惚れっ娘サーニャ・プロローグ


 サーニャは雲の上を飛んでいた。
ちりと水蒸気でできたそれは途切れることがなく
まるでヨーロッパの上空に白い絨毯を敷いているようだ。
その切れ目、空と雲の狭間から光が覗いている。
サーニャが欠伸をする度に光は大きくなっていき
三回目の欠伸をした時には既に東の空の全てを朝焼けに染めていた。
サーニャは目を細めて、口を可愛らしく開き左の手のひらに小さく息をもらす。
日の出は本来一日の始まりを告げるものであるが
サーニャにとっては眠気を催すものでしかないようだ。
真鍮色の光を浴びて、サーニャが右手に装備する鉄の箱、フリーガーハマーと
脚の漆黒のストライカーがきらきらと煌めいている。
そんななか、サーニャの思考はぼんやりと白い海を漂いつづけ
身体は欠伸の数を着実に更新し続けていた。

 雲を抜けると、青い海が広がっていて、その先に基地が見えた。
滑走路を正面に迎えながら、サーニャは寝ぼけた思考をなんとか軍人のそれに切り替える。
ストライカーを斜めに突き出して、細心の注意をはらいながら着陸。地面に魔方陣を展開する。
路面を滑走しながら、今日の至って平穏だった夜間哨戒の報告を頭の中でまとめ上げる。
ハンガーにストライカーを格納してから、隊長室のミーナに簡単な報告を済ませた。
五分にも満たないその時間。内容など夜間哨戒の報告でしかないのだが
ミーナがいつも最後にかけてくれる、労いや感謝の言葉がサーニャにはとても嬉しい。
その任務の性質上、他の仲間と入れ違いになるサーニャには数少ない交遊の時間である。
なればこそ、サーニャはその時間がたまらなく好きだった。
廊下の上を、先程の言葉を心のなかで反芻しながらふわふわ進む。
時折、ふっと笑みを零したり、頬を上気させたりしている。
そして、いつものように部屋を間違えたのだった。

 暖かい毛布に包まれて、横に身体を丸めたサーニャはすやすや寝息を吐いていた。
まるで彼女の使い魔である猫のように眠っている。
そんなサーニャの頭を優しく撫でている手がある。
サーニャはそれに対し、眉根を寄せて身を捩る。
そして、くぐもった声にならぬ声を発しながら目を開いた。
寝起きで不鮮明な視界の先には青色の裾と、そこから伸びる白いズボンの脚が見える。

「ごめんな、起こしちゃったか」

視線を上げるとそこには本当に申し訳なさそうな表情をつくるエイラがいた。
眉をハの字に曲げて、困ったような瞳をこちらに向けている。
既にエイラは手を引っ込めていて、サーニャはそれに気付くこともなく緩慢に上体を起こした。
ひんやりとした外気が触れて肌寒い。
サーニャは下着しか身に着けてないことに気付くと、不意に何かを探すように部屋を見渡す。

「ああ、服ならこれだ」

エイラはベッドの隅に置かれていた服とズボンとベルトを手渡した。

「ありがとう」

サーニャは礼を述べ、受け取った衣服を身に着ける。
ベッドから立ち上がり、最後にベルトを着けた。
すっかり目が覚めたところでエイラに声を掛けた。

「エイラ、今日の訓練は? 」

「ああ、休暇もらったんだ」

「そう……じゃあ私、報告書を書かなきゃいけないから」

そう言うとサーニャは部屋を後にした。
がちゃんと扉が閉まり、部屋に取り残されたエイラは

「待ってくれー、私も手伝うー」

慌ててサーニャの後を追いかけていった。

エイラは見ていたのだ。扉が閉まる瞬間、サーニャの頬が、赤く染まっていたことに。

(サーニャ! ミーナ中佐は誰にでも優しいぞー!)

心の中で諭しながら、エイラはあの出来事の数々を思い出していた。
サーニャが501の戦友達に、次々に心を奪われていった、あの日々のことを。
サーニャは少し優しくされると、簡単にその相手を好きになってしまう。惚れっ娘だった。

「サーニャー!」

 今日も基地中にエイラの叫び声が響き渡る。
その音響のなか、誰彼なくこう思うのだった。

「今日も平和だ」



おわり


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