北アフリカ1942 荒鷲達の空


 実は結構悩んでる。
 仕事にじゃない。
 プライベートな件での悩み。
 こんなに悩んでるのは……そう、電探試験のあの一件以来かな……。


 …………。

 照りつける陽射し、吹き付ける熱風、そして舞い上がる砂塵。
 なんというか、当たり前だけど鳥取砂丘の比じゃないな。
 滑走路に降り立った私のアフリカの第一印象はそんな感じだった。
 さっさとエジプトまで奪還してナイルに釣り糸をたらしたいもんだ。

「分かってはいたけれど、本当に暑いわね。従兵の方で気を回してくれていて助かったわ」

 遠く扶桑から一緒にやってきたツレというか上司がマントを纏い、フードを目深に被ったまま呟いた。
 マントとコートは士官お付の従兵の娘が用意しておいてくれたものだった。

「全くだ」

 私も同じような服装だがマントの下の服装が違う。
 彼女、加藤武子は扶桑陸軍の士官服をしっかりと着込んでいたが、私が着ているのは防暑対応型の戦闘服だ。
 涼しいだけじゃなく結構動きやすくて気に入ってるんだが、どうにも他のウィッチには不評だったらしく正式採用には至っていない。
 こんな土地まで来て巫女系の戦闘服なんて着込みたくなんてないんだけどな……全く残念な話だ。
 そんなことを考えつつ辺りを見回すと、滑走路脇のどうやら整備場らしき大型テントの近くに今の今まで思い浮かべていた馴染み深い紅白の衣装を纏った姿が二つ見えた。

「お、居た居た」

 見つけるが早いか大またで彼女たちの元へと近づいていく。
 あちらさんも自分たちの所に近づいてることを自覚したのか、作業の手を止めて怪訝そうな表情でこちらを見てる。
 それはそうだろう。
 なんせマントで体は隠れてる上に丁度逆光で顔も見えてないだろうからな。
 こっちがずいずい近寄っていくと20歳過ぎ位の方がまだちっちゃい娘の方を自分の背にかばう様な動きに出た。
 
「やっ、ヒガシ……今は大尉だったっけ? お久しぶり」

 フードとゴーグルをいっぺんに跳ね上げ、口元を覆うマフラーを毟り取りながらウィンクと共に挨拶した。
 彼女の方は驚きの表情の後一瞬で理解してくれたのか、笑みを浮かべて挨拶を返す。

「綾香じゃない! 久しぶりっ! もうっ、驚かせないでよ」
「私だけじゃなくてフジの方も来てるぞ」
「えっ、ほんと!? じゃああっちの……」
「着いて早々にはしゃぎ過ぎよ、綾香……お久しぶりです、加東大尉」


 折角の再開だってのに相変わらず武子は固いなー、と思ったら私が口を開くより先にヒガシ大尉さんが口を開いた。

「武子もお久しぶり……って、そんな他人行儀な呼び方しないで、ケイって呼んでよ。扶桑海事変以来の仲じゃない」
「そうね、ありがとう。改めてお久しぶり、こんにちは、ケイ」

 そうしてお互い再会を喜び合うケイさんの背中にかばわれたままだった小さい影がおずおずと顔を出す。 

「あ、あの、ケイさん、その方達は……もしかして?」
「ええ、真美の想像のとおりよ。この二人は……」
「挨拶が遅れてごめんなさい。航空審査部の加東武子よ。よろしくね」
「同じく航空審査部の黒江綾香だ。よろしくな、真美ちゃん」

 かなり背の低い彼女に合わせて腰をかがめて顔を近づけ、軽く方をぽんぽんと叩きながらニッっと笑いかける。

「ちょ、ちょっと綾香ッ!」

 するとなぜかケイ大尉が私の首にガッと腕を回して真美ちゃんから遠ざけ、ちょっと怒った様子で耳元に囁く。

「綾香、あなた自覚あるの?」
「おっとと、何だよいきなり」
「連合軍のウィッチ曰く『これだから扶桑の魔女は』『年下キラー』『スカのサムライ、アケノのクロエ』etc、etc……分かる?」
「むっ、なんだそりゃ?」
「心当たりくらいはあるでしょ、綾香」

 変なキーワードを出されて頭にクエスチョンマークを浮かべているとひそひそ話に苦笑を浮かべた武子も混ざってきた。
 で、心当たりか……むぅ、考えてみると確かに無い事は無いな。
 脳内検索にヒットした事項を思い浮かべつつ真美ちゃんの方をちらりと見ると、彼女は目の前の展開についていけてないらしくドギマギしながらこっちを見ていた。
 ヒガシ大尉の危惧と武子の指摘が正しいとすれば、彼女の頬が心なしか赤い気がするのは砂漠の暑さのせいだけではないと言う事になるのだろうか?

