それでいいじゃないか


 朝が来る。
 朝日とともに目を覚ます。
 着替える。後ろ髪を結う。顔を洗い、歯を磨く。
 外に出、走り込む。最初はゆっくりと、徐々にペースをあげていく。
 刀を手にし、抜き放つ。構えを中段に取る。
 瞳を閉じる。息を止め、気を静める。
 瞳を開く。すぅと振り上げ、打ち下ろす。
 一閃。また一閃。さらに一閃……。
 ――と、
「どうした、宮藤? 今日は早いな」
 声をかけると、宮藤はぶるっと体を震わせ、木陰からひょっこり姿を現す。
「いっ、いえ、なんでもありませんっ」
 なにを慌てる必要があるのか……まさか隠れているつもりだったのか?
(そういえば何者かの視線を感じるのは珍しいことではないが……)
 ――まあいい。
「お前も朝から訓練か。感心だな」
「あっ、はい。そうなんです!」
 そうして私たちは2人、訓練を始めた。
 宮藤はいつになく熱心で、つい私も指導に熱が入る。
 そしてかいた汗を風呂で流し、
「それじゃあ、朝食にするか」
 と、私たちは食堂へとおもむいた。
 ――が、宮藤が私の手を取り、引き留めようとしてくる。
「なんだ?」
「ちょっと、坂本さん。まだ早いです。もっとゆっくりされたらどうですか」
「なにを言っている。おかしなやつだ」
 私は宮藤を振り払い、引きずり、そうして食堂まで来た。
 ドアを開けた。
 ……ん?
 食堂には既にみんな揃っていた。
 が、朝食を取っているではなく、なにやらせこせこと作業をしている。
 テーブルには白いテーブルクロスが敷かれ、皿がいくつも並べられていた。
 壁にはところせましと折り紙で作った輪っかがぶら下げられている。
 そして垂れ幕にはこんな文字が。

 HAPPY BIRTHDAY

 ………………んん?
 私はすぐさまドアを閉じた。
 幸い、せわしなく働いていた中の人間には気づかれていないらしい。
 私は宮藤を引き寄せ、こっそり訊くことにした。
「その、なんだ。なにぶん私はこういうことには無頓着でな。本当にすまないと思っている」
「はあ……」
 と要領をえない返事を宮藤はする。こっちは真剣だというのに。
「その、今日は誕生日なのだろう?」
「ええ、そうですよ」
 なんだ。やっぱりそうなんじゃないか。
 なのになぜ、私には黙っていたんだ。

「それで、宮藤……今日は誰の誕生日なんだ?」

 宮藤はぽかんと口を開けて私を見てくる。なにを言っているんだと言わん表情で。
 ――ああ、そうか。あきれられているのだな。
 みんなで誕生日会の準備をしている中、私1人だけなんの手伝いもせず。
 おまけに誰の誕生日かさえわからないなんて。
 でも、だったら私にも言ってくれれば……いや、今朝来てたじゃないか。宮藤が。
 きっと準備に私も駆り出そうとして、誘いにきたのだろう。
 そんな宮藤まで訓練につき合わせてしまって――私は一体、なにをやっているんだ……。
「本当にすまないと思っている。今さら遅いかもしれないが、私にも祝わせてくれないか」
 と、私は宮藤の肩に手を置いた。
「祝う、ですか?」
 宮藤は釈然としないふうで、訊き返してきた。
「ああ――だから、今日は誰の誕生日なんだ?」
 えっと、とか、その、とかしどろもどろになる宮藤。
 そして観念したように、ようやく口を開いた。
「坂本さん、今日は何日かわかりますか?」
「8月26日だろう」
「それじゃあ、坂本さんの誕生日は?」
「8月26日だな」

 …………………………。

「えっと、お誕生日おめでとうございます」
 と宮藤が言うので、私は素っ気なく返した。
「ああ、ありがとう」

 宮藤はあらいざらい話してくれた。
 私の誕生日を祝おうとみんなで決めたこと。
 手分けして部屋の飾りつけをしたり、料理やケーキを作ったりしているということ。
 その準備をしている最中に私が食堂へ来ぬよう、宮藤が見張りをすることになったこと。
 それはくじ引きで決まったということ。
 なのに私が食堂に行ってしまい、そして現在に至るということ。
「それじゃあ、祝わせてくださいね」
 そして宮藤は最後に、そうつけ加えた。
 私はしばし立ちすくんで考え込んでしまった。
 宮藤の肩にやっていた手は持て余して、自分の太股に触れたりしている。
「どうかしたんですか、坂本さん?」
「なぁ、宮藤。とても言いにくいことなんだが……」
「はい。なんですか?」
「みんなで準備してくれているというのに、勝手を言って本当に悪いんだが……」
「だから、なんです?」

