っ赤にしながらつないだ手に力をこめて。

もう一度、今度はしっかり唇を重ねた。


END


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