2年目のファーストワルツ
“15歳の誕生日おめでとう、サーニャちゃん!
お元気していますか?私はとても元気です。
エイラさんは元気にしていますか?スオムスにはハルトマンさんの妹さんもいると聞きました…”
今朝手渡された、芳佳ちゃんからのバースデーカードに気持ちがほころぶ。カードの片面だけじゃ
収まりきらなくて裏側にまで進出している文面は、なんとも芳佳ちゃんらしい明るさに満ちていた。
私の誕生日であるということは要するに彼女の誕生日でもあるということなのだけれど、それを
すっかり忘れたようなものいいなのは果たして1年前のあの時と同じように遠慮をしているのか、
それとも本当に忘れているだけなのか。
「またみてんのかー?」
平坦な調子の言葉とともに、目の前が少し翳った。顔を上げるとそこには電灯の明かりにきらきら
光る、不思議な色をした柔らいプラチナブロンド。
うん、とひとつうなずいて笑う。「そっか」と一言返す彼女はうれしそうな顔を浮かべているけれど
どこか寂しそうだ。
思えば、丸一年前までは、私の世界はこの人ばかりで構成されていたような気がする。夜間専従員で
あるおかげでほかの隊員とシフトほとんどシフトがかぶらず、もともと人見知りな性格だったから
それでいいのだと思いこんでいた、かつての私。唯一、武器やストライカーの部品の補充の関係で
話すようになったエイラだけが、するりと私の世界に入り込んでいた。一人でも十分だと思っていた。
だから、エイラがいれば十二分だと、それでいいのだと、思い込んでいたのだ。
「…ねえ、エイラ」
「ん?」
「芳佳ちゃんにもちゃんと届いたかな、私たちの手紙」
「…まあ、前の手紙がちゃんと着いたんだから、届いてんじゃないかな」
「…うん」
私の元にもミーナ中佐たちから、リーネさんたちから、シャーリーさんたちから、みんなから、
お祝いの言葉が届いたように、きっと芳佳ちゃんのところにもみんなからのお祝いの言葉が届いて、
そしてその中には私とエイラが贈ったものもきっとあるのに違いないのだ。最後まで「めんどくさい」
なんて呟いて送るのを嫌がっていたエイラを、一生懸命説得して一緒に連ねた芳佳ちゃんへのお祝い。
お誕生日おめでとう、あなたは元気ですか?私はとても元気です、そして、とても幸せです。その
気持ちを、懸命に込めた。同じ地球の遠い空の下で、どうか彼女も幸せでありますようにと。
“…エイラさんと幸せにね! 宮藤 芳佳”
そうやって結ばれている、もはやカードとはいえない長い文面の最後。それを見たエイラはどうして
か「なにいってんだミヤフジのやつっ」なんていって顔を真っ赤にしていたけれど、私はただただ
顔をほころばせるばかりだ。だって、今も私はエイラといてとても幸せで、そして芳佳ちゃんもまた、
エイラなら私を幸せにしてくれると、エイラといれば私は幸せでいられると、信じていてくれている
のだ。それはとても、とても幸せなことだから。
芳佳ちゃんとともに過ごした時間はとても短くて、今となってはもう、501隊を解散してから配属
されたこのスオムスにいる期間のほうがずっと長い。それでもどうしてか芳佳ちゃんの存在が胸に
深く深く刻まれているのは、きっと誕生日が同じというだけの理由じゃない。芳佳ちゃんに出会えた
ことは、お世辞にもまだ長いとは言えない私の人生の中でも、とてもとても大きな意味を持っている
のだ。
かつて、「幽霊のようだ」と言われたことがある。いるのかいないのかわからない、と。エイラはそれ
を聞いて「気にするな」と言っていたけれど、そういわれた瞬間にとても悲しい気持ちになったのは
私自身にその自覚があったからで。
でも違う。今はもう、オバケみたいだなんていわせない。だからといってルッキーニちゃんのような
