ブリタニア1944 シマシマの中心
「いい匂い~美味しそ~」
「実家の知り合いの、カールスラントから疎開してきたお菓子の職人が作った特製のバウムクーヘンです」
ばうむ……くーへん?
目の前にある円筒形のそれは一番外側の壁面に砂糖掛けされて木の年輪のように縞が入って中心にぽっかりと穴の開いている甘い匂いのする、多分ケーキ。
それをリーネが綺麗に切り分けていく。
「変わった形だね~。前に食べた……ドーナツだっけ? あれに似てるかも」
「ドーナツとはちょっと違うかな。名前は木のケーキ、って言う意味みたいだよ」
「なんだか懐かしいなぁ。リーネ、私丸々1ラウンドでもいけるから切り分ける手間省いてもいいよ」
「何をいっとるかハルトマン。こういうものは皆で分けて食べるものだ。大体、この場にいないミーナの分も取り置かねば失礼だろう!」
「あ、バルクホルン大尉、それなんですけど……実は丸々1ロール分頂いてしまったんで、ご希望の方にはインチ単位のラウンドでお渡しします」
「やった! じゃあ私まーるいので欲しいっ!」
「こら、はしゃぐなハルトマン」
「じゃあじゃあアタシもっ! あとあとっ、シャーリーもきっといっぱい食べるから同じだけ切って~。ハンガーに持ってく~」
「はい、ハルトマンさん。……はい、じゃあこれがルッキーニちゃんとシャーリーさんの分」
「リーネありが㌧。感謝の気持ちにぱふぱふ~」
「きゃっ! ルッキーニちゃんダメっ」
「ああっルッキーニちゃんずるいっ!」
「にゃっはは~、じゃ~シャーリーのところ行ってくるねっ」
「もうっ」
二つのお皿に乗っけたバウムクーヘンの輪っか。
両手が塞がってるって言うのはいいことだよね。
だってつまみ食いしちゃう心配が無いもんね~。
っとと、誰か来た。
「お、ルッキーニ何持ってるんだ?」
「ルッキーニちゃん、おはよう」
「にゃー、エイラとサーニャ」
「お、なんだか美味しそうなもの持ってるじゃないか」
エイラが右手に持ったアタシの分のバウムクーヘンに手を伸ばしてくる。
「だめー、これはアタシとシャーリーの分なのっ」
「でもそんなにいっぱいあるなら一つまみぐらい」
「ダーメ! 丸いまま食べるのっ」
「何だよ欲張りだなぁ」
「欲張りじゃないもん。リーネがいっぱいくれたんだもん」
「へー、そうなのか」
「食堂にいっぱいあるから欲しかったら向こうへ行ってよ」
「わかったわかった。それよりさ、ルッキーニ。お前、バウムクーヘンの中心の話知ってるか?」
「バウムクーヘンの、中心?」
「ああ、そうだ」
「はじめっから輪っかで出来てるんじゃないの? リーネの持ってた一本も丸まる真ん中が無かったよ」
「いいや、実は違うんだよ」
エイラがちょっと声のトーンを下げて話し始める。
「え、そうなの?」
「いいか、バウムクーヘンって言うのは中の方から丹念に重ねて焼いてを繰り返して作ってるんだ」
「うん」
「だから焼いたときの焦げ目が茶色に、そうでない部分が白く残ってこうやってシマシマになっていくんだな」
アタシの手の皿の上のバウムクーヘンの縞をなぞるようにしながら説明。
「ふーん」
「ま、そうやって重ねていくから中心に近いほど密度が高い……つまり美味しさが凝縮されて封じ込められているわけだ」
「ふむふむ」
じゃあ一番美味しいところは最後に残るように食べようかなぁ。
「で、だ」
「にゅっ」
「この中心にぽっかり明いてる穴。何で開いてるか知ってるか?」
さらに声を下げて、ちょっとひそひそ声で今度は丸い部分をなぞるように指を動かす。
「知らないよっ」
「こっから先は極秘事項だから、心して聞けよ」
「う、うにゅっ!」
ななななんだろう?
「実はなルッキーニ、一番中心の一番美味しい部分っていうのはこの世界を牛耳る特権階級の人々によって予め抜き取られてるんだよ」
「ええっ!?」
衝撃の真実だよっ!
「バウムクーヘンの命そのものとも言える其の中心核は、決して我々庶民の口には届かないようになっているって寸法さ」
「ひどいっ! アタシも一番美味しいところ食べたいよっ!!」
「うんうん、そうだよなぁ。わたしも食べたい。サーニャにも味合わせてやりたいが、残念ながらこの世の理って奴だからなぁ……」
いつの間にか立ったまま寝てるサーニャの肩を抱き寄せながらエイラが喋り続ける。
「やーだ、絶対食べるっ!」
「うーん、もしかしたら貴族だったらバウムクーヘンの一番美味しい部分を持ってるかもしれないな」
「貴族!?」
「うん、例えばツンツンメガネとか……」
そうえいばペリ犬って……はくしゃく?とかなんとかいう貴族だったっけ。
「アタシ行ってくるっ!」
「おー、がんばれよー……にしししし」
エイラの声を背後に聞きながら、まずはハンガーを目指す。
「ねぇねぇシャーリー、これっ!」
「何だルッキーニ、そんなに急いで走りこんできて……お、バウムクーヘンじゃないか。こんなでっかいのを丸ごとなんて凄いな」
「リーネがくれたのっ!」
「おー、流石だな」
「でね、シャーリー……アタシ、とっけんかいきゅーに奪われたバウムクーヘンの一番美味しいところ、取り戻してくるねっ!」
「え!?」
「輪っかの中心もってすぐ戻るからまってて~」
「あ、おいルッキーニッ! 中心ってバウムクーヘンは……」
二つのお皿を預けると、アタシはペリーヌの部屋まで一直線に駆け出した。
「ペリ犬ッ! かえせー!!!」
「なっ、ななななな何事ですのっ!?」
「一番美味しいところは何処だ~!」
「いきなり何のお話ですのっ! ぜんぜん分かりませんわっ!」
「ネタは上がってるんだからとぼけても無駄だもんね~……ここかな? それともこっち……んー、無いなぁ」
「ちょ、ちょっと! 人の部屋で一体何をなさいますのっ!」
「ホラホラ、早く出さないと全部ひっくり返すよっ。とっけんかいきゅーな貴族ザマなら持ってるはずなんだから」
「あああっそこは開けてはいけませんわっ!」
「むむっつまりここかっ! ……って、なんだー扶桑の服ジャン、ぽいっ」
「あああああっ! やめなさいこの泥棒猫っ!」
「出さないぺったん娘がいけないんだよーだ。ざーんねん」
「ええい、こうなりましたらっ!」
「わっトネールは禁止~」
「問答無用っ!!」
やば~、なんか空気がバチバチ言ってるぅ。
怒らせすぎちゃったか~。
これは逃げるしかないねっ。
「ばっははーい」
「二度と来ないでくださいまし!」
よーし、追ってこないね。
散らかった部屋の片付けでもしてるかな?
んー、でもペリ犬のところには無いっぽかったなー、バウムクーヘンの中心。
後は誰かもってそうなの……あ、いたいたっ。
「ミーナたいちょー……ん、いないかな? いいや、勝手に探しちゃえ」
ここでもなーい。
こっちでもなーい。
そこでもなーい。
あっちでもなーい。
…………。
無いなぁ。
おっ! 厳重に隠してるのはっけーん!
きっとここにあるよー。
…………。
「 ま た 、 扶 桑 の 服 だ 」
うじゅー。
開いて……広げて……被って……どこからどう見ても触っても扶桑の服。
つまり、とっけんかいきゅーの共通点は、扶桑の服?
そっか!
「って言う事は後は少佐と芳佳だっ!」
「何が坂本少佐と宮藤軍曹なのかしら?」
「うんとねっ、あの二人のどっちかがきっとバウムクーヘンの真ん中を抜き取ってるとっけんかいきゅ……」
あれ、もしかしてこの声は?
ぎぎぎぎ、と首が軋みをあげるようにしながら振り返る。
そこにはバウムクーヘンの乗ったお皿を持ったイヤーな笑顔のミーナ隊長。
「で、それとこの部屋の惨状とその被ってる物にはどういった因果関係があるのかしら?」
「と、ととととととくにありましぇん」
ににににににげないと……。
こういう時のミーナ隊長はやばいよぉ。
バタン、ガチャ。
って! なんかドア閉めて鍵まで掛けてるしっ!!
「少しゆっくり、お話でもしましょうか」
ヒッ!
ここここれはっ!
アタシっ!
大ピンチっ!!!
…………。
「うう、散々な目にあったよ……」
「よっ、おかえりルッキーニ。タンコブなんか作ってどうしたんだ? 木から落ちたか?」
涙目でハンガーに戻ってくるとシャーリーがやさしく声をかけてくれた。
傍らには待ちきれなかったのか食べかけのバウムクーヘン。
「ミーナ隊長にやられたー」
「何だ又悪戯でもしたのか? そういうのは相手選べよ」
「いたずらじゃないよっ。シャーリーの為にバウムクーヘンの一番オイシイ部分を持って来たかっただけだモン!」
「さっきも何か言ってたけど、バウムクーヘンの一番おいしい部分? 何だそれ?」
「んとね……」
事の経緯をイチから説明すると……。
「あはははははっ。ルッキーニそりゃお前エイラに担がれたんだよ」
「ええっ!?」
シャーリーに笑われたぁ……っていうかエイラにだまされたのっ?
「バウムクーヘンって言うのは確か筒に生地を貼り付けながら専用のオーブンで焼いていくんだ。だからはじめっから真ん中に筒の分の穴が開いてるのさ」
「ええええ~! ホントっ!?」
「あたしがルッキーニに嘘つくかよ。あとでリーネにでも確認してみろ。それより、これホント美味しいぞ、お前も早く食べろって」
シャーリーが自分の分のバウムクーヘンをちょっとだけちぎってアタシの口に運んでくれた。
「え、あ、うにゅ……ぱく、もぐ、むにゅ、うにゅ……にゅは~おいし~」
「食べ終わってから考えような」
「んにゅ? 考える?」
「エイラへの悪戯返しの方法さっ」
「ウンッ」
ウィンクするシャーリーに頷くアタシ。
あーでも、美味しいもの食べておなかいっぱいになったら、まずは考えることよりもお昼寝かなぁ。
おきたらシャーリーと一緒にエイラをぎゃふんといわせるイタズラ考えちゃうもんねっ。
「じゃ、改めていただきまーす」
アタシは、まあるいおおきなバウムクーヘンにかぶりついた。