浮かれすぎの、ハロウィン・モーニング


「なんだろう・・・これ?」
サーニャは、自分の足に絡み付いてくる不可思議な靄のようなそれにジッと視線を注いで
いた。太陽が月と交代をする時間は日に日に遅くなり、以前なら燦々と降り注いでいたで
あろう光も今の廊下には、幾分か弱々しく自己を主張するのみであり、薄紫色のベールが
空には掛かっていた。
「煙?霧?」
夜間哨戒を終え、いつものように半寝ボケな眼を擦りながら、部屋へと向かっていたサー
ニャの足元に、それは突如として現れた。その白い、不可解な物体の出所をサーニャは目
で追っていき、そして驚愕した。振り向くと、自分が歩いて来た廊下は、白いその気体に
よって満たされ、あたかも白い壁が迫ってくるような有り様となっていたのだ。
「な・・・何?」
不安げに胸元に手をやりながら、サーニャは一歩退く。すると新たな怪現象が、サーニャを襲う。
音が聞こえるのだ。
今までに聞いたことの無い、だが人の不快心を煽るような音色だ。風の音ようであるが、そ
れは爽やかさとは無縁の、独特の湿り気を持っている。
「・・・めしや」
「えっ!」
次は声だ。
それは、どこか悲痛だがそれ以上に誰かへの怨念が込められたようなものである。
畳み掛けるような怪現象の連鎖に、サーニャは泣きそうな声を漏らす。魔力が十分に
あれば、魔導針を用いて相手の正体を探ることもできるが、夜間哨戒を終えたばかりの今
では、それもできない。サーニャは目視によって、その正体を確かめようとするが、恐怖
心によって視線はぶらされ、白い気体もその奥にいるであろう何かの正体も伺い知ること
はできない。だが、それでもその正体を見極めようと、キッと視線を向けた矢先である。
「・・・なければ、・・・をよこせ!!」
白い気体の中から体の芯にまでジンと響く声を伴って突如出現したそれに、サーニャは竦
み上がり、一歩下がると、反転。
あっけないほどの敗走が始まり、涙は目尻の横を流れていった。

彼女の朝焼けの中の来訪は決して珍しいものではなかったが、ドアを開くなり一直線にベ
ッドへ向かい、シーツをめくりながら勢いよく中に入ってきたことには、
「うわっ! どっ、どうしたんだよ、サーニャ!」
という驚きを隠せなかったが、どうやら尋常ならざる事態らしいことには、すぐに察しがついた。
「エイラ・・・エイラ・・・」
「どうしたんだ、何があったんだ?」
エイラは自分の身体にしがみついてくるサーニャの背中を優しく撫でながら、サーニャの
身に何があったのかを聞き出そうとする。ふと、自分の身体に、寝間着の隙間から露出す
る肌に温かな何かが落ちたのに気がついた。
「サーニャ? 泣いてんのか?」
エイラの優しげな言葉にサーニャの顔が上がる。その瞳には不安が宿り、瞳に収まりきら
ぬそれは、再び涙として溢れようとしていた。それに気がつくと、エイラはこれまで以上
にサーニャを強く抱きしめた。
「大丈夫だから・・・今は私がいるから」
そして身体を少し離すと、
「だから・・・もうこんなものはいらないだろ?」
そう言って親指でサーニャの涙をぬぐった。サーニャは少し気恥ずかしそうにしながら、
コクリとうなずいた。
「それで、何があったんだ?」
二人ベッドの上にちょこんと座りながら、エイラはサーニャに尋ねる。サーニャはたどた
どしげに、ついさっき自分の身に起きた怪現象について話していく。そして、
「・・・幽霊」
「幽霊?」
エイラの眉毛は八の字を描く。
「幽霊が・・・現れたのか?」
エイラはサーニャの言葉に不足する情報を付け足し、それに対してサーニャは「うん」と答えた。
「それで、幽霊ってどんな奴だった」
エイラは身を乗り出しながら、サーニャの新たな言葉を期待する。エイラの頭の中では、
今日が何の日であるか、誰が何をやらかしそうかの予想が大体つきはじめ、「絶対にとっち
めてやる」と心の中で誓った。ただ、それはサーニャの言葉に少しだけ揺らいだ。
「えっと・・・白い・・・扶桑の着物ってのを着てて」
「・・・キモノ?」
エイラは小首を傾げる。
「うん。それで、髪が長くて、色は・・・黒だった」
「髪が長くて・・・黒」
エイラの顔がだんだんと困惑の顔に変わっていく。
「あと・・・何か赤紫色の光が見えたわ」
「光ねぇ・・・あの人が?」
腕組みをしながらエイラは身体を後ろに反らす。自分でも自分の考えに納得がいかなかっ
たし、サーニャが幽霊の正体に気づいていないことも気がかりだったが、パニック状態だっ
たのでは仕方がなかったのかもしれないと思うことにした。
「・・・よし、行くぞ」
「えっ・・・どこへ?」
「魔導針は使えそうか?」
「・・・うん・・・少しなら」
サーニャの頭上に緑色の蛍光色を発するリヒテンシュタイン式魔導針が現れる。
「そうか、じゃあ探して欲しいのは・・・」
エイラはスタンとベッドから軽やかに飛び降り、サーニャの手を握りながら、目標の人物の名を告げた。

