sister ban
執務室で下された突然の命令に、トゥルーデは顔色を変えた。
「どうしてだ、説明してくれミーナ!」
「どうしてもです。命令に背いた場合は……分かっているわね?」
「そんな……急に」
「異議は?」
「……」
「無いなら退出して宜しい」
501隊長のミーナからトゥルーデに下されたひとつの「命令」。それは「“お姉ちゃん”禁止令」だった。
最初ジョークかと思ったトゥルーデは鼻で笑ったが、ミーナの刺す様な視線を受けて押し黙った。
隊の規律に関わる、最先任尉官がそんな体たらくでどうする……理由は幾つか有ったが、
結論から言うと、どうやらミーナは本気らしい。
「大変な事になったね、トゥルーデ」
執務室を出たトゥルーデに声を掛けるエーリカ。
「ああ。しかしいきなり禁止と言われても……私にどうしろと」
とぼとぼと歩くトゥルーデの横につくエーリカ。
「普段通り、後はすこ~し真面目な感じで良いんじゃない?」
エーリカの何気ない一言に、トゥルーデは取り乱した。
「ふ、普段通り? 真面目? 普段そんなに乱れてるか? この私が?」
「自覚無いんだ」
「自覚……」
エーリカにぽつりと言われ動揺するトゥルーデ。
「よっ、堅物。中佐に絞られたんだって? お姉ちゃん禁止だってな。お前が死なないか心配だよ」
いつの間に聞きつけたのか、シャーリーが二人の横に並んでニヤニヤ顔をトゥルーデに向ける。
「リベリアン……耳が早いな。使い魔がウサギだけにか?」
「一言多いよ。しかし、お姉ちゃん禁止ねえ……」
「何が言いたい」
「確かにアンタは“お姉ちゃん”だわな。ルッキーニ見る目がそうだもん」
「なっ!? 何故そこでルッキーニが出てくる」
「自覚無いんだ」
エーリカと同じセリフを言われ、言葉に詰まるトゥルーデ。
「ま、ルッキーニだけじゃないな。例えば代表例として宮藤だろ? お前が宮藤を見る目、ありゃ常軌を逸してるよな」
「な、何の事だ!?」
「またまた~」
肘でつついてにやけるシャーリー。
「あとはサーニャだろ、リーネだろ……てか、隊員の大半を見る目が」
「そんな事は無い!」
「有るってば。第一この前、ロンドンであたしと……んがっんぐっ」
「ばばば馬鹿! それは言うな!」
慌ててシャーリーの口を塞ぐトゥルーデ。
「へえ、この前私に話した他に何か有るんだ?」
「違う、無い! 誤解するなエーリカ」
つまらなそうに、ぷいと横を向き何処かへと歩いていくエーリカ。
「さて、堅物で遊んだ事だし、あたしもルッキーニのとこ行くか」
「リベリアン、貴様あっ!」
怒鳴られたシャーリーは脱兎の如く駆け出した。
独り残されたトゥルーデは、立ち止まり下を向いて数分考え込んだ後、執務室をもう一度訪れる事にした。
「あらトゥルーデ。どうしたのかしら」
笑顔のミーナ。だが先程のやり取りが有った手前、目が笑っていない。
「ミーナ、さっきの命令、考え直してくれないか? 私の何処がお姉ちゃんなんだ?
