エイラの怖い話


「宮藤、ちょっと来てくれないか?」
「何エイラさん?」
「実はちょっと興味深い本を見つけたんだ」
月がだいぶ高くなった時間の出来事だった。。
エイラはそう言いながら、何やらいわくありげな本をテーブルの上に置いた。
「・・・何これ?」
かなり古い本らしい。表紙は黄ばみ、いくつか虫に喰われたような穴も見受けられる。
「この基地がかなり昔からあることは知っているだろ?」
「あっ、うん」
「実はここには昔ここで起きた悲劇的な事件が書かれているんだ」
「事件?」
芳佳はエイラが指さす本を改めてまじまじと見つめる。
「そう、それが起きたのは・・・」
芳佳の返事も何も聞かぬまま、エイラはとうとうと語りだした。


「二百年ぐらい前のことらしい。ここで火事が起こったんだ」
「火事?」
「そう、ほとんどボヤだったらしいけど、一人がその火事で死んだんだ」
「えっ、本当ですか・・・」
芳佳の顔は少し青くなる。自分が普段過ごしている場所でそんなことがあると知ったなら
当然の反応だろう。
「あぁ、二つの偶然が重なってな。一つは、煙がそいつのいた部屋に回ってきたこと。も
う一つは、火事の起こる数日前から扉の立て付けが悪くなって開きにくくなっていたみた
いなんだ。
その日、起きた火事はさっきも言ったとおりほとんどボヤだったらしい。ただ、それが逆
に仇になった。その時ここに住んでた奴らは、ボヤだ。大したことはないって考えたから、
全員の所在や安否を確認することは無かった。・・・本当は一人足りなかったのに。
そのせいで、煙に巻かれて苦しんでいる奴がいることにも気がつかなかったんだ。そいつ
が死んでいるのに気づいたのも、火事が収まってから数時間経ってかららしい。そいつ
の最期は・・・酷いものだったみたいだ。体に火傷の跡なんかはないけど、顔は苦しみに歪
み、特に手は目を覆いたくなるような状態だった」
「手?」
「助けを呼ぶために扉を必死で叩いたせいで、皮膚が擦り切れて、血で真っ赤に染まって
いたみたいなんだ」
芳佳は思わずその光景をイメージしてしまい、その映像を消し去るために慌てて頭を振っ
た。そして、
「なんか・・・かわいそうな話ですね」
そうつぶやいた。
「まぁ、二百年も前の話だけどな。でも、怖いのはこの後なんだ」
「えっ?続きがあるんですか?」
「あぁ、宮藤は一時期だけどこの部隊にカールスラントの奴がもう一人いたことは知って
るか?」
「えっと・・・詳しくは知らないけど」
「これは、そいつが経験した話なんだけど・・・」
そう言いながら、先程までは、腕を組みながら話をしていたエイラは急にグッと体を前に
乗り出した。
(あれっ?なんか雰囲気が変わって・・・)
心の中で宮藤はそう思ったものの、それを口にする前にエイラの話は再び始まっていた。

「それはある日のことだった。その日の隊務も無事終え、明日のためにそいつは静かに床
に着いた。すると・・・
トントン、トントン。
という音が聞こえた。最初は誰かがノックしてるのかな~と思ったけど、ふいにその音
は止んだ。なんだ、気のせいかな~と思って、また眠ろうとすると、
ダンダン。
・・・さっきより大きい音が聞こえる。
誰か用か~。そいつは少し怒った声でそう言ったものの返事はない。
あれ~、私疲れてんのかなぁ~。そう思って、また目を閉じるものの・・・全く寝付けない。
しょうがないな~、ホットミルクでも飲もうかな~、な~んて思って、ベッドから下り、
部屋を出て扉を・・・閉める。
と・・・バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン!!
力任せに扉を叩く音。誰もいないはずの部屋から。なんで?どうして?
でも、そんなことを考える暇もないくらいに、バンバンバンバンって音が続く。
だ、誰かいるのか。誰だ、誰だ!
勢いよく扉を開いて、そこから中を覗き込む・・・誰もいない。あの音もしない。
で、恐る恐る電灯を着けても・・・何もない。
とりあえずは助かったのか?と、小さく息を吐いて、部屋の入り、扉を閉めた瞬間!!
扉。血でできた手形でいっぱいになってたみたいだぞ・・・」
「・・・・・・そ、そんなことがこの基地であったんですか?」
芳佳は体中がどこかうすら寒くなっていくのを感じた。それは、話の途中のエイラのど
こか鼻にかかった効果音を聞くたびに、だんだんと強まってきていた。
「あぁ、この日以来こういったことがその部屋で何度も起きて、カールスラントの奴は
だんだんと神経を病んでいき、最後にはこの部隊を離れていくことになったんだ・・・。
おっと、そろそろ寝ないとな。お休みな宮藤」
「えっ、あっ、お、お休み・・・」
「あっ、そうそう忘れてた。その出来事あったのお前の部屋だぞ」

