ただ君を灯すかぼちゃのランタン
むかしむかしあるところに、一人の少女がいました。
いや、いました、という表現も正確ではないかもしれません。
身体はすでになく、ただ魂だけで彷徨った幻影にすぎなかったのですから。
『ただ君を灯すかぼちゃのランタン』
秋。少女はこの季節が好きだ。手を伸ばしても伸ばしても、届きそうにない高い空。
ここでならなおさらだ、と彼女は思う。故郷のブリタニアはロンドンもバーミンガムも
空はいつも重たい色をしていて、それはまるで自分の心を映してるのだ、と彼女は思う。
だから、連れられるように――いや、これは自分の意思だ――来たここの……ガリアの
空の色と高さに、彼女はいつも嬉しいような気持ちになってしまうのだ。
手をひたいに当て、仰ぐように天を見上げる。キラキラと舞う光の粒がまぶしかった。
少女の名前はリネット・ビショップ。ブリタニア空軍所属のウィッチで、
先のガリア解放戦の主役だった一人、元501のリネット・ビショップその人だ。
「リーネさーん! そっちの準備は進んでましてー?」
未だ道半ばのガリア再興を成そうと集まった多くの人たち。
その中にあって一際高いトーンの声がリネットに届く。
なぜか、なぜだか。その声を聞くだけで、リネットはこぼれる笑みを抑えきれないのだ。
「ペリーヌさん! 大丈夫ですよー!」
人ごみをかき分けるように向かってくる一人の少女。かわいい、と思う。
綺麗な背中まで伸びたアッシュブロンド。気の強そうな顔立ちにスレンダーな身体。
そういえば、目につく所は自分とまるで正反対だった。自分とは違う、彼女。
だからこそ、無性にまぶしく見えるのかもしれない。このガリアの空のように。
「はあはあ……。もう、みんなこんな日ばかり元気なんですから!」
腰に両手を当てて勢い込んだ調子でリネットにそう言った少女は、あたりまえと言う風に
その隣に腰を落ち着けた。互いの隣がすでに互いの指定席になっているのかもしれない。
彼女の名はペリーヌ・クロステルマン。リネットと同じ元501の同僚でエース。
この空の色と同じ、ブルプルミエ――青の一番――の名を戴くガリアの希望だ。
「でもたまには息抜きもしないと、パンクしちゃいます」
リネットは腕に抱えた大きなかぼちゃにナイフを入れながらそう言った。
今日はハロウィン。お祭りの空気がみんなに伝わり、楽しげな会話がそこここで始まる。
でも、彼女は……ペリーヌは不安を押し殺したような表情でこっちを見てるいるんだろう。
無理ないことだと思う。自分が彼女の立場だったら……そう考えて想像すら出来なかった。
「そう……ですわね。そうかもしれません。ところでリーネさん?」
「はい」
「そのかぼちゃは……どうしてわらってるんですの?」
リーネさんらしい、と思いながら、やっぱり変だとペリーヌは思う。
リネットががぼちゃを見ながらくすくすと笑っているからなおのこと。
つまり、きっとそれには意味があるのだ。ハロウィンと彼女にまつわるお話が。
「これは……お姉ちゃんのランタンだから」
そう言って笑ったリネットが、ぽつりぽつりと話し始める。思い出すようにゆっくりと。
むかしむかしあるところに、一人の少女がいました。
いや、いました、という表現も正確ではないかもしれません。
身体はすでになく、ただ魂だけで彷徨った幻影にすぎなかったのですから。
それは死後の国に向かわずに現世を彷徨い続ける少女の魂でした。
「それは……さぞ無念だったんでしょうね」
彼女の名前はウィルマと言いました。
生前は極悪人で死後霊界で地獄行きを言い渡された所を
逆に説得してふたたび人間にもどったのです。
「ウィルマお姉ちゃんが、この話最初に聞いた時、私は極悪人なんかじゃない!って」
「……この話はだれがなさったの?」
「……お母さん」
少女はお菓子が好きで、
みんなが止めてもお菓子をひたすら食べるという大罪を犯しました。
その結果、お腹周りに余分な脂肪がたまってしまったのです
ほらウィルマ! 私の言う通り間食はほどほどにしておけばよかったのに!
