ブリタニア1944 トントゥの行方


 夜、夜間哨戒を終えていつもの調子でエイラの部屋へ言って、服を脱いでベッドへ。
 倒れこんだわたしにびっくりして身を起こす気配。
 いつもの台詞を呟く私の大好きな声。
 また、綺麗に服をたたんでくれてるのかな? いつも申し訳ないと思いつつも甘えてしまう。ごめんね、エイラ。
 ちょっと経ってから再びベッドに気配。
 殆ど寝ていたけど、私の隣に温もりが来たのが分かる。
 陽気がだいぶ涼しくなってきたから、夏場みたいに存在といいにおいだけじゃ耐えられなくても仕方ないよね。
 だから私はその温もりに抱きついた。
 一瞬だけその身が強張る気配があって、その後はいつもの台詞で……その声と体温に安らぎを覚えつつ、私は本格的に眠りについた。

 だいぶ日が傾いてから、目を覚ます。
 隣にあった温もりはなくなっていたけれど、何故か私の腕にはネコペンギンが抱かれていて、ベッドの横にはやさしい表情のエイラが立っていた。

「おはようサーニャ。これからサウナに行こうと思ってるんだけど、サーニャも目覚ましにどうだ?」
「うん、私もいくわ、エイラ」

 まだ眠くてボーっとしていたから、よく話も聞かずにとりあえずエイラのお誘いに同意して、起き上がって支度をしながら『あ、そうか、サウナに行くんだ』と気付いた。
 そしてエイラと一緒にサウナに向かい、到着して、服を脱いで、サウナの扉を開ける。
 視界の隅ではエイラは上機嫌で白樺の枝を用意している。

「あ、あれ?」

 突然、エイラが変な声を上げた。

「どうしたのエイラ?」
「お、おかしいぞ……なんだか様子が違う」
「そう? 別にいつもと変わらないけど」

 エイラは、明らかにうろたえた様子でサウナの中を見回っている。
 私にはこのサウナの様子はいつもと変わらない気がする。
 それとも、私の目が覚めてないから何かの変化に気付いてないだけなのかな?

「むむむむむむ……やっぱりだ! いない!!」
「何が居ないの?」

 疑問を口にした私の両肩を正面からがしっと掴んで真剣な表情で顔を近づける。
 もしかして、まだサウナの中に入っていない私を指して、『サーニャが居ないんだ』とか言ってくれるのかな?
 演出にしても、それはちょっと恥ずかしいかも。 

「トントゥが居ないんだ!」

「え?」

 まだ眠気で正常運転していない私の妄想を吹き飛ばすように、エイラが変な事を言った。
 トントゥ? ええと、聞いたことがある気がする。
 スオムスの言葉で、確か……。

「サウナトントゥ……サウナの精が居ないんだよ! トントゥが居ないとサウナじゃないんだ!」

 そう、スオムスの言い伝えにあるサウナに住んでいるって言う精霊だ。
 501基地のサウナを作るために、エイラはわざわざ故郷からその精霊をつれてきたって言ってた。

「急いで探さないと……サーニャも手伝ってくれ」
「あっ」

 私の手をぎゅっと握ってあわてて駆け出そうとするエイラ。
 いつもこんなに積極的だったらいいのにな。
 あ、でも私たちバスタオルしか身に纏ってないよ。

「エイラ、服」
「え? っとっと、それもそうだ」

 慌てて服を着て、ズボンの重ね掃きとボタンを留める暇を惜しんで廊下へと飛び出す。
 探す、とかいいながらなんだか目的地は決まっているみたいで、わき目も振らず走っていく。
 ……私と、手を繋いだまま。
 立ち止まった場所は基地の管理所。
 どうやらサウナの準備をした人に事情を聞きに着たみたい。
 見た目にはあんなに慌ててるのにいざ動き始めると行動の内容が冷静なんて、凄いと思う。
 でも、結果は×。
 特にこれと言った手掛かりは得られなかったみたい。

「うーん、どうしよう……」
「ねぇ、エイラ。トントゥさんは私にも分かるの?」
「ん、トントゥが宿ってるのは石なんだ」
「石?」
「サウナって、焼いた石に水をかけるだろ。移動する都合もあったんでトントゥにはその石に宿って貰って居たんだよ」

