take off
「どうしたんだ、ミーナ」
美緒は首を傾げて答えを待ったが、当の本人からは何の返事も無い。
たまにはどうかと朝食前、基地上空に揃って飛び立ち、ミーナと美緒の二人で模擬空戦をしたのだが、
ミーナの動きにいまひとつ精彩が無い。揃って帰投する際、ミーナの横に位置し、直接問い掛けてみたのだ。
「なあ、聞いてるかミーナ」
再度繰り返す美緒。
「あ、ええ。聞いてるわ。問題ないわ」
慌てて作り笑いをするミーナ。
「本当か。嘘は良くないぞ」
「えっ」
美緒はミーナの手を引き、ホバリング体勢に移った。ミーナもつられてその場に留まる。
ミーナは微笑んでいるが、何処か陰を感じる。
何かがおかしい。美緒の直感はそう告げていた。
「美緒こそ、どうしたの。急に止まって。何か問題でも?」
「ミーナ」
美緒は試しに眼帯をめくって魔眼を露出させミーナを見た。突然の事にぎょっとするミーナ。
「な、何のつもり?」
「何か隠してるな?」
美緒は眼帯を戻した後、真剣な眼差しでミーナを見つめた。
「貴方の魔眼、そんな力もあったかしら」
「うろたえているのが丸分かりだ」
うつむくミーナ。
「目をそらすな」
「だって……」
「何か悩みか? お互い佐官同士、何でも話してくれ。そんな堅い仲でもないだろう。
私はお前を全力でサポートする。それが501での私の仕事だ」
ミーナは美緒を見、言った。
「貴方よ、美緒」
「私? 私がどうかしたか」
「今日、誕生日よね」
「ん?」
首をかしげ、今日が何月何日何曜日かを思い出す。
「……言われてみれば、確かに今日は私の誕生日かも知れんな」
美緒は軽く笑って、ミーナに問い掛けた。
「でも、それがどうかしたか」
「だって」
ミーナはこらえきれなくなったのか、美緒に抱きついた。バランスを崩しかけ、思わず抱きしめる格好になる。
「貴方が歳を取れば、ウィッチとして……」
「またその事か、ミーナ」
美緒はふっと微笑んだ。
「確かに二十歳も超えて……正直いつまで飛べるか、私にも解らない。でもな、ミーナ」
顔を上げたミーナに、いつもと同じ笑みを見せる美緒。
「飛べる限り、私はウィッチであり続ける。私はウィッチを止めない」
「でも無理は……」
「大丈夫だ。心配するな」
「その自信は何処から来るのよ」
「お前さ」
「えっ」
「ミーナが私の事を心配してくれる。それだけで良いんだ」
「美緒」
「完全に魔力が切れたら、その時はその時で考える。でもまだ飛べるうちは」
ミーナをぎゅっと抱きしめる。
「こうして大空のもと、飛んでいる……」
不意にミーナからキスされ、言葉が途切れる。
ゆっくりと唇を離し、美緒は言葉を続けた。
「……のも、悪くない」
「美緒ったら」
「お前には心配掛けてばかりですまん。それはいつも悪いと思っている。だが、許せ」
「許すも何も無いわよ」
「有難う」
ふたりはそっと、ホバリングから飛行へと体勢を変えた。
「誕生日おめでとう、美緒」
「年寄りのウィッチにとってはあまり嬉しくないがな」
「何にせよ、この世に生まれた日が巡ってくるのは、素敵な事だと思わない?」
「詩人だな、ミーナは」
美緒に言われ、ふっと笑うミーナ。
「ともかく、礼を言う。気遣ってくれて有難う」
美緒も笑顔でミーナに言う。
「さあ、戻りましょう。そろそろ朝食の時間よ」
「ああ」
「きっと、美緒の為に宮藤さんやリーネさん達がケーキを用意して待っているわ」
「やめてくれ。そんなガラでもない」
「お祝いは悪い事じゃないわ。皆も喜ぶわよ」
苦笑いする美緒。はたと気付いた。最初の疑問。ミーナの挙動がおかしかったのは、誕生日を思っての事なのかと。
気になって問うと、ミーナは頷いた。
「だって、色々考えちゃうでしょ」
「考え過ぎなんだミーナは。単純に私を祝ってくれれば良い」
「さっきと言ってる事違う気がするけど?」
「そうか? 気にするな」
豪快に笑い飛ばす美緒。
「もう、これだから……」
苦笑いするミーナ。
基地が見えてきた。滑走路上には隊員達が何人か見える。手を振り、応える。この後始まるであろうお祝いパーティーを想像し、美緒とミーナは二人顔を合せ、くすっと笑った。
end