布団はしっかりとかけている。
だが、絶えず隙間風が入ってくるような寒さを感じた。
芳佳は天井を見据えたまま、必死に自分自身に暗示をかける。
「え、エイラさんの話だもん。どうせ嘘だよ、嘘」
ただ、時々扉に視線が移り、その度に体がブルッと震えるのを見るあたり、どうやら暗
示の効果は薄いらしい。それどころか、意識しないようにしようとするためにかえって、
変に意識をしてしまっていた。
「・・・えっ?・・・え~!!」
ほんの数十分前。突然の幕引きと突然の告白に芳佳は思わず目を白黒させた。そして、
悠々と自分の部屋に向かおうとするエイラの袖を慌てて引っ張り、話が本当かどうか問
い詰めてみたものの、あからさまに無視をされ、結局そのまま部屋にへと戻られてしま
い、真相はわからずじまいだった。
そのため、布団の中でひたむきな努力を続けたものの、いつの間にか視線は扉に釘付け
になっていた。そして、扉が異様な気配を発し、だんだんと眼前に近づいていて来るよ
うな錯覚を覚えていった。
そう、扉が、だんだんと大きく、大きくなっていく。
そして、まるで、肌から染みでるように赤茶けた扉の表面が、鉄の香りを漂わす赤い血
で、幾重にも重なった赤い手形で彩られていく・・・。
「・・・もう駄目」
芳佳は布団を払いのけ、おもむろに立ち上がりると勢いよく部屋を飛び出した。


「へへっ、宮藤の慌てっぷり傑作だったな」
エイラはベッドの上で、一人自分の計画の成功に悦に入っていた。芳佳の慌てふためい
た顔を思い出して、また笑い声を洩らす。顔はお得意のあのニヤケ顔だ。
二百年前の事件もカールスラントのウィッチが遭遇したという怪現象も全て口からの出
任せである。芳佳に見せた古本も、それらとの関係など一切無いものだ。
「今夜はよく眠れそうだ」
ニヤケ顔はまだ消えないもの、エイラはだんだんとまどろみに落ちていこうとしていた。
だが、それは勢いよく叩かれた扉の音にあっさりと打ち砕かれた。
「えっ、さ、サーニャか?・・・あ~時間的にそれはないか・・・」
と、自分の考えをあっさり打ち消しながら、エイラは起きなおり、半分閉じかけていた
瞳を必死に開いて突然の訪問者の正体を探ろうとする。ただ、今夜は訪問者の方から素
直に名乗ってくれた。
「あの宮藤だけど・・・」
「宮藤~?」
エイラは、めんどくさそうにベッドから下り渋々扉を開いた。
「何だよ~こんな時間に」
「あの・・・一緒に寝てくれない?」
「・・・は?」
芳佳の言葉に目が開いたエイラは、芳佳がしっかりと枕を持参していることに気が付いた。
「なんでだよ~・・・あっ、さっきの話のせいか?」
「う、うん」
こんな状況は予期していなかったエイラは素直に、
「さっきの話は嘘だぞ、嘘。だから、さっさと自分の部屋で寝ろよ」
話の真相を白状すると、扉を閉めようとする。
しかし、芳佳は閉まろうとする扉に枕を挟み込んだ。
「嘘だってわかってても怖いの」
「・・・子どもじゃないんだからさ~」
エイラはため息をつきながら、枕を押しのけようとする。ただ、
「お願い、今夜だけでいいから・・・」
芳佳の哀願する瞳を見ていると、まぁ元々の原因は自分なんだからと渋々折れた。
「・・・たっく、今夜だけだかんな」


「エイラさん・・・」
「・・・ん?」
「寝た?」
「・・・寝てたら返事しないだろ」
枕を二つ並べ、芳佳はまっすぐ天井を見ながら、エイラは芳佳に背を向けながらベッド
の上で横になる。
「なんか話でもしない」
「・・・さっさと寝ろよ。明日も早いんだろ?」
「んと・・・なんだか寝付けない」
「じゃあ、羊でも数えてろ、羊」
自分はもう眠りたいため、エイラの返答はいささかぶっきらぼうになる。
「ん・・・そうする」
「そうしてくれ・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・エイラさん」
「あぁ?」
「羊って一頭だっけ、一匹だっけ?」
「・・・どっちでもいい!」
エイラは、イラついた声を出しながら、芳佳から離れるように体を抱えるようにする。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・あの・・・宮藤?」
エイラは少し強く言いすぎたかなと、体を反転させる。
「ちょっと強く・・・って・・・」
既に芳佳はスースーと寝息を立てていた。はぁと大きくため息をつき、しばらくするとエ
イラもまどろみの中にへと落ちていった。

「エイラさん朝だよ!」
「・・・ん?」
芳佳に揺り起こされ、エイラはかったるそうに目を開ける。
「じゃあ、私朝ごはんの支度があるから、一度部屋に戻るね」
「あぁ、そうだな」
エイラと芳佳は共にベッドを下りる。そして二人連れ立って、扉の前へと進む。
「それじゃ」
「ああ、じゃあな」
すっかり笑顔になり、手を振りながら勢いよく芳佳は駆けだしていき、エイラもその姿に
ピョコピョコと手を振る。
(あれ・・・私起きる必要なくないか?)
一瞬そう思ったものの、大きく欠伸をすると、
(まぁ、いいや二度寝だ。二度寝)
そう考えながら扉を閉めようとする。すると・・・
突然、身体を射すくめるような殺気、視線をエイラは感じた。戦場においてもこんな気
を感じたことほとんど無い。体がブルッと震える。心臓を氷の手で鷲掴みにされたような
感覚だ。エイラは廊下にへと出て、顔を絶えず動かして視線の宿主を必死に探す。
しかし、廊下に人影は一向に見当たらない。
エイラはこれ以上探しても仕方がないと思い、どこかげんなりとしながら部屋にへと戻り
扉を閉めた。
そして、ベッドにへと向かいながら、
(そういえば扶桑じゃ、幽霊よりも生きている人間の嫉妬の方が怖いって言うな・・・)
ぼんやりとそんな事を考えていた。

Fin



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