 そういえば、言われてみるとサウナの石の数が少なかったかも。

「じゃあ、その石を探せばいいのね……でも、どんな石だかわかんない」
「わざわざサウナから石だけを運び出すなんて変わったことをする奴なんてのは目立つだろうし、そんな変わった今年そうな奴は限られてる、か……」

 私への説明の途中でなんだか自分で納得してしまったみたいで、また私の手をぎゅっと握ると走り出した。

「こっちだ、サーニャ」

「うん」

 私たちがたどり着いたのはハンガー。
 そこではいつもの様にシャーリーさんがストライカーを弄っていた。

「おーい」
「んー……なんだ、エイラとサーニャか、どうした?」
「ルッキーニを知らないか?」
「ルッキーニか……この辺には居ないなぁ。なんだ、またあいつが悪戯でもしたのか?」
「まだそうと決まったわけじゃないんだけど……」

 簡単に事情を話し、ルッキーニちゃんがここに来たら引き止めてくれるよう頼んだ。
 考えてみると、ルッキーニちゃんなら石を使って突拍子も無い事をしそうな気がする。
 
 ハンガーを出る間際、シャーリーさんが背中に声をかけてきた。

「おっと、こっちからも伝言があったんだ。少佐と宮藤が扶桑の特産品持ち込んで庭で焼いてるから、あとで庭のほうにも来て欲しいってさ」
「わかった。こっちの用が終わったら行っておく」

 扶桑の特産品……芳佳ちゃんの料理は基本的には美味しいけど扶桑にはたまに肝油みたいなものもあるから、楽しみだけどちょっとだけ不安かも。
 そしてエイラは相変わらず私の手を掴んで、目的地を定めて走っていく。
 精悍な横顔がかっこいい。でも、今度はどこへ行くんだろう?

「エイラ、次はどこに行くの?」
「ん? 次はミーナ隊長のところ。石を運び出すなんていう変わったことをしてる人なんて変わってるから、誰かが目撃してれば報告が入っているはずだろ」
「それもそうね」

 慌ててるのに、考えることが的確ですごい。
 でも、本当は私に指示して手分けして探す方が早いんじゃないかなって思うけど、エイラが積極的に私の手を握ってくれて強く引いてくれることなんてあまり無いから、それがうれしくて、この時間が終わってしまうのが怖くて言い出せ

ない。
 ごめんね、エイラ。
 執務室にはバルクホルン大尉がいた。

「あれ? ミーナ隊長は?」
「ん、ああ、少佐が扶桑の食べ物を庭で焼くといっていたのでな、息抜きにそちらに行ってもらっている。お前たちは何の用だ?」
「ああ、実は……」

 事情を説明。

「残念ながらそういった報告は入っていない……しかし、トントゥというのはよく分からないが、石を持ち出した者が居るというのは気になるな。もしかしたら何らかの破壊工作の前兆やもしれん」
「えっ!?」

 相変わらず大尉の反応は大げさなんだけど、その真剣な様子を見ているとまるで本当にこれから事件が起こるのではないかと思えてしまう。

「考えすぎだろ、多分ルッキーニ辺りが何かの悪戯のために持ち出したんじゃないかと思うんだ。それに、破壊工作なら基地には武器がいっぱいあるじゃないか」

「いや、敢えて武器ではない物を使用することで裏をかくという可能性もある。とにかくこちらでも探しておく」
「うん、じゃあ頼むよ、大尉」

 なんだか、話が大げさになってきた気がするけど、大丈夫かな。

「よし、じゃあ一旦ハンガーに戻ろう」

 ぎゅ、と私の手を握るエイラ。本当にいつもこうならいいのに。
 そんなことを考えながら走る。
 さっきから走ってばかりで体を動かしているので、サウナに入らずとも私はすっかり目は覚めている。
 サウナよりも水浴び……ううん、扶桑式のお風呂に入りたい気分かも。

「あっ!」
「うじゅっ!?」
「ルッキーニちゃん」

 ハンガーへ向かう途中でルッキーニちゃんを発見。
 なんだか紫色のものを二つ、ひとつずつ両手に持って、片方を口にくわえて……食べてるのかな?
 エイラが加速。速いよ、エイラ……。

