Love Love Nightmare リアル智子編(完結編)
――私は女好きだった。
変わることのない事実に気付いたのは最近だ。
恋、もしくは愛という感情で鼓動が高まる。
何が切っ掛けかは分からない。でも、初めて淫夢を見た時の相手は智子だった。
それ以降の夢は、混乱した私の精神がその日印象に残った会話や体験から作り出した幻想だった。
ジュゼッピーナに教えられ、全てに気付き、素直になれた。
隊員達の後援と、激励。それがあったからこそ、今私は、自信を持って言える。
「……好きだ」
口の渇きがひどい。若干かすれてしまった告白は、ちゃんと届いただろうか。
艶やかな黒髪の中の潤んだ瞳が私を見つめて、左右に揺れていた。
私の言ったことが理解出来ないでいるらしい。瞼は何度も開閉を繰り返して、唇も何かを言いたげに震えていた。
おかしいな。ちゃんと舞台も整えたし、伏線も山ほど張ってここまでこぎ着けたというのに、どうも手応えが無いように思う。
まず智子を昼食に誘う。話したいことがある、と。スラッセンで用意させた最高級料理にお持て成し。落ち着いた演奏と、緩やかな照明。
ワインも高いものを予約して、一通り食事が終わったとき、私が言った。
雰囲気重視の、私が思いつくなりの格好いい智子攻略法のはずだ。それなのに何故智子は不思議そうな表情のまま、ワイングラスを片手に固まってるんだ……?
ま、まさか……引かれた? え、智子ってハルカにやられまくってもう堕ちてるはずじゃ……?
そんな馬鹿な……、私が一人で突っ走って、何の前触れもなくレズに目覚めて勢いなんかで告白したと思われた?
い……いや、食事中にこれまでにあったことは全部話したし、もう体調もすこぶる元気だと教えたはずだ。
いやだってほら、デザートを食べている最中には若干アルコールも回ってきて頬も赤く見えたし、行けると思っていたのに!
絶望と共に、一度俯いた視線を智子の顔へ戻した。
「…………」
まだ固まってる……。も、もうだめだ。これ以上のこの沈黙は私が持たない……誰か、誰か解放してくれ!!
グラスのワインを一息で飲み干して、両手を膝の上で握って、泣きそうになる自分を抑えた。
顎とか震えっぱなしだし、歯もかちかち音を立ててうるさい。呻き声のような苦しい声が喉を突き破って出てきそうになる。
辛うじて、下唇を強く噛んで押さえ込むことで、涙は溢れずに済んだ。
そのタイミングをまるで見計らったかのように、智子の凛とした、落ち着いた声が耳に入った。
「ビューリング、……私は」
「……ノーマルだ、と言うんだろう……?」
「……」
ここで、沈黙か。……やはり私の告白は失敗したようだ。かくなる上は、ハルカとジュゼッピーナに弟子入りでもして、夜な夜な智子を襲う組でも入って……あんなことこんなことをしてやろうか。
「い、今まで、そういうことを言われたのは何度も……あるわ。でもそれは、憧れから来るものであって……」
ゆっくりと、考えながら口に出している様子の智子。両手が右に左に、くるくる回ったり忙しい。
「ハルカやジュゼッピーナのあれも……その、そういう感情の延長だと思うのよ」
つまり、私のこれも同じような物だというのか。……私は、戦場で飛び、皆の上に立つ智子に惚れたというのに。
「…………“でも”」
「……?」
「今のあなたの言葉は、今まで受けたどんな愛の告白よりも鋭く、私に届いたわ」
「え……」
「扶桑にね、“言霊”って考え方があるのは知ってる?」
首を横に振った。残念ながら扶桑についてはよく知らない。……ウィッチは、美人だと思うけど。
「言葉には力があるっていう信仰のことなんだけど。お経とか、呪符とか。そういうの……えっと、ブリタニアなら、神への祈りみたいなものかしら……」
それならば、なんとなく理解出来た。なので、今度は首を縦に振った。
「分かってくれた? それと同じようにね、扶桑では言葉の重みっていう言い方もあるのよ。その言葉にはどれだけの思いや、考え、裏があるかどうかで、重くなるの」
格式じみた固い文章よりも、ラブレターのような、自分の言葉で想いの丈を語った物の方が、価値があるのと同じ事よ、と智子は言った。
なら、ポエムだとか……唄というのも、そういう類なのだろうか。
「……それは、何が言いたいんだ……?」
「ビューリングの“おもい”の言葉は、しっかり届いたわ」
「よ……よかった」
「その、ビューリングから、こんなに物が詰まった言葉が出るとは……思わなくて、固まってしまったわ。……誤解をしてしまったのなら、ごめんなさい」
「いや、いいんだ。……それで、返事は……」
自分でも、声が小さくなったことに驚いた。本当に、恥じらう乙女のように変わってしまった自分。こんな自分が居るということも、新しい発見だ。
声のトーンも普段より高いというか、上ずっているというか……。私らしくないと言えば、私らしくない。
「私……自信が無いわ。ビューリングと付き合うとしても、リード出来るとは思えないし、嬉しいと思ってくれることとか、多分出来ないし……」
「そ、それは! ……私もだ。きっと、依存するだろうし、自分勝手で迷惑を掛けるかも知れない。そう考えると、自信は……無い…………」
自虐にも程があった。しかも智子にしてみれば、今の言葉は半端な気持ちで告白したのでは、と勘繰ってしまえるセリフだった。後悔は、常に遅い。
……だが、巻き返しは出来るはずだ。
「け、けど! 私は、智子と一緒に居たい。生きていきたい。ウィッチとして引退も見えてきた身だからこそ、こうやって思うのかも知れない」