「……なしにしてくれないか。誕生日を祝うのを」

「どうしてですかっ!?」
 と、さながら食いつくように宮藤は言ってきた。
 怒らせてしまったかもしれない。無理もない。こっちが勝手を言っているのだから。
「気持ちは嬉しいが……。みんなして準備してくれたことにも悪いと思っている……」
 見据えてくる宮藤の目は眩しくて、私は思わず顔をそむけた。
 ああっ、と宮藤は納得したように声を出した。
「照れてるんですか?」
「は?」
 なにを言っている? 私がか? そんなはずないだろう。
「照れてるんですね」
「そんなことはない」
 宮藤はさらに身を私へ乗り出してきて、
「じゃあ、どうしてですか?」
「いや、だって……」

 だって、祝われるような年じゃないから。

 そう言えたら、きっと楽だったろう。
 誕生日ということは、今日でもう二十歳になる。
 ウィッチにとってその年齢がどういうことを意味するかはよく知っている。
 魔法力の衰え――私とて、その例外ではない。
 自分のことだ。それに気づいていないわけでもない。
 入隊したばかりの宮藤ならまだしも、それがわからない人間ばかりでもないだろうに。
 なのになぜ、みんなは私を祝ってくれるというのだろう?
 そんな祝われるような資格が、私にはあるのだろうか?

「『だって』、なんですか?」
「そういうことに慣れていなくてな……祝われる理由もよくわからんし」
 それはどうしようもない私の本音だった。
「そんなの、坂本さんの生まれた日なんだから当たり前じゃないですか」
「だからなぜ、その日を祝うんだ?」
「坂本さんがちょうど20年、ちゃんと生きてきたってことでしょう? じゃなかったら祝えません」
「それはまあ、そうだが……」
「わからないなら祝われれてください。だったら、坂本さんにもわかります」
「私にも?」
「はいっ!」
 宮藤は胸の前にやったこぶしをぎゅっと握って答えた。
「私もこのあいだみんなからお祝いされて、とっても嬉しかったんです。
 それに思ったんです。坂本さんも絶対思います。ああ、自分は幸せ者だなあ、って」
 人のことだというのに、なにがそんなに自信があるんだ。
 私には自分のことなのに、そんなのぜんぜんわからないというのに。
 ――じゃあなんでお前は、そんなに私のことがわかってしまうんだ?
 まるで騙されているように思えた。

「みんな、坂本さんのことをお祝いしたいんです。リーネちゃんはケーキを焼いてくれたんです。
 ペリーヌさんなんてなんかいろいろものすごく頑張ってるんです。
 それに1人1人、坂本さんにプレゼントを用意したんですよ。10個ですよ10個」
 宮藤は両手のひらを私に向けてくる。
「お願いします、坂本さん! みんなからお祝いされてくださいっ!」
 そして深々と頭を下げられてしまった。
 なぜこんなに必死なんだ、こいつは。そんなこと頼んだわけではないのに。
「すまない、宮藤。頭を上げてくれないか――それでだな。みんなで私のこと、祝ってくれないか」
 構わない。騙されてみればいい。

「ありがとうございます!」
 と、なぜか宮藤に言われてしまった。
 おかしなやつだ。お礼を言うべきなのはこっちの方なのに。
「じゃあ、私もお前の誕生日が来たら祝わせてくれるか」
「もちろん。ちなみに私の誕生日は、サーニャちゃんと同じで8月の18日です。もう過ぎちゃいましたけど」
 すっかり機嫌を直した宮藤は、声を弾ませそう言った。
「1年くらい経っちゃいますけど、坂本さんもちゃんと祝ってくださいね」
「ああ、忘れないでおく」
 私はそれにたしかにうなずいた。
「来年も、再来年も、またその次の年も、みんなでお祝いしましょう」
「気の早いやつだ。鬼が笑うぞ」
 けれどその時はやって来るのだろう。私たちがちゃんと生きてさえいれば。
 私が年を取った分だけ、宮藤も年を取る――そんなことがふいに頭に浮かんだ。
 宮藤が二十歳になったところなんて、とても想像がつかないが。
 それを見てみるのも悪くない。いいや、楽しみだ。
 ああ、そうか。誕生日を祝うというのは、そういうものなのかもしれない。

「じゃあ、私が部屋に入って少ししてから坂本さんも入ってきてください」
 と、宮藤は打ち合わせをしてきた。
「びっくりした顔してくださいね。じゃないと、私が怒られちゃいますから」
「わかった」
「ちゃんと言ってくださいよ。『はっはっは! 今日は私の誕生日だったのか! すっかり失念していた』って」
「ああ、そうする」
 苦笑まじりに私はうなずいた。
 そうして宮藤は扉の向こうに姿を消した。
 私は1人、ドアの前で時間が経つのを待った。
 この向こうにはなにが待っているのだろう?
 わかりきっているのに、それをまだ私は知らない。
 自分が生まれた日という、たったそれだけのことなのに。
 私は今、嬉しいんだな。
 だって今日は、私の誕生日だから。
 きっとそれは、いくつになっても。
 1944年8月26日。
 私が生まれてちょうど20年過ぎて、そうして今ここにいる、ただそれだけのこと。
 うん、それでいいじゃないか。

 私はゆっくりとドアを開いた。
 いくつものクラッカーが、そんな私を出迎えた。


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