「ルッキーニッ、お前い……」
「うにゃにゃっ、ダメだよ~」

 エイラの言葉を遮って拒絶して、逃げ始めるルッキーニちゃん。

「あっ、こらっ! 待てー……サーニャはハンガーで待っててくれ」
「え、うん」

 それだけ言うとエイラはルッキーニちゃんを追いかけて走り去っていった。
 いきなり凄い剣幕で迫られたらルッキーニちゃんじゃなくても驚くとは思うけど、いきなり逃げ出すのはルッキーニちゃんらしいかな。
 でも、そんなことよりも、ずっと握ってくれていた手が離れちゃったのが寂しい。
 とりあえず、エイラに言われたとおりハンガーに向かう。

「お、来たか。ルッキーニならまだこっちに顔出してないから、どっかで寝てるか宮藤たちのところに居るんじゃないかな……って、サーニャだけか」
「ルッキーニちゃんならさっき廊下で見かけて、エイラが追いかけたら逃げちゃったんで、私だけこっちに」
「そっか。ま、ルッキーニはやましいこといっぱいありそうだもんな。あはははは」

 あんまり笑い事じゃない気がするんだけれど、でもこういう風におおらかなところは憧れちゃう。

「でも流石だなぁ、エイラは」
「え?」
「サーニャをこっちに来させた事がさ」
「どういうことですか?」

 聞き返すと同時に騒々しさが近づいてきて……。


「うじゃぁぁぁ~シャ~~リ~~……、これ~」
「まてー、ルッキーニ!」

 ハンガーにルッキーニちゃんが走りこんできた。
 その後ろからは息を切らしたエイラ。
 ルッキーニちゃんはシャーリーさんに紫色のものを手渡すとそのまま胸に飛び込んだ。

「おっと、こらこら。事情くらい説明しろって」

 そういいながらシャーリーさんは『ほら、言ったとおりだろ』とでも言わんばかりに私にウィンク。
 そうか、エイラはこうなることが分かってて私をハンガーに送ったのね。
 改めてすごい。

「あーもう、何で話し聞くためだけにこんなに走らなきゃいけないんだよ」
「だって、エイラがイモを獲ろうとして追いかけて来るんだもん」
「いも~? そんなの獲ろうとしてないだろ」

 うんざりした表情のエイラ。

「だって~『い』何とかって言いながら追いかけてきたもん」
「わたしが探してたのは『石』だぞ」
「まーいいや、ちゃんとシャーリーの分のイモわたせたから私の勝ち~」
「じゃあ、トントゥ……石のことは知らないのか?」
「しらないよ~」
「じゃあ今の追いかけっこは無駄かよ~……はぁ、疲れた」

 疲れ切って天を仰いだエイラにシャーリーさんがお芋をもぐもぐ食べながら声をかける。

「じゃ、お疲れついでに宮藤たちのところに行ってこいよ。これ、なかなかいけるぞ」
「はぁ……じゃ、そうしよっか、サーニャ」
「うん」

 一緒に歩いて庭の方に向かう。だけど手は繋いでくれなかった。
 慌てモードは終了なのかな。残念。

「あ、エイラさん、サーニャちゃん、ちょうどいいところに」

 そこにはハンガーにいた二人とバルクホルン大尉以外のみんなが集まっていて、テーブルの上においた紫色のをしたものを囲んでいた。
 その向こうには何かを熱しているらしい金属製の箱?がある。

「おーす」
「おはようございます。芳佳ちゃん、みんな」
「さっき最後のが焼きあがって取り出して、今呼びに行こうかと思ってたんです」
「ふーん……ルッキーニがイモっていってたけど、これそうなのか?」

「はい、扶桑のお芋で、サツマイモって言うんです」
「いい匂い」
「確かに、甘くて美味しそうだな」

 手渡されたサツマイモを口に運ぶ。
 あむっ……熱い……はふはふ、でも本当に美味しい。

「とっても甘いね」
「うん、私も甘くて大好き~」
「扶桑じゃこういうのいつも食べてるのか」
「うーん、いつも食べれたらいいんだけど、残念ながら焼き芋は季節ものなの」