大きく息を吸って、続けた。
「好きだから。そういうことはお互いで考えていけばいいし、自分にやれることなら智子にしてあげたい。……も、もし私に喜んで欲しいなら、頭を撫でてくれるだけでも、いいから……!」
言った後に、ひどく恥ずかしいことを口走ったことに気付いてしまった。うぅ……と声が絞り出されて顔が熱くなるのを感じた。
駄目だ、智子の存在が私をおかしくする……。智子に褒められるためならば例え草でも食べるだろう。それくらい。
ほ、ほら、韮とか齧って『……これうま』って。
「…………」
見ると、智子は右手で頭を掻いていた。何かに耐えるように、目を瞑って。
「ビューリング、いつの間にそんなに可愛くなったのよ…………」
なんか、色んな箍が外れそうよ、と智子はそっぽを向いて、頬を膨らませた。
「なに? 使い魔なの? 使い魔がそうさせるの? ん?」
「い、いや……カップルには、攻めと受けが居て、私は……」
ジュゼッピーナから教え込まれた知識を、指先のもじもじと共に披露した。
「智子と同じくらい受けな体質だから、智子以上に受けになれば、智子でも攻めることが出来るから相性が云々……」
ジュゼッピーナ様の経験豊富な指使いと恥辱を煽る巧みな言葉で、私は、多分、智子好みの体質を手に入れたはずだ……。だから……。
「えーっとー……? ビュー、リング……?」
「智子は今までやられてきた分の鬱憤もあるだろうし、いざそうやって自分より弱い立場の者が現われたとしたら、喜んで虐め、詰り、叱ってくれるし、躾けてくれるとか……」
「ま、ままま待ってビューリング! 私そんな性格じゃないわ!?」
「ぇ……?」
「ぐはっ! 良心が痛む円らな瞳っ!!」
その後、場が収まるのにはしばらく時を要した。
――
――
「おかえりねー」
「少し遅かったわね。何かあったの?」
キャサリンとジュゼッピーナだ。基地へと戻った私を迎えてくれたようで、キャサリンの影にひっそりとウルスラも居た。
「いや、特には……」
お礼を言わなければ。特に、ジュゼッピーナには。そう思うんだが、タイミングが掴めない。
「特には? ……貴方、食事誘っておいて告白しなかったとかいうオチじゃないでしょうね?」
「そういうことじゃなく……。まあ、なんだ……上手く行った」
「Oh! 今夜は祭りね-!」
「あ、あまり騒がしいのは……」
「何処まで行ったのよ? 遅かったんだからそれなりにあったのよね?」
「へ?! いや、本番はまだまだ先の話で……!」
詰め寄ってくる元気な二人に気圧されてしまい、後ずさるしか出来ない私。
しどろもどろになっていると、遠くから何やら騒ぎ声と、それをいなしているかのような声が近付いてきた。
「なんでそうなるんですかー!!!」
「なんでって、お互いの気持ちよ」
「あ、ああんな色んな人に噛み付く狼と智子中尉は合いませんんんー!!」
「狼だって、見知らぬ動物の子供を見かけたら育てるくらいするわよ。……まあ、私達の場合狼は私だけど」
「智子中尉を食べる狼はわたしですー!!」
「もう違うわ。さっさと食べ尽くして骨を埋めておかないからこうなるのよ」
「んきぃいぃぃいい!!!」
あー。そんな会話の所為で沈黙が降りた私達の居る部屋へと、侵入してきた。
そして約一名、私を見た途端に指を差してがなり立てた。
「こ、こんな人、智子中尉の好みじゃありませんーー!!」
「私の好みを勝手に決めないでくれる?」
「だ、だってえ! パ、パスタ准尉は味方ですよね!?」
「私? 残念だけど、今回ばかりは大人しく譲るわよ。正当な恋愛の結果でしょう?」
ジュゼッピーナ……。私に奪われないよう気をつけろと言っていたのに……。それはどういうことなんだ……?
「なぁー!! ま、まさかパスタ准尉を買収したんですか?! そうですね! 卑怯な狼だこと、おほほほ!!!」
どう見ても強がりな笑いは、寂しく響いて、消えた。音が消える代わりに、怒鳴っていた声は泣き声へと変化していた。
「うぅうう……!! 智子中尉は、ともこちゅぅいはぁああ~~!!」
そのまま声を上げて泣き出してしまったハルカ。私は何だか申し訳ない気持ちで目を逸らしたが、次に彼女へ声を掛けたのはジュゼッピーナだった。
「そんなに悲しいのなら、ちょっとついてきなさい。良い物見せてあげる」
ハルカの腕を掴んで強引に部屋の外へと連れ出していった。
ドアが締まる直前、彼女の褐色の手の形が、グッドラックになっていたことを確認して、私は……もうジュゼッピーナに頭が上がらないことを再認識した。
一瞬の間の後に、智子がドアの方から私へと振り向いた。
「ハルカについては私が何とかするから……。これから、改めてよろしくね」
「ん」
頷くと同時に、智子の顔が急接近してきた。避ける余裕なんて無く、そのまま。
「ウルスラ、ちょっと外に出るね~」
「……仲良くしてください」
ドアが閉まって、その向こうから足跡が聞こえなくなった頃になってようやく解放された。
だが、腰に回された手だけは離れなかった。
「私、頑張って背を伸ばさないとね」
「じ、じゃあ私は……縮む」
「ぷっ、あはははは!」
た、確かにアホなこと言ったと分かっていたが……そこまで笑わなくても。
「頑張って縮んでね」
そう言って、智子の手が頭に置かれた。
間を置かずに、優しく撫でられた。
心地よい感触と温もりに、俯いてされるがままとなった。
どうか、この関係が長く続きますように。夢のように、覚めないで欲しい。心から、そう願う。