戸惑う二人
サウナにいるサーニャは、自分の横で両腕を組んで座る人物の様子を横目でチラチラと伺
っていた。正直、この突然の来訪者、坂本少佐の存在にサーニャは困惑していた。
何かしゃべるべきなのか、それともだまっているべきなのかと先ほどから何度も自問をし
ていたが、結局自分から話題を振ることはできずにいた。そして、
「・・・暑いなぁ」
「・・・はい」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・暑いなぁ」
「・・・はい」
気づけば似たようなやりとりばかりが繰り返されていた。
「そうだ」
「はいっ!」
坂本少佐の予期せぬ声にサーニャの背筋は思わず伸びる。
「実は扶桑でも昔は蒸し風呂に入っていたんだ。今のように湯を張った風呂に入るのは、
江戸時代-ほんの2、300年前からのことらしい」
「・・・そうなんですか」
扶桑の人たちは昔からお湯を張ったお風呂に入っていたと思っていたサーニャには、これ
は少なからず驚きである。
「それと、風呂敷は知っているだろ?」
「はい。大きな布ですよね?」
サーニャは芳佳の持っていた紫色の布を思い出す。
「あれも元々は蒸し風呂に入る時に下に敷いていたものらしい。それがだんだんと風呂に
入る前に脱いだ服を包むものになっていったそうだ」
「・・・そうなんですか」
一見何の変哲もないあの布にそんな歴史があるんだなとサーニャはまた少なからず驚いた。
ただ、そこで会話はまた止まった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「確か、この後は水浴びだったな」
「あ・・・はい」
「では、そろそろ行くか」
そう言いながら坂本少佐は腰を上げた。そして、まだ座っているサーニャの方を振り向く。
「サーニャももう出るか?」
「・・・はい」
半ば反射的にサーニャはそう答えていた。
夕暮れに照らされ始めた水浴び用の人工池。ここでも動く影は二つだけである。
水に肩まで浸かるサーニャと、見ているものは誰もいないとばかりに、
「あ~気持ちがいいなぁ」
そう言いながら立ったまま体を大きく後ろに反らす坂本少佐であった。
「・・・・・・」
「ん?どうしたんだモジモジして?別に女同士だ、恥ずかしがることはないだろ?」
坂本少佐は体をサーニャの方に向ける。
「あっ・・・はい」
外気に当たったためか、先ほどのサウナでの様子とは打って変わって坂本少佐はいつもの
調子に戻っていた。
「しかし、こうしていると露天風呂に入りたくなってくるなぁ」
坂本少佐は人工池を見渡しながらそうつぶやく。
「ロテンブロ・・・ですか?」
聞き慣れない言葉にサーニャは首を傾げる。
「扶桑ではここみたいに外で風呂に入るんだ」
「へぇ~」
「いいものだぞ、春には桜、夏には星か花火、秋には月と紅葉、冬には雪。四季折々の景
色を見ながら風呂に入るというのは」
その色鮮やかな情景を想像し、モノトーンがちの世界を故郷に持つサーニャはうっとりとする。
「素敵ですね。四季の移り変わりでその表情を変える扶桑らしくて」
「ははっ、サーニャはなかなか詩的な表現をするなぁ」
坂本少佐の言葉にサーニャの頬は少し赤みを帯びる。
「でも、冬は寒くないんですか?」
雪国を故郷に持つサーニャらしい疑問である。
「いや、少しのぼせた体には、冷たさをまとった風は心地いいぐらいだ。ただ、脱衣場か
ら風呂場までが長いと風邪をひきそうになることもあるがな」
サーニャはその光景をぼんやりと想像する。
木枯らしに吹かれ、思わず大きなくしゃみをする坂本少佐。その姿は、妙に似合っており
サーニャは思わず
「ふふっ」
と笑い声をもらした。
そんなサーニャの表情を見て、坂本少佐も
「おっ!」という声をもらす。
「えっ?」
坂本少佐が発した声の意味を掴めなかったサーニャは、その顔をジッと見つめる。
サーニャの視線に気づいた坂本少佐は、頬をポリポリと人差し指でかきながら弁明を始める。
「いやっ、なぜかはわからんが笑ってくれたんでな」
サーニャはなおも首を傾げる。
「たまにはサウナにでもと入ってみたらお前がいてな、出ていくのもあれだし、話をしよ
うにもミーナのように音楽の話はできない。仕方なく扶桑の話をしてみたが、正直面白い
と思っているかどうかがわからなくてな」
サーニャはその言葉を受け、自分の頬に手をやる。緊張してたからか、もしかしたらずっ
と表情は強張ってしまっていたのかもしれない。
「あの・・・」
「ん?」
「もう少し扶桑の・・・扶桑のお風呂の話をしてくれませんか?」
「そうか?風呂かぁ、そうだなぁ。扶桑には五右衛門風呂というものがあってな」
「ゴエモン?」
「昔扶桑にいた盗賊の名が由来でな、その・・・」
坂本少佐の話を遮るように一陣の風が吹く。その風は坂本少佐の長い艶やかな黒髪を揺ら
す。とても綺麗だ。夕日に照らされるその光景に、サーニャの顔は知らずしらずのうちに赤くなる。
ただ、風は坂本少佐の鼻をもくすぐっていったのだろう。
「へくしゅん!」
と坂本少佐に大きなくしゃみをさせた。
自分の想像の突然の実現に、サーニャはいけないと思いながらも少しだけ笑い声をもらした。
Fin