 暫しエイラもサウナトントゥのことを忘れてサツマイモの味を楽しんでいるみたい。
 こういう美味しいものを食べてるときくらい悩みとかは忘れて居たいよね。
 よかった。

「でもこれって、焼き芋って言う割には焼け焦げた部分が無いね」
「うん、それはね……」
「ここにいたか、エイラ、サーニャ」

 と、そこにバルクホルン大尉もやってきた。

「あ、大尉」
「先ほどの件だが、こちらで当たってみたところ事件性が無いことが判明した」
「そ、それじゃトントゥの行方が分かったのか!?」
「ああ、お前たちの目の前だ」
「目の前?」
「そうだろう? 宮藤」
「え? あ、そういえば言うの忘れてました」

 言いながら耐熱グローブを嵌めてなにやら作業を始める。

「これって石焼き芋って言って、焼いた石で熱するんです。だから焼くって言うよりも蒸かしてるって感じでしょうか」
「お、おいミヤフジ! 石って!?」
「はい、ちょうど手頃だったんでサウナから少しお借りしました。お陰様でいい具合に……」
「トントゥーーーーー!」
「わっ! 何やってるんですかっ!? まだ熱いから危ないですよぉっ!」

 まだまだ熱い石を素手で取り出そうとするエイラをみんなで止めて説得。
 結局今日のサウナはお預けで、芳佳ちゃんはエイラに平謝り。
 でも、トントゥって本当にいるのかな? いるとしたら、サウナじゃないところで平気だったのかな?
 一緒に入ったお風呂で髪の毛を洗ってもらいながら聞いてみる。

「ねぇ、エイラ、その……トントゥって、大丈夫だったの?」

「え、んー……まぁ、その、なんだ……ちょっと困ったことになったんだ」
「困ったこと?」
「うん」

 答えるエイラの声は、かなり元気が無い様子。

「実は、サウナトントゥの癖にサウナじゃなくてあの石焼き芋用の箱が気に入ったらしくてさ、石焼き芋の精に成るとか言ってるんだ」
「えっと……トントゥってそういうものなの?」
「あんな奴初めてだよ。本当はトントゥの好きにさせるのがいいんだけど、サウナトントゥはスオムスからつれてきたアイツしかいないし、説得してみるつもりだ」
「大変なのね」
「そうだよー。大体、今回の焼き芋がいつもより美味しかったってミヤフジが言ってたのは、あれはトントゥのお陰なんだからもうちょっと感謝の姿勢を……」

 髪の毛を洗い終わって、お湯で流して、会話を続けながら二人で湯船へ。

「そうなんだ、じゃあ今日のは特別美味しかったのね。トントゥにありがとうを言わないと」
「うん、それはそうなんだ。だけどアイツがヤキイモトントゥになっちゃったら今まで見たいにサウナで気分良くなれないと思うんだよ」
「それは、問題があるかも……兼業って出来るの? トントゥにこの季節だけヤキイモのトントゥになってもらうとか」
「それは分からないけど……でもやってみよう。そうだ、サーニャも一緒に頼んでくれよ」
「え、でも私、トントゥの事分からない」
「サーニャなら大丈夫。ううん、きっとサーニャも一緒に頼めばイチコロさ! そうと決まれば善は急げだ」

 エイラはそう言いながら勢い良く立ち上がると私の手をとって急かす。
 また、ぎゅっと握ってくれた。
 今までも何度かあったけど、別の事に強く興味が向いている時には私の事をあまり強く意識しないですむせいか行動が積極的になってくれるみたい。

 扶桑では何にでも精霊が宿っているって言うみたいだし、さっきまでのエイラの話だと結構トントゥの世界は自由なのかも。
 だとしたらあの石に宿っている精は、私にとってはもしかしてサウナでも石焼き芋でもなくて、縁結び……とまでは行かなくても『手を繋ぐ』って言う行為の精なのかもしれない。
 だったらちょっと素敵かも。
 そんなことを考えながら、エイラに引かれるままお風呂を出る。
 繋いだ手のひら、重なる運命線の温もりに感謝しつつ、いるかどうかも分からないトントゥの行方を、楽しい気持ちで想像しながら。


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