ファーストステップはあなたに


『前座』

「う~ん」
「どうしたのエイラ?考え事?」
「あのさ、扶桑には宝塚歌劇団ってのがあるみたいなんだ」
「宝塚歌劇団?」
「うん。女だけでやる舞台でさ、色々な組があるんだ、星とか花とか」
「へ~、なんだか素敵そうね。一度観てみたいな。・・・でも、エイラは何を悩んでるの?」
「サーニャはどこに入るべきかなって」
「・・・は?」
「だって、夜空を飛ぶ美しさは正に月か星だろ。そして一度地上に降り立てばその姿は可
憐な一輪の白百合、その肌は白雪。それに私にとってはかけがいのない宙なんだ!だか
ら・・・って、あれ?サーニャ~、お~いサーニャ~?」


ミーティングルームは聞き慣れない、けれど心地良いメロディーで満たされていた。
そのメロディーはソファーの前にポツンと置かれたレコードプレイヤーから流れ出てい
る。そして、その音に耳を傾けていたのは・・・。
「何聞いてんだ?」
そう言いながら私はソファーの背もたれに飛びついて、相手の・・・サーニャの顔を覗
き込む。
「ああ、エイラ。『華麗なる大円舞曲』っていう曲」
「ふ~ん」
曲名を言われてもピンとこなかったけど、私は何度かうなずいてみせる。
「ねぇ」
突然サーニャの小さい手が私の手をつかむ。その手はやっぱり冷たかったけど、触られ
た手から頭のてっぺんからつま先の先にまで体中の血が逆流していくみたいだった。体
中が自然と熱くなって、思わずボウっとなる。だから、
「踊ってみない?」
そんなサーニャの言葉は、今聞いたばかりの曲がリフレインされる頭の中にはなかなか
届かなかった。


レコードプレイヤー隅に置き直され、私とサーニャはミーティングルームの真ん中に立
ち、サーニャに言われるままに形だけはダンスのそれっぽくなっていた。
左手はサーニャの右手とからんだまま少し高くに上げて、右手は・・・サーニャの腰に。
・・・どうしよう。すごいドキドキする。
こんなんで本当に踊れるのかなぁ・・・、だいだい私踊ったことなんてないぞ・・・。
私はサーニャに不安をそのままぶつけてみる。
「あのさぁ・・・私踊ったことなんてないんだけど・・・」
「大丈夫。私がちゃんと教えるから」
サーニャはいつにもなく楽しそうだ。
「それなら・・・まぁいいけど・・・」
まだ不安はぬぐえていなかったけど、私は了解をした。
「じゃあ、エイラがリードしてね」
「えっ?だから私踊れ・・・」
「ふふっ、ちゃんと教えてあげるから大丈夫」
そう言って悪戯っぽく微笑むサーニャを見ると、私はもう何も言えなかった。
んっ?もう踊らされてんじゃないか私?


「そう、左。右。左」
「えっと・・・ひ、左。右。で・・・ひ、左だな」
「そうそう、上手上手」
「・・・あんまりからかうなよ」
「ふふっ、ごめん」
私のほんのちょっぴりの文句も、今の少しはしゃいだようなサーニャの笑顔にすぐにかき
消された。
それにしてもダンスっていうよりは、歩き始めた赤ん坊みたいだなと感じながら、ふと私
の頭の中にある疑問が浮かんだ。
「あのさ」
「ん?」
「サーニャはどこでダンス覚えたんだ?」
私はサーニャの足だけは踏まないようにと視線を下に落としながら尋ねる。
「ウィーンで。あっちでは社交界がよく開かれてたから」
「ああ、そうなんだ。じゃあ、けっこうあっちでは色んな人と踊ってたのか?」
社交界。
一度も足を踏み入れたことなんてない世界は、はっきりとした輪郭を描けないまま、ぼん
やりとした色彩だけが頭に浮かぶ。そして、妙な感覚が胸を締め付ける。
これは・・・嫉妬?
誰に?
サーニャの可愛らしい手をにぎったり、華奢な腰を触ったやつに?
・・・バカみたいだな。
「でも、踊ったのはエイラが初めて」
「へっ!」
サーニャの言葉に私は思わず顔を上げる。
そして、示し合わせたみたいにお互いの足は止まった。
「社交界とか、そういうのは苦手で、ダンスもお父様に習っただけなの。お父様以外の人
と踊るのは・・・エイラが初めて」
そう言ってどこか恥ずかしそうにするサーニャを見ていて、
「・・・ありがとう」
自分でも気づかずにそうつぶやいていた。


「え?お礼を言うのは私の方よ?」
サーニャは不思議そうな目で私を見つめる。
「あっ、いや・・・」
自分でもどう説明したらいいかわからなかった。

嬉しかったから。

それ以外の言葉は、今のグチャグチャなった頭の中じゃとても見つからなかった。
「そ、そうだ。ターンしてみてくれよサーニャ」
私は話をまぎらわすためにそんなことを提案した。
「ターン?」
「そ。クルって」
「じゃあ・・・ちょっとだけ」
そう言ってサーニャは両足のかかとを少し上げ、軽やかに左へとターンをした。

不思議な感じだった。サーニャの回転に合わせて時間は巻き戻り。一瞬、この部屋の
・・・ううん。世界の全ての時間をサーニャが止めてしまったみたいだった。サーニャの柔らか
に揺らぐ髪、ふわりと舞い上がる服、少し細めた目、端がちょっと上がった可愛い唇。
それがまるで永遠に色褪せない一枚のスナップ写真のように私の目に映った。

とても長い時間に感じる。でも、あと一秒、いやもっと短い間にサーニャのターンは終わ
り、世界は再び息を吹き返す。サーニャもそろそろ夜間哨戒に行く時間だ。そして・・・
今夜も何事もなく別れんのかなぁ。
そんなことを考えながら、ある言葉のもじりが頭をかすめ、くだらないなと自分で苦笑い
をした。

『二人は踊る、されど進めず』

Fin


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