pancake party
夜間哨戒を終えストライカーを格納庫にしまうと、報告もそこそこに寝室へ。
サーニャはぼんやりと、その“寝室”を目指し、廊下を歩く。
ふと、誰かの部屋から甘い香りが漂って来た。疑問に思ったその瞬間、サーニャは腕をひかれ、部屋へと連れ込まれた。
「ニヒヒ つかまえた~」
腕を掴んで笑っているのはルッキーニ。質素過ぎる部屋は芳佳の私室。そこに何故か多くの隊員がパジャマ姿でたむろしている。
「お帰りサーニャ。眠かったダロ?」
エイラもパジャマ姿でサーニャを出迎える。
「あれ、エイラ。何してるの」
「疲れたダロ? 座れヨ。宮藤もっと隅に行ケ、サーニャ座れないダロ?」
「ひどい、エイラさん」
「いよっ、お疲れ」
にこにこ顔でシャーリーがサーニャの肩を叩く。フライパンを手にしたシャーリーは、芳佳の部屋に持ち込んだ携帯コンロを使い、
手際良く次々とパンケーキを焼いていく。
「はい、どうぞ」
リーネがお皿を差し出した。蜂蜜と生クリームたっぷりのパンケーキだ。香ばしく甘い香りが、サーニャを優しく包み込む。
「ありがとう。……でも皆どうしたの?」
「今日は何の日~?」
ルッキーニが問う。
「今日……」
ぼんやりとしたままサーニャが考えを巡らせているうちに、ルッキーニが笑顔で答えを言った。
「今日は、芳佳とサーニャの誕生日ぃ~」
「あ……」
「おめでとう、サーニャちゃん」
「おめでとナ、サーニャ」
「ありがとう。芳佳ちゃんもおめでとう。……でも、何でパンケーキ?」
手にしたパンケーキをまじまじと見つめるサーニャに、笑顔でシャーリーが言った。
「これはあたしの国の事なんだけどさ。早朝からみんなでパジャマ姿でパンケーキ食べるパーティーが有るんだ。
誕生日祝いで何か良いイベント無いかって考えたんだけど、こういうのはどうかと思ってさ」
シャーリーがほいほいとパンケーキを焼きながら説明する。
普段のシャーリーの朝はのんびりしがちだが、こう言う特別な日は起き始めからテンション全開だ。
皆にパンケーキが行き渡った。
「ほいじゃ、宮藤にサーニャ、誕生日おめでとー!」
朝から威勢の良いシャーリーがパンケーキの皿を持って二人を祝う。
「おめでと~」
「おめでとナ」
「おめでとう、二人とも」
「おめ~」
「おめでとう、芳佳ちゃん、サーニャちゃん」
皆がそれぞれ二人を祝う。
「ありがとう、みんな」
「ありがとう……でも、眠い」
「悪いなサーニャ。寝る前に少しだけ付き合ってくれよ。甘いの食べたらきっとよく眠れるぞ」
「まったク、大尉は強引なんだヨ。サーニャかわいそうダゾ?」
ふわふわとしたサーニャを抱き寄せ、ちょっとすねて見せるエイラ。
「まあまあそう言いなさんな。特別な日くらい、少し良いだろ? 午後になったらでっかいケーキ用意してるし。なあ、リーネ?」
「え? は、はい!」
「さあ、食べて食べて」
パジャマ姿のまま、もくもくとパンケーキを食べる一同。
「おいしいね、リーネちゃん」
「うん、芳佳ちゃん」
「美味しい……でも眠い」
「が、我慢ダナサーニャ。もうちょっとの辛抱ダゾ」
「ガレットの方が良い気がしますわ」
文句を言いつつも実はまんざらでも無さそうなペリーヌ。
「おいし~」
「だろルッキーニ? この粉の調合がまたポイントで……」
「お前ら、何をやってるんだ!」
芳佳の部屋に怒鳴り込んで来たのは、トゥルーデ。きょとんとした一同を見回し、怒りと呆れが混ざった表情を作る。
「妙な匂いが漂って来たから何事かと思えば……」
「おお、そういや堅物に声掛けるの忘れてたわ。ほいよ」
用意していたパンケーキの皿を渡す。ほかほかのパンケーキを受け取ったトゥルーデは、怪訝そうな顔をした。
「何だこれは」
「パンケーキ」
「見れば分かる。お前ら、朝も早くからパジャマ姿のままで何だこれは?」
「パンケーキパーティー」
「何故宮藤の部屋で」
「宮藤とサーニャの誕生日だからに決まってるじゃないか」
「わざわざ携帯コンロまで持ち込んで……私室でやることか? 食堂でやれ食堂で」
「分かってないなあ、堅物は。これが良いんじゃないか。あたしの国のパーティーだ」
「あのなあ。バーベキューの次はこれか」
「ま、とにかく冷めないうちに食った食った」
「……」
トゥルーデはシャーリーから渡されたフォークとナイフでパンケーキを一口食べた。
「まあ、悪くない」
「素直に美味いって言えないのかね、堅物は」
「リベリアン、貴様……」
「とにかく二人を祝えよ。お祝いにも色々なかたちが有って良いんじゃない?」
「だからと言って、早朝から私室でパンケーキを焼くとは……しかもパジャマ姿で」
「まあまあ」
「すいません、お騒がせして」
芳佳がトゥルーデに謝る。シャーリー発案・実行なので芳佳が謝る必要は無かったのだが、トゥルーデの剣幕の前、何か言わずには居られなかった。
芳佳のすまなそうな顔を見るうち、トゥルーデはふうと溜め息をついた。
「誕生日か。……おめでとう、宮藤。サーニャも」
「ありがとうございます、バルクホルンさん!」
「あいがとうございます……」
「サーニャ寝そうじゃないか。大丈夫なのか」
思わず心配するトゥルーデ。
「何だったらハルトマン中尉も起こして来いよ。昨日声かけたんだけどやっぱりと言うか、全然起きる気配が無くてさ」
「あいつはまだ寝てる。当分起きないだろ」
「よく知ってるな」
ニヤニヤ顔のシャーリー。
「うるさい」
「ちょっと起こして来てくれよ」
「……分かった」
何故かパンケーキの皿を持ったまま、トゥルーデは部屋を出た。
「相変わらずだねえ、堅物は」
「ニヒャヒャ 予定通り~」
笑うルッキーニ。
シャーリーは芳佳の部屋を見渡した。それぞれ、何だかんだ言いながらパンケーキを食べ、楽しくお喋りしている。
「シャーリーさん、美味しいです」
「良かったな宮藤。気に入って貰えて何よりだ。また今度やるか?」
「ええ、良いですね」
「たっのしいの大好き~」
ルッキーニも珍しく朝から大はしゃぎだ。
「たまには、朝からこう言うのも、良いよな」
シャーリーはうんと頷いた後、背をもたれてきたルッキーニを抱いて、笑った。
end