恋の空中ブランコ
501の地域ふれあい活動の一環として、基地祭が行われることになった。
いつもは疎遠な住民を基地に招き、相互理解を深めることにより更なる協力を得ようと言うのが目的である。
「私はワンパターンだけど声楽を披露するわ」
言い出しっぺのミーナは十八番のリリー・マルレーンを演目に選んだ。
「ミーナの歌は天下一品だからな。私は黒田節でも唸ってみるか」
あっはっはっ、と坂本美緒が豪快に笑う。
その実、フンドシ姿で槍を振るうことにより、コンクールの優勝を密かに狙ってるとはおくびにも出さない。
他にもシャーリーがバンジョーの演奏を申し出て、どこか音楽会じみた様相を呈してくる。
「音楽ばかりじゃ飽きちゃわないかな?」
リーネが戸惑いながら意見を吐く。
「だったらリーネちゃんがストリップを……」
不謹慎な提案をしかけた宮藤芳佳が、リーネのエルボーを喰らってガクリと崩れる。
「もっともな意見ね。音楽だけじゃ刺激が足りないかも」
なるほどとミーナも思案顔になる。
「ですからリーネちゃんをモデルにして、ヌードのデッサン大会を……」
性懲りもなく不埒なことを口にした芳佳が前のめりにダウンする。
しかし高尚な芸術を気取ってばかりでは、住民も充分に楽しめないだろうことは確かであった。
ミーナがふと気付くと、部屋の隅っこでサーニャが小さく手を上げていた。
「あ、サーニャさん。どうぞ」
ミーナは慌ててサーニャを指名する。
「空中ブランコ……するの……」
サーニャは俯いたままボソボソと呟いた。
「……はい?」
言ってる意味が理解できず、ミーナが問い返す。
「空中ブランコ……エイラと……」
サーニャは相変わらず視線を落としたまま呟く。
その口元だけが邪悪な感じに緩んだ。
「な、なに言ってるんダ、サーニャ?」
突然指名されたエイラは飛び上がらんばかりに驚いた。
空中ブランコなんかやったこともないし、できもしない。
もちろん、サーニャだって経験はないはずだ。
「……するの?……しないの?」
サーニャの暗い目で見詰められると、エイラは返答に窮してしまう。
「ま、まあ……せっかくサーニャさんがやりたいって言ってることだし。エイラ……いいわね?」
ミーナは作り笑顔で曖昧に笑い、次いでエイラを睨み付けた。
それから数日後、首都のサーカス団から借り受けた空中ブランコ用の施設が、基地の特設テント内に組み立てられていた。
高さは十数メートル、上から見下ろせば身の竦むような高さである。
これ以上低くても、逆に高くても恐怖心は薄れるという、消防訓練でも用いられる絶妙の高さであった。
「げぇぇぇ、ホントにやるのかヨ」
エイラが震え上がったのも無理はない。
ストライカーを履いての飛行とは違い、ちょっとしたミスで命を落とす危険があるのだ。
遙か下に張られた安全ネットが頼りなく思える。
コーチ役の本職に命綱を付けて貰いながら、エイラは胃がせり上がってくるのを感じていた。
前方を見るとサーニャがハシゴを上がっているところであった。
ギラギラのスパンコールを散りばめた、あられもないレオタード姿である。
スカートを模したフリルが可愛らしい。
ボケッと見とれていると冷たい声が響いた。
「安全ネット……取っ払って。あんなの……目障りだから……」
こともあろうに、サーニャは地上スレスレに張られていたネットを除去させてしまった。
「ナニ考えてんだ、サーニャ。落ちたら死ぬだロッ」
エイラが目を三角にして喚くが、サーニャは意にも介さない。
それどころか更に強烈な主張を始めた。
「命綱も……要らない……から……。お客様が……楽しめない……わ……」
サーニャに逆らえるはずもなく、本職のサーカス団員はエイラの体から命綱を取り払ってしまう。
それを確認すると、サーニャは満足そうにニヤッと笑う。
そしてバーを握るや虚空に身を躍らせた。
大きな弧を描いたサーニャは、復路の途中で身をよじり膝の裏でバーを抱える。
両手放しの逆さま体勢をとると、サーニャの体は再びエイラに向かって行く。
「さあ……エイラ……いらっしゃい……」
エイラの視界の中で、両手を一杯に伸ばしたサーニャがグングン大きくなってくる。
「お、おう……」
ゴクリとツバを飲み込んだエイラは、どうにでもなれと宙に身を躍らせた。
2人の体が急接近していく。
「今よ……来て……」
2人が最接近を果たした瞬間、サーニャが短く指示を出した。
しかしエイラは薄笑いを浮かべたサーニャの顔を見てしまった。
バーを放しかけた手に、ギュッと力が籠もる。
サーニャの手が虚しく宙を掴む。
そのまま2人は逆方向へと離れていった。
「殺す気だダ。事故に見せかけて、わたしを殺す気ダ……」
エイラはサーニャの企みに気付いて震え上がった。
命綱や安全ネットを取り払わせたのも、全て確実に自分を殺すための計画だ。
ようやくエイラはサーニャの目的に気付いた。
「時間がないの……何を怯えているの……」
一杯まで下がったサーニャが、再びエイラに接近していく。
「それとも……わたしが信用……できないの……?」
暗い目をしたサーニャの顔が近づいてくる。
「む……無理だロ……」
エイラは自分が情けなくなってきた。
たとえヘタレと蔑まれてもいい。
生きてさえいれば。
生きてさえいれば、いつか思いが通じる時が来る。
自己嫌悪にドップリと浸りながら、エイラは虚しく弧を描き続けた。