雷鳴
ゴロゴロという、空気の振動音。
明滅する光が閉じた瞼のうらに投影される。
ブリタニアではよくある天候の乱れ、いわゆる雷雨である。
ひときわ大きな雷鳴に、美緒は意識を引き戻された。雷が怖いという繊細な神経は持ち合わせていないが、何度も睡眠を妨害されるのは厄介につきる。
夢うつつの浅い眠りをたゆたう。
すると、部屋のドアをくぐる誰かの気配。それは美緒の横たわったベッドへと近づいてくる。
「誰だ?」
気配が真横まできたところで声をかけ、その手首を捕まえた。
掴まれた側は、思いもよらない暗闇での出来事に肩をはねさせる。
「きゃっ?! な、なに、え……美緒? どっ、どうして」
「ミーナか。ここは私の部屋だぞ」
「え?」
簡潔な説明に、動転していたミーナは周囲を見回す。ぼんやりと見える調度品は確かに自分の物ではなく、狐につままれたような顔で状況を思い返した。
執務室で書類を書いているうちにウトウト。激しくなる雷雨に起こされ、欠伸をかみしめて暗い廊下を進む。佐官の部屋は奥のほうだから不便ねと考えながら。
「いやだ、私ったら部屋を間違えたのね。ごめんなさい」
勝手に押しかけて大騒ぎ。先入観におどらされた自分が恥ずかしい。どうしたものか途方にくれていると、掴まれたままの手首を軽く揺すられる。
「いいから早く休め」
暗闇でもわかるほど朱の上った顔を見上げ、半覚醒状態にある美緒は平坦に告げた。
そこには怒りも呆れも含まれていない。ほっとして、ミーナは胸を撫で下ろす。
「ええ、そうするわ。それじゃ―――っ?!」
そそくさ退散しようとした体が手前に引かれた。向きを変えようとする時と重なったため、それは見事に体勢を崩す。
美緒は扶桑製の掛け布団を持ち上げ、転がり込んできた人物を収納して元に戻す。
「えっ? えっ? あの、美緒っ」
「おやすみ」
もぞもぞするミーナに構わず、美緒は早々に瞼を閉じる。そして精神のスイッチを睡眠に切り替えた。
間近で繰り返される深い呼吸。どこがどうなっているのか、しっかり抱えられて抜け出せない。ミーナは脱出を諦め、しなやかな体に身を委ねる。
「…おやすみなさい」
雷鳴をかきけすほどに打ち響いている胸の鼓動。この分では今夜は眠れないかもしれない。
早朝に目覚めるだろう人へ平静な顔を保てますように。ただそれだけを祈っていた。