名探偵登場す?


「ふわぁ~あ」
大きな欠伸をしながら、エイラは朝食を取るために食堂に顔を出した。いつもより早めに
来たためか、他の面々の顔は無い。少し早く来すぎたかな?と思いながら席に腰を下ろそ
うとしたが、食堂の片隅でシャーリーと芳佳が何事かを話し込んでいるのが目につき、何
だろうとエイラはそちらにへと向かった。
「おはよ~、どうかしたのか?」
「あっ、エイラさん、おはよう」
エイラに気付いた芳佳は振り向くと、取り敢えず朝の挨拶をし、シャーリーも芳佳の頭越
しに覗きこむようにしながらそれに和した。
「あの、エイラさん。どっかでオイル缶見なかった?」
「銀色でこれぐらいのなんだけど」
シャーリーはジェスチャーで缶のだいたいの大きさを形作るが、それに対してエイラは首を横に振った。
「そうかぁ~」
シャーリーは残念そうに腰に手に当てながら体を後方に反らす。
「ここで無くなったのか?」
「ああ。朝飯の前にさ、新しく手に入れたオイルを試してみようと思ってハンガーに行こ
うとしたら、工具を忘れたことに気づいてさ、たまたま食堂の前にいたからオイル缶をテ
ーブルの上に置いて、工具を取りに部屋に行ったんだ。で、戻ってきたら・・・」
シャーリーは両手を上げながら肩をすくめる。
「オイル缶が消えてた」
「ふ~ん。・・・オイル缶はどこに置いてあったんだ?」
「あそこ」
シャーリーは食堂の入口に近いテーブルの一つを指差す。
「宮藤はいつ食堂に来たんだ?」
エイラは視線を芳佳に移して尋ねる。
「シャーリーさんが缶を探している時」
「他に食堂に来たやつはいないのか?」
「エイラさん以外は私たちが来てからは誰も・・・あ! 坂本さんが食堂の前を通ったかな」
「少佐?」
「うん」
「少佐には何か聞いたのか?」
「どこかでオイル缶見ませんでしたか? ってシャーリーさんが坂本さんに聞いたかな。
そうですよねシャーリーさん」
「ああ」
振り向く芳佳にシャーリーは首を縦に振る。
「ふ~ん」
そう言うなりエイラは興味を無くしたのか、キョロキョロと辺りを見回しながら先程シャ
ーリーが示したテーブルの席に座るとタロットカードを広げ始めた。
二人は別にその行為を気にも留めずに、これからどこを探したらいいかの相談でもしようとすると、
「宮藤。昨日洗い物は片づけたのか?」
出し抜けのエイラの質問に、何事かと二人は一度顔を見合わせる。
「はい、片付けましたけど・・・」
「その時にテーブルは拭いたか?」
「はい」
「シャーリー」
「ん?」
「少佐には、どこかでオイル缶見ませんでしたか? って聞いたんだな」
「あぁ・・・」
「じゃあ、オイル缶は食糧庫だな」
「え?」
「は?」
二人はまたも顔を見合わし、それぞれが説明を求める瞳をエイラに向けるが、エイラはそ
れを気にも留めず、タロットを続けている。
「・・・まぁ・・・ちょっと見てくるよ・・・」
半信半疑ながらも、シャーリーは芳佳にそう言い残して食糧庫へと向かっていった。


「あった、あった」
「えぇ!」
食堂に戻ってきたシャーリーの半ば興奮した声に芳佳は思わず目を見張った。
「本当ですか?」
「本当だよ。現にここにあるんだし」
そう言って、エイラの座るテーブルの上にドンとオイル缶を置いた。
「どうしてわかったんだ食糧庫って? 占いでか?」
「ねぇ、エイラさんどうしてわかったの?」
二人はキラキラとした好奇心の目をエイラに向ける。
「・・・めんどくさいなぁ~」
めくりかけたカードを元に戻すと、二人の方に向き直ってかったるそうに説明を始めた。
「宮藤。お前が最初に気づいてもいいはずなんだぞ」
「えっ! 私?」
突然のエイラの非難めいた言葉に芳佳は思わず戸惑う。
「どういうことだ?」
シャーリーはエイラに話の続きを促す。
「洗い場に小さなコップ。で、テーブルの上にシミ」
エイラはテーブルの隅にある小さなシミを指差す。
二人の視線はそちらに向かう。
「何のシミ?」
「たぶん肝油」
「肝油?」
芳佳は八の字になった眉をエイラに向ける。
「あぁ、そういうことか」
あごに手を当てながらシャーリーは何かを納得したようである。
「えっ? どういうことなんですか?」
芳佳は戸惑いの瞳をシャーリーに向ける。
「100m先の木が見える人が、目の前のコスモスをエーデルワイスと間違えることがある」
「・・・だからどういうこと~!」
エイラの意味深な言葉に芳佳は握りしめた両手を勢いよく振り出した。
それを見ながらシャーリーは思わずクスクスと笑い声をもらした。
本当はもう少しこのまま芳佳の様子を見てみたかったが、流石に可哀そうだと思い芳佳の肩をポンポンと叩いた。
「ようは持っていったのは坂本少佐ってことだよ」


