悪い夢


ふわふわと、ふわふわと。

のんびりとしたそよ風と、程よく温い陽射し。

ふわりふわりと、ふわりふわりと。

そんな心地の良い昼下がり。
実は私は先程から、そんな空ではなく、その空に舞うとある光景に視線がくぎづけになっていた。
と言うのも――

「芳佳ちゃーん! どうして飛んでるのー?」

何故か芳佳ちゃんが、ストライカー無しで空を飛んでいるのだ。
……微妙に、芳佳ちゃんの特徴的なウイングヘアが、ぴょこぴょこと動いているのも気になるのだけれど。

「肝油ですけどー」

返ってくる返事も意味が分からない。
あの肝油を飲み続けたら、空を舞えるとでも言うのだろうか。
とりあえず手を振ってみた私だった。

「よいしょ、っと。こんにちは、リーネちゃん」

しばらく気持ち良さそう……なのかどうか分からない笑顔で空を旋回してした芳佳ちゃんは、ゆっくりと私の前に降り立った。

「リーネちゃんも飛んでみる?」
「え、私にも出来るの?」


とても簡単に言われてしまった。
……あ!
まさか芳佳ちゃんが初めてストライカーをはいた時に空を飛べた理由は、コレなのかもしれない。
差し当たっては、芳佳ちゃんのウイングヘアを真似すれば良いのだろうか。
そんな事を考えている
知らず、一歩二歩と私は後退っていた。

「あ、ああああの芳佳ちゃん! 私やっぱり」
「えー? リーネちゃんも気にいると思うのに」

カチャン……カシャン……

少し不満気な顔つきでウイングヘアを装着する芳佳ちゃん。
すると、やはりというか……そのウイングヘアがまたぴょこぴょこと動き出して――

『ナンナンデスカ、モゥ』

不満を漏らされた!?
ま、まさか芳佳ちゃんは……あのウイングヘアに操られているんじゃ……
そう、私は考えてしまった。
考えない様にしていたのだけれど、一度考えてしまったのが最後。
不安はその規模をひたすらに膨ませ続ける。

どうにかしないと。
私に何が出来るのだろう。
……そうだ。
私が芳佳ちゃんを助けないと。
私が芳佳ちゃんを助けないと!
私は、カッと目を見開くいた。

「芳佳ちゃん! 今助けるから!!」

キュポンッ!!

紫電一閃。
私は、私が出せたであろう最大速度をもって、芳佳ちゃんを操る(仮)ウイングヘアを引き抜いた!
何やら嫌に景気の良い音がした気がするけれど、私は既にいっぱいいっぱいだった。
でも、これで芳佳ちゃんは……

「……………」

トサッ……‥‥・・

何も映さない瞳。
微動だにしない身体。
私の目の前で、力無く、地面に吸い込まれる様に倒れた芳佳ちゃん。
私は、とんでもない事をしてしまった――

芳佳、ちゃん……

「あ、ああ……ああああ!!?」

取り返しの付かない事をしてしまった。
後悔の念が私の胸を締め付ける。
私なんて。
私、なんて……!!

「私なんてどっかに飛んでいってしまえばいいんだ!!」

私は芳佳ちゃんの形見、ウイングヘアを装着した。

ぴょこぴょこぴょこぴょこぴょこ…………

装着と同時に羽ばたき始めるウイングヘア。
私は啜り泣きながら風の向くまま、ウイングヘアの羽ばたくままに、大空に舞い上がっていった。
そして、私は――



「…………ハッ!?」

ガバリと起き上がる。
心臓がバクバクとうるさい。
少し乱れている息を整え、私は辺りを見回した。
自分の部屋じゃ、ない。
そこは談話室だった。
見ればウィッチーズ隊の面々が色々な場所で毛布に包まって眠っていた。
そうして思いだしたのは、パジャマパーティーをして、明け方近くまで騒いでいた記憶。
じゃあ、さっきまでのは……

「…ふぁあ……あ、リーネちゃ……おはよぅ…?」

私の真横から芳佳ちゃんがムクリと起き上がる。
揺れたカーテンの隙間から、まばゆい陽射しが差し込み、私と芳佳ちゃんを照らす。
ああ、さっきまでのは、悪い夢だったんだ。
私は緩む涙腺を懸命に堪えながら、芳佳ちゃんに抱き着いた。

「ふぇぁ!? り、リーネちゃん!?」
「よかった、芳佳ちゃん……本当に……」

腕の中で目を白黒させる芳佳ちゃん。
私は、そんな芳佳ちゃんのウイングヘアが外れないことをしっかりと確認して、もう一度ぎゅっと抱き着いたのだ。

余談なのだけれど、芳佳ちゃん以外の皆さんは目を覚ますと、何やらなんとも言えない面持ちで芳佳ちゃんを見ていた。
皆さん揃って、口を閉ざして芳佳ちゃんから微妙に目を逸らしていた。
そんな皆さんの様子を見て、慌てている芳佳ちゃん。
今日も良い天気の様だ。


おわる


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