星に願いを


「ねぇ、エイラ、七夕って知ってる?」
星空を眺めていたサーニャ・V・リトビャクは、隣で腰を下ろしているエイラ・イルマタル・
ユーティライネンにそう切り出した。
「タナバタ?う~ん。扶桑のお祭りだってのは知ってるけど、詳しいことはよく知らない
な~。そのタナバタがどうかしたのか?」
「さっきね、坂本少佐が笹を運んでたの」
「ささ?」
首を傾げるエイラにサーニャがこくりとうなずく。
「うん。それでね、それを何に使うんですかって聞いたら、七夕に使うんだって言って、
それで七夕のことについて教えてもらったんだけど、七夕にまつわる伝説がすごい素敵
なの」
「ふ~ん。どういう話なんだ?」
エイラは、話の続きを促した。サーニャの表情から、話を聞いてほしいというのが手に取
るようにわかるくらいだった。エイラの言葉を受けて、サーニャは喜びながら、少し興奮
しながら七夕にまつわる星々伝説を話し始めた。
「あのね、織姫っていう人がいるの。織姫は、天の神様の娘で機織りが上手な女の人なの。
 その織姫に彦星っていう人が恋をして、二人とも働きものだから、天の神様は二人が結
 婚することをゆるしてくれたの。でも、二人とも毎日一緒にいることが楽しくなっちゃ
 て、働かなくなってしまったの。それを、天の神様が怒って、二人を天の川で隔ててし
 まったの。ほら、こと座のベガが織姫でわし座のアルタイルが彦星なの」
そう言ってサーニャは天を指差し、エイラもそれに従って顔を空に向けた。空には、二つ
のα星が輝き、それはどことなく寂しさをまとって輝いているようにも見えた。天の川を
隔ててそこにいるはず相手に、自分の姿がそこにあることをただただ知らせるために。
「でも、天の神様は、一年に一度の七夕の時にだけ二人が会うことを許してくれたの。
 それが、7月7日で、この日だけは天の川に橋がかかって二人は会うことできるの」
そういって、夜空を見上げるサーニャの横顔を、弱々しい天の川の光の帯が照らす。
そして、自分がこの古の伝説に胸をときめかせているように、普段見慣れた星々の新たな
物語を知った喜びを、きっと相手も感じているはずだと思い、振り向き、
「どう?素敵な話だと思わない?」
そう尋ねた。


「えっ、あぁ・・・う~ん」
サーニャのキラキラとした顔を向けられたエイラの表情は何故か曇り、煮え切らない返事
をする。そして、曇り顔は伝染した。
「エイラは、そうは思わなかった?」
サーニャの声には、失意の色がありありと浮かんでいた。
「いや、私だったら・・・ずっとそばにいたいなって」
エイラはそうボソリとつぶやいた。
「え?」
目を丸くするサーニャにエイラはまくしたてる。
「だってそうだろ、彦星と織姫は、神様に無理矢理別れさせられる前は、毎日いっしょに
いたんだろ?それぐらい好きだったら・・・それぐらいいっしょにいたい相手がいるな
ら、私だったら無理してでも会いに行くな。一年に一度だけなんて・・・寂しすぎるよ・・・」
「でも、会いたくても天の川があるのよ?」
「泳いで渡る!」
「・・・泳いで渡れないような川だったら?」
「船で渡る! もういっその事橋を作って、毎日会いにいけるようにする!」
エイラのキッパリとしたもの言いにサーニャは思わずたじろぐ。
「あっ! あ・・・ごめん。なんか・・・強く言っちゃって・・・。で、でも・・・
 その・・・、私だったら、いつまでもそばにいたいなって・・・。確かに素敵な話だけどさ
 ・・・そっちのことばっかり考えちゃって・・・」
言い終わって怖々とサーニャの顔を覗き込む。
サーニャが暗い顔、悲しそうな顔、怒った表情をしているのではないかと不安だったが、
予想に反してサーニャは口元を上げて、柔らかな笑みを浮かべている。
「そうよね、私も・・・やっぱり大切な人といつでもいっしょにいたいかな」
その言葉を聞いてエイラの顔はパアと明るくなった。
「そうだよな」
「うん。あっ、でもいっしょにいたいからってお仕事を休んでちゃだめよね」
「まぁ、そりゃそうだな」
「特にエイラは気をつけないと」
「そうだな・・・って、なんだよそれ~。それじゃ私が、いつも隊務をサボってるみたいじゃないか~!」
そう言うエイラの表情を見て、サーニャはクスクスと笑いだす。それにつられて、エイラも思わず
苦笑いをした。


「そうだ。それでね、話の最初に出た笹なんだけど、それに願い事を書いた紙を吊るすそ
うよ」
「願い事を書いた紙?」
「うん。そうすると、願い事が叶うんだって」
「一年に一度しか会えないのに、人の願い事まで叶えてやんなきゃいけないなんて、意外
と彦星と織姫も大変なんだな」
エイラはそんなことを思い浮かべたが、口にはしなかった。なんとなく場違いな考えのよ
うに思えたからだった。
「ねぇ、エイラは何をお願いする?」
「私?そうだな~、まぁ1つは決まってるかな。サーニャは?」
「私は・・・やっぱり、お父様たちと早く会えることかな」
そう言って夜空を見上げるサーニャの横顔は、力強いようにも、儚く物悲しげにも見えた。
そして、そのまま顔の向きを変え、
「それで、エイラの1つは決まっているお願いって何?」
エイラにそう尋ねた。
「えっ!まぁ、別にそんな詳しいことはいいじゃないか」
そう言って、エイラがごまかそうとすると、サーニャはすねた声で、
「ずるい・・・人の願い事だけ聞いて・・・。それとも人には言えないような願い事なの?」
「なっ! ん、んなわけないだろ!」
エイラは、自分を不審げな眼差しで見つめるサーニャの視線を振り払おうとする。
「じゃあなんで言わないの?」
「それは・・・ああ!」
突然のエイラの大声に、サーニャの体はビクッとする。
「そろそろ夜間哨戒の時間じゃないか。頑張ってなサーニャ。私もそろそろ寝ないと・・・」
そう言って立ち上がろうとするエイラの左腕を、サーニャは両手でギュッとつかんだ。
「なっ、なんだよ~」
「エイラの願い事を聞くまで、行かせないし、私も夜間哨戒に行かない」
そう言うサーニャの表情は、ムッとしているようだが、どこか楽しげにも見えた。
「そ、そんな~」
エイラは、シャーリーの胸を揉めますように、とでも言っておこうかと思ったが、それじ
ゃ絶対に白い眼で見られるなとその案を慌てて引っ込めた。
『サーニャの願い事が叶いますように』
それがエイラの願いだったが、本人の前でそれを言うのはなんとなく照れくさかった。
エイラは、左腕にからむ感触をどこか喜びながらも、
『うまい言い訳が思いつきますように』
と、無責任な程に光を放ち続ける星空にそう願うのであった。

Fin


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