「えっ! 坂本さんが!」
今度は目を大きく丸くする。サイコロみたいに表情がクルクルと変わる。
「でも、坂本さんは知らないって・・・」
「それは、私たちの聞き方が悪かったんだよ」
「聞き方ですか?」
「そう。どこかでオイル缶見ませんでしたか? じゃなくて、ここにあったオイル缶を知
りませんか? って聞けば良かったんだ。だろ?」
そう言ってシャーリーはエイラにウィンクをする。それに対して、
「そういうこと」
と、ポツリと返事をすると再び始めたカードの一枚をめくった。
「えっと・・・じゃあ、坂本さんは自分が片づけたのはオイル缶じゃなくて肝油の入った
缶だと思っていたってこと?」
芳佳もあごに手をあてて形ばかりはそれっぽくしてみる。
「たぶんそう思い込んでいたんだろうな。私が置いていったオイル缶を誰かが片づけ忘れ
た肝油の缶だと思って食糧庫に持っていた。飲んでいた誰かは・・・」
シャーリーはチラリとエイラに視線を送る。
「隊長だろうな。少佐に頼んで持ってきてもらったんじゃないか? じゃないと少佐がそ
んなに簡単に間違いをしたりはしないだろうしな。・・・でも、隊長の気がしれないなぁ
あんなの自分から飲むなんて・・・」
エイラは苦い顔をしながら舌を出した。
「でも、エイラさんすごいよ! ほんの少しのことだけで何があったのかすぐにわかっち
ゃったんだもん」
「別に大したことじゃないって。それよりさ・・・」
「それより・・・」
「腹減ったんだけど・・・」
「ああ、確かに私もだ」
「えっ! ・・・あっそうだ! すぐに仕度します!」
芳佳は慌てて厨房の方にへと駆け出して行った。
「ははっ、宮藤は相変わらずだな。じゃあ、私もこれを片づけてくるか・・・よっと」
オイル缶を持ち上げながらシャーリーは口をエイラの耳元に近づけ、
「ありがとうな」
そう囁いたが、
「別にいいって」
エイラは顔を上げぬまま、右手を力なく振るのであった。


「へ~そんなことがあったんだ。」
「うん、でもエイラさんすごいね。やっぱりさ、勘とかが働くのかなぁ?」
朝食は既に終わり、二人で洗い物をしながら芳佳は早朝の事をリーネに話していた。
「なんか・・・探偵さんみたいだね」
「あぁ、そうだね 」
芳佳に合わせて笑顔になるリーネだったが、内心はあまり穏やかではなかった。ブリタニ
アは小説世界における名探偵を数多く輩出し、リーネもそれなりにそういった人物達の活
躍に触れ、今度芳佳とロンドンに行ったときにはベイカー街221bを訪れようとも考えていた。
今度のエイラの活躍は確かにすごいなと思う一方、自分だってという気持ちが働いた。芳
佳がしきりにエイラの事を褒めていれば尚更だった。リーネが皿の最後の一枚を洗い終わり、
水切り場に置いたがその時の音は普段より一段と高かった。

「は~」
リーネはため息をつきながら廊下をトボトボと歩く、いくら芳佳に褒められたいと思って
も、事件なんてそうそう起こるものじゃなかった。だいたいリーネにしても事件なんか起
きて欲しくないのが本心であるし、事件の犯人は・・・だいたい決まっているのがこの部
隊だった。推理をどうこうする機会なんて皆無に等しい。そう思うと、朝の事件を解決し
たエイラが尚更羨ましく思えてくる。
「は~」
またもため息が出る。
お下げの髪をいじりながら、何回目かわからないため息をついた時、執務室の前でミーナ
とエイラが何事かを話しているのが目についた。ミーナは何やら嬉しそうである。
「あの、どうかしたんですか?」
「あぁリーネさん。エイラさんに書類を見つけてもらったの」
リーネの方を振り向いたミーナの顔は笑顔だ。
「書類ですか?」
「えぇ、急に見当たらなくなって部屋のあちこちを探してたの。でもどうしても見つから
なくて・・・。でも、たまたま部屋の前を通りかかったエイラさんが見つけてくれたの」
「どこにあったんですか?」
「どこだと思う?」
そう言って右手の人差し指を立てるミーナにリーネは首を横に振って答える。
「書類入れの中」
「えっ?」
リーネは目を丸くする。
「おかしな話でしょ、何回も見たはずの書類入れの中にしっかりと入っているんだもの」
「一度見落としたものは、何度も見落とすもんだよ・・・なぁ、もう行っていいか?」
エイラは、頭の後ろで腕を組みながら退屈そうな声を出す。
「あら、ごめんなさい。ありがとうね、エイラさん」
「別にいいって」
そう言い残すと、エイラはブラブラと二人を残して歩いていった。
その時、
「おい、ミーナ! お前もエーリカに何か言ってくれないか。少しはあいつに部屋の掃除をさせないと!」
バルクホルンの突然の怒号にリーネの体はビクッと震える。
「あらあらどうしたの?」
慣れっこといった様子でバルクホルンに笑顔を向けるミーナを残しながら、
「じゃあ、私もこれで・・・」
ペコリと頭を下げ、リーネはバルクホルンの横を通りすぎていった。