明るさはきっと私には持ち得ないものだろうけれど、それでも今の私は、私なりのやり方で自分の
存在を証明することができるのだ。そして、芳佳ちゃんはその方法を、私に示してくれた。
平和な扶桑からやってきて、なし崩しに戦いに巻き込まれて。それでも「やります」と前を向く彼女
のひたむきさに、私はどれだけ心を打たれたろう。遠くから見ても彼女はきらきらと輝いていて、
私は始めて自分から、近づいてみたいと感じた。それは決して命令でもなく義務でもなく、私自身の
希望で。
「…よかったな、サーニャ」
「うん」
言葉尻が心なしかしょんぼりしているのは、私が芳佳ちゃんの言葉ばかりにかまけているからだろう。
でも、違うよ?今日、芳佳ちゃんは特別だけれど、そんなときでも、やっぱり頭の片隅にはエイラの
存在がいつでもある。
がががが、と大きな音を立てて開かれたシャッターの向こうから、夜の風が吹き込んでくる。誘導灯が
ラインを描いて、私の進む道を示してくれているのが見えた。整備の人たちが手を上げて、ストライ
カーの準備ができたことを知らせてくれる。
「あ。…そろそろ時間か。」
格納庫に響く呟き。エイラは何かを言いよどんでいるような雰囲気をかもしだしている。言いたい
ことくらい、その声の調子だけでわかる。だってずっと隣にいたもの。そばにいて、幸せだったもの。
「あ、あのさ、さーにゃっ」
ねえ芳佳ちゃん、あなたと出会って、あなたに勇気をもらったあの日から、いつの間にか一年がたち
ました。今は遠く遠くはなれてしまっているけれど、あなたはどこにいてもきっとぴかぴか、きら
きら輝いているのでしょう。
ねえ、わたしも、少しくらいその光をもらえていると思うの。どうかしら。
だから、私はエイラが今言いかけているその言葉を、もう言わせたりしないのだ。
「エイラ」
優しいささやきで、エイラの声を制す。ちらり、と目配せをしたら整備のおじさんが白い歯を見せて
ニカッと笑ってくれた。
「エイラ、一緒に来て。…いっしょに、飛びたいの」
向き直って、手をぎゅっと握って引く。
「飛びたいの、一緒に。もうすぐ、私の誕生日が終わっちゃうから。最後まで一緒にいたいの。」
折を見て私と一緒に、私の両親を探すために足を伸ばしてくれるエイラ。いつも私の心配をしてくれ
ているエイラ。一番そばにいて、わがままもあまえも許してくれるエイラ。
…だいすきよ、エイラ。
「……だめ?」
全く返答がないエイラに不安になって、ついそんな言葉を付け足してしまう。すると私が握っていた
はずの手が握り返されて、長い手が伸びて抱きしめられた。
「だ、だめなわけあるもんか。…いくよ、一緒に」
「…うん」
ひゅう、というかすかな口笛の音も、今は気にならない。その方向には二人分のストライカーが
しっかり用意されていることを、知っているから。用意周到、ってエイラは笑ってくれるかな。頭が
ぐるぐるして、だんまりになって、そこまで気が回らなくなるかもしれない。
「最後まで、一緒にいたい。私も。」
「うん」
飛び上がった空の向こうは、一年前の今日と違って満月ではなかったけれど。
大好きな両手が後ろから抱きしめてくれたから、あのピアノの音がなくても寂しくはない。だって
その大好きな、大切なお父様のピアノの音のところにだって、きっといつかエイラがいざなって
くれるのだ。そう約束してくれたから。それまでも、それからもずっと、一緒にいるよっていって
くれることを、知っている。
ねえ、私は、エイラが好きよ。
それを言葉にするにはまだ勇気が足りなかったけれど、たぶん今ステップを踏み出したから、伸ばす
手を受け止めてくれるエイラがいればきっと言葉にできる日も遠くはない、と思えた。
おわり