無題
今年も夏がやって来た。
暑いのはあまり好きじゃない。…寝苦しくなっちゃうから。
「ねー、トゥルーデは夏は好きー?」
私の同僚で、上官で、大切な人、トゥルーデはどうなのかな。夏は嫌い?
同じ気持ちで今を過ごしてる?だったら少し嬉しいな。
「私はあまり好きではないかな。だが夏が暑かろうが、軍人たる規則正しい生活を送る心構えは一年中変わらない」
…アツいのはトゥルーデもだね。
ねぇ、トゥルーデ。もしさ…私が、夏と私どっちが好き、だなんて聞いたらどうする?
トゥルーデは私のこと、どう思ってる?
…私は夏と同じかな?なんて。
「なんだ、突然黙って」
最近、私はらしくもないことを考えてしまう。
「別にー?」
だからはぐらかしちゃったりする。
「…何か、あったのか」
意外なことにトゥルーデは心配してくれた。…ありがと。
「最近元気ないな。お前らしくもない」
…でしょう。私だってそう思うよ。
いつからだったか、トゥルーデが好きだった。
安心して背中を任せられる、強さ。
空でも陸でも変わらない真面目さ。
時々見せる妹への優しい笑顔。
トゥルーデの一挙手一投足が、私を釘付けにしてしまうようになったのはいつからだったろう。
だいぶ前だったかもしれないけれど、気付いたらそうなってた。
気づいてしばらくはいつも通りにしてたけれど、最近はそれも難しくなってしまったらしい。
「…少し疲れてるのかも」
「そうか。有休もまだあるだろうし、一日くらい休んだらどうだ?」
「…うん」
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私はトゥルーデの言ったように、有休を一日だけ使った。
一日中寝てるのでもよかったけど、今日は頑張って起きて街に出た。久しぶりだった。
「一人じゃつまらないし…」
サーニャも呼んだ。敵襲の予測によればまだ先だし、2人抜けても大丈夫かな、と思った。
サーニャに少し相談したいこともあるしね。
買い物とかしたり、通りをぶらぶら散歩したり。
空は曇ってて、でも暑さは相変わらず。
「悪かったね、サーニャ」
「いえ…」
エイラがやたら私に釘を刺したなー。
サーニャに手を出したら許さないからな、だなんて。
「ねー、サーニャはさ…エイラとはどんな仲なの?」
「え…」
サーニャは頬を赤らめ、手をもじもじさせて余所を向く。
「…た、大切な人…」
やっぱりね。そうだろうね。聞くまでもなかったよ。
「…恋人?」
「…うん」
「そっかー。ラブラブでいーね♪」
「ら、ラブラブじゃ……ない」
エイラはヘタレとして有名だ。
そんなエイラはいつ、どうやってサーニャに告白したんだろ…。
「あ、喫茶店行かない?休もうよ」
「…うん」
中に入り、カウンター席へ。
「何飲む?」
「じゃあ…」
ブリタニアらしく紅茶を注文。
注文後、意を決して聞いた。
「私ね、トゥルーデが好きになっちゃったんだ。サーニャとエイラの仲みたいになりたいんだけど…どうしたらいいかな?」
めちゃめちゃ恥ずかしい。多分顔が赤いよ。
サーニャは少し驚いて、でも柔和な笑みを浮かべ、私に言った。
「…それをそのまま、バルクホルン大尉に言ったらいいと思うわ…」
「え?」
意外な答えにびっくりしちゃった。
アドバイス、貰えないの?
「私は、エイラが頑張って告白してくれて…だから私から何かしたわけじゃないの…だからアドバイスは難しい…」
そっか。エイラめ、やるな~。ヘタレじゃなくなったのか。
「エイラの悪口はやめて…ヘタレなんかじゃないわ」
怒られちゃった。
「大好きなんだね~、サーニャはエイラが」
「…うん」
羨ましすぎるよ。私もトゥルーデと恋人になりたいよ…!
などと恥ずかしいことを考えてしまったけど、肝心などうしたらそうなれるのかがまだわからない。
「…プレゼントとかはどう?」
プレゼント?
「うん。例えば、指輪とか…」
指輪か…トゥルーデははめてくれるのだろうか。
暫く喫茶店で休んだ後、再び通りにでて、またさっきまでのように歩いた。
「あ…」
アクセサリーを扱う店を発見。
「サーニャ、…よっていい?」
「…うん」
店内はさほど広くなく、オーナーがいて、私に聞く。
「いらっしゃいませ。何をお求めでしょう」
「……ぺ、ペアになるリングを」
無性に恥ずかしい。
サーニャまで私を見て笑う!
「だって、いつもの中尉じゃないみたいで…」
むー。そりゃ、私だって女だし?