「ふむ」
「分かったら次からは自重してね、綾香」
「ああ、努力する……」

 しかし、こっちとしては普通に振舞ってるだけなんだが……。

「ま、いいわ。とりあえずこっちじゃケイで通してるから私のことはそう呼んで。それと、航空審査部が事前の連絡もなしにこんな辺境まで一体何の用?」
「え!?」
「何で!?」
「へっ!}

 その場を支配するクエスチョンマークたち。そりゃそうだ、確かに電報は送ったはずなんだが……。

「連絡、届いていなかった?」
「え、何も聞いていないけど……あ」

「どうした?」
「あれ……」

 と、ケイさんが指差した先には、私達が降り立った輸送機から運び出される荷物の群れがあった。
 その中には明らかに郵便用と思われる袋もあって……案の定確認してみると私達に先行する事一ヶ月の電報が何故か手紙としてその中に入っていた。

「…………」
「まぁ、戦場じゃよくある事ね。私が帰国するときに入れ違いになった手紙がいくつもあったみたいだし」

 毎度の事ながら武子との言葉には説得力があるな。

「で、と……改めて聞きたいんだけど……」
「どうしたケイ? 扶桑語で内緒話か?」

 仕切り直そうとしたケイを遮って颯爽と現れたのは白黒写真で見慣れたカールスラントの士官だった。
 間違いない、アフリカの星、ハンナ・ユスティーナ・マルセイユだ。
 ウィッチっていうのはそもそも美人揃いではあるんだが、その中でも抜きん出ている……とんでもない美人だ。
 まぁ、だからといって女同士ウィッチ同士、気負いする必要は無いんだが、大人物特有の超然とした風格っていうのを感じるな。

「マルセイユ、テントに戻ってたんじゃないの?」 
「輸送機のエンジン音が聞こえたから顔を出したんだ。そうしたらケイやマミ以外の扶桑語が聞こえてきたんでね」
「そっか、それじゃ紹介するわ。扶桑皇国陸軍の加藤武子中佐と黒江綾香大尉よ」
「あなたが有名な六四戦隊のカトーか、それに魔のクロエ。お会いできて光栄だ」

 アフリカの星が握手を求め手を差し出す。
 まずは武子へ。

「カトータケコ、あなたの部隊指揮能力は素晴らしい。非力なフソーのファルケでよくあれだけの戦果を挙げられたものだ」

 おいおい、非力って……あんまり隼を悪く言うなよな。

「お言葉ですがマルセイユ中尉、隼も当時の水準としては決して劣った性能ではなく、むしろ扱いやすさ、運動性、継戦能力は当時の欧州機を上回っていたと認識しています。それに私がそれなりに活躍できたのはあのストライカーとであ

ったからだと思っています」

 案の定大抵のことなら大人しくしてる武子がちょっと言い返した。
 あの機体、あの部隊での日々は私たちの誇りで、存在そのものが勲章みたいなものだったからな。

「こちらとしては純粋に賞賛してるつもりだったんだが、気を悪くしたんなら謝ろう。すまなかった。あの機体の性能は理解してるつもりだし、あなたとファルケだからこその戦績だというのはわかっているさ」
「いえ、ごめんなさい。初対面だというのに年甲斐も無い態度で……」
「フフッ、私だってフリッツを悪く言われれば態度に出す。それも私流にだ」