「はぁ~」
まだため息が出る。
ため息をすると幸せが逃げてくっていうけど、今までしたため息を集めても幸せにはならないだろうな。
そんな事を考えながら、廊下を歩くリーネの視界に床に落ちている何かが目に入る。腰を
屈めて手に取ると、万年筆だ。リーネはしげしげとそれを観察する。見たことがある。確
か扶桑のセーラーという会社のだ。蓋を開けてペン先を見てみる。筆圧が強いためか、だい
ぶ消耗している。リーネの頭の中で推理が組み立てられていく。
「このことからこの万年筆の持ち主は…」
「すまない、それは私のだ。拾ってもらってすまない」
そう言って、体を伸ばそうとしたリーネの視線の先にいたのは、坂本少佐だった。
「すまんすまん、間違えて落としてしまってな。どうも今日は朝から冴えないな・・・」
そう言って、手を差し伸べようとしたが、リーネの目付きに思わず怪訝な瞳を向ける。
「・・・何か気に触るようなことを言ったか?」
「えっ! あっ、あのそんなこと無いです。ど、どうぞ」
と、慌てて坂本少佐に手渡すと、
「わっ、私はこれで」
そう言い残して、坂本少佐をポツンと一人残して、リーネは行くあてもないまま駆け出していった。
坂本少佐はその姿に首を傾げるばかりだった。


「あっ! リーネさん丁度いいところに」
「えっ、なんですか?」
行く当てもないまま走っていたリーネだが、ようやく見つかった停留所、ペリーヌの部屋
の前で足を止める。
「何かお急ぎかしら?」
「いえっ、別に・・・。どうかしました?」
「いえ、テーブルの上に置いてあった羽ペンが見当たらなくて」
「羽ペンですか?」
「ご存知ありません?」
「さぁ・・・ちょっと・・・」
「そう、ならいいですわ」
「あっ、あの」
「何ですの?」
リーネは部屋に戻ろうとするペリーヌを引き留める。
「一緒に探してもいいですか?」
「ええ・・・構いませんけど? どうぞ」
「失礼します」
扉を開けるペリーヌに一礼しながらリーネはペリーヌの部屋にへと入る。ペリーヌは、部
屋の奥にへと行くリーネの背中を見ながら、
(なんであんなにイキイキとした目をしてるのかしら?)
と首を傾げながらゆっくりと扉を閉めた。