そーゆー時もあるよ。
「こちらでどうでしょう」
シンプルな、シルバー。円筒形で、薬指の基節をスッポリと被さってしまうくらいの。
なかなか重くて、いい感じ。
「これください」
サーニャが驚く。
「ほ、他のは見なくていいの…?」
「…そうか。一応見よっかな」
他にも見せてもらったけど、やっぱりコレが一番に思えた。
ダイヤモンドを埋め込んだものとか、薔薇の装飾があるものもあったけど、どう考えてもトゥルーデには似合わない。
「いくら?」
オーナーは本当に私が買えるのか怪訝な顔をしていた。
「はい、お金」
一括。買っちゃった…。
オーナーは驚いていた。
店を出ると、日が傾きつつあった。
「ありがとね、サーニャ……今日、渡すよ」
「…頑張って」
その後は、隊のみんなが食べられるようなお茶菓子を買って、基地に戻った。
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夜。就寝前、こっそりとトゥルーデの部屋へ。
「疲れはとれたか、エーリカ」
「まあね~」
「サーニャも一緒だったんだな。…なんでサーニャだったんだ?」
「え?」
なんでそんなことを。
「…嫉妬?」
「ば、バカを言うな!私が嫉妬などするものか!」
…不安になってきちゃった。
やだな…ふられちゃったら、どうしよう…怖いよ。
「焼き餅、焼かないの?」
「…エーリカ?」
「………」
私はポケットに突っ込んだ、今日買った、リングを出せない。
「あー、なんだ。今日買ってきたお茶菓子、美味しかったぞ」
空気が死んだのをフォローしようとするトゥルーデ。
別に無理しなくていーよ。
「…や、焼き餅…焼いてほしい」
私は言った。
これは…告白だった。
鈍いトゥルーデも気付いて、ハッとした表情で私を見る。
…妬いてよ、トゥルーデ。
「あ…えぇと…エーリカ…いや、フラウ…もしかして…」
私が、好きなのか?
トゥルーデは私に言う。
うん、としか言えない私。
「トゥルーデにとって私は、夏みたいな存在…?」
「……いや、違う」
「じゃ…好き?」
「………………」
どうして答えてくれないのさ。
それは…嫌いってこと?
「もういいよ、トゥルーデ。聞いてくれてありがとう」
私はここにいられない…辛いよ。
涙が溢れるのがわかったから。
こんな顔、見せたくない。
急いでトゥルーデの部屋を出ようとしたら。
「ま、待て!フラウ」
腕を掴まれ、私はバランスを崩した。
ずっこける私。
ポケットから、小さな包みが落ちる。
「あ…」
「……これは?」
「な、何でもない!」
慌ててしまおうとしたのに。
トゥルーデはそれを止める。
「…すまないフラウ。黙ったりして…わ、私もお前が………好き、だ」
…本当に?
「う、疑うのか?私は嘘をついたことなんて無い」
「疑わないよ…好き、トゥルーデ!」
私は堪らなくなって、トゥルーデに抱き付いた。…嬉しかったんだ。
いつもは、よせハルトマン、だなんて言っていたトゥルーデ。
でも、いつものそんな冗談と違う、いやそれらも本気だったと気付いてくれたのか、今宵は私をギュッと抱いた。
…あったかい。
「今日から私を恋人にして、トゥルーデ…」
「…本当に私でいいのか?ほら、私は…自分で言うのもなんだが、生粋の軍人だ。あまり色恋は…」
「いいの。そんなトゥルーデだから好きなのー。私から恋人っぽいこと色々させてもらうし…」
一つ、確認したいことがあった。
「…ね、トゥルーデは宮藤をどう思ってるの?」
「?…なんでいきなり宮藤の名が」
「だってー、宮藤に対する視線がやらしいから」
「なんだと!?わ、私がいつそんな目をした!」
やらしいっていうのは冗談だけど、たまに並ならぬ優しい視線を送る。
もしかして、とか思ったことがあったんだ。
「み、宮藤は…私の妹みたいなものだからそう見えたのだろう」
い、妹…そうだったね。トゥルーデらしいっちゃらしいね。
「そっかー、杞憂だったかー」
「そ、そうだ。…ところでその小包は、何だ?」
あ…すっかり忘れてた。
「プレゼント、告白の為だったんだけど…ま、いっか」
私は封を開け、リングを見せる。
「あ、あのさ…ペアリングなんだけど。はめてくれる?」
目を真ん丸にして、少し口を緩めて、トゥルーデは言う。
「…いいとも。…ありがとな、フラウ」
優しく言ってくれた。
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「起きろ、フラウ!もうとっくに起床時間だぞ!?」
トゥルーデの喚き声が私の夢を流させる。…目が覚めちゃうじゃん。
「覚めちゃうんじゃなくて、覚ませこの馬鹿者!」
「……馬鹿者…」
「あ……すまない、言い過ぎた。怠け者に言い換える。目を覚ませ、この怠け者が!」
ふふ。トゥルーデはちゃんと私を大切にしてくれるんだ。
目をやれば、薬指には光るリング。
もちろん私の薬指にも、ある。
普段通りの日常に戻って、今朝もトゥルーデに起こされた。
それがなんだか、嬉しくて。
起きて顔を洗いにいこうとしたら…夜間哨戒を終えたサーニャに出くわした。
「おかえり、サーニャ」
「…はい…」
眠そうなサーニャ。ちゃんと部屋まで行けるのかな?
朝食をとる。今朝も馬鈴薯。
隣にいるトゥルーデに聞く。
「ね、夏と私どっちが好き?」
「な、なんだ急に。質問の意味がわからない」
「前、夏はあんま好きでないって言ってたじゃん…だから聞いてみたかったの」
「…言うまでもないだろう?」
「だーめー。言うのー」
「…言わなきゃだめか。全く、お前というやつは…」
トゥルーデは頬を染め、柳眉を少し釣り上げた。
「…お前の方が何倍も好きだ」
トゥルーデは、私にしか聞こえないような、小さい声で言った。言ってくれたんだ。
「大胆だね、トゥルーデ♪」
「お前が言えといったんだろうが!」
顔を真っ赤にして怒るトゥルーデ。
「嘘だよ。ありがとー、トゥルーデ」
私は机の下、見えないところでトゥルーデの手を握り締めた。
トゥルーデも負けじと握り返す。
指輪がそこにはあって、また私は握り締めた。