 そう言いながら二人は握手を交わした。
 そんなやり取りを頷きながら見ていると今度はマルセイユがニヤリと笑いながらこっちに手を差し出した。 


「クロエアヤカ、非力なファルケでよくもあれだけの個人戦果を挙げたものだ」
「おいおい、舌の根も乾かないうちからそれかよ」

 噂通りけっこういい性格をしてるようだ、コイツは。

「あのストライカーの攻撃力補正じゃどう考えても倒しきれないはずのディオミディアを落してるじゃないか」
「ああ、ああいう真似は二度とやりたくないね」

 ぶっきらぼうに答えながらこちらも手を差し出した。

「その割にはサン・トロンでもフソー・シュベールト一本で150m級を落したって話じゃないか」
「必要ならやらざるを得ないだろ……あんただって本音じゃ一日にケリドーン二桁叩いたりするのはやりたくないんじゃないか?」

 言葉を返し、にやりと笑いながら互いの手を握る。
 正直、こういう奴は好きだ。自信と実力のバランスが取れてる奴は安心感がある。

「気に入った。何の用かは知らないが私のテントで話をしないか?」
「お、いいね。なかなか楽しめそうだ」

 マルセイユのお誘いに私は乗り気だったんだけど……。

「却下」
「それはダメ」

 上官コンビのダブルカトーが即効で意見を拒否。
 ケイ大尉は階級同じなんだけど昔のイメージからなんとなく目上って気持ちが残ってるんだよな。

「何故だ、ケイ」
「何だよ武子」
「マルセイユのテントじゃあっという間に酒盛りになっちゃうでしょ、黒江大尉」
「むしろそのつもりなんでしょ、黒江大尉」
「うぁ」

 いろんな酒が揃えてると聞いてはいたんで正直期待してたんだが、やっぱり図星か。
 っていうか二人に苗字+階級でたしなめられちゃ仕方ない。

「何だ、内輪で真面目な話なら終わらせてからさっさと来いよ」

 そんなやり取りに納得したのかマルセイユはそれだけ言い残すとさっさと輸送機の方に向かっていった。 
 その後姿を見送りながらケイが口を開いた。

「なんだか間が空いちゃったけど、武子たちはこんな最果ての地まで何をしに来たの?」
「ええ、航空審査部として新型ストライカーの様子を見せてもらおうと思ってね「
「新型? 私達は普通にキ61を使ってるだけで……そりゃあ防砂フィルターつけたりとかはしているけれど」

 予想通りの反応に満足した私たちは用意していた言葉を形にしていく。

「耐熱防砂仕様の部分にも興味はあるんだけれど、私達が見たいのはそっちじゃないわ」
「DB605をキー61に仕込むつもりなんだろう?」
「え!? 何でそのことを知ってるの?」

 ケイの驚く顔、予想通りの反応。

「メッサーシャルフやDBの連中とも交流があるんでな、アフリカで面白いことをやろうとしてるらしいって噂を聞いて一番身軽な私達がここにやってきたって寸法さ」
「そう、メーカーからの情報なのね……」
「そうよ、DBからこっちに移動されたエンジンのシリアルナンバーまで分かってたから無駄足にはなら無いだろうと思っていたし、形になっていなくても現地改修品のキ61の性能を確認できるだけで十分とはいえないけど収穫にはなる

から、ね」
「そういうことなら大歓迎。手元で呼びの資材から工面してやっていたんでまだ詰めきれてないのよね。将来性ありなら少しくらい予算はつくんでしょ」
「勿論さ」
「その為に来たんだもの」

 そこから先はもっと実務的な話になった。
 ケイ大尉の元にもたらされたDB605のエンジン本体は本来マルセイユのBf-109G型の予備品として納入されたようなんだが、彼女は機種転換を嫌がって未だにF型を使っている。
 そもそもがマルセイユによる鶴の一声で現実になったって事みたいだ。
 キ61本体に関しては予備品とメッサーシャルフ社のBf-109の部品の組み合わせらしい。
 概要から入ってかなり技術的なところまで踏み込んだ話題まで一気に進んでいく。

 でも面白いもんだ。
 一番最初にリタイヤした筈のケイ大尉が一番前線で飛んでて、一番堅実だった武子が今は完全に引退して地上勤務なんだからな。
 熱心に意見を出し合う二人のカトーの横顔を見ながらそんなことを考え、昔話ではなく、これからの事をたくさん話し合った。
 