「ここで書き物をしてたんです。それで、少し席を外した隙にどこかに行ってしまったんですの」
「どれぐらい席を外していたんですか?」
「え~と、5分ぐらいかしら」
ペリーヌが指差すベッド脇の丸テーブルをリーネはしげしげと眺める。
「あの・・・」
「なんですの?」
「ルーペってありませんか?」
「ルーペ? それでしたら・・・」
部屋を横切ると、ペリーヌは壁際のチェストの戸棚を一つ開け、
「確かここに・・・あぁ、ありましたわ」
見つかったルーペをリーネに手渡した。
「これでよろしいかしら」
「はい、ありがとうございます」
リーネはルーペを手に取ると、四つん這いになって手掛かりを探し始めた。しかし、そん
なリーネをペリーヌは冷やかに見つめた。
(こんなことで見つかるのかしら? 他の方々に聞いて回った方が早いのでは?)
そう思い、リーネをそのままにし、こっそりと扉を開け外に出ようとすると、一人の人物
がペリーヌの目に入った。
「エイラさん、ちょっとよろしいかしら」
「え~なんだよ~」
手招きするペリーヌに渋々エイラは近づく。
「何かようか~?」
「今朝のご活躍は聞きましたわ」
「その事はもういいんだけどな~」
エイラはかったるそうに頭をかく。
「実は私も少々困ってまして」
「は?」
「実は・・・」
ペリーヌは事のあらましをエイラに説明した。
「どうかしら、どこにあるかお分かりになって?」
ペリーヌはそう言ってエイラの顔を覗き込む。いくらなんでもこれぐらいのことでわかる
わけないだろうと、ペリーヌはたかをくくっていた。別にリーネのように今朝の活躍が羨
ましいわけではなく、坂本少佐のミスのあげつらねたようで気に食わなかったのである。
だから、こうして少し困らせてみようと、隙あらばバカにしてやろうとエイラに話を聞かせてみたのだ。
しかし、エイラの口から出た言葉はペリーヌの全く予期していないものだった。
「缶がペン立てになることもある。便箋が薪になることもある」
「・・・は?」
エイラの訳のわからない言葉に、ペリーヌの片眉が上がる。
「どういうことですの?」
「そういうことだってぇ~の」
「・・・だからどういう」
「自分で考えろ~」
問い詰めようとするペリーヌをその場に残し、エイラは軽やかな足つきで廊下の彼方にへと消えていった。
「全く・・・訳のわからない人」
腕を組みながら、廊下の先を苦々しく見ていると、その時、
「ペリーヌさん! 最近掃除っていつしました?」
突然背後からのリーネの大声が聞こえ、背筋を無理やり伸ばされた。
(まだ、訳のわからない人がいるんでしたわ・・・)
ペリーヌはどこか重くなり始めた頭を抱えがら、
「昨日しましたわ。私を掃除のしない女だとでもお思いで?」
嫌味ったらしくリーネの質問に答える。
「私以外に誰か部屋に来ました」
「来ませんでしたわ」
「そうですか・・・」
「・・・リーネさん?」
急に静かになり、扉を開けようとしたペリーヌの目に入ったのは、
「誰かわかりました! ペリーヌさんの羽ペンを持っていったのが!」
そう言いながら、キラキラとした目を自分に向けるリーネと、手にした細い糸くずのような何かだった。


「全く・・・あの人の戦闘での才能は認めますが、もう少し節度といったものを覚えても
らいたいですわ!」
「ははっ・・・そうですね」
羽ペンは取り戻したもの、ペリーヌの雷はなかなか収まらず、リーネは怖々とそれをなだ
めていた。
「でも、すごいですわねリーネさん。部屋に落ちていた髪の毛から容疑者を突き止めるなんて」
「いえ・・・そんな」
ペリーヌからの言葉にリーネの頬は少し赤くなる。
「科学的で私はいいと思いますわ。少なくとも、エイラさんの勘と憶測だけに頼ったやり
方よりは。先程だって訳のわからないことを言い残して、どこかに行ってしまいましたし」
「そうなんですか?」
手掛かり探しに夢中で外の様子には全く気付いていなかった。
「ええ。便箋が薪になるとかなんとか言って」

「・・・そうですね、エイラさんってたまに変なこといいますよね」
「たまにはではなくて、いつも変なことを言っているんですわ」
リーネは努めて平静を装っていたが、エイラが真相に気付いていたのでないかと思い、あ
れこれと想像を組み立てていた。
(気付いたとしたらなんで・・・)
「でも、リーネさんのお陰ですわ。危うく、ハルトマン中尉にほこりだらけにされているところでしたわ」
そう言いながら、ペリーヌは柔らかくなり始めた太陽の光に羽ペンをかざす。
「全く、人の羽ペンをはたき代わりにしようだなんて・・・」
(便箋を薪代わりに・・・羽ペンをはたき代わりに・・・)
リーネの頭の中にバルクホルンの怒号が蘇る。それと廊下の先にいたエイラの姿を。
「おい、ミーナ! お前もエーリカに何か言ってくれないか。少しはあいつに掃除をさせないと!」
(これだけのことで?)
エイラが見ているものがわからず、リーネの頭はにわかに混乱していく。
「リーネさん?」
「・・・えっ! はい! なんですか?」
「急に黙り込んでいらしたので・・・その・・・ちゃんとまだ言ってなかったので」
「えっ? 何をです?」
「その・・・ありがとう」
そう言い残して、ペリーヌは早足でリーネを追い越す。
「・・・その内、なにかお礼をしますわね」
そしてそのまま早足で、廊下をズンズンと進んでいった。リーネは足を止め、ペリーヌの
後ろ姿を見送った。
「・・・まぁ、いいか」
フウと息を吐きながら、リーネは天井を見上げる。
(エイラさんがどうこうとかより・・・ペリーヌさんが喜んでくれた方が嬉しいかな・・・。でも・・・)
顔を下ろし、後ろで手を組みながら廊下を歩いて行く。
(少しは芳佳ちゃんに褒められたいかも・・・)
そんな事を考えながら、リーネはまた一歩足を進めた。

Fin


コメントを書く・見る

戻る

ストライクウィッチーズ 百合SSまとめ