misty moon
夜。美しい満月が海面を照らす。
部屋の窓際で月をぼおっと眺めていた芳佳は、リーネの肩を抱き、言った。
「ねえ、リーネちゃん」
「どうしたの、芳佳ちゃん」
「私ね、隠してた事有るの。ゴメンね」
「何? 怒らないから言って」
「ホント?」
「芳佳ちゃんの事、もっと知りたいから」
「じゃあ、言うよ。驚かないでね」
「うん」
「私……、私、実はね」
ごくりと唾を飲み込む。
「私ね。実は、吸血鬼なの」
芳佳は意を決して、言った。リーネを前に、言葉を続ける。
「リーネちゃんの血を吸わないと、私生きて行けないの。だからお願い」
だが意外にも、恐がりの筈のリーネはきょとんとしている。
「芳佳ちゃん。ホントなの?」
「見て」
芳佳は口を開けて見せた。
「わあ、綺麗な八重歯だね」
「でしょ? 虫歯も無くて……って違うよ! 私吸血鬼なんだから!」
ノリツッコミしてしまう芳佳。
「開き直られても。……でも、芳佳ちゃんは芳佳ちゃん、でしょ?」
「勿論。でも、私、吸血鬼なんだよ」
「それで、私の血……。どうして私の血なの?」
「リーネちゃんだから。そう言えば、リーネちゃん怖がりなのに、私見ても驚かないね」
「だって、芳佳ちゃんだもの」
「じゃあ、ちょうだい? リーネちゃんの肌、綺麗」
「ああ、芳佳ちゃんの唇が、肌に吸い付いてくる……」
「ちょっとくすぐったいよ?」
「ああんっ……。やっぱり、ダメ、芳佳ちゃん」
「痛みは一瞬。あとはとっても気持ちよくなれるから」
「芳佳ちゃん、ケモノの目になってる」
「私、吸血鬼だもの。では、いただきます~」
かぷっと牙を肌に当てる。
「あうっ……あ。はああ。……何か、芳佳ちゃん、凄い、あああっ……」
「リーネちゃんの悲鳴も、可愛い。もう少し、頂戴?」
「言いながら吸ってる……はあっ……。よ、芳佳ちゃん。私もうダメ……耐えられない」
「リーネちゃん?」
リーネは我慢出来ず芳佳の首筋に牙を立てた。
「はうっ! ……リーネちゃん、もしかして」
「そう、私も実は……」
「そうだったんだ。だから、何か……」
お互いの血を舐る行為に没頭する。
「坂本さんに見つかったら、私達、絶対にばれるね」
「大丈夫だよ、芳佳ちゃん」
「どうして?」
「だって、私達魔女(ウィッチ)だよ? 二人一緒なら、絶対大丈夫」
「ホントに?」
「信じて」
「分かった。信じるよ、リーネちゃん」
「嬉しい、芳佳ちゃん」
二人は肩を寄せ合い、微笑んだ。
がば、と身を起こす芳佳。
「リーネちゃん! 私達……あ、あれ?」
辺りを見回す。リーネの部屋でいつの間にか寝てしまったらしい。
ベッドの上、芳佳の横で、浅い眠りのリーネがうぅん、と寝返りを打った。
はだけたパジャマから見える素肌が艶めかしい。
「あれは、夢?」
芳佳は自分の歯に指を当て、首筋を触った。
何も、無い。いつもと変わらない。何も変わらない。そう、何も。
「夢、だよね。まさか、私達が吸血鬼だなんて、ねえ」
何かの拍子に、ヘンな夢を見たんだ、芳佳はそう呟いた。
リーネちゃんには黙っておこう、言ったらまた怖がるかも知れないから。
苦笑いして窓の外をふと見た。
月が昇っている。満月だ。海面から霞が掛かっている様で、うっすらとベージュに染まる月は、
いつもより大きく、鈍く輝き、芳佳達を包み込む。
そのまま飲み込まれそうになり、芳佳は口をぽかんと開けたまま、月に見入った。
ぼんやりと、夜空を、芳佳とリーネふたりを照らす月、そして夜空。
時を忘れ、芳佳はただただ、見つめた。
芳佳は、ふと背後に佇む人影に気付いた。
「貴方と私の、夜が、来る」
聞き慣れたその声に、芳佳は身がよだつ思いになる。
悲鳴を上げる間も無く、芳佳はその身を抱かれ、ベッドに倒れ込んだ。
end