 
 …………。


 黎明。
 来光の直前、戦闘服姿で砂の大地に立つ。
 砂漠とはよく言ったものだ。
 見渡す限りの掴み所の無い砂の世界。
 不安定な足を踏ん張って扶桑刀を振るう。
 白刃が乾いた空気を裂き、乗せた魔力が蒼光となって弾ける。
 でも、自分でもわかる。
 練りきれていない。

「おはよう。こんな時間から鍛錬?」

 背後からの気配に気づいて振り返ると同時に挨拶が来た。
 そこにはケイさんが立っていた。

「ん? ああ、ケイさんか、おはよう」
「ねぇ、もしかして何か悩みでもある?」

「えっ、何を急に?」
「剣に詳しくは無いけれど、目はあるつもり。なんだか動きに迷いがあるかな、って、そう思ったのよ」

 ケイさんは少し真面目な表情になってそう言った。

「敵わないなぁ」
「図星?」
「まぁ、ね」
「珍しいじゃない。あなた、あんまり悩むタイプじゃないでしょ」
「ん……、自分でも珍しいと思ってる」

 知らないやつに言われたら侮辱とも取れる言葉だけど、よく知る相手にさらっと言われても腹は立たないし、むしろしっくり来る。

「いったい何があったの? 一応年上だし、相談くらいには乗るわよ。それとも相談相手は武子のほうがいい?」
「いや、それはちょっと……」
「あら、武子のことで悩み……って、ああ……そうなのね。ふんふん……」
「おい、何を勝手に想像して納得してる」

 無遠慮に鋭いところを着いてくる。
 考えてみればカメラマンやって取材とかもしてたわけだし、その辺は鋭くて当たり前なのかな。

「よくある話だし、その辺は仕方ないと思うわ」

 そういう感情は十代までだろ、と内心思うが言い返したところで更に痛いところを衝かれそうだし、実際に自覚してる部分もあるので流して本題に入ることとする。

「いや、そうじゃなくて……んー、ま、そんなもんか。武子のことなんだけれど」
「ええ」
「誕生日に何を送ろうか悩んでる」
「誕生日? そういえばもう9月も終わり……あの子の誕生日はもうすぐだったのね」

 そう、9月28日は武子の誕生日なんだ。

「今年の誕生日にさ、ちょっといい贈り物もらっちゃってさ……それで、見合ったお返しをしたいんだけれどいいものが思いつかなくてね」
「なんだ、そんなこと……ってわけでもないのね。あなたがそれだけ悩むんだから……でも月並みなところでカメラとかはどうなの?」
「正直その辺は良くわからない上に、物じゃなくて思い出で返したいんだよ」
「思い出、ね……そういえば、あなたがもらった贈り物ってなんだったの?」
「ああ、それは……」

 私はケイさんに2月の出来事を話した。
 話をするうちに陽は昇って、肌寒さを覚えるほどだった世界が一気に加熱していく。

「意外とロマンチストよね」

 朝日のまぶしさに目を細めながら、私の話を聞き終わったケイさんの感想はそんな一言だった。


「うん、自分でもそう思う」
「要は、それに釣り合うだけの体験を返したいって事でしょ」
「ん、まぁそういうことになるな……」
「空……」
「そら?」
「うん、空とかはどうかしら?」
「空か……」

 空を見上げながらケイさんが呟いて、私も釣られて空を見上げた。

「あの子、もう長く飛んでないでしょ」
「限界が来たって判断されてから、おとなしく従ってたしな。良くも悪くも真面目なんだよなぁ……そうか、だから空か」

 現役にこだわって駄々をこね続け、今も条件付で飛んでいる私とは正反対に武子は引退勧告を受け入れて地上勤務に甘んじていた。
 振り返ってみれば、それは自惚れて考えすぎなのかもしれないけれど私が翼を失わない為に尽力し、同じ場所にいて巣を守っているようにも見えた。
 武子は、もう空に未練はないんだろうか?
 誰よりも雄雄しく空を翔けた荒鷲は何の悔いもなく地へと還る事ができたんだろうか?
 否、そんなことはないだろう。
 未練が無いのなら他の大多数のウィッチと同じように軍隊からも足を洗って、戦場で喪った青春を取り戻すが如く一人の女性として自由に生きているはずだ。
 窮屈な軍隊に籍を置き続け、実戦部隊ではないとはいえ死と隣り合わせのこんな辺境まで熱心に足を運べる情熱はどこから来るのか。
 それは自分の行為一つ一つが新しい翼へと、空へと繋がっているからに他ならないんじゃないかと、そう思える。
 だから、武子に空を贈るというのはとても素晴らしい気がした。