私のせいで隊の行動に支障が出るなら……でも」
「他に言いたい事は?」
「ミーナ、そんな顔するな! 私は、隊の皆の事を心配して、皆の心の支えに、だな」
「それが免罪符になるとでも? それが貴方の答え?」
「なっ」
「私の答えは……」
ミーナは拳銃を抜いた。トゥルーデは恐ろしくなって執務室から飛び出した。
裏庭の木陰で独りぼんやりと考えを巡らせる。
どうすれば良いのか。微風に揺れる木漏れ日はゆらゆらとトゥルーデの顔を優しく照らすが、
答えを導き出す手がかりにはならなかった。静かに時間だけが過ぎていく。
「珍しい。こんな所にバルクホルンが居るとはな」
美緒だった。扶桑刀を小脇に抱えているところから、素振りでもしに来たのだろうか。
「ああ、少佐」
「なんだ、ぼけっとして。お前らしくも無い。元気出せ!」
美緒の豪快な笑いもトゥルーデには届かない。
不意に笑いを止めた美緒は真面目な顔で言った。
「まあ、ミーナの言いたい事も分からんではないがな」
「少佐」
「お前は好きでお姉ちゃんをやっているだけだろう?」
「え?」
「繰り返させるな」
美緒の言葉に気圧されたのか、トゥルーデは咄嗟に思いつく答えを並べた。
「……ち、違う、それだけじゃない。私は隊の最先任尉官だし、隊の皆の事だ、私が面倒見なければ」
「隊にそんな規則有ったか? 義務だとでも言いたいのか?」
「ううっ……」
「そんな理屈付けて、姉妹ごっこか」
美緒はトゥルーデの胸倉を掴んで、なじった。トゥルーデは何も言い返せなかった。
「情けない」
美緒は呆れ、トゥルーデを突き放した。
「そんな堅苦しい。嫌なら辞めたらどうだ」
それだけ言うと、美緒は刀を肩に掛け、その場を立ち去った。
トゥルーデは、美緒の背中に目を向けた。
「好きで、お姉ちゃん……」
はっと気付く。
「坂本少佐、やはり貴方は凄い天然ジゴロだ。私は、やっと分かった」
三度、執務室に戻るトゥルーデ。ばたんと扉を閉める。
窓の外を見ていたミーナは振り返り、トゥルーデを険しい顔で見つめた。
一方、執務室に向かう只ならぬ様子のトゥルーデに気付いた何名かの隊員が、
そっと執務室の外に集まり、扉越しに中の会話を盗み聞きしていた。
ミーナはトゥルーデを見て、言った。
「トゥルーデ、やっとお姉ちゃんを辞める覚悟ができたの?」
「なあ、ミーナ」
トゥルーデはそっと机に手を付き、ふっと軽く息をつき、言葉を続けた。
「私は妹が好きだ」
怪訝そうな表情を作るミーナを前に、トゥルーデは吹っ切れた笑みを浮かべ、続けた。
「やっと気づいたよ。隊員達の為だとか、心の支えだとか、年下だとか……、そんなのは理屈だ。
私は妹が好きで、私がお姉ちゃんである事が好きなんだ。お前だって私の妹だぞミーナ。
妹のクリスだって、愛してるのはお姉ちゃんであるこの私だ」
黙って話を聞くミーナ。トゥルーデは真剣な目でミーナを見た。
「誰に与えられた使命でも義務でもない。だから……、だからこそ絶対にお姉ちゃんを辞める訳にはいかない!」
扉の向こう側で耳を傾ける一同の中に、美緒の姿も有った。
「使命ではないからこそ……。好きだから、お姉ちゃん……」
そっと呟く美緒。
「私は皆のお姉ちゃんなんだ。私はお姉ちゃんを辞めない」
言い切るトゥルーデ。抗命罪を覚悟の、最大限の勇気。それだけではない、自信にも等しい、
いやそれ以上の瞳の輝きを見せる。
ミーナはじっとトゥルーデを見ていたが、やがてふっと笑い、頷いた。
「それで良いわ、お姉ちゃん」
ミーナはトゥルーデに寄り添い、そっと抱きしめた。
「ミーナ、有難う」
刹那、扉が勢い良く開かれ、隊員達が転がり込んで来た。
「バルクホルンさん、凄い度胸です!」
「よく分からないけど、けど……うーん」
「大尉……何てあっさりとご自分の性癖を……しかも中佐まで」
「はっはっは、やったなバルクホルン! ミーナを説得するとは筋金入りだぞ!」
「トゥルーデってば……」
「でも自ら認めたって事ハ……サーニャが危なイ!」
「エイラ、貴方も」
「おウッ!?」
そんな執務室の様子を、窓越しに見やるシャーリーとルッキーニ。
「ウジャー 何か楽しそう」
「ま、解決したって事だろ。あの堅物も」
「シャーリー、楽しそう」
「そう見えるかい?」
「笑ってるよ」
「うん……まあ、どうだろ」
「ヘンなシャーリー。ところでさ」
「どした?」
「あたしの名前、なんだっけ? ど忘れしちゃった」
「はあ? お前は何を言ってるんだ」
end