スオムス1946 ピアノのある喫茶店の風景 8月18日、遅い昼食と陽光の夕暮れ。


 …………。
 ふぅ、なんか疲れたぞ。
 ま、サーニャも喜んでるからいいかな。
 なし崩しに本日のもうひとりの主役となった宮藤と、あの少佐からのプレゼントなんだもんな。……ビン底メガネは置いておくとして……。
 これ以上は何も言うまい。
 ……いや、まだ確認すべき事があるな。
 宮藤の首に手を回し、再びヒソヒソモードへと入る。

「宮藤、あの扶桑人形、サーニャはまだなのか?」
「サーニャちゃんのは、どうかなぁ、出るかなぁ?」
「なんでだよ、サーニャもオラーシャ英雄だぞ、出て当然だろ」

 わたしが出てサーニャのが出ないなんてありえないだろ。

「えと、それはそうなんだけど、扶桑のウィッチ以外は撃墜数が多い人から企画が進んでるみたいで……あ、ちなみにカールスラント組は世界のエースシリーズとはまた別枠らしいですよ」
「そんなのはどうでもいいんだよ。まずはサーニャの……」
「はいはいそこじゃれあってないで、食事の準備しますよ」

 エキサイトしかけた所に割ってはいるビン底メガネ。むぅ、仕方ない、それは後で問い詰めるとするか。
 確かに腹は減ったしな。

「ウジュ、すっかり冷めちゃったから、軽くあっためなおすね」

 ルッキーニがパスタのソースの入った鍋を火にかけ、ニパやエル姉が食器を並べたりテーブルを揃えなおしたりしていく。
 そこにビン底メガネが何か風呂敷包みを取り出した。
 なんかさっきの宮藤のと似てるけどこちらの方が少し小さめで、それでいて重そうだった。
 見れば宮藤も何か用意しているっぽい。色んなもの持ってきてるんだな……そっか、それだけサーニャの誕生日を祝ってるって事だよな、関心関心。
 そしてわたしの気持ちを代弁するかのようにエル姉がビン底メガネに尋ねた。

「あれ? ハルカさん、それは何ですか?」
「そういえば、わたしと準備してたときは無かったですよね。そんなお重いつの間に?」

 宮藤も疑問を口にする。ビン底メガネが秘密で用意したものなんてどうせろくでもないものだろうな。
 何かやらかす前に止めておこうかと思ったけど矢面に立っているのがエル姉と宮藤だから大丈夫だろう。
 あの二人なら何か起こってから止めてもまぁいろんな意味でダメージは少なそうだからな。

「ふふふ、ホラこれ見てください」
「色つきの、ご飯?」
「チキンライスじゃないみたいだけど……」
「入っているのは、豆?」

 みんなお腹がすいているせいかその変わったライスの登場に興味津々になる。

「それって確か、オセキハン?」
「其の通りです! 扶桑では祝い事があるときにお赤飯を炊くんです」

 お赤飯、か。そういえば宮藤か坂本少佐から聞いた事がある気がするな。
 そんなお赤飯の思わぬ登場に宮藤が喜びを押さえきれずに身を乗り出して質問。

「でも迫水さん、いつの間に用意できたんですか?」
「スオムス長かったですから、ヘルシンキの日本料理屋をチェックしてあったんですよ」
「へ~」
「そのお店に連絡して頼んだら快く作ってもらえました」
「凄いです、迫水さん!」


 単なる変態ビン底メガネかと思ってはいたが意外と気が回る奴じゃないか。
 そういえばお菓子作りが得意とかって言うのも聞いた事あったっけかな。

「ありがとうございます、迫水さん」
「お赤飯は諦めてたのに……わたし、感激です」
「迫水にしては気がイイコトをするな」

 残念なボリュームの胸を張って得意そうにする迫水。結果的にサーニャも喜んでるみたいなんでビン底メガネから迫水に昇格だ。
 そんなわけで食卓にはスオムス、ロマーニャ、扶桑の料理が並んで思った以上に賑やかになった。
 で、食べ始めたわけだが……。

「甘っ! ななななにこれっ!」
「どうしたんですか迫水さん……って、甘い!」

 何だか扶桑組が叫びを上げる。なんだ、例のお赤飯か?
 スプーンで赤いライスを口に運ぶと、確かに甘い。
 不思議な感じではあるけど、なかなか悪くはないよな。でもどうして二人は甘くて驚いてるんだ?