「話が急に、スケールダウンしましたわ」
「でもお姉ちゃんはほんとうに怖がってたよ……
私たちもお母さんにお姉ちゃん連れてかないで、って何度もお願いしましたから」
「へ、平和な一家ですこと……」
それでも少女はお菓子を止められませんでした。第二の人生でも少女は悪行三昧。
ついに二度目の死者の門で「もうあなたは、天国へ行くことも
地獄へいくこともなりません」と言われてしまったのです。
彼女はついに甘いものも、辛いものもない世界で生きなければならなくなったのです。
「……って聖ペリーヌに言われたって話よね!」
「お姉ちゃん、聞いてたの?」
「! ウィルマさん」
一際快活な声が復興現場の片隅に響いた。そしてまっしぐらに駆けてくる声の主。
もうペリーヌともすっかり顔なじみになってしまったリネットの姉、ウィルマ・ビショップ。
自信家で明るくて、無遠慮で……そのくせ憎めない彼女。容姿も性格も子供っぽいのに、
中はちゃんと大人でペリーヌはその差を感じずにはいられなかった。
「……どうやら、何度生まれ変わってもウィルマの性格は変わらないらしいな」
「なにか言ったかしら……ミスエリザベス?」
「ビューリングさん、楽しんでもらってますか?」
後を追うように合流した彼女、エリザベス・ビューリングがそう言ってウィルマを茶化す。
リネットとペリーヌはビューリングの綺麗な長い銀髪と整った顔立ちを一瞥すると、
互いに顔を見合わせてはぁっ、と深いため息をついた。世の中は時々不公平なのだ。
「ビューリングさんはこの話、ご存知なんですの?」
なんでもないような質問に、微かな沈黙。それはウィルマ、そしてリネットにも伝染し
流れる風の音をひんやりしたものに変えていった。ほんの、一瞬。
「ああ……6年前だったかな。まだ、ここの誰も戦争を身体では知らなかった頃の話、だ」
「こんな話も、私たちはずっとみんな揃って出来るんだって思ってた」
「でも……今年は、ペリーヌさんとハロウィンを迎えることが出来たね、お姉ちゃん」
そう言ってリネットはそっとペリーヌに手を差し伸べる。
冷えきった手と手が結ばれて、身体と身体の熱がゆっくりと対流していく。
もしかすると、熱くなっていたのは手だけではなかったかもしれなかった。
あなたには天国も地獄さえもなくなってしまいました。
でももしあなたが、これからの未来を望むなら。
あなたは、あなたを呼んでくれる人のいる場所までいかなければなりません。
この暗闇の中でも。あなたの持つ光を見つけてくれる人のいるところまで。
「……ウィルオウィスプ……」
「ペリーヌちゃん知ってたか」
「きっと、みんなそうなんだろうな。私も……天も地も見失ったことだってあった」
今。私に、その光はありますか?
私の光を、見つけてくれる人はここにいますか?
先に進まない暗闇の中で私は、誰を見出せばいいのですか――――。
「でも、みんな行く先を見つけたいと思うから。だからこのランタンは笑ってるんです」
そしてきっと。今このランタンで照らしてあげたいのは、目の前のあなただから。
「リーネさん……」
「私たち、お邪魔みたいじゃない?」
「そうだな……。たまには二人の時間を作ってやらないと、な」
二人になって気づいた外の空気はひどく寒くて、
身体を抱えて身をすくませるペリーヌをリネットはこっち、と呼び寄せた。
震えるその身体をぎゅっと抱きしめて。こんな時だってあっていい、とリネットは思う。
不安に駆られるのも今回限りじゃない、だけど。
「ガリアの復興もまだ先は長いですけど……ペリーヌさんならきっとできます」
「ありがとう。でも一人では、最後までたどり着くことは難しいんでしょうね……」
「きっと私がそばにいます。私が、ペリーヌさんのための灯りになりますから」
「約束、ですわよ――――」
言葉の終わりに重なるように二人の口唇が触れ、まぶしいガリアの光の中に溶けてゆく。
夢の道すがらを通る風に、足元のかぼちゃが揺れながら笑っているみたいだった。 fin.