「うん、いいな……空を贈り物にする……」
「でしょう」

 口に出して見て、やっぱり素敵だなって思う。
 とはいえまだクリアすべき点は多いな。
 武子は真面目だから、原理原則引き合いに出して引退は引退って事でそもそもストライカーを穿いてくれないかも知らないからなぁ。
 最低限軍規に沿った方向で話を持っていかないと……。

「飛行隊司令である私がゲストの飛行許可を出すわ。そうなれば必要なのは現場での最上位の階級の人の許可だけでしょ」
「…………」

 思考の先を読むようなその一言に一瞬ほうけた表情を作ってしまう。

「何よその顔」
「いや、さすがだなーって思って……んー、考えが顔に出てたかな?」
「私の振った話しだし、そのくらい分かるわよ」
「そんなもんかねぇ」

 なんとなく気恥ずかしくて、そんな気持ちを誤魔化す様に頬をぽりぽり掻いてみる。

「もう、あなただって士官で指揮官経験者なんだからしゃんとしなさいな」
「ここの所部下を持ってないからね、現役の洞察力には敵わないさ」
「言い訳しない。ま、そうと決まればいろいろお膳立てしちゃいましょ。マルセイユもこういうのは好きだと思うから私の方で話を通しておくわ。でも、綾香の方でちゃんと仕切って」
「おう、任せておいてくれ」


 こうやって目標を決めてしまえばあとは勢いで進めるってもんだ。
 こんな小所帯じゃ隠し事してもすぐばれるのが関の山なんだがそこはそれ、細心の注意を払いながら事を進める。
 鋭い武子の事だし、うすうす感づいてはいるかもしれないけれどそんな素振りも見せずに忙しい日々を過ごしていく。
 DB605搭載のキ61は私たちが来た事によってかなり前進したけれどもまだ完成には程遠い状態だった。
 そういうことなので私たちは本来の表向きの目的であるストライカーの防熱防砂の方に集中して活動した。
 持ち込んだキ43-Ⅱ隼のユニットが後から到着した審査部付の整備員達の手によってアフリカの熱帯仕様へと変わっていく。
 この砂隊に装備されているキ61は最新鋭だが水冷式のせいで空冷式が主流である扶桑の整備兵泣かせだ。
 こんな環境の悪いところで運用できているのはロマーニャの努力によって補給体制がしっかりしている事とカールスラントの整備兵が同じ駐屯地にいるおかげだろう。
 主戦場が移ればその戦場に合わせた兵器が必要になる。
 本格的にアフリカ方面に扶桑の部隊が展開するにはそれなりの準備が必要になるわけで、もしもそうなった場合は現実的な線からストライカーは型落ちながらも現在も事実上の主力であるキ43系が投入される事になるだろう。
 その際の仕様を詰める為に今回の私たちがいる。
 地上で隼を穿いてテストを繰り返し、必要な数値を洗い出していく。
 テスト用の識別の為にオレンジに塗られた隼はまるで玩具の様でなんとも締まりが無いけれど、完全なバックアップ体制に支えられてすこぶる好調だった。
 地上でエンジンを回すだけ試験から始め、地上滑走のみを行って、最後に実際の飛行にはいる。
 扱い慣れた隼は相変わらず本当の脚の様に自由に動いてくれて試験は順調に進んでいく。
 上空から見下ろす砂漠は扶桑にも欧州にもない幻想的な世界だった。
 地上にいるときはあれだけ悩まされた砂塵もこの高さから見れば世界の彩りに過ぎない。
 そして改めて思った。
 この感動を、感覚を武子にも伝えたいと、共有したいと。