「へー、変わってるね。甘いライスなんだ」
「甘くて美味しいじゃないか。何で二人とも驚いてるんだ?」

 ルッキーニは気に入った様子で、私は二人の態度に対する疑問を口にする。

「甘いはずないんですっ! お赤飯って言うのは小豆の風味で……」
「あ、これって、小豆じゃなくて金時豆の甘納豆ですよ」

 どうやら二人の思うものとは違うらしいと言う事を迫水が主張し始めた所で宮藤が何かに気付いたみたいだ。
 っていうか甘納豆……ってぇ! これってあの納豆か!? ……にしちゃあこれ、粘っこくもないよな。

「何よっ! あの料理屋のおっちゃん! ヨリによってなんてもの間違えてるのよっ!」
「あ、でも聞いた事ありますよ。北海道の方とかだとそういう風習の所もあるみたいです」
「オイ宮藤、これってあの納豆なのか? 随分と雰囲気違うと思うんだけどさ」
「えと、これは納豆じゃなくて甘納豆です。同じ納豆と呼ばれてはいますけれど別物ですよ。材料も作り方も全然違います」
「そっかぁ、安心したぞ。ま、全然見た目も味が違うしな。でもちょっと驚いたな」
「うーん、何でみんなそんなに納豆を嫌うんですかねぇ」

 小声で呟く宮藤。まぁその変は文化の差だから諦めろ、悩むな。
 わたしだってロマーニャ人がサンドウィッチを認めないことに頭を悩ませたんだからな。

「まー細かい事は別にいーじゃん。甘くて美味しいよ」
「うん、私、こういうの好き」
「ま、おおむね好評なんだからさ、お前たちが思ってたのと違うからってカリカリすんなよ」

 他の連中はともかくサーニャがいいといってるならばもうわたしに言う事はないさ。

「うーん、ま、皆が喜んでくれてるんだったらいいけど……」
「今度機会があったらうちのおばあちゃん仕込のお赤飯をご馳走したいです」
「おう、その時は宜しくな」
「楽しみにしてるね、芳佳ちゃん」

 そんな感じでちょっとばたばたしながらも誕生会は続く。
 意外だったのはルッキーニの料理がかなりうまかったことだ。
 でも考えてみると食にこだわるロマーニャ人な上に母親も料理上手らしいんだよな。
 さらには何かとスパムで満足するシャーリーを自分の手で強制してやる!っていう決意もあったみたい。
 そりゃあ上手くもなるわな。
 久しぶりに会ったり初対面だったりする人間ばかりだから、ただお互いの話しをするだけだってあっという間に時間は過ぎていく。
 途中ルッキーニが勝手に探し当てたワインをあけ、何人かがジュースとだまされて飲んでからと言うもの上がり続けるテンションはとどまる事を知らない。
 一例を挙げると、酔ったハイディが抱き癖発動して宮藤が至福のひとときを過ごし、次にサーニャが抱かれて今度はわたしの番だ!
 って思ったらニパとエル姉が前後から抱きついてきてハイディは別のターゲット……具体的にいうとビン底メガネに抱きついた。
 この一件にて再びわたしの中での脳内呼称が「迫水」から「ビン底メガネ」に再び格下げになったのはいうまでも無いぞ。

「ふぁ~あ」

 唐突に欠伸が漏れた。
 場のテンションの高さに誤魔化されてたけど、そういえば夜更かしした上に仕込みの為に朝は比較的早起きだったから、眠いなぁ。
 そう思って周りを見たらルッキーニがハイディの胸に抱かれて寝息を立てていた。
 等のハイディはちょっと困った顔をしながらもルッキーニを受け入れて優しく頭を撫でている。
 それを羨ましく思いつつも、まぁルッキーニじゃ仕方ない、と思ってしまう。
 本人のキャラの事もあるし、第一コイツってば寝るの大好きだっていうのにわたしと一緒に夜更かししてわたしと同じ時間に起きてたんだもんな。
 こっちが今眠いんだから、当たり前といえば当たり前だ。
 ま、後でルッキーニが垂らすであろうヨダレを拭き取るという名目で合法的に触らせて貰うとするかなー。

