risky
あの夜から、リーネの様子がおかしい。
些細な事でミスをしたり、お茶の淹れ方がいまいちだったり、訓練でも微妙な結果になったり。
「どうしたリーネ。今日はどうもいまひとつだな」
射撃訓練で観測に使った魔眼をアイパッチで覆い、美緒がリーネに言った。
「いえ、全然。私はいつもと変わりません。いつもと同じ……本当なんです」
ボーイズを片付けつつ、焦って弁明するリーネ。
だが、以前の様な劣等感や焦りから来るものではではなさそうだ。そう推測した美緒は、単刀直入に聞いた。
「何か問題でも有るのか、リーネ。何でも話してみろ」
「いえ、問題ないです。ホント、何でも、ないんです……」
消え入りそうなリーネの声。心配そうにリーネを見ていた芳佳は彼女の横に座り、大丈夫と手を取った。
「リーネちゃん、たまたまだよ。たまには調子の良くない時も有るって。ですよね、坂本さん?」
やれやれと溜め息をつくと、美緒は喝を入れるべく、ぴっと指さし声を張り上げた。
「よし。ではラスト、滑走路ランニング二十本だ! 行け!」
「は、はい!」
慌てて走り出す二人。
夜も暮れ、へとへとになって食堂に向かう芳佳とリーネ。
入浴より先にまず食事の時間が先になってしまう程“訓練”と称したランニングが続いた為だ。
「つ、疲れた」
「大丈夫、芳佳ちゃん?」
「坂本さん、最後にあんな走らせるなんて……うう、足つりそう」
「ご飯食べた後、ゆっくりお風呂入ろう? あとはゆっくり休めば」
「そうだね」
食堂では既に食事が始まっていた。
「あー来た来た。遅い~芳佳とリーネ」
二人を見てルッキーニが寄ってきた。
「あ、ごめんね。今からすぐ食事の支度……」
「忘れたのか? 今日は堅物が当番だぞ?」
シャーリーが二人を止める。
「あれ? そうでしたっけ?」
「ほれ、二人の分」
シャーリーが皿を差し出した。ふかしたジャガイモが山盛りになって、ほかほかと湯気を上げている。
「ジャガイモ……だけ」
「蒸し加減は完璧だ。安心して食べると良い」
厨房から出て来たのはトゥルーデ。腰に手を当て、満足そうだ。
「バルクホルンさん、他には」
「ジャガイモは栄養満点だ。他には何も要らない」
自信満々のトゥルーデはうんうんと自分の言葉に頷いている。
「スープとか、簡単なもの作りましょうか?」
芳佳が提案するも、トゥルーデは二人の顔色を見て心配そうに言った。
「何だ、お前達くたくたじゃないか。食事の支度はもういいから、食べて寝ろ」
「は、はい」
他の隊員達は……「またか」と言ううんざり感を通り越し、何かの境地に達したかの様に
黙々とジャガイモを食べている。
「リーネちゃん、食べよう。ありがとうございます、バルクホルンさん」
「たまの食事当番だ、これ位はな」
リーネは何故かトゥルーデを見ようとしなかった。芳佳の陰に隠れて、こそこそと席に着いた。
芳佳とリーネは無言で芋を食べた後、食器を厨房のキッチンカウンターに戻した。
リーネは芳佳に「先に部屋で寝てて」と告げた。どうしたのと聞かれ「ちょっと用事が」とだけ告げ、
そそくさとその場から立ち去った。
「ほほゥ。宮藤、リーネに嫌われたナ」
二人を見ていたエイラが、ニヤニヤしながらやって来て芳佳の肩をぽんぽんと叩いた。
「そ、そんなまさか! そんな事無いですよ!」
「リーネのあの仕草に表情、分かるゾ私にハ」
「分かるって何がですか? 教えて下さいよ!」
「宮藤はリーネの事全部知ってるみたいで知らないんだナ」
「エイラさん酷い!」
「エイラ……」
後ろからサーニャにじと目で見られ、エイラはびくりと身体を震わせた。
「はうッ、サーニャ!? いや今のは冗談、冗談ダカンナ」
「芳佳ちゃん、気にしないで。エイラの言った事」
「あ、うん」
「行こう、エイラ」
「分かっタ、行こうサーニャ」
二人は手を繋いで食堂から去った。
何をするでもない芳佳は、リーネの言われた通り、自室へと戻った。
厨房では、ひとり食器やら調理器具を洗い、後片付けをするトゥルーデの姿が有った。
そこにこそっと近寄る一人のウィッチ。
「あの、バルクホルンさん」
「ん? 何だリーネか」
「ハルトマン中尉は?」
「奴は今、哨戒任務中だ。じきに帰って来る」
「どれ位で?」
「どれ位、か……。そうだな、何も無ければあと二時間程で帰って来ると思うが。奴に何か用か?」
「あの」
リーネはうつむいたまま、右手でトゥルーデの服の裾を握った。左手には、瓶を持っている。
只ならぬリーネの様子に、トゥルーデは皿洗いの手を止めた。
「どうした」
振り向くトゥルーデ。リーネは顔を上げない。ちらりと彼女に目をやる。手にしている瓶は、この前飲んだ……
「ウイスキー、一緒に飲みませんか。二人っきりで」
リーネがぽつりと呟いた。
「何か、悩み事でも有るのか?」
「バルクホルンさん」
袖を掴む力が増す。
思い詰めた様に見上げたリーネの目は潤んでいた。ぎょっとするトゥルーデ。
「リーネ?」
「一緒に、ウイスキー、飲みましょう?」
リーネの声が震え、うわずっている。吐息を間近で感じる。
ごくりと唾を飲み込むトゥルーデ。宮藤はどうした、とか、話なら聞くぞ、とか、
そう言う次元の話ではない事に気付く。
洗剤で濡れた手が、少し震える。思わず皿をシンクに落としたが割れずにからんと音を立てて転がった。
リーネは顔を近付け、お互いの唇が当たりそうな程の距離で、もう一度言った。
「ウイスキー、飲もう? お姉ちゃん」
end