touch-and-go


 シャーリーの運転するジープに揺られ、脇に肘を置き溜め息をつくトゥルーデ。
「なあ堅物、あんた何度目よ」
「何がだ、リベリアン」
 答えるのも面倒だと言わんばかりに溜め息をもう一度つく。
「それだよ。あんたさっきからずーっとそう『はあ』だの『ふう』だの溜め息ついてさ。
カールスラントじゃ何かそう言う風習つうか習慣でもあるのか?」
「無いに決まってる!」
「じゃあ何でさ?」
「何でとか聞くか?」
 それっきり会話が途切れた。
 やがて二人を乗せたジープはロンドン市街へと入り、舗装路になった事も有り、ジープの揺れは少しおさまった。
 トゥルーデは市街地をひた走る車中から、周囲を見回した。
 色々な種類の車が走り、人も多く、建物も割合被災を免れている。
「あたし達のお陰だよな」
 シャーリーはふっと笑った。
「まあ、そう……言えるかもな」
「遠慮しなさんなウルトラエース。もうすぐ二百五十機超えだろ? やっぱ凄いよあんたは」
「何だ急に、気持ち悪い。リベリアンに言われると、何か悪い事の前触れの様な気もするぞ」
「ひっでえの。あたしはきちんと評価するコトは評価するぞ? ……なんだよその溜め息は」
「いや、何でもない」
 シャーリーは建物の横に車を停めると、さっと降り立ち、ドアを閉めた。
「じゃ、少し待っててくれ。すぐ戻る」
「急げよ。待たせるなよ」
「へえへえ」
 シャーリーはバッグを片手に、建物へと入っていった。そこはリベリオン合衆国空軍の連絡所。
 トゥルーデはシャーリーの後ろ姿を目で追い、ふうと息をついた。

 トゥルーデの溜め息の原因は、半日前の朝食時にまで遡る。
「大体、だらしないんだお前達は!」
「何だと!? だらしないのはあんたらだって同じだろうが!?」
 食事の席上、些細な事から喧嘩となったシャーリーとトゥルーデ。
シャーリーはルッキーニの監督不行届を、トゥルーデはエーリカの監督不行届を突っ込まれ、
お互い引くに引けなくなったのだ。最初は冗談半分で怒っていたがそのうちボルテージが上がり、
あわや取っ組み合いというところでミーナと美緒の水入り。周囲の引き方もハンパではなかった。
(どうすべきか)
 トゥルーデは控えめに輝く指輪をさすり、ぽつりと呟いた。
 ルッキーニの日々の素行……軍人としては許し難い部分も有るが、戦績については立派なものだ。
何より、まだ控えめに言っても幼い「少女」だ。それは確かにシャーリーの言う通りなのだが。
一方、エーリカのずぼらさと言うかだらしなさについても、一応上官に当たるトゥルーデとしては
何とかしないといけない立場なのだが……。
 結論が出ない。
 いや、とうに出ていると言うべきか。そもそも蒸し返したところで何も変わらない。
 良くも悪くも、それが501なのだろう。
 そして午後、ロンドンへのシャーリーの用事にトゥルーデが同行する事となった。
「同行」と言っても隊の「監視役」に近い。先日シャーリーが自機のストライカーを破損させたが、
その代替機の早急なる輸送をリベリオン本国軍に要請する“任務”。これをちゃんとこなせるかどうか。
ミーナはそう言った。出来て当たり前だとトゥルーデは思った。今更501から逃げ出す奴なんて居るものかと。
しかしミーナ……指揮官の命令とあらば、隊の最先任尉官として従うしかない。
「よ、待たせたな」
 いつ戻ったのか、シャーリーがジープの運転席に座った。
「ん? ああ、戻ったのか」
「どうしたよ堅物? 今度は時間の感覚が無くなったのかい? 三十分も掛かったんだぞ」
「え? ああ、そうか」
「らしくないなあ。風邪でもひいたか?」
「ち、違う。で、用件は済んだのか」
「ああ。ストライカーの件、何とかなりそうだ」
「そうか。良かった」
「ありがとな。いつまでも地上待機って訳にもいかないしな」
「そうだぞ、リベリアン。お前がしっっ……ぐわ、いきなり車を急発進させるな! 舌噛むわ!」
「悪い悪い、急いでるんだ」
「スピード出し過ぎるなよ。飛ばすなよ?」
「大丈夫。流れに乗ればいいのさ」
「お前はスピードの事となると見境なくなるからな」
「流石にこの渋滞ではどうしようもないけどな」
「まあ、な」
 混雑する通りに滞留する無数の車を見て、大尉ふたりは溜め息をついた。

「さてと」
 シャーリーがトゥルーデを連れてやって来たのは、ロンドンでも名の知れた高級百貨店。「王室御用達」と看板にある。
「ここに何の用事が有るんだ、リベリアン」
「ルッキーニさ。ちょっと落ち込み気味だからさ。気分転換に服とか買ってやろうかと思って」
「なら本人を連れて来い! 私は関係無いだろ!」
「有るさ。501の上官だし、それに」
「それに?」
「あんた妹さん居たよな? あんたの言う自称『妹』じゃなくて」
「ああ。居るが? それがどうした……と言うか自称とかやめろ」
「妹さんの世話出来るなら、その知恵と言うかさ、ちょっと貸してくれよ」
「どう言う理屈だ、それは」
「まあ良いから」
 シャーリーはにやっと笑うと、トゥルーデの腕をぐいと引っ張り、子供服売場へと向かった。
「どれが良いかな」
「どれと言われてもな」
「ルッキーニに合うのは無いかな?」
「ルッキーニのか……でも待てよ。私はよく『地味』だの『センスゼロ』とか言われるぞ」
「あんたのツレにだろ?」
「……」
 エーリカの顔を思い出して表情が曇るトゥルーデ。シャーリーはトゥルーデを見て肩をぽんぽんと叩いた。
「別に良いんだって。あたし達で選んだって言えば良いんだし」
「何?」
 ふっと沸く疑念。シャーリーの言う事は、どこかおかしくないか。トゥルーデが考えを巡らせているスキに
シャーリーはあちこちから色々なサイズの服を持って来ていた。
「あたしの考えだけど、あいつには意外に原色系の明るい色とか良いと思うんだ。これなんかいいんじゃね?」
「ふむ……確かに意外性が有って悪くないかもな」
 服を見て軽く同意してみるトゥルーデ。
 そこでシャーリーは試着室を借りると、トゥルーデを引っ張り込んだ。
「おい待て。何で私も一緒なんだ。着替えはひとりでやるもんだろ」
「まあ良いじゃない」
「……と言うか」
「ん?」
「何でルッキーニの服を選ぶのに、私とお前が試着室に居るんだ?」
「ルッキーニのはこっち。これはあたしのだ」
「そ、そうか……っておい!」
「大声出すなよ。迷惑だろ?」
「うう……」
 シャーリーはトゥルーデの目の前で服を着替える。
 狭い空間、シャーリーのさらっとした髪がトゥルーデの目の前で揺れ、顔をこする。揺れるのはたわわに実った胸も同じ。
「どうやったらそんなにでかくなるんだ」
「またビールでも飲むかい?」
「からかうな」
「お互い様さ。あんたも結構イイ線いってると思う」
「あのなあ」
 トゥルーデの愚痴を無視したまま、シャーリーは瑠璃色のワンピースに着替えた。今ロンドンで流行っているものらしい。
シャーリーの「服」と言えば、地味な軍服か中途半端に派手な下着しか見た事のないトゥルーデにとって、
それはとても新鮮に見え、何故か鼓動が高まる。
「どうよ堅物? 似合ってる?」
「良いんじゃないか?」
「目を逸らして言われてもな。説得力無いぞ?」
 目の前で手をひらひらされる。
「ああもう! 分かった。似合ってるよ。いいだろそれで」
「よし分かった。次はあんたのだ」
「はあ? 何故私が?」
「サービス。と言うか付き合って貰った礼だ」
「そんな礼は要らん。早くここから出せ」
「まあ良いから。人の好意を無にするのかい、カールスラントの軍人は」
「うぐっ……貸せ!」
 シャーリーが手にしたワンピースをひったくると、後ろを向いて軍服をもそもそと脱ぎ、着替えた。
緋色の服は何故かシャーリーの着るワンピースと同じ作りで……トゥルーデはますます疑念が募った。
「何で私がリベリアンと一緒に、こんな狭い空間で……破廉恥な」
「全部聞こえてるよ」
「うるさいっ!」

「おろ?」
「こ、今度は何だ?」
「堅物、これ何よ」
「え? どれだ」
 振り返るトゥルーデ。
「あんたがこっち向いても、背中についてるんだから見えないよ……おろ、ここにも有る」
 シャーリーはブラの隙間から覗くトゥルーデの乳房を指して言った。
「これ、は……」
 言うまでもない。エーリカと愛し合った痕。
「へえ。ここにも、ここにも有る。お盛んだねえ」
「きっ貴様! 引っ掛けたな!?」
「そんなつもりじゃなかったんだけど……」
「そう言う貴様こそ、何だ! よく見たら首筋にも、胸にも、そこかしこに……」
「ああ。これ。あんたと同じ理由だよ」
 あっけらかんと言うシャーリー。
「きっ貴様ぁ! ルッキーニの歳を考えろ! 幾ら何でも……」
「それ言うならあんただってどうなのよ? ほら」
「う! 止めろ! 何をする!」
「こんなに顔真っ赤にしてさ。あたし見て、ちょっと欲情したとか?」
「馬鹿か!? するか!?」
「こんなにドキドキしてるのにさ」
 同じ柄のワンピースを試着したまま、トゥルーデをそっと抱きしめるシャーリー。肌を通して、お互いの胸の高まりを感じる。
「リベリアン……貴様こそ」
「何故だろうね。あたしもあんたの姿間近で見てたら……」
「……」
 トゥルーデから僅か数ミリの位置で喋るシャーリー。吐息が頬を掠める。
「似合ってるよ、あんたも」
 ふふ、と笑うシャーリー。トゥルーデは言葉が出ない。
 相手がエーリカなら何の問題も無いのに。と言うかエーリカ助けてくれ! トゥルーデは叫びたい気分になる。
 でも、叫べない。まだそれだけの理性が残っているから。
「なあ」
 シャーリーの呼び掛け。トゥルーデは顔を背け、目だけでシャーリーを見る。
 そこに居るのは、いつもの楽天的、放任主義の彼女ではなかった。僅かに潤んだ瞳、少し開いた唇、長い髪……
ほのかに香る石鹸の匂い、全てがトゥルーデにとって“脅威”だった。
 振り解くのは容易い筈だった。だが、出来ない。拒めない。
「や、やめろ」
 トゥルーデはもぞもぞと動いた。シャーリーはがっちりと掴んだまま離さない。
「いいよなあ、この指輪」
 不意に呟くシャーリー。
「な、何?」
「あたしもつけてみたいよ、お揃いの」
「そ、それはルッキーニと一緒の、って事だろう?」
 何も答えないまま、抱く力を増してみるシャーリー。ぞくっとするトゥルーデに、追い打ちを掛ける。
「あたしの、お姉ちゃんになってみないか」
「!?」
 驚いて振り返った弾みか、シャーリーの唇が軽く触れた。電撃にも似た衝撃。
「な、何を……」
 言いかけたトゥルーデの唇に、シャーリーの人差し指が触れた。
「はい、そこまで」
「?」
「やっぱり堅物だな、あんたは。面白かったよ」
「な、な、な……謀ったなぁ!?」
 その後、試着室が大いに荒れた事、幾つかの服に混じってお揃いのワンピースも購入対象に含まれるハメになった事は
言うまでもない。

「どうしたのトゥルーデ、浮かない顔して」
 夕食時、エーリカの問い掛けに、曖昧な笑みで返すトゥルーデ。
「リベリアンにハメられた。お陰で要らんワンピースを買うハメになった」
「なっさけないなあ、トゥルーデ。そのワンピース見せてよ」
「ああ。行くか」
 二人揃って部屋に戻る。テーブルの隅でルッキーニとお喋りしてるシャーリーをちらりと見る。
 シャーリーもトゥルーデを見た。意味ありげな笑みを浮かべた。
 表情が強張ったまま、トゥルーデはエーリカに腕を引っ張られ、食堂を出る。
「情けないよ、トゥルーデ」
 ぽつりと言葉を繰り返すエーリカに、トゥルーデは心臓を掴まれた気分になる。
「すぐ顔に出るんだから。何が有ったか、大体想像付くよ」
「あ、あれは事故だ!」
「ま、トゥルーデらしいよね。それもまた好きだけど。あとで詳しく、聞かせてよね。詳しくだよ?」
「……分かった」
 一方、ルッキーニはシャーリーの顔を見て、首を傾げた。
「ウニャ どうしたのシャーリ-? バルクホルン大尉の顔に何か付いてた?」
「いんや。あいつらしいなって」
「??」
 シャーリーは一瞬目を落とし、心の中で呟いた。
(なるほど。確かに、ハルトマンがホレる訳だ)
「シャーリー? どしたの溜め息なんてついて。何かヤな事でも有った?」
「いいや、全然。堅物と一緒に居て疲れた」
「なにそれ」
 きゃははと笑うルッキーニを抱えると、シャーリーは頭を振り、言った。
「とにかくルッキーニ、お前に服を買って来たぞ。早速着て、あたしに見せてくれよ」

end


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