「エイラ、眠い?」

 周りが思い思いの会話を楽しむ中で、眠気にポーッとしながらそんなことを考えていると唐突に背中から声をかけられた。声の主はサーニャだ。

「サーニャ……ん、わたしはまだまだ元気だぞ」
「無理しないでいいよ。夜遅くて、朝は早かったんでしょ。それに、もうだいぶ遅い時間だし」

 それもそうだ。
 時間的にはもう夕方から夜といっていいんだけれど、白夜に慣れてない連中は今の時間を把握できてないんだろうなぁと漠然と思いつつも敢えて黙っていたりする。だって後で教える方が面白そうじゃないか。
 スオムスの大地での生活の一端をその身を持って味わうがいい。ニヒヒ。
 とか思っていたらサーニャがみんなの方に向けて口を開いた。

「みんな、外はまだ明るいけどそろそろ時間を気にしたほうがいいよ」
「え? なんで?」
「あ、そういえばスオムスのこの時期は白夜だったわね」
「え? 白夜?」

 すぐさまピンと来てる様子のビン底メガネに何だかよくわかっていない様子の宮藤。

「白夜って言うのは……」
「ああっ! 確かにいつの間にかこんな時間ですっ!」

 ビン底メガネの解説を遮るように時計を見ながら叫びを上げる我らがスオムス空軍少佐。
 オイオイ、エル姉。
 それはスオムス生活最年長の言葉じゃないって……。

「ではそろそろお開きでしょうかね……楽しい時間が過ぎるのはあっという間ですね。何だか寂しいです」
「あの、解散の前にもうちょっとだけみんなのお時間をいただけますか?」
「あ、はい! それは勿論っ! …………よろこんで……」

 サーニャのそんな提案に脊髄反射的に叫びかけてから胸元の眠り姫のことを思い出して声のトーンを下げるハイディ。
 むぅ、つくづく強力なライバルだと思うんだが、あのおっぱいとは対立したくないよなぁ。

「でもサーニャちゃん、どうしたの?」
「ふふ、これだよ、芳佳ちゃん」

 サーニャは柔らかく微笑むと胸に抱いた紙束を示し、ピアノへとむかった。
 よどみない動作で演奏の準備を始め、静かに着席した。
 みんなの目が、耳がサーニャに惹きつけられてるのが解る。
 かく言うわたしもその例外じゃない。
 眠気のせいでぼうっとした世界の中で、サーニャの存在だけがくっきりと感じ取れてる。

「お父様が……」

 注目されてる事を感じて恥ずかしさが先にたったのか、頬を少しだけ赤らめながらサーニャの唇が言葉を紡ぐ。

「皆さんにお返しをしなさいって、言ってくれたの」

 紙束は楽譜だった。

「お前のことを祝ってくれる方々に、しっかりとお返しを出来るようになりなさい、って」

 楽譜を置いて、開く。

「お父様からのプレゼントはその手助け。それがこの曲」

 瞳を閉じて、一息ついて。

「だから、今日集まってくれた人たちと、関係する人たちと、私の一番大切な人に、この曲を届けます」

 そして、演奏が始まった。
 とても優しいピアノ。
 あの雨の日よりもずっと深い思い。
 今までのサーニャのピアノの中で一番ステキな旋律。

 ……なのに、そんなステキな独奏会だったというのに、わたしは最後までそれを聞く事ができなかった。
 言い訳させてもらえるならば、その曲があまりにも優しすぎて、伝わる音だけでサーニャに包まれてるみたいで、何だかたまらないくらいに幸せな気持ちになっちゃって意識を閉じざるを得なかったというかなんというか……。
 と、いつものわたしならこの件で自己嫌悪に陥っちゃってどうにもならないくらい落ち込んでしまいそうなのに、次の日以降も問題なく普段どおりの生活を営めたのは多分あの夢のお陰なんじゃないかと思う。
 ちなみに夢の内容というのは……端的にに言うとこんな感じだ!

「エイラにはいつでもお返しを届けられるから……だから今日はおやすみなさい……ちゅ」

 ナンテナー。
 そりゃあもう寝るしかないだろー。
 もう思い出すだけでにやけが止まんなくなっちゃうよな。
 でも、夢なんだよなぁ。
 いつか現実にそんなことになったら……ムリダナ。



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