 試験の最終日がやってきた。
 それは、奇しくも9月28日だった。


「おはよう、綾香。今日も早かったのね」

 朝の鍛錬と最後の仕込みを終えてテントに帰ると、起きて着替えていた武子が挨拶してきた。

「おー、おはよう武子。お前だって寝に入る時間考えたら十分早いだろう」
「それはそうだけど……ねぇ、そろそろ何を企んでるのか教えてくれてもいいんじゃない?」
「ん?」
「自惚れでなければ、多分誕生日を祝ってくれようとしてるんじゃないの?」
「あぁ、案の定ばれてた?」
「そりゃあ、ね……」
「結構楽しみにしてたりした?」
「え、っと……そんなこと……あるに、決まってるでしょ。だって、あなたが私を祝ってくれようとして、いろいろ頑張ってくれてたんだもの」
「お、おう」

 ちょっとだけ頬を赤らめ、正面私の方を向いているにも関わらず視線を逸らしながらそう呟く武子の姿は最近ずっと見慣れてきた加藤中佐ではなく少女そのもので、不覚にもこちらがときめいてどぎまぎしてしまった。
 
「…………」
「…………」

 気まずいというわけは無いけれど、お互いを意識しすぎて黙り込んでしまう。
 そんな沈黙を破ったのはテントの外からの真美ちゃんの声だった。

「黒江大尉、ご準備が出来ております」
「ん、ああ。今行くよ」
 
 外に向かって応えてから武子を振り返ると、少女は中佐の顔に戻っていた。

「行きましょう、黒江大尉」
「了解だ、加藤中佐」
 
 颯爽と歩く制服姿の凛々しい武子の横顔に惚れ直しながら私もテントを出た。
 この後のサプライズでの武子の反応を楽しみにしながら。


『加藤中佐、誕生日おめでとう!』

 滑走路脇の整備場前にたどり着いた武子を出迎えたのは扶桑、カールスラント、そしてロマーニャのそれぞれの言葉での祝福だった。 
 感動して瞳を潤ませてる武子の姿をちょっとはなれて堪能しつつ待機してる真美ちゃんの方にウィンクで合図。
 祝福に沸くその場に移動式のストライカーラックが運び込まれてくる。
 ラックを押してきたのは真美ちゃんで、そこに固定されているストライカーには布が被せてあった。

「武子」

 そのストライカーのの横に立って呼びかける。

「こいつが私たちからの贈り物さ」

 布を取り払うと試験用のキ43-Ⅱ、隼が姿を現した。
 しかし、その色は昨日までの試験機を示すオレンジではなく濃緑色で塗られ、尾翼には白の矢印――64戦隊の部隊マークが描かれていた。

「綾香……みんな……」
「塗装は乾いてるから安心してくれよ」
「だ、だめじゃない。勝手に色なんて変えちゃ……軍規違反よ」

 照れ隠しをするように上官らしい事を言ったりするけれど、その横にストライカーをつけたマルセイユがやってきて口を開いた。

「ふふん、照れなくていいぞカトータケコ。私もお前の飛ぶ姿が見てみたいからな」

 反対側には同じくケイ大尉がやってきて笑顔で話しかける。

「ふふ……じゃ、違反ついでにコレ」

 そういいながらケイ大尉が武子に一枚の書類を差し出す。

「現地飛行隊司令からの飛行許可よ。あとはこの場で一番偉い人が目を瞑ってくれれば加藤武子中佐による試験飛行が成立するって寸法」
「もう……どうしても飛ばせる気? 私、もうずっと飛んでないのよ。大体、綾香。あなたが飛んで試験をしてくれないと……」
「平気さ。こいつはキ43隼で、武子はこいつのデータとあれだけ顔を突き合わせてたんだ。それに私達がエスコートする。その為に今日のフライトにはマルセイユの相方のフリッツを借りてあるしな」

 いいながら視線を走らせるとライーサが「壊さないでくださいよ」とか呟いている。

「綾香……」
「エスコートはアフリカの星と魔のクロエ、カメラマンは昔馴染みの加東圭子。そして隼には加藤隼戦闘隊の武子。何の不安がある?」
「口がうまいんだから……」
「普段の武子ほどじゃないさ」
「もうっ……、でも、そういうことなら」
[それじゃ改めてプレゼントを受けとってほしい……」

 いったん言葉を止めて天に人差し指を向ける。
 

「この、アフリカの空を」

 誕生日おめでとう、武子。


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