「なぁ、どうしたらいいだろうか」
「知らないわよ、私に言われても」
ベッドに腰掛けたキャミソール姿のミーナ中佐は坂本少佐からの相談をピシャリと撥ね付
ける。朝一番に白装束、つまりは死装束をまとって部屋に現れた時には、自決でもする気
なのかと気が気ではなかったが、
「その・・・今日はハロウィンなんだろ? それで、サーニャを驚かしてみたんだが、驚か
せ過ぎてしまってな・・・」
部屋を訪れたのがこんな理由だと知り、ミーナ中佐は頭を抱えた。
「だいたい、なんでこんな朝早くから仮装なんてしたの?」
「いや・・・出来はどんなものかと試してみたくてな・・・」
「わざわざ宮藤さんまで引き連れて?」
坂本少佐の後ろには、隠れるように宮藤が控えていた。
「あぁ、効果音とスモークを担当してもらったんだ」
「のんきに紹介することでもないでしょ・・・」
ミーナは呆れ顔を坂本少佐に向ける。
「しかし、出来が良すぎるというのも考えものだな」
「はぁ?」
「いや、まさかあんなに驚くとは」
「朝っぱらから幽霊が現れたら誰でも驚くに決まってるでしょ!! それに、ハロウィン
なんてブリタニアかリベリオンとロマーニャぐらいでしかやらないのよ?」
「そうなのか? てっきり、欧州ではどこの国でもやっているんだと思ったんだが。そう
かぁ、じゃあサーニャが驚くのも無理ないか・・・すまん」
「謝るのは私にじゃないでしょ。それに、たぶんもうすぐ来るわよあの子たち」
噂をすれば影のとおりか、ドアを叩く音が部屋に響き、
「隊長、坂本少佐が中にいんだろ。会わせてくれよ」
エイラの呼び掛けが聞こえる。
「もう完全にバレてるみたいね、じゃあほらっ」
ミーナ中佐はベッドから下りると、坂本少佐の背後にへと回ると、ドアに向かわせるため
にその背中を押す。
「おっ、おい、何て言ったらいいんだ!」
「素直にごめんなさいでいいでしょ、そんなに不安なら・・・」
ミーナ中佐は引き出しから何かを持ってきて坂本少佐に手渡した。
「これでも渡してあげたら」
「何だこれは?」
「ドロップよ。これを渡しながら・・・」
そして何事かを耳元で囁いた。素直に耳を傾けていた坂本少佐だったが、ミーナ中佐から
の助言に思わず狼狽する。
「そっ、そんなこと言えるわけ」
「別に本当に言わなくてもいいわよ。ほらっ、二人とも廊下で待ってるわよ、坂本少佐」
ミーナ中佐は強引に坂本少佐の背中を押し続け、「おっ、おいミーナ」という言葉とともに廊下に閉め出した。
そして一息をつくと、ふて寝をするかのようにベッドの上に再び横になった。
「あの・・・私はどうしたら・・・」
と、宮藤だけが、どうしたらいいのかとミーナ中佐の部屋で一人呆然とするのであった。

「おいっ、少佐ぁ。どうしてくれんだ、サーニャを泣かして~」
最初は自分の考えに半信半疑だったエイラも、ミーナ中佐の部屋から出てきた坂本少佐の
姿を見て、俄然強気になったが、それに比例してサーニャの心配の種は次第に大きくなる。
確かにさっき見た幽霊の正体は坂本少佐のようだが、エイラがあまりにも失礼なことを口
走ってしまうのではないかと、気が気でないのだ。
「エイラ・・・もういいわ。私も驚き過ぎたんだから・・・」
「いいや、こんなイタズラをしといて、許せるわけないだろっ」
「エイラが言えることでもないわ・・・」
「うっ!!」
至極真っ当な意見だ。
「すまなかったサーニャ、私も少し浮かれすぎていたみたいだ。その、お詫びの品という
わけでもないのだが・・・」
坂本少佐は、小さな可愛らしい袋をサーニャに手渡した。
「あの・・・これは・・・」
サーニャはパチクリと目をしばたかせながら、坂本少佐を見る。
「あめ玉なんだが・・・」
「イタズラしたのをお菓子で許してもらう気か?」
エイラの眉が八の字になり、
「そんなハロウィン聞いたことないぞぉ」
と、呆れたような声を出す。確かにその通りだ。
ただ、サーニャは嬉しげな瞳でその可愛らしい袋を見つめる。
「あの・・・ありがとうございます」
サーニャは、はにかんだ笑顔を少佐に向ける。坂本少佐はその笑顔を見て安心したためか、
ふぅと一息をつき、エイラもそんな二人を見ながら「もういっか」という顔になった。
ここで幕引きとなれば良かったのだが、何故か坂本少佐はミーナ中佐から与えられた言葉
をここでつぶやいた。
「サーニャ」
「はい?」
「ん?」
「そのアメはただのアメじゃない。私の魔法でサーニャが落とした涙の粒を変えたものなんだ」
突然の坂本少佐の言葉に二人は顔を見合わせる。そして、何かをしゃべろうとするが、一
向に新たな言葉は生まれようとせず、妙な沈黙ばかりが流れる。そんな二人を見ながら、
坂本少佐は何故か得意気な顔をうかべるのであった。

Fin


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