ガリア1944 MasterSlave
「……んんっ……ッ……ぁ……は……っ……ん……ぁぁ……んぅ……っ……ッッ……ゃぁぁぁっっ!!!!!」
隣のベッドから押し殺した声が響く。
響き続けて、そして途絶える。
復興活動中に間借りした主のいない屋敷。
さして広くない部屋。
二人きりの空間。
漂う、淫靡な空気。
こんな事が始まったのはいつからだろう?
はじめは夢現で、それは現実では無いと勝手に思い込んでいて、何度か続くうちにそれは「まさか?」と疑念に変わり、ここ数日それが続くようになってからは疑念が確信へと変わっている。
そう、間違いない。
リーネさんはほぼ毎晩、淫らな行為に興じている。
年頃の少女が何らかの理由で性に目覚め、罪悪感を押し殺しながら一人慰める行為を行ってしまうのも致し方ない事。
わたくしだって、その……そうした経験ぐらいありますもの。
だから、僅かばかりながらも人生の先輩で、階級も立場も上なわたくしとしてはただ見守る事しかできないと、そう思いたかったのですが……。
流石に毎晩は頂けませんわ!
今晩も彼女がそうする、とわかっていてはこちらも気になってしまいますし。
現にそのせいで最近寝不足気味……だからと言ってわたくしは彼女の名誉の為、現状では気づかない振りをしているのですから寝不足という事を主張するわけにも行きませんですし……。
ですから朝は変わらぬ笑顔で「おはようございます」と挨拶し、一日の業務を手を取り合って行うしか無いのです……はぁ……。
今日も行為が終り、やっと安らかなる睡眠時間が訪れる。
多分まだ起きている……いえ、眠りへと落ちられないであろうリーネさんに気づかれない程度の小さなため息で胸をなでおろし、緊張していた全身から力を抜いて身体を楽にしていく。
数度の呼吸で早まっていた鼓動が落ち着き始めるのを感じる。
本来寝不足で、目を閉じればすぐにでも眠れる状態なのだからいつもの様にこのドキドキが静かになればその事を自覚できるかどうか知らぬうちにまた眠れるだろう。
問題は先送りのままではあっても、一先ず休める。
何度も繰り返したそんな安堵の刹那。
今日は、いつもと違った。
「ペリーヌさん……起きてるんですよね」
ドキッとした。
不覚にもびくりと言う動きが身体に出てしまった。でも、返事をするわけにはいかない。
わたくしは今寝ていて、リーネさんの行為には気づいていないという事にしなくてはいけないのですから。
「私の事、どう思いましたか? いやらしいって軽蔑しますか?」
小さいけれど、はっきりとした声。
僅かに上気して色気を含んだの問いかけ。
そんなリーネさんが、誰か知らない別の人のようで怖かった。
心臓が意思の制御を離れ、静まりかけていた鼓動が再び加速していく。
でも、何かかおかしい。
この高鳴りの原因は、本当に恐怖と緊張だけ?
「ねぇ、ペリーヌさん……」
「お、おやめなさいっ!」
何かがおかしかった。えもいえぬ空気が漂っていた。
だからこれ以上何かが狂ってしまう前に、縋るようなリーネさんの声を遮って叫んだ。
緊張で身体が震えていたから、声が裏返らなかったのは多分奇跡に近かった。
「わたくしは、もう1時間も前から寝ているのです。ですから何も聞いていないですし、誰とも会話をしてはいませんわ!」
声に震えがこないよう細心の注意を払いながらぴしゃりと言い放つ。
「…………」
吐息と布ずれの音と共に、静寂がやってくる。
いつも以上に加速した鼓動が覚醒を促すけれど、寝返りを打つ振りでリーネさんに背を向けることでやっとの事で睡眠への道筋をつける事ができた。
その後は比較的楽だった。
蓄積した疲労が作り出す眠気へと身を任せ、一切の解決を無責任にも覚醒後の自分へと投げ打つ事で仮初の心の平穏を手にし、眠りについた。
…………。
朝、わたくしは何事も無かったように「おはようございます」と笑顔の挨拶を同室の少女へと向ける。
わたくしの笑顔は歪んでいませんでしたでしょうか?
わたくしの挨拶におかしいところはありませんでしたでしょうか?
思っても口に出さず、平穏な日常を演出する為に全力を傾ける。
まだ目覚めきっていなくて少し寝ぼけた様子のリーネさんはいつもと変わらぬ笑顔を浮かべている。
「はい。おはようございます、ペリーヌさん」
朝の陽の光に照らされたその柔らかな表情と夜の闇に響いていた淫靡な声のイメージが繋がらなくて一瞬だけ困惑するけれど、それは却って夕べの出来事を非現実な物として夢であったと、そうわたくしに認識させる。
そう、ですわよね……、いくらちょっとあんな事が続いたとはいえ、まさかあのようなやり取りが……。
安心しつつ着替えようとして、わたくしは気付いてしまった。
下着に、ありえないシミがあるなんて……。
やはり、夜の出来事は夢ではなくて、あの時感じたあの胸の高鳴り、あの興奮は……。
わたくしがリーネさんに欲情していた?
そんな……そんなはずはありませんわっ!
わたくしはたちは女性同士、そんな対象として見てしまう筈が無いではないですか。
た、たしかに坂本少佐はわたくしの憧れのお方ではありますけれど、それは恋愛ではなく尊敬の念からくるものでっ……。
「ペリーヌさん」
ついうっかり思考のループにはまり込んだわたくしの背中に、リーネさんの声。
「は、はひっ!」
「先に行って、お食事の準備していますね」
「え、ええ……ええっ、お願いいたしますわっ」
「はい、ペリーヌさん」
応える声の後、遠ざかる足音に胸をなでおろすけれど、見透かされている気がして落ち着かない。
そしてその足音は途中で止まると、振り返る気配と共に再び声が響く。
「洗濯もわたしの方でしておきますから、汚れているものがあったら出しておいてくださいね……特に下着とか……」
その言葉にぎくりとして、反射的に声を上げる。
「け、けけけ結構ですわっ! 部隊ではやっていましたものっ。今日から洗濯はわたくしの分担に致します!」
「いいんですか?」
「構いませんわっ! だ、大体今まで任せていたのがそもそもいけませんでしたのよ。いつまでもリーネさんに頼りきりでは……そのっ……」
「では、お願いしますね。ペリーヌさん」
「え、ええっ、御任せくださいまし」
「わたしの下着も汚れているかもしれないですけれど、おねがいしますね」
笑顔の気配でそんな言葉を残し、リーネさんは部屋を後にした。
微笑を浮かべたまま「下着も汚れている」と、そんな部分を強調した言い方は明らかにわたくしを挑発していて、あたかもその言葉にびくりとした私の反応を楽しんでいるかのようだった。
考えすぎだと思いたいですけれど……でも、どうかんがえても……。
思わず自慰に耽るリーネさんの姿を思い浮かべ、その豊満な肢体の柔らかさを夢想しかけてから、慌てて物理的に頭をふって淫らな思考の全てを追い出す。
同時に気配が完全に去った事を確認すると、無意識に脱力する。
ぺたんと尻餅をついた姿勢になってからえもいえぬ股間のぬるつきを自覚して、陥る先は自己嫌悪。
やはり、わたくしはリーネさんを、性的に……。
陰鬱な気持ちのまま朝日の差し込む窓を見つめる。
故郷ガリア、秋のパ・ド・カレーを包むさわやかの大気の下、わたくしの心だけが未だネウロイ占領下に
あるが如く暗雲に包まれていた。
9月も終盤となり、ガリアへと帰還する人々も増えるに従ってわたくしの日常も忙しくなっていった。
破壊された町の視察、政府関係者との会見、帰還者同士のトラブルの調停、報道機関からの取材、その他にも細かい事を数え上げればきりが無いほど。
その日も多種多様な業務に追われれるうち、気がつけば空は夕焼けのオレンジに彩られていた。
現金なものですわね。
朝はあんなに意識していたというのに、いざ自分の事で忙しいとなればそんな事も忘れて細々とした事にリーネさんを使ってしまうなんて。
お陰で一息ついた今の今まで、そんな事など思考の外でしたもの。
リーネさんもそんな事を匂わせるような行動も発言も一切ありませんでしたし、やはりあの出来事はわたくしの思い違いか何かでしたのね、きっと。
何だかそう結論付けてしまうとかなり心が楽になりましたわ。
でも、まぁ、その、リーネさんが一人で致しているのは、多分わたくしの勘違いでは無い気がしますし、幾ら仮住まいとはいえ寝室を別にする必要がありそうですわね。
部屋を別にするには他の部屋も片付けないといけませんけれど、忙しい中でそこまで時間を作れますかしら? 生活環境のレベルを落とせば直ぐに出来る話ですけれど、あまりやり過ぎるとかえって周りに気を使わせてしまいますし……。
ホント、尊敬される貴族と言うのは楽では有りませんわ。
考えながら、かなりの部分をリーネさんに任せきりにしていたこの仮住まいの中を改めて見てまわる。
本来の主が戦争によって既にこの世を去っているこの屋敷は、私達が使用する分以外の家具その他使えそうな物は全て事業に参画している民衆へと供出していたので大部分の部屋ががらんとしていた。
何もない部屋。
降りてくる夕闇の中、独り部屋に佇む。
その空間が主張する重苦しい寂しさに心を掴まれ、去来する様々な思いに胸を打たれて立ち尽くす。
当初の目的も忘れて呆然とする内、気がつくと窓の外は夜の闇に包まれていた。
戻らなくては、リーネさんが心配しますわね。
そう思い、振り返ろうとした時だった。
ふわりと暖かい何かに、背中から抱き締められた。
「ペリーヌさん」
リーネさんだった。
「寂しいんですか?」
私よりも少し背の高いリーネさんが、私のおヘソの上辺りに両手を回し、背中にその羨ましい程にふくよかな膨らみを押し付けつつ左肩に顎をあてて優しく囁いた。
一瞬だけドキリとしてから、それがリーネさんだとわかって体の力を抜き、小さな溜息と共に返事を返す。
「そんなことは有りませんわ」
「ペリーヌさん……」
「喪った物は大きいけれど、得たものもまた大きいと思っています。それに、今は あなたがいらっしゃいますわ」
「ありがとうございます、ペリーヌさん……。でも、私は寂しいです。ここには……芳佳ちゃんが居ないから」
「リーネさん!?」
切羽詰ったような声で語るリーネさんの腕に力がこもり、耳元に寄せられるその吐息には不自然なほどの熱さが含まれているの感じた。
鼓動が早くなるのを感じる。
制止の声を上げたいのに体が言うことを利かない。
逃げ場の無い「熱」が体の中でぐるぐる回っているような気がする。
顔も火照る。
私、きっと今真っ赤な顔をしていますわ。
「んっ」
「ひうっ……」
耳たぶに柔らかく熱い感触が触れて、思わず声を上げてしまう。
「リ……ネ、さん……」
「…………」
やっとの思いで名前を呼ぶけれど、リーネさんは無言のまま、少しずつその手を上下にずらし始める。
右手を上に。
左手を下に。
徐々に徐々に、まるで這いずる虫のような陰湿さを持って上へ、下へ、私の体を撫でて行く。
その意図を感じ取った私は、思わず叫ぶ。
「おっ、おやめなさい!」
上擦り、どもる声。
他に人目があるのならばやり直しを要求したくなるレベルの無様な命令。
でも……。
「はい、ペリーヌさん」
若干上擦り君で、でも勤めて冷静さを含ませた返事。
リーネさんは私の命令を受け入れて両腕を開き、背中から一歩離れた。
「あっ」
脚に力の入らなくなっていた私はその場に崩れ落ち、ややあってからお尻を着いた姿勢のまま振り返り、リーネさんを睨み付ける。
「い、一体どういうつもりですのっ!? こんな、性質の悪いイタズラっ!」
「そう……そうですよね。悪戯です。よくない類の悪戯。こんな事をする悪い娘には……」
作ったような虚ろな笑顔で呟きながら、背中に手を回して隠し持っていたらしい何かを取り出す。
それは、乗馬用の鞭だった。
「なっ……何をするおつもりですのっ! 悪い冗談はおやめくださいましっ!」
私の剣幕などどこ吹く風といった雰囲気で目の前に跪き、鞭を掌の上において捧げる様にする。
「……御仕置きが必要だと思いませんか?」
上目遣いの淫靡な輝きに彩られたその視線に射竦められ、同時に見蕩れる。
胎内を巡る「熱」の捌け口を得たような気がした。
半ば無意識に立ち上がりながら捧げられた鞭を右手に取り、その相貌を見下ろす。
上目遣いのリーネさんの貌が歓喜に揺れ、熱い吐息が漏れる。
ぐるぐると眩暈がしてくる。
後戻りできそうに無い。
それでも、リーネさんから伝わってくる感情を辿り、彼女にとってのそうあってほしいであろう姿を思い描き、精一杯の虚勢で言い放つ。
「私のお仕置きは……厳しいですわよ」
これで良いのか悪いのかわかりませんけれど……ただ確かな事は、私が股間に熱さを感じ、高揚し、リーネさんの濡れた瞳を見下ろすことに快感を感じ始めていたと言う事。
「はい……お願いします。その……ご主人、様……」
同じ部屋でリーネさんの存在を感じ続けた私は何かの病に犯されていて、同じ夢でも見てるのかもしれない。
心のどこかにそんな事を思考を感じながら、乗馬鞭をリーネさんへと向けた。