first love


 夕食後、時間を掛けて書類整理を終えた醇子はふらりと食堂へと向かう。
 誰も居らず消灯された食堂を抜けてそのまま厨房に向かい、水を飲もうとコップに手を伸ばす。
 ふと気配を感じ振り返ると、そこには同郷のウィッチが立っていた。
「あら、さかも……美緒じゃない」
「こら、下の名前で呼ぶなと」
「良いじゃない、こう言う時くらい。美緒こそどうしたの?」
「多分お前と同じだ、醇子」
 美緒はそう言うと戸棚を開け、扶桑海軍のマークが刻まれた湯飲みを取り出した。
「扶桑の湯飲み、まだ使ってるのね」
「馴染んでるからな」
「私も。……あいにく、ここには無いけどね」
 醇子に言われて、美緒は自分の湯飲みを見、差し出した。
「なら私のを使うと良い」
「美緒はどうするの?」
「醇子の後で使うさ」
「あら、それって」
「特に意味はない」
「そうかしら」
「あのなあ」
 醇子は手の中で湯飲みを玩んでいたが、美緒の表情を見た後、冷蔵庫を開け、よく冷やされたポットから水を注ぎ、
ゆっくりと時間を掛けて、味わった。
 ふう、と一息ついて、微笑む醇子。
「ありがと、美緒」
「礼には及ばんさ」
 美緒も慣れた様子で水を注ぐと、構わずぐいと飲み干した。
 そしてふっと微笑むと、湯飲みを見て呟いた。
「懐かしいな」
 醇子は、美緒の顔を見、微笑んだ。
「思い出したの? リバウでの事」
「ああ」
「ちょっと前の事の筈なのに……なんでこんな昔みたいに思うのかしらね」
「さあな」
 素っ気ない返事。それともあえてそう努めて言っているのか。
 醇子はそっと美緒に寄り添った。
「ねえ、美緒」
「醇子……いや、これ以上は」
「そうね。そうよね、やっぱり」
 わざと一歩、大仰に身を引く醇子。
「お互いの為だ。私達には……」
「そうなんだけど……でも、たまには、壊してみたくなる事って、無い?」
 無言の美緒。
 いつになく煮え切らない態度を見て、醇子は自嘲気味に笑った。
「私達、もう戻れないものね。あの頃には」
「ああ」
 そのまま、二人は何をする訳でもなく、じっと時を過ごした。
 昔話に花を咲かせる訳でもなく、身を寄せ合う訳でもなく。
 動くのは、時計の針、美緒の手元で玩ばれる湯飲みだけ。

 やがて醇子は、無理矢理に笑顔を作った。
「ごめんね、思い出させて」
「いや、別に。私もすまないと思う」
「その気持ちだけで十分よ」
「そうか」
「でもあの時の気持ち……せめて……」
 言いかけた時、人の気配を察する醇子。
 ふっと口元に笑みを浮かべた後、表情を引き締め、びしっと敬礼してみせる。
「では失礼します、坂本少佐」
「ああ」
 醇子はそれきり何も言わず、立ち去った。途中ですれ違う人影と会釈を交わし、自室へと戻った。

 入れ替わりにやって来たのはミーナ。湯飲みを持ったまま壁に寄り掛かる美緒を見つけ、近付いた。
「美緒、どうしたの?」
「いや、水を飲みに来た。で、たまたま竹井とすれ違った。それだけの事さ」
「本当?」
「嘘は言わんさ」
「でも何か隠そうとしてる?」
 ミーナは美緒の手から湯飲みを奪い、脇に置くと、改めて美緒の手をぎゅっと握った。
「まさか魔力を?」
 ぎょっとした美緒を見て、ミーナは微笑んだ。
「どうかしら」
 ミーナは湯飲みを手に取ると、水を注ぎ、きゅっと呷った。
 美緒はそんなミーナを見て、何故か安堵し、溜